第11話 訪問治療でござる
王都アイングラードのメインストリート。その東側が商業地区である。
鍛冶ギルドの束ねる鍛冶屋が集中していて、そこら中から金槌の音が常に聞こえてくる。
ナナと共に向かったのはその中でも目立つ大きな工房。看板に『トカゲ堂』と書かれた立派な店だった。
「誰だてめェ! ナナは嫁にやらんぞ!」
普通なら「いらっしゃいませ」という言葉が来るはずが、暖簾を潜って飛んできたのは投げ斧だった。
壁に刺さるそれを見て青ざめるリンネ。
一方でアルザは「お、これ欲しい」と手斧を眺めていた。
「親方ァ! 何するんスか! お客さんですよ!」
「うるせぇ! テメェまた親父に黙って男ひっかけやがって! オラァが手ぇ動かせねえ時に……ぐす、なんてぇ親不孝もんだ」
奥にいた大柄でマッシブなヒゲもじゃが親方なのだろう。怒ったかと思いきやいきなり泣いた。
周囲には酒瓶がゴロゴロ転がっている。相当に荒れているようだ。
看板を注文した時は彼は奥にいて、弟子であろうドワーフの若者達が対応してくれたのだが……彼らは荒れに荒れた師に困り果てていた。
「す、すいませんッス旦那サン。お父ちゃん……ああいや、親方が怪我してからどうも心が弱っちまって」
再びしょんぼりするナナ。
確かに斧を投げるくらいには荒れているが、よく見ると利き腕であろう右腕の肘まで包帯がぐるぐる巻き。左腕で酒を飲んでいるが、右腕はピクリとも動いていない。
「旦那様。見た目によらずかなりの重症では?」
「よく見てるねリンネ。なんとなく見当がついた――あの親方さん?」
「何でぇ! 客なら今は仕事にならねえ! けえれ!」
「ああいや、俺は薬師なので」
「薬師だァ!? 業物腰に下げて何が薬師だ! リーザに惚れた上級冒険者だろうあァ!?」
業物というのは典雅丸の事だろう。
鞘の中に納めたまま刀のレア度を見抜くとは、確かに腕が立つらしい。
「元ニンジャです。今は薬師やってるので……ちょっと患部を見せてくれますか?」
「薬でも塗るってか。無駄だ無駄! ファイアリザードの革ァそのまま握っちまったんだ。ただの火傷じゃねえ!」
「ファイアリザードか。それだと炎の残留魔力が骨まで残る」
「教会の回復師も匙投げやがった。その上一人娘のリーザまでいなくなってオラァよ……うおぉん!」
「親方! だから毎回オレに男ができたって誤解すんのヤメてくれよォ!」
傷というより心の方が重症のようだ。
話を聞いているとナナは実の娘で、大事にしているが故の荒れ方なのだろう。
埒が明かない。どうしたもんかと考えると、リンネがグイグイと引っ張っては、シュッシュと手裏剣を投げる真似をしていた。
「旦那様出番ですよ。そのチート級の手裏剣でびっくりさせましょう」
「それってどうなんだろ。薬師なんだけど」
「いーんですよ、インパクトが大事!」
と彼女はサムズアップしてきた。
確かに彼女の言うとおりだ。
このまま放っておくと親子喧嘩がヒートアップして収集がつかない。
ということで埒を明けるようにする。
ヒュッ!
ドカッ!
親方とリーザが言い合っている中、アルザはフッと手を払うように手裏剣を投げる。
ギリギリ掠めるようにして飛んだ十字手裏剣が包帯を斬り飛ばし、そのまま上へカーブして木組の天井にドカドカと突き刺さった。
ハラハラと落ちる包帯のくずの中から現れたのは、痛々しい患部。思ったよりもかなり傷が進行していた。
「!? 包帯が!?」
「お父ちゃん!?」
「親方!!」
突然の凄技に、トカゲ堂の面々が呆気に取られる。
大荒れの店内は一転、水を打ったような静けさに包まれた。
「落ち着いて。とりあえず患部を見せてください」
「お、おう……」
アルザが近づくと、毒気の抜かれた親方は素直に腕を見せてきた。
「なるほど。確かにただの火傷じゃない。魔力炎症で一番酷いのだ」
「ど、どうなんでぇ」
「問題ないですよ。塗り薬を処方します。リンネ」
「はいはい鞄持ちのリンネちゃんです」
リンネがトテトテと近寄って、はいどーぞと振り向く。
背中には革製の大きな鞄。荷運び師が扱う特別製である。
アルザが取り出したのは瓶に入った薄紫色の軟膏。見た目が完全に毒である。さらに取り出したタクトのようなもので薬をすくい上げていた。
「何でぇその棒切れはよ!」
「ユニコーンの角で出来たタクトですよ。これで軟膏を伸ばすといい感じで魔力が浸透するんです」
「聞いた事ねぇぞそんなやり方」
「これはお師匠様直伝でね。最初は痛みますが我慢してください」
「――ッ!」
顔を顰める親方をよそに、静かに塗っていくアルザ。
手慣れた手つきなのは、怪我をした教え子たちに塗りまくったからである。
しばらくすると早速効能が現れ始めた。
「親方! 腕から湯気が!」
「何じゃあこりゃあ!?」
「残留魔力ですね。こんなに出てくるなんて。親方さん、相当痛かったんじゃないですか?」
ジュワジュワと腕から出てくるのは湯気に似た魔力。
やがて親方の眉間の皺も取れて、段々と顔も優しく――を通り越して、何だかだらしなくなってきた。
「ああ〜気持ちええ〜何だか天国にいる気分じゃあ〜」
「親方? なんかヨダレ垂れてるっスけど」
「……しまった」
「しまった!? 旦那サン!?」
「ドワーフなら大丈夫かと思ったけど。ニンジャ用の鎮痛成分が効きすぎてるみたいだ」
「あ〜もう何だかどうでも良くなってきたのぉ〜」
親方の顔が、弟子たちには見せられないような感じになってきた。
その様子にリンネはイヒヒと背後で笑う。
「やりますね旦那様。上物のブツを惜しみなく使うだなんて」
「上物のブツ!? ちょ、大丈夫なんスか!?」
「言い方! ……大丈夫。鎮痛成分はすぐ消えるよ」
鎮痛成分は自白や房中術にすら使われるサキュバスエキスなのだが、流石にアルザは黙っておいた。毒と薬は紙一重なのである。
「お〜お前らよう迷惑かけたのぉ〜。いつもありがとうな〜感謝しとるでよぉ〜」
「お、親方が俺たちを労った!?」
「ここ数年そんな言葉聞いてねえぞ」
「ちょっと嬉しくなっちまった。いつも厳しい親方が、よぉ」
「腕が治ったら飯でもおごっちゃるわい〜」
「お父ちゃん……」
上機嫌の親方と、そのポロリした本音に咽び泣く弟子たち。
苛烈で厳しい人だったのだろうが、その実弟子思いだったらしい。
アルザは「お師匠様に褒めてもらうとかいいなー」と思いつつ、軟膏を拭き取っては追加でぬりぬり。患部はみるみるうちに治っていく。
やがて鎮静効果が切れたのか、親方がハッとして腕を見る。
まだ跡は残るものの、太腕が動かせるまでになっていた。
「お、おお凄え。ドワーフ引退モンの傷がすぐ治りやがった」
「ドワーフは土魔力体質ですから、残留魔力が残りやすいですものね」
「……お見それしました。若ェのに大した旦那だ!」
わっはっはと笑う親方が、あぐらをかいたまま感謝とばかりに頭を下げてくる。
それに倣うようにして、弟子たちもナナもアルザに頭を下げていた。
「もうダメだと思ったぜ。こいつらどうやって食わそうとか、ナナの事思ってたら荒れちまってよ。情けねえったらありゃしねえ」
「いいお師匠様じゃないですか。そういう人はいい仕事をします。看板を任せて良かった」
スルッと職人の心に響くことを言うアルザに、リンネは「魔性のタラシだな」と心の中で唸る。
現に親方はすっかりアルザの事に気を許していた。
「お礼をしなきゃあな。看板のお代はいらねえ。採算度外視! バッチリ目立つやつを作ってやらあ!」
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