第07話 快癒でござる
アルザの持つ調合セットは市販のものとは違い、ほとんど手作りのものが多い。
特に魔石道具は錬金術師が見たなら「言い値で買おう」と言われること間違い無しの便利なもの。
火をつけたり温めたりする炎魔石や、乾燥を一瞬で済ませる吸水魔石。普通なら調整の効かないものだが、アルザの持つものは全て微妙な力加減を調整できるように複雑な術式が施されている。これは師であるライラ=イザヨイに教えられて作ったものだ。
持ってきた薬を使ってもいいけれどせっかくダンジョンに来たのだ、採れたて新鮮の素材の方がいいだろう。アルザはそう思って、さっき採取した素材たちを並べる。
「――? 何してるんです?」
「調合だよ。君の足の薬だ」
炎魔石の上に乗せた小さな鍋にスライムオイルをたらす。沸点が低いのか、すぐにクツクツと沸騰し始めた。
その間に吸水魔石でゴブリンテノヒラゴケを乾燥させると、乳鉢に入れて指で潰す。
「貴方は薬師なんですか?」
「いや、ニンジャ。元ニンジャかな」
「やっぱり魔を帯びた忍者じゃないですかやだー!」
「し、失敬な。俺はそんなんじゃないよ! ほら、見てくれ。ここが綺麗なんだ」
適当に持ってきた薬草の粉を隠し味とばかりに入れて、合わせた薬草の粉を沸騰したスライムオイルに入れる。
ミスリル製の匙でかき混ぜて、ほんの僅かに魔力を込める。
するとどうだろう。無色透明のスライムオイルが、だんだんと翡翠色に変わっていく。
市販の回復薬のようにわざと緑色に着色された色ではない。例えるならば宝石のようだった。
「本当だ……綺麗」
「即席の薬用ローションだ。これを君の患部に塗る。ちょっとピリッとするかもしれないけどいいね?」
ミスリルの匙を引き上げると、先ほどよりも粘度が高くネット〜リと糸を引く。
「さては貴方。ヌメヌメするプレイがお好みですね?」
「もうちょっと黙っていようか」
真面目にアルザが返すと、少女は「あ、はいすいません」と素直に謝る。
頃合いを見計らって薬用ローションを皿に移すと、今度は氷魔石で適度に冷やす。
「痛かったらローブの端っこでも噛んでてくれ」
「なるほど猿轡とかそういうのが」
「あーはいはい。そら、ピリッとしますよ〜」
アルザが携帯していた聖水で手を清めると、少女の患部にぬりぬり。
「ん! んふぅうう! んうううう!」
「いやそういう声はどうかと思うけど」
「んぐぅ!」
少女が顔を赤らめて、足をビーンと伸ばす。
その様を、アルザは患部だけじっと見るようにしていた。多分これツッコんだら負け。
やがて少女の足の傷がじわじわと再生しはじめる。
高級薬草の素材がスライムの粘液と見事に合わさって、患部を補うように一体化している。
あれよあれよという間に傷口は塞がると、うっすらと跡だけを残して完治した。
「なるほど、ここらへんのゴブリンテノヒラゴケは質がいい。君の魔力と相性もいいみたいだ」
「そ、そうです、か」
クタッと横たわる少女。その顔にはつつっと一筋の涙。
何故か「汚されちゃった」みたいな顔をして、いそいそと片付けるアルザを眺めていた。
「これで自信がついた。ニンジャ向けにしか薬を作ってなかったけど、一般人でも大丈夫だな」
「貴方は一体何がしたいんですか? ゲイザーを一撃で倒したと思ったらこんなグズ助けて。かと思ったら薬調合で子供みたいにはしゃいで」
「俺? 俺は……そうだな、こうやって薬を作って売って生計を立てようかなと思ってる」
「ニンジャが薬師やるんですか」
「元ニンジャね。俺さ……あんまりニンジャ向いてなかったみたいで。ギルド追い出されたんだ」
追い出された、と聞いてのっそりと起き上がる少女。
アルザは「まだ寝てなよ」と言うが、少女は首を振る。
「貴方も追い出されたんですか?」
「君は、その」
「遠慮しなくていいです。文字通り切り捨てられました。ようやく組んでもらった冒険者パーティーだったんですけど、私みたいなのを入れてくれるのはどこも問題ありで。性処理もできないならせめて囮くらいになれと」
「……ひどい連中だな」
「私みたいな無能はそんな連中の荷物持ちと囮くらいしか役に立ちませんから、当然の結果です」
そう言って顔を伏せる少女。どうやら心に深い傷を負っているようだ。
口ではそう言っているが、悔しいのだと思う。震えた言葉には僅かに怒りがこもっている。
その末に死を受け入れるくらいには疲れ果てているのだろう。
そんな彼女が、赤の他人に心を開きかけている。
師曰く
「女の愚痴は聞くだけで大正解。その時解決策を提示するな。無駄口を叩くな。てか喋んな石になれ。もっかい言うが、喋んな」
――と言われているのでとりあえず黙って聞きに徹する。
「私はエルフと人間のハーフ。何をやっても半端者。誰にも好かれないし、体も幼いままだからロリコンどもにしか求められない。さっきのパーティーも私が体を差し出さないと言った途端、家畜みたいにこき使われました」
「そっか」
「……さっきはすいませんでした。人に助けられた事なんて無かったので」
「いいよ別に。俺も俺で、君を実験台にしたようなものだし」
「あ、それはそれでサイテーですね貴方。あんなに気持ちよくさせるだなんて、さてはけっこう女泣かしてますね? このスケコマシ」
「ええ、いきなり罵倒されるの?」
ふと師の「女の愚痴には徹底的に黙ってろバカ」という言葉をもう一度思い出す。
なるほど余計な口を出したからこんな目に遭うのか。
やっぱりお師匠様すげーや。
いやでもこの子もこの子でかなりひねくれているなーと、アルザは思う。
「リンネです」
「え?」
「リンネ=ストラヴァ。それが私の名前ですご主人様」
「ご主人様!?」
「? 人間族は助けたエルフっ娘を囲むのが夢では? 命助けられたんだから何でもしますよ」
「そういうのいいから」
極端すぎるリンネだが、あんまりこれを馬鹿にはできない。
恐らくは誰からも認められなかったからこそ基本的な承認欲求が歪みに歪み、悲観も合わさって自分のことなどどうでもいいと思っているのだろう。
自己肯定感の低いニンジャに、捨て鉢なハーフエルフの娘。
運命的なのかそうでないのか、奇妙な巡り合わせである。
「じゃ、助手兼売子で使ってください。ブツを売るんでしょう? その目つきじゃお客さんに逃げられますよ」
「ブツって言わない。薬だよ」
「ヤク? シャブ?」
「く・す・り!」
「まあ何でもいいです。モノを売るなら私が接客した方が皆怖がらないですよ? 愛想は苦手ですが我慢します」
「それは一理あるけど……もしかして君、雇われる前提で話してる?」
まだ店を構えるかどうかも考えていないのに、リンネはもう雇われる気満々でグイグイくるしどんどんと話を進めている。
アルザは感情を殺して黙々と仕事をするニンジャ社会に浸っていたからだろうか、こういうのはちょっと怖い。
「ついでに私は運搬スキルが結構高いです。レベルは2ですが、荷運びスキルはレベル3ですよ。ダンジョンなら荷運び師として役に立ちます。どうですか?」
「一度に言われても」
「なんならご主人様のために色っぽい制服だって我慢します。あくまで客引きで。お触り無しで」
「ご主人様はやめて。どうしたもんかなこれは」
「ならオレたちに引き渡すってのはどうだい、兄ちゃんよ」
振り向くと、部屋の入り口に誰かが立っている。
ほとんど山賊に近い出立ちの男たちが数人。
ニヤニヤしながら皆剣を抜いて近寄ってきた。
お読みいただきありがとうございました。
レビューや感想、★★★★★で応援いただけると作者はものすごく喜びます。




