第01話 追放でござる
新作です。よろしくお願いします。
「中忍アルザ=イザヨイ。本日をもってギルドより追放処分とする」
重苦しい言葉が、ニンジャギルドの大部屋に響いた。
ここは王都アイングラードから離れた森の中。不死者すら近寄らないその奥に、ひっそりと隠れるようにある集落――ニンジャギルド。
今宵、満月の日に開かれた五人の上忍による評議会は、とある一人の男に判決を言い渡していた。
怪物めいた雰囲気の彼らを前に、ただ静かに平伏するその男もまたニンジャ。
彼の名はアルザ。歳は十八、人間族の男。豹のようにしなやかな肉体に、精悍な顔つきと氷のような目。まさにお手本のようなニンジャであった。
ニンジャとは特殊な職業の一つである。『術』と呼ばれる独特なスペルを操り、修行の果てに超人的な身体能力を得た者たち。雇うには金がかかるも、それに見合う確かな戦闘力が売り。その証拠に、歴代の勇者パーティーに必ず一人ニンジャがいるほどだ。
さて、このアルザなる若者。
中忍ながらその実力は上忍たちも認めている。
たかが中忍などと、誰も油断はしていない。
それどころか万一の備えに天井にも床下にも、幾人ものニンジャたちを配備していた。
無数の殺気がアルザに集中する。
それでも尚、堂々と。
冷や汗一つかかずに平伏する彼の胸中は――
(ややややばい! こここ、怖くてもももも漏れそうだ!)
上忍たちの警戒とは裏腹に、バチクソにビビり散らかしていた。
ただ、それでも佇まいは堂々たるもの。「とりあえずハッタリ効かせたら勝ち」という師の教えが功を奏しているようだ。
「流石はイザヨイの名を継ぐもの」
「上忍たちを前にチビらぬとは」
「某だったら絶対、大を漏らす」
「なんなら漏らした」
至る所から虫の羽音より小さな声で称賛と、そして上忍への恐怖が聴こえてくる。それほどまでに上忍は強いということらしい。
そんな上忍たちはアルザへと口々に非難の言葉を浴びせていた。
「貴方の命令違反はかなり多い。特に暗殺業を拒んでいるそうですね。その上、助っ人の仕事ですら途中離脱したと苦情が多くあります」
「下忍の指導もぬるい訓練ばかり課すって聞いたぜ。てめえ、ギルドを腑抜けにする気か、あぁ?」
「ふぅむ。仕事を放り出し、あろうことか怪しげな忍薬ばかりを作るともあるの。英雄イザヨイの弟子とて、この額を経費でか……流石にのぅ」
「英雄も英雄である。数年前フラッと来たかと思えば、好き勝手に振る舞った挙句、弟子を残して雲隠れしおって。教育はどうなっているのだ!」
上忍評議会の面々は激おこであった。
しかしながら、純粋な怒りとも言えない様子。
中にはニヤニヤを押し殺す上忍までもいる。
――どうやら、アルザの追放には正統な理由以外の何かがあるようだ。
一方アルザは平伏したまま、心臓ドッキドキ。
いつ手裏剣が飛んでくるのかと気が気ではない。
遁走術に長けるアルザだが、この状況で安全に逃げることは難しいだろう。
それにこの裁判めいた詰めも、本人も思い当たるところがあるようだ。
暗殺を拒んだのは事実なのだ。だってそーゆーの嫌なんだもの。
お師匠様が「ああいうのは良くないわ」と言っていたので、自分も「ですよね」と教えに従ったまで。
ニンジャとはまず師を仰ぐもの。それはニンジャギルド憲章にも書かれている。ならば自分はそれを守るまでである。
そもそも任された数も多すぎたので人に引き継いだハズなのだが……全部命令違反にカウントされてる?
高位の冒険者パーティーの助っ人うんぬんについては弁明がある。
アルザは冒険者ギルドを介して助っ人で呼ばれると、徹底的に裏方に務める。雑魚モンスター掃討も、ボス戦の援護もかなり頑張っていた。
だが隠密術を効かせすぎた結果、その都度存在を忘れられる。「え、お前なんか仕事したの?」と言われるのはまだいい方で、ドタキャンされたと苦情を受けたこともあった。
忍薬の開発、そして訓練の如何についてはちょっと文句がある。
基本的に中忍以上は下忍を指導する立場にあり、指導者によっては死ぬより辛い試練を課す者もいる。
特にアルザは伝説的女ニンジャのライラ=イザヨイを師を持ち、弟子になってから相当に苦労した。あれは爆乳美女の皮を被った魔人だと今でも思っている。
せめて後輩達は効率的で怪我の少ない訓練をと色々工夫して頑張った。ついでに趣味が忍薬作りなので、怪我をした後輩には高級素材も惜しみなく使ってあげた。
だがその結果がぬるいというレッテルと、忍工房で遊んでいるという誤解を生んだようだ。解せぬ。
え、これマジの冤罪じゃないですか?
などと、縦社会で上忍相手にそんな事言えるはずもなく。
それどころか「あーでもやっぱり、俺がダメなのかな」なんて思い始めると、一気に凹んでしまう。
自信など最初から無く、ニンジャも向いてないと思い始めた矢先にこのお叱りである。いよいよ転職を考える時期なのかもしれない――
つまるところアルザというニンジャは見た目とは裏腹に根は優しく俗っぽく、それでいて化け物じみた師のお陰で自己肯定感が床ペロレベルに低い。そんな、悲しきニンジャであった。
そろそろ冷静を保つのも限界である。
ここでひと暴れする……という案は早々に廃棄して。
お尻が爆発四散する前に、どうにか穏便に済ませて然るべき場所で大便を放り出せないか。
猛烈な便意とプレッシャーの中、やがてまともな思考も消え失せて、「もーやだーお師匠様ー」と泣べそをかきそうになった――その時。上忍の一人がこほんと咳払いをした。
「直ぐに身支度を整え、当ギルドを去るべし。その折にニンジャの肩書きを捨てるがいい」
アルザはその判決にホッとした。今すぐ腹を切れとか、斬首とか言われたら今度こそ出ちゃうと思ったからだ。
「――お世話になりました。それでは、俺はこれで」
判決が出たならば、最早ここにいる理由もなし。
おトイレ行きたい。
今すぐナウで。
それにチクチクと刺さる殺気も流石に限界。
マジで大する五秒前。
アルザはそそくさと大部屋を出ようとしたのだが――
「待て」
と呼び止められて、顔がこわばってしまった。
泣き出しそうなのを我慢して振り返ったアルザの顔。
それはまるで、今にも飛びかからんとする虎か狼のようだった。
――げに恐ろしきは、窮したニンジャである。
窮鼠猫を噛むとも言うが、ニンジャは命と引き換えにドラゴンをも巻き込み自爆する。
しかもアルザは勇者と共に在った伝説のニンジャの弟子である。下手をすると、集落が吹き飛びかねない爆弾を持っているのかもと、上忍たちが警戒するのは当然である。
本人は確かに、別の意味で大きな爆弾を抱えているのだが――。
再び殺気立つニンジャギルド。
最後の力を振り絞り、お尻にエールを送るアルザ。
全く噛み合わない緊張感が張り詰めて、しばらく。
板の間に響くのは、上忍たちの無慈悲な言葉だった。
「貴様の忍工房は没収、これより一切の立ち入りを禁ずる」
有無を言わさぬ上忍のその迫力たるや。
天井裏の下忍たちは何人かチビったようである。
アルザはもうとっくに心が折れていて、「御意」と一言だけ言って去っていった。
「……はぁ、参った。明日からどう生きればいいんだろう」
素早くトイレに駆け込んで、何とか危機を脱したアルザだが……追放という現実に背を丸め、夜道をトボトボと歩く。
しかしながらこの追放こそが彼の人生を、そしてダンジョン都市の命運を大きく変えることになろうとは、誰も知る由もなかった。
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