第27話 遭遇でござる
「カタナは持ちましたか? 手裏剣は大丈夫ですか? ブツはちゃんと足りてますか?」
「大丈夫だ」
「じゃあいってきますの接吻か、そこの影でイチャイチャします?」
「真っ昼間からそういう事言わないの。タワシちゃんもリンネと一緒にいい子でいるんだぞ」
「パミャミャミャ」
ダンジョン入り口。冒険者ギルドの設置した看板には『ディスペル作業中につき第三階層以降は立入禁止。ご迷惑をおかけいたします』とデフォルメされた猫族のイラストが書かれた張り紙がある。
初心者冒険者たちしかいなくなったダンジョンの前では、アルザを見送りに来たリンネが「お土産はお金になるもので!」と手を振り、タワシちゃんも彼女の頭の上でクルクルと回りながら飛んでいた。
その様子は嫌でも目立つというもの。
恥ずかしさこの上ないのだが、アルザは嬉しかった。
今までいってらっしゃいと送られたことは無く、外に出るにも師と一緒だった。
師がいなくなってからは依頼を受注する度に「さっさと行け」と言わんばかりの空気を出される。
だから、こうやって家族に見送られるのはいいものだった。
それにリンネのことも嬉しい。
猥談ハーフエルフというあだ名もあるが、タワシちゃんが来てからというものギルド公認のドラゴンテイマーになった。
しかも従えているのは幼龍とはいえ五大元素龍の一つイエロードラゴン。前と比べレバ、冒険者達の見る目が明らかに変わっている。
自分では未分不相応といいながら、最近は自分自身のことを卑下しなくなった。
捨て鉢になっていた少女が、こんなにも生き生きしている。
自分は寄り添っていただけだが、少しずつ心の傷が癒えていくのは嬉しいものだ。
「俺も、ちょっとはマシになったかな」
マシどころかアルザはもう既にこの街にしっかりと太い根を降ろし、名実ともに力を身に着けてしまったのだが……やはり自信のないアルザはそれに気づかない。
むしろ「自分がこんなに恵まれていていいのだろうか」と思った反動で色々と申し訳ないと思うくらいである。
ギルド長の言った通り散歩気分で第一、第二階層通り過ぎるアルザ。
第二回層の森の奥に到着すると、下へ続く階段があった。
側の立て看板には「現在ディスペル作業中」の札が下がっている。
教会から派遣されたという高位聖職者によるもので間違いないだろう。
「……? なんだ?」
階段に足をかけてすぐに解った。
これは邪気、あるいは殺気のようなもの。
階段下からありありと感じるそれらが、アルザの体にまとわりつくようだ。
「……笛の音?」
本当に微かだが、笛の音のようなものが聞こえる。
漂う殺意のうねりに乗せて旋律を奏でているかのようだ。
「おいおい、死の笛吹じゃないだろうな。そんなのが出てきたらゲイザーどころの騒ぎじゃないぞ」
死の笛吹とはゲイザーと同様深層に住まう人型モンスターである。
身の丈ほどの笛を操り魔法を使うほか他のモンスターを呼び寄せるが、一番厄介なのは一時的にレベルを1落としてくることだ。
レベルは高ければ高いほど一つの差が大きく、ステータスにも関わる。
深層で1落とされたら最後。それまで渡り合っていたモンスターがボス級になる。
確かにこんなのがいたなら、たとえ聖騎士で護衛されていた司祭たちでもひとたまりもないだろう。
「最悪、遺体を運ぶことも考えておこうか」
アルザは胸元から銅で出来た小筒を取り出すと、丸薬を口に放り込んでガリガリと噛む。
師から受け継いだレシピによる、精神を安定させる忍薬。
最初こそ独特な風味で食べる度にクラクラしたが、慣れれば師の言うとおり心が安らかになった。
「そうだ、死の笛吹の笛なら高く売れる。下げたレベルの経験値を溜め込んでいたら、リンネもレベルアップするかもな」
そうしたらこの第三階層にも来れるようになる。
そう思ったら何だかやる気が出てくる。
最悪腰の刀も抜く事になるだろうなと思いながら、アルザは静かに進んでいく。
第三階層は誰が呼んだか古代闘技場と言われている。
階層そのものが巨大な円形上の建物の中。一階、二階、三階と階層が分かれていた。
一番下は円形の広場になっていて、まるで闘技場のようなので古代闘技場と言われている。
石畳の廊下は延々と続き、そこをミノタウロスやワーウルフが徘徊している。
小部屋も多く、それらは選手控室なのか、あるいは客席なのか、はたまた生贄を押し込める部屋なのか。今やそれが何のための部屋なのか定かではないが、今はここにモンスターが控えていたり、かと思えば宝箱があったり、回復の泉があったりとよくわからない。
見つからないように進むか、薙ぎ倒しながら進むか。
当然アルザは無用な戦いを避けたいので、降り立った瞬間から気配を消して歩く。
「……妙だな。何もいない」
人っ子一人いない静けさ。モンスターの息遣いどころか足音も聞こえてこない。
アルザはふと、師の言葉を思い出す。
『死骸もなく、人もいない。風の音すら無いのであれば、それは造られた静寂だ』
アルザは思わず腰の刀に手を添える。
鍔のない朱鞘。銘、『典雅丸』――ドラゴン種の素材で造られた名刀。
それが何やら、ズクンズクンと脈動している気がする。
これは虫の知らせなのだろうか。
死の笛吹など比べ物にならない輩が、ここにいるのだろうか。
最大限の警戒を以てしばらく。
やはり何もいない。
「お師匠様は言ってた。こう着状態は良くない。ならばあえて身を晒せってね」
と、アルザは何を思ったか廊下をわざと駆け抜け、適当な窓を見つけるとポーンとその身を投げ出した。
真っ逆さまになって三階から飛び降りるアルザ。
その間円形の建物の中をグルリと見回すも誰もいない。
だが底の円形広場に着地したその時――
「手裏剣!」
再びアルザが飛んだそこには、無数の手裏剣が飛んできた。
アルザはすぐさま腰のホルスターから手裏剣を掴んで投げる。
風を裂くような音が円形広場に響くと、サクリという音がした。
「――? 手応えが無い?」
確かに今、柱の影に隠れている何かに刺さったはず。
だが手応えのようなものが皆無だった。
まるで泥人形に向かって手裏剣を投げたような、そんな感覚。
何故だと思う前に、再び殺到する手裏剣。
アルザはバッと跳躍して一階と二階の壁に着地すると、再び円形広場の宙にその身を晒す。
隙だらけのアルザに勝機ありと思ったのか、今まで隠れていた影が一斉に飛びかかる。
「――ニンジャ!」
見覚えのあるニンジャアーマーに身を包む人の形をした人外の者たち。
それがアルザに向かって一斉に躍り上がる。
手には二尺ほどのニンジャソードを持ち、まるで砲弾のようにしてアルザへと向かってくる。
「捨て身の陣形か。ならこれだ!」
アルザは再び腰に手を伸ばし、棒手裏剣を取り出す。
直進性のある棒手裏剣は被弾時のノックバックが大きい。
その威力は人の二倍の重量を持つリザードマンが吹っ飛ぶほど。
アルザが空中でくるくると回ると、アルザを中心に四方八方へ棒手裏剣が飛ぶ。まるで花火のようだ。
飛びかかったニンジャたちは悲鳴をあげる間も無く、棒手裏剣を全身に浴びて吹っ飛んでいく。
スタッとアルザが降り立った時には、彼の周りには十二、三のニンジャが倒れていた。
「――鉄朔花の術。投擲スキルのあるニンジャには近づかないほうがいいぞ」
「フン、貴様のは解っていても防げぬ。そういう手合いのくせに何を言う」
バッと腰を低くして、獣のような構えになるアルザ。
腰の刀に手を添えて、ググッと足に力を蓄える。
これが彼の本来の構え方なのだろう。
「その獣のような構え。人と獣をいざようその構え。見紛えるものか。怨敵イザヨイめ」
柱の影からゆらりと出てきたのは、アルザより少し小さなニンジャ。
顔を青い頭巾ですっぽりと覆い、口元も青い布で隠している。ニンジャアーマーも藍色で、手には長い縦笛のようなものを持っている。
「アオマシラ……様? 何故このような場所に!?」
「これだけやられて解らぬか。貴様を屠るためよ」
「!? 教会の者たちは……」
十中八九嘘だろう。
答えを聞かずとも、アオマシラからにじみ出る殺意でアルザは確信した。
つつ、とアルザの頬に汗がながれる。
立ちはだかるは上忍。彼らはニンジャの長たりうる恐るべき術を持っている。
上忍が一人、アカヘビは炎魔人に匹敵する火遁の使い手。
上忍が一人、シラホネが縮地を駆使する超速忍者。
上忍が一人、キエンビは光の如き剣技と名高い達人。
上忍が一人、クロショウジョウが性別すら欺く変装の名手。
そして彼、上忍が一人アオマシラはというと。
「さあ起きろ駒たち。永遠なる同胞たちよ。怨敵イザヨイを誅せよ!」
アオマシラが笛を吹く。
おどろおどろしい音色が響くと、なんとアルザに蜂の巣にされたニンジャたちがムクリと起き上がった。
「!? そんな。立てないはずだ!」
「ファファファ、ワシの技を忘れたとは言うまい」
「まさか、彼らは全て最初から屍!?」
アオマシラがさらに笛を吹くと、忍者たちがぐぐぐっと糸にでも操られたかのように不自然に身を捩る。やがて各々が剣を構え始めた。
その目は確かに死んでいる。
が、笛の音が響くたびにどんどん動きが生きた人間のようになっていく。
「死体絡繰の術! アオマシラ様、同胞になんて事を!」
「ふふ、そ奴らは既にお前に戦闘不能にされた者たち。生き恥よりも死してお前を討つ事を選んだ猛者たちよ」
「!」
「イザヨイ死すべし。恨むならば、ワシを侮辱した師を恨むがいい!」




