第06話 誤解でござる
ゲイザーが倒れた、その奥で佇む男。
その圧に、思わず少女は「ひっ」と小さな悲鳴をあげてしまった。
格好はダンジョンデビューしたての斥候のようで、明らかに高レベル帯の佇まい。服越しから見える引き締まった筋肉は豹のようだ。
恐ろしいのは腰の朱鞘。おそらくカタナだろうが、妖気のような魔力が立ち昇っていた。
少女はこの時ばかりは、魔力の見えるエルフの血を呪った。
――あれは特級レベルの呪物だ。
人の何かを引き換えにして力を引き出すカース・アイテム。
そんなのを身につけて平然としている。あれは本当に人なのだろうか?
そして目だ。
全てを射抜く、氷のような目。
あれはモンスターどころか、人を何人も殺している。
しかも快楽目的でだ。間違いない。
もしかしてダンジョンの魔に魅入られた者――死を招く者や魔の領主、あるいは狂侍だろうか。そうしたらゲイザーよりもレベルは高いし、人の形をしている分人の悪意その全てをぶつけてくるだろう。
「はは、は。そっか、私は人に殺されるんだ。なぶりものにされて、惨たらしく」
神などいなかった。
簡単に殺してくれる神など。
男はゲイザーの背中からヌポッと何かを引き抜いた。
それは真っ黒な短刀。ニンジャたちが使うクナイだ。
「よりによって魔を帯びた忍者か。さぁ殺せ。私を殺せー!!」
◆
え、何この子。こわい。
アルザはクナイについた血を拭きながら、大の字で寝転がり喚く少女を見下ろしていた。さっきからずっと「殺せ」って言っている。
少女の見た目は十四か五才。身長はニンジャスケールで五尺すなわち一五〇センチ程度。
耳を見てエルフかと思ったが、それにしてはやや短い。多分ハーフだ。装備しているローブはボロボロだが大切に補修してあった。大荷物用のカバンを持っていることから、荷運び師だろうか。
人形のような整った顔に、サラサラとした白銀の髪。南国の海のように透き通った青の目は宝石のよう。冒険者なんかやっているより、酒場で歌姫でもしているほうが合っているのでは。多分握手会は長蛇の列ができると思う。
そんな彼女は今、涙と鼻水を撒き散らして
「好きに犯せよ! さあ服でも脱がせよバカヤロー!」
と何故かヤケクソになっていた。
「ちょ、お嬢さん落ち着いて。ゲイザーに幻覚魔法でも見せられた?」
「なーにが! なーにが人間らしい事言ってんだこのモンスター! さあ私みたいなグズを殺せよ! 乳もなく貧相な体のこの私をさんざん貪ってよォ! ロリコン大歓喜だろーよちっくしょー!」
あ、これ完全に幻覚かかってますわ。
完璧にキマッておられますわ。
アルザは何か無いかとカバンをまさぐると、取り出したのは気付け薬。ピンク色のラベルには「取り扱い注意」とアルザの文字で書いてある。
「う、うーん。ニンジャ用のしかないな。これ魔力の強い種族に与えて大丈夫かな?」
「うああああん私の人生ほんと最悪だあああああああ」
躊躇はしたが、これ以上放っておくと何だか誤解を招きそう。
アルザは覚悟を決めて、仰臥する少女に近づく。
「くっそおおおおお怖いよおおおおおおおお」
「あの、ちょっとこれ嗅いでみて」
「……? ぐあ! くっさ!!」
アルザはビンを一瞬だけ開けて、すぐ栓をする。
少女は泣き顔から一転とても人前では見せられないような表情になると、鼻を抑えてゴロンゴロンとのたうち回る。
気付け薬は主に痺れや幻覚作用を取り除くもの。強い香りは様々な薬草をすり潰し、アクセントとしてスパークビードルという魔蟲の肝を練り込んでいる。
良薬口苦しというが、この場合は良薬クソ臭しと言うべきか。
しかもアルザの気付け薬は過酷な修行で精神もすり減るニンジャのためのもの。
その副薬効として――
「え、何か気持ちよく……んひぃぃぃいなにこれええええしゅごいいいいい!」
ほんの微量ではあるが、脳内快楽物質の分泌を促進させる効果もある。
普通のニンジャなら脳の後頭部がじんわり暖かくなって気力がなんとか復活する程度なのだが……スパークビードルの脳天直撃な効能が、彼女の内包する魔力に過剰な反応を示している。
「し、しまった。やっぱり効きすぎた!?」
「あへええええキくぅうううううううう!」
別に脱いでもないしやましいコトをしているわけでは無いのだが、彼女の言葉は完全に娼婦街から聞こえるそれ。ガンギマリのアヘ顔エルフピースである。
このままだとただでさえ信用も何もないアルザが社会的に死ぬ。
かといってダンジョンの中、モンスターの死体の側に女の子を残すわけにもいかない。
というかめっちゃうるさい。
これではすぐに他のモンスターたちがやってくるだろう。
「そもそもこの子、よく見たら足に怪我してるじゃないか」
ビクンビクンしているその右足には、剣で切り付けられたような傷。腱まで届く深いものだ。見たところ逃げてる最中に斬られたような痕だが、ゲイザーがやったとは思えない。
なんだか、ワケありの予感がする。
というか百パーの確率で仲間に見捨てられたのだろう。
こういうのに首を突っ込むとロクな事がないのはわかっている。
師曰く
「倒れた異性を助けて上手くいくのは、イケメンだけと知れ」
――だ。
けれども、痛々しい怪我をしている。これから薬師になってのほほんスローライフを送るんだと思った手前、放置するわけにもいかなくなった。
「とりあえず治療するだけしないと」
アルザは彼女の足に布を巻いて止血だけすると、少女を背負いダンジョンをさまよう。
冒険者たちが避難していて助かった。未だ背中で「んほおおお」と悶える少女を見られたなら絶対通報される。おまわりさんこいつです。
少女を背負い、ゲイザーの死骸をひきずりながら歩くこと数分。ちょうどいい小部屋が見つかった。トラップの類も何もない。肉食スライムが落ちてくる気配もないし、ゴブリンやコボルトなどのモンスターたちの足音も聞こえない。
横たわらせた少女はしばらく人に見せられない顔で喘いでいたが、いきなり快楽が止まったのかパッと表情が元に戻った。
「あれ、私は……」
「気づいた? 一時はどうなる事かと思ったよ」
アルザが努めて笑顔を向けるも、少女は警戒の色を見せていた。
ローブを寄せて、膝を立てて座っている。
ジトっと見つめる青い目には戸惑いの色も見えた。
「私をどうするつもりですか」
「え?」
「貴方が只者でないのはわかります。なら何故こんな無能のハーフエルフの小娘を助けたんですか?」
「何故って言われても」
ゲイザーの奥に人がいるなんて知らなかったとは言えない空気である。
「私の体目あてですか? ロリコンさんなら残念でしたね。私はこれでもけっこう長生きしています。半分エルフなので」
「いきなり何の話?」
「幼女がご所望なら、西区の歓楽街の奥がオススメですよ。半分くらい年齢詐称のリリパット族ですけど」
「いやいやだから何を言ってるんだって」
「まさか本当に善意ですか? なら助けてくれたお礼です。好きにひん剥いてください。その後首を絞めて殺してくれると後腐れなくていいですよ」
再び仰向けになって目を瞑る少女。
自殺願望なのか何なのかは知らないが、話が通じない。
本当にロクなことにならなかったとアルザは後悔する。
それでも、とりあえず彼女を治療しなくては。
お師匠様ごめんなさい教えに背いたらこのザマですと、アルザはしょんぼりしながら調合セットを取り出した。
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