第20話 決裂寸前でござる
一方その頃、ニンジャギルド。
「馬鹿な。粛清に反対だとでもいうのか」
アカヘビはワナワナと震えていた。
ライラ=イザヨイの挑発に激怒したアカヘビは、早速臨時の上忍評議会を開きアルザ粛清の採決を取ろうとした。
だが何故か、上忍たちは
「スケジュールが空いてない」
「その日は法事がある」
「畑仕事で収穫期だからちょっと待って」
と中々集まろうとしなかった。唯一彼に付き従う――腰巾着と言っていい――アオマシラだけが、アカヘビのそばの席に座るだけだった。
何度かリスケしてようやく集まった上忍評議会。アカヘビが顔を赤くしてアルザ粛清の必要性を解くも、残りの上忍シラホネ、キエンビ、クロショウジョウの三人はアカヘビの提案に否決の意を示したのだった。
「どうした諸君ら。アルザの事をあれだけ許すまじと言っていたではないか」
「それがのアカヘビ、どうもヌシの主張に食い違いがあるような気がしてならぬのじゃ」
そう言うとのは杖を突く老婆シラホネだ。
パッと見れば腰の曲がったご老体だが、ニンジャスキル縮地の術を操る上忍。このターボなお婆である彼女に追えぬものはないという。
「たしかに数だけ見れば、アルザの命令違反は多いのう。だが蓋を開けてみたらなんと、全て引き継ぎをしておる。そも、お主……ヤツにだけやたら多く暗殺を課したな。何故じゃ?」
「力あるものに仕事を振るは当然のことだろう」
「だがこの数は婆でも手に余るぞ? エルフの森でも焼き払う、そんな数じゃ」
「お婆の言うとおりだ。報告書読んだ時はよ、こいつァニンジャの面汚しだと思った。だが儂の調べによると、アルザは隠密を徹しすぎたあまり依頼主に忘れられたと来た。後から謝罪も来たはずだが……何故報告書にそう書かなんだ?」
腕を組んで難しい顔をするのはキエンビだった。
ニンジャというよりも剣客といった佇まいの白髪の老人。常に着ている東の国の『着流し』をがよく似合っている。
その眼光は鋭く、腰に差した白鞘のカタナからは妖気のようなものが揺らいでいた。
「儂らも忙しくてよ。人事は報告書頼みだってのは認めるぜ。それにアルザはあの傍若無人なライラ=イザヨイの弟子だ。偏見も……まぁ認める。だがそれにしても、この事実との差は一体なんだ?」
「ウチも少しアルザについて調べました。驚きましたよ。彼は数字に出ない成果を出しています」
そう淡々と言うのは比較的若い上忍クロショウジョウだった。
男だか女だかわからないその顔からは感情を読み取ることができない。
だからこそ、ありとあらゆる人間に化ける変化の術を極めたという。
「彼がいなくなってからというもの、薬師班の仕事が著しく停滞しはじめました。聞けばアルザが居なくなってから手伝ってくれる人間がいないと。ギリギリの人員を放置したツケですね」
その顔は今だ感情を見せず淡々と言うクロショウジョウ。ただ、声音は驚いているように聞こえる。
「指導についてもです。彼、押し付けられて何人も同時に見ていたそうですね? その修行もぬるいかと思いきやかなり効率的。この事についてご存じでしたか?」
「中忍の事情全員のものを知るわけが無かろう。下忍なら尚更だ。奴が何人指導したかなど知らぬ。だとしても数字がしっかり追放条件を満たしておる」
「それはウチも耳が痛い話ではございますがね。こと今回については――そう、まさしく数字に踊らされたような気も」
「何だクロショウジョウ。我の報告に不信の義ありと。そう申すか」
「書類と事実が食い違っております故。裏を取るのが今更遅いと言われたら甘んじて受けましょう。ですが、間違えがあったなら正さねばなりません」
慇懃に見えて「お前やったな?」と言っているようなものである。
「アカヘビ。そもそも、アルザの工房を没収したのは何故じゃ? あんな被害を出してまで、のう?」
「それはアルザが私的に工房を使っていたから抑えたまでのこと。お前達も被害を知っているだろう。ヤツは猛毒を罠にしていたのだぞ!」
「アオマシラ。ヌシには聞いておらぬ。その命を下したのはアカヘビじゃて」
シラホネがピシャリというと、青い頭巾で顔を覆うアオマシラは「おのれ……」と殺気を滲ませる。
「シラホネ。我からはアオマシラの言葉以外には何も無いぞ」
「ふぅむ。経費も報告と実態が全然合っておらなんだのも、何も無いのウチにはいるというのかのぅ?」
「なぁアカヘビよ。腹ァ割って話さねえといけねえ段だぜ。まさかとは思うがよ――イザヨイの秘伝。おめえ、そういうの狙ってアルザをハメたんじゃあねえか?」
「キエンビ、何を!」
「何をじゃねえよテメエ。いい加減にしろい! ネタァ上がってんだよ」
ダン、とキエンビが机を叩く。強かにも、指は腰のカタナの鯉口に添えられている。
「貴様、評議会でカタナを抜くか」
「うるせえ、こちとら本部からお達しが来てンだよ!」
「本部だと!」
「アカヘビ様。当ニンジャギルドよりニンジャ二〇数名が本部に出頭、アルザの追放に異を唱えました。曰く、アカヘビ様がアルザの秘伝を奪うためにこの追放劇を演じたと。証拠も揃えているとの事です」
「馬鹿な。どうせ下忍の戯言であろう。これだから絆された女ニンジャは!」
そう言うと、キエンビは白鞘の柄から手を離す。
代わりにニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、アゴをさすっていた。
「――ほぉ。筆頭様となると二〇数名って聞いただけで、全員下忍の女ニンジャってところまで解るってか。いや流石は筆頭。一人ひとりの人間関係も今日の出番の頭数まで全部把握してんだな?」
「彼女らはええ、確かにアルザの指導を受けた親しき仲。絆されたと言っても過言ではないでしょうが――アカヘビ様、彼女たちの事を知っているとなると、下忍のことなど知らぬというお言葉に齟齬が生じますが……」
しまったと、アカヘビは心の中で舌打ちをする。
本部への通報と聞いて焦ってしまった。
こいつらはもうアカヘビが真っ黒だと決めつけているようだ。
ここで殺るかと、アカヘビが身構える。アオマシラもだ。
それを読み取ったのか、キエンビの刀の妖気は膨らみ、クロショウジョウの無表情の顔に僅かに血気が走る。
一触即発の事態である。
誰かが少しでも動いたならば、ニンジャギルドでも希に見る血みどろの戦いとなるだろう。
だがそこへ、シラホネがパンパンと手をたたき馬を収める。
「これこれ、争ってはならぬ。話の場であるぞ。二人ともからかいすぎじゃ。揚げ足ならいくらでも取れる――じゃがアカヘビ、ちと分が悪いの?」
ニヤリとシラホネが笑った。
アカヘビはこのまま全員を焼き払ってやろうかと思ったが、務めて我慢した。
このまま三人を葬ったところで、本部の追訴はどうにもならない。
あとから調査という名の粛清部隊が寝首をかきに来るだけだ。
――まさか、下忍に足元をすくわれるとは。
あの女ニンジャたちが告発しなければ、この忙しい三人はアルザ粛清を快諾したというのに。散々招集を断ったのは、再調査の為なのだと今わかった。
やはりあのアルザという男は只者ではない。
こうなることを見越して女ニンジャたちをタラシこんでいたのか。
下手をすると師と同様に自由を手に入れるため、ワザと追放されたのかもしれない。
その後どこぞで実績でも積めば、本部の方から「サーセン戻ってきてくれませんかね」と言ってくる。
そう、例えば――ダンジョンを攻略するとか。
(だから王都アイングラード……ダンジョン都市か!)
――やられた。
実際はアルザがたまたま近くの職のありそうな街に出ただけなのだが、少なくともアカヘビには、全て手のひらで踊らされたような気分になった。
どこで間違えたのか。
やはり、イザヨイを出し抜くなど不可能だったのか?
いいや、まだ策はある。
アカヘビは崩れそうになった膝に活を入れる。
「――半月だ。その間にアルザの正体を、お前達に見せてやろう。さすれば我が報告書も納得がいくというものだ」
「ほぉーう正体と来たか。おもしれえ。なら見せてもらおうか。見せられるなら儂は文句ねえ。クロショウジョウはどうだ?」
「ウチは若輩者なので。アカヘビ様がそう申しますなら、何も文句はございませんよ。シラホネ様は?」
「筆頭がそう言うなら婆からは何もないよ。半月後じゃな。では、そのように」
シラホネはそう言うと、次の瞬間にはもう消えていた。流石は縮地の術を極めた老婆である。
キエンビは目を合わさずにその場を離れ、クロショウジョウは「ご無礼仕りました」と頭を下げて出ていく。
残ったアカヘビは腕を組み、目をつむる。横のアオマシラは表情に出さずとも明らかに狼狽していた。
「証明できぬと知って簡単に引き下がったか。舐めおって」
「どうするアカヘビ殿。我らの策、ほつれておるぞ」
「心配ない。事の露見自体は想定の範囲内だ。少し……いやかなり早かっただけのこと。それにアルザの事は既に所在を掴んでおる」
そう言うとアオマシラの目に安堵の色が見える。
アカヘビは「小心者が」と心のなかで吐き捨てた。
「貴様もイザヨイに恨みあるなら、最後まで付き合ってもらおうか」
そう言うと、アオマシラは静かに頷いた。御しやすいなとアカヘビは心の中で笑う。
ニンジャは職人のような部分もあり、自分の技に絶対的な自信がある。それをけなされたアオマシラは――当然、外道と言われて然るべき技であるが――ライラ=イザヨイに復讐心を燃やしているからこそ、アカヘビの策に乗ったのだった。
「アカヘビ殿、ヤツを葬る策はあるのか? 若者とはいえイザヨイだぞ? 我々の否決が無かったらとっくに上忍のあやつに、無傷で勝てるとは思えぬ」
「こんな時のためにいいネタを仕込んである。王都は面白いのう。あそこはここ以上に、欲望が渦巻いておる」




