第05話 素材天国でござる
「これはゴブリンテノヒラゴケか。死者の手のようで気持ち悪いって言われるけど、薬草なんだよな」
ジメッとした石畳の間から小さな手のひらのような白い花びらをつけた苔の花。言われれば確かにゴブリンの手のようだ。
ただ密集しているからか、亡者が手を伸ばしているようにも見える。めっちゃキモい。
そんな苔を嬉々として採取するアルザ。その様を通りかかった初心者であろう冒険者たちが
「何やってんだアレ」
「さぁ? 気持ち悪い苔取って何してんだ?」
「目つきこっわ。関わったらヤバそう」
とヒソヒソ声で通り過ぎていった。
「? 皆知らないのか? これは高級薬草なのに」
第一階層推奨レベル1か2の冒険者ならば、それ一つで死亡リスクが激減する高級薬草。
この第一階層のそこら中に生えているのだが、皆全く興味が無さそうである。
アルザは首を傾げながら採取していると、背後から戦闘の音。
振り返ってみると、さっきの冒険者達がモンスターを倒していた。
そしてモンスターからのドロップ品であるが――何の変哲も無い萎びた薬草である。
だが冒険者達は「やった! 儲けた!」と喜んでいた。
「?? 何であんな質の悪い薬草で嬉しがるんだ? こっちの方が百倍くらい効能があるのに?」
アルザは混乱する。皆、この宝の山を狙ってきたのではないのかと。
このゴブリンテノヒラゴケはその苦労して手に入れた薬草の二、三十倍の価値があるというのに。
しかも群生している。金が生えているのとほぼ同じだ。
「良くわからないけど、いらないならいっぱい取ってやろう。薬にすれば宿代くらいにはなるだろ」
アルザは鼻歌交じりで採取を続ける。
すると突然、目の前にトロォーリと粘着質な液体が垂れてきた。
ふと上を見ると、天井にスライムがいる。
「お、肉食スライムだ。こっちおいで」
手を伸ばして、しばらく待って引く。
するとアルザの腕に反応したのか、スライムがベトッと落ちてきた。
この軟体生物は動物の熱を感知すると覆い被さるように落ちてくる。アルザはそれを利用してスライムを落としたのだ。
ちなみにこのスライム、頭に被さってくるとひとたまりもないが火に弱いので、マッチ一本ですぐに退散することで知られている。
「ちょっと粘液分けてくれ、な? いい子だから」
アルザはカバンから着火用の炎魔石を取り出すと、落ちてきたスライムの肌にちょんちょんと触れる。するとプルプルと震えたスライムが、熱を嫌がって粘液を分泌しはじめた。
「スライムオイルは超万能なんだよね。塗って良し煮詰めて良し。付与魔法油にもなるし」
ちなみにこの世界、武器に魔法を付与する場合は魔力のこもった油を塗ることが多い。当然彼の持つ典雅丸のようなレア度の高い刀は、鞘に属性オイルを仕込み刃の抜きざまにヌルヌルするだけで攻撃力が飛躍的に向上、敵は即昇天である。
そうしてスライムと戯れながら採取してると、またもや別の冒険者パーティーが通り過ぎては、
「な、なぁアレ……スライム見てニヤニヤしてるんだけど……」
「あの目つきはヤバいわ。多分アブないクスリやって幻覚見てるんだよ」
と何故かヤベー人を見る目で見られてしまった。
「……初心者が多いから、だよね? スライムなんて倒すより採取だってお師匠様も言ってたし」
どっこいスライムオイルの採取方法など、初心者どころか中堅パーティーも知っているか怪しい。この街でできるとするなら、錬金ギルドに加盟している高レベル帯の錬金術師くらいだろう。アルザはそのレベルの採取スキルを受け継いでいるのだ。
「うーん凄いなダンジョン。第一階層だけで食べていけるぞ」
初心者冒険者たちが聞いたら笑われそうではあるが、これが知識の有無というもの。ただただ石畳と墓場と気持ち悪いモンスターがさまようダンジョンは、アルザにとって素材天国に見えた。
「どうせニンジャじゃないんだし。採取だけして薬作って。それで街の端っこで小さな薬屋でも開こうかな。元ニンジャのスローライフなんて――ん?」
スライムが「もう勘弁してください」とばかりに逃げていくのを見送った時、不意に何かの気配を感じるアルザ。
何だか背筋がゾワゾワする。これはニンジャの修業時代に身につけた、ある種の勘のようなものだ。
よ~く耳を澄ませていると、何やら悲鳴のようなものが聞こえてくる。
悲鳴自体はダンジョンの各地から聞こえてくるのだが、もう少し異質な、切羽詰まったものだ。
アルザが不思議そうにしていると、ドタドタと奥から走ってくるのはさっき薬草を嬉しそうにゲットしていた冒険者たち。皆鼻血や擦り傷などダメージを負っている。
「あ、さっきの採取男! 逃げろ! 異階層のモンスターだ!」
何ソレと聞き返す前にドタドタと逃げていく一行。その他にも次々に「さっさと逃げろ初心者!」と乱暴にアドバイスしては逃げていく冒険者たちが多い。
オロオロしていると見かねた冒険者の一人が「五階層のゲイザーが出たんだよ! 殺されたくなかったらさっさと逃げろ!」と教えてくれた。
「ゲイザー……ゲイザー!? あの異空間のモンスターの!?」
普通ならその名を聞いただけでチビる凶悪モンスターなのだが、アルザは怖がるどころか興奮し始める。
「あの目はとっても栄養価が高いんだ! いい薬の素材になるぞ!」
◆
「はぁ、はぁ……こんな所で……」
ローブを着た長耳の少女が、壁にもたれていた。
眼前に迫るのは巨大な目玉のバケモノ。真っ黒な体に、妖しく輝く瞳。巨大な目玉に触手がワラワラと生えて、牛すら飲み込む大きな口。魔法生物ゲイザーだ。レベルは出現階層と同じく5。レベル2の少女にとって十死零生の化け物である。
魔法生物はダンジョン特有のモンスター。淀んだ魔力が人の悪意を転写して作り出す故に、その性格は酷薄かつ残虐。
人の悲鳴を好むというこの外道は時折、こうやってダンジョンの浅い階層に現れる事もある。
「ゲイザーがこんな所に出てくるなんて。私もいよいよダメですね」
エルフの少女が大荷物を放り、その場に座り込んだ。
その足には傷跡。ゲイザーの光線魔法ではない。誰かに斬りつけられた跡だった。
「ハーフエルフなんて、所詮そんな扱いです。私は結局、人からもエルフからも愛されなかった」
ハハハと乾いた笑いを上げる少女。ソレを見てゲラゲラと笑うのは迫り来るゲイザー。なまじ知性があるからか、少女の境遇とその悲しみを理解した上で嘲笑しているのだろう。
「さあ殺せ。どうせ私なんか冒険者もできないし、娼婦に堕ちる度胸もない。ただただエルフより少し頑丈で、人間より少し魔力があるだけのハンパ者です。死んでも誰も悲しまない」
そう言うと、ゲイザーが言わずとも嬲ると魔法を展開する。おどろおどろしい魔法陣が目玉のすぐ目の前に現れた。つうんと鼻を突く匂いが立ちこめる。
「酸の魔法……溶けて苦しむ私を見たいんですか――」
少女は目を瞑る。
今までの酷い人生を思い返して、いっそ溶けてしまった方がいいと覚悟を決めた。
この命の際で、思い浮かぶ顔もない。
父も、そして母の顔も――
「……何?」
飛んでくるはずの魔法がやってこない。
望んだはずの死が訪れない。
うっすらと目を開けて見ると、そこにはやはりゲイザーがいる。
しかし先程まで下卑た笑みを浮かべた口元が「え?」と言わんばかりにすぼまっている。
やがて大きな目玉がグリンと上を向き触手がしんなりとすると、そのまま前のめりでベチャリと倒れた。
「へ!? ゲイザーが……いきなり死んだ!?」
「やったやった! キレイに仕留めたぞ!」
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