第28話 外法でござる
死体を操る技は本来、愛する者の死別を認めなかった哀れな魔術師が生み出した奇跡だという。
それが使役に発展し、そのおぞましさから禁呪あるいは外法と罵られる過程は想像に難くない。
視点を変えれば、これほどまでに持続可能な技術は無いだろう。
戦いの場においては恐るべき刃となり、または盾となる。
戦いが激しければ激しいほど素材が多く手に入るのもまた、そのおぞましさに輪をかけている。
その業の深さ故に受け継ぐものも少ない中、アオマシラはそれだけに特化したからこそ上忍に上り詰めたのである。
「やれ!」
アオマシラが縦笛を強く吹く。
おどろおどろしい、聞くに堪えない音色だ。
それに反応した屍ニンジャたちはまるで生きているかのようにアルザへと飛びかかる。
「む!?」
前後左右からカタナを突き出してくる屍ニンジャ。
上へ跳んで逃げようかと思ったが、何か嫌な予感がする。
アルザは迫るカタナのそのギリギリでゴロンと地に転がって回避すると、四方から突き出されたカタナのその中央にニンジャが降ってきた。
仲間の刃でずたずたになるも意にも返さない。降ってきたニンジャはその鎧をずたずたにしたまま、地面に刺さったカタナを引き抜いて再び構える。
「何故俺を! 復讐というのなら、追放で果たしているでしょう!」
「黙れ。貴様は知らぬだろうがな、ライラ=イザヨイはこの技を嘲笑した。それで貴様を八つ裂きにする十分な理由がある!」
「お師匠様案件ですか! あの人本当にもう!」
アルザは飛んでくる手裏剣や襲いかかってくる屍ニンジャかわしながら、思わず舌打ちをしてしまう。
アルザの師、ライラ=イザヨイは常に人の反感を食う傲岸不遜でしょーもない人であった。
時々ワザとやってるかと思えるくらいに失礼なので、コレが普通なのかなと錯覚したこともある。
「我が生涯をかけたこの絶技……この境地に至るまで死ぬほど鍛錬した。貴様ら恵まれた者にはわかるまい!」
「だからと言ってこちらに刃を向けるのは筋違いです!」
飛びかかってきた屍ニンジャの腹を蹴り、仰け反ったところに濃縮したサキュバスエキスに浸した針手裏剣を投げる。
普通ならすぐに効果が出始め、絶頂と共に倒れるはず。
しかしやはり屍、既に死した身には快楽は効かないらしい。
「くっ! 許せ!」
アルザは尚も襲いかかってくる元同胞たちに、今度は十字手裏剣に持ち変える。
ナナが丹精込めて研いだそれは、投擲レベル10のアルザが本気で投げると石すらを割る。
僅かな戸惑いを己の咆哮で消して、打つ。
至近距離で放たれた十字手裏剣は藁の束でも割いたように、屍ニンジャの右腕の肩から吹っ飛ばす。
だがその背後から再び躍り上がる屍ニンジャたち。
アルザは高く跳んでそれを避けると、笛を吹くアオマシラに狙いを定める。
「らちが開かない! 覚悟!」
とは言いつつも、一瞬だけ躊躇うアルザ。
そのほんの僅かな隙を見て、アオマシラは更に笛を吹く。
「――!」
アオマシラへ打った手裏剣はまっすぐその首へと向かうが、立ちはだかったのは屍ニンジャ数体。重なってアルザの手裏剣を防いでいた。
一体目の腹は貫通したものの、二体目の脇腹をえぐるだけ。手裏剣は三体目の脇に刺さって止まった。
「無駄、無駄。我が術は剣にも盾にもなる――それ以前に、殺めることを躊躇うとは。上忍相手に随分な余裕を見せたものだな?」
スタッと地面に降りたアルザは、再び獣のようにして深く構える。
左手にはクナイを、右には腰のカタナの柄に手を添えている。
「ククク、あながち落第ニンジャというのも嘘ではないのだな。その優しさはニンジャに不要ぞ」
「……アオマシラ様、貴方は禁を犯している。俺は既にニンジャに非ず。ニンジャは無闇に市井を殺めてはならないはず」
「何を今更。ニンジャ憲章などクソ喰らえだ!」
「なんてことを!」
「貴様、ニンジャ憲章が単に悪に堕ちないようにと作られたものだと、そう思っているのか」
動揺するアルザに、アオマシラは頭巾の間から憐れみのような目を向け、すぐにそれは嘲笑するかのように細くなる。
「そも掟とは一番力がある者が、都合の悪い人間を生み出さないようにしてあるもの。それを愚直に守るように仕向けるのは、貴様らを傀儡とするためよ」
「……!」
「掟は強いものが敷く。だから弱者――いや家畜の分際で掟を破るは正邪善悪を問わず重罪ということだ。それを疑わずにいるお前のような者にはわからぬだろうがな」
極端な言葉だが、ある意味真意である。
アルザのように自信が無く寄る辺の無い者にとってはショックな言葉でもある。
彼はニンジャを捨てたとはいえ、師の言葉とニンジャ憲章を愚直に守っているからこそかろうじてアイデンティティーを守っていた。それを支配のためと言われたのなら、思わず膝から崩れてしまいそうになる。
「盲目的に崇めさせることで自己を失わせニンジャとして象る――貴様は知らぬだろうが、貴様のように自信も無く自己肯定感が低いニンジャは多くいる。何故ならニンジャ憲章のように清く正しく育てることは、そう育てることに他ならぬからな」
「そのような……ことは……」
「その点、お前の師はまだ解っていたぞ?」
「お師匠様が?」
「あれこそが自由。何者にも縛られず、何人たりとも理解しえないいざよいの境地。ワシは同胞だと思っていた。倫理観というつまらぬ鎖を食い破った仲間だと――なのに!」
アオマシラの怒りが魔力に呼応したのか、その肩にゆらりと炎のように揺らいだ。
まるでそれは、目当ての女性に袖にされた惨めな男が抱える、身勝手な憎悪に似る。
「ワシのこの技術を、外法も外法、死体遊びと言いおった。死を侮辱する大馬鹿だと。許せぬ。死の軛から自由となったワシの技を児戯だと!」
理解したくはないが、アルザは理解してしまった。
ニンジャは過酷な修行と引き換えに人外の力を得る。
身も心も折れそうな時、心の寄る辺に成るのは艱難辛苦の果てに身に着けたその技だ。
自分自身の人生ともいえるそれを傷つけられたのならば、余人には理解しがたい怒りを向けるのも道理である。
「お師匠様。人を侮辱するなって自分で言ってたのに」
だがアルザも解るような気がする。
アオマシラの技は、他者の死を冒涜する最大の侮辱である。
ライラも上忍相手にあえてつっかかる愚はしなかっただろうが――同胞と迫られて「うわキモッ!」と言い放ったのち、流れるような罵倒でアオマシラを責めたのだろう。
アオマシラのしていることは八つ当たりの極地でありもはや筋の通らない暴挙。
だが、そのくらい己の技にプライドがあるということなのだろう。
「貴様を殺して傀儡にしたのを、あのふざけた女に見せたなら考えも変わるだろう。ワシの技はイザヨイを超える! 決して児戯などではない!」
笛の音が響く。憎悪に満ちた音色だ。
屍ニンジャ達が今度は一斉に飛びかかってきた。
腕のないもの、脇腹のえぐれたもの、アルザの棒手裏剣が刺さったままの者。
その誰もが死の安寧を許されず、ただただ武器として使役されている。
「言いたいことは解りました。お師匠様も言い過ぎたところがあるのでしょう」
アルザは突っ立ったまま俯く。
飛びかかるニンジャ達の刃がもうすぐそこまで迫っている。
「――ですが。言わせていただきますよ。フラれたからと言って八つ当たりしないでいただきたい!」
アルザが神速の抜刀を見せる。
ニンジャスケールで二尺すなわち六〇センチの刀身が宙を踊る。
そもそも打つ瞬間すら見せないアルザの投擲の技。
この早業が居合スキルに適しているのは言うまでもない。
アルザは抜き付けの一撃で二体の屍ニンジャの腹を割る。
そこから流れるような体捌きで殺到する屍ニンジャを縫うようにして斬り込み、ダッと背後に跳んで『典雅丸』を静かに鞘へと戻す。
わずかの間のあと、バタバタと屍ニンジャが倒れた。
アルザは再び居合の構え。
いや、構えというよりも四足の獣が唸っているようだ。
「居合スキルか。小癪な」
「お引き下さいアオマシラ様。その者たちがいくら来ようともこのカタナのサビになるだけ」
「何を言う。まだ屍は――」
その次の光景に、アオマシラは仰天することになる。
アルザに斬られたのはたかだか四体だ。手裏剣で駄目になったも合わせてもまだ十二、三体はいる。
だがいきなり、何人かの屍ニンジャたちの胴から先がズレた。
ボトボトと崩れる屍ニンジャを見て、さしものアオマシラもつつ、と冷や汗をかく。
「!?」
「この『典雅丸』の鞘は絡繰仕掛け。この白帯は薬ビン入れになっているのですよ」
アルザが朱鞘の白帯に触れると、パカリと開く。中からは平べったい袋のようなものがあった。
「……属性付与オイルか!」
「今、風精霊の加護あるこの刃を振るえば、岩すら切り落とすカマイタチが起こります」
アルザがフッと剣を振ると、ガガガガッ! と石畳にカタナで乱暴に切りつけたような跡が残った。
「解する言葉を投げたのはそちらからです。アオマシラ様とはいえ全力でお相手いたします」
「舐められたものよ。ならば、これならばどうだ!?」
突然アオマシラが縦笛を放った。
何をしてくるのだとアルザが身構えると、アオマシラは目を瞑り印を切る。
するとゾゾゾゾ、と集まりだしたのは屍ニンジャ。
四肢がまだあるもの、既にバラバラなもの関係なく一つにあつまる。
アルザは思わず眉間にシワを寄せる。
集まった屍ニンジャたちが、スライムのように9同化している。
聞くに堪えない音が響いて、しばらく。
あれよあれよという間に肉片たちは一つの形になって、アルザの前に再誕した。
「フレッシュゴーレム!」
「これこそがワシの最高の技、屍巨兵の術! ココからが本番よ!」




