4-8.一難去ってまた一難
「良い子ね。貴方のそういう殊勝なところ、嫌いじゃないわ」
「靡かないと分かったお前に好かれようとは思わんよ。それより、俺の準備は出来た。話しを聞こう」
「いいわ、教えてあげる。と、言っても、彼女の住んでいる町も分からなければ生活圏も知らないのよね。何せ私たちも彼女を追っている身だから」
「話しにならんな、それで交渉できるとどうして考える?」
「だって仕方ないじゃない?彼女は世界中の何処に現れるか分からないくらい神出鬼没なのよ」
「世界中、だと?」
側にいるルイスにしか気付けないほど僅かにだけ吊り上がったディアナの口角。それは獲物が罠にかかったことへの自然な喜びであり、視線を向けられたことで狩人の気配を察したルイスが『げっ……』と退いてしまうほど愉しげな雰囲気。
「空を飛び、遥か彼方の獣人の国まで出向いているのも確認しているわ。そしてなにより驚異的な攻撃力は、王城を一撃の元に消し飛ばしたのもこの目で見ている。
どう?ますます興味を唆る話しになってきたんじゃない?」
返答など聞くまでもなくとも、これ見よがしに口角を吊り上げたドミニャスの顔を見れば黒き厄災への興味が増したことが窺える。
彼が追い求めるのはディアナの影。誰もが目を見張るような極上の容姿をしながらも、自分と同等かそれ以上の実力を兼ね備えた操者を欲しているのだ。
背中を預けられる相棒を求めている、それを分かっているディアナは飲ませた釣り針が喉元に食い込んだ手応えを確かに感じた。
あとは釣り上げ、調理するのみ。
「黒き厄災の居場所は分からない。けど、現れそうな場所は予測がつく。そうよね、ルイス?」
予想だにしなかった問いかけに思わず『は?』と漏らしそうになったルイスだが、今の主題は黒き厄災ではなくドミニャスを退かせることだと気付き、彼女を見据えて肯定も否定もしないままに無言を貫いた。
それが正解とばかりに微笑んだディアナは視線を戻して仕上げに入る。
「彼女の目的は世界を混沌へ導くこと。これを踏まえれば、次に現れるのは二箇所に絞られる」
「一つは戦争の始まりそうなキファライオ王国、か?」
「ええ、その通り。侵攻しているメラノウン帝国より戦場となるキファライオ王国に現れる可能性が高いでしょうね。
そして私が本命だと睨んでいるもう一箇所。 リヒテンベルグ帝国と肩を並べる大国アナドリィにちょっかいをかけようとしているヴィルマンとエヴリブ。水面下で動き続けていた二国に対してアナドリィ王国が動きを見せたそうよ」
「戦争確実なキファライオよりも種火を本火に昇華する方が世界の混乱は加速する、か」
「流石に飲み込みが早いわね。まさにその通りだと私は思うわ」
「だが、なんでその女は混沌を望む?」
「そんなこと、私が知るわけないわ。疑問に思うのなら彼女に直接聞けば良くない?」
ふむ……と、金属にコーティングされた指先を顎に当ててしばし物思いに耽るドミニャス。彼の中で黒き厄災を追うことはすでに決定事項ではあるのだが、居場所が分からぬでは話しにならない。
「どちらに行くのか迷ってるのかしら?」
「それもあるが、国を限定できたとしても範囲が広すぎて手に余る。情報を得る伝手でもあればまた違うのだろうが、一人で一国を探すとなると……」
「それなら貴方を見込んでお願いがあるんだけど?」
「お願い?」
「私たちも彼女を追っているとはさっき言ったわよね?この国を後にしたら私達はキファライオに行く。だから貴方にはアナドリィ王国に行ってほしいのよ」
「……見返りは?」
「アナドリィ第二の都市ポンポヤージには諜報員の知り合いが居るわ。黒き厄災捜索に協力してくれるよう紹介状を書くから、探せる範囲は格段に上がるはずよ?」
元コロシアムのメンバーを引っ張り出すか、とも考えたドミニャスだが、アナドリィ王国への亡命だけならいざ知らず、あのチュアランが利害の一致しないことに首を突っ込むとも思えない。
生きる目標を見つけたはいいが、いきなり首が回らなくなりそうだったところに来て諜報員の協力が得られるなど願ってもないこと。
彼らの情報は有用だと知ってはいるものの、一般人がおいそれと接触出来るような者たちではないのだ。ましてや仕事の依頼などそう簡単に受けてはくれない。
「もう一つの懸念だが……」
「移動手段のことね?それなら良いものがあるの」
『ニナ、昨日完成した例のヤツ、持ってきてくれない?』
『アレを、ですか?分かりました』
通信機を通して指示を出して一分。ミネルバ後部のハッチが開き、バイクに跨るニナが出てきたかと思えば、まるで川の上を流れる笹舟のように一切の抵抗を感じさせない滑らかな動きでやってくる。
その姿に終始釘付けになるドミニャスを見て人知れず深まるディアナの微笑み。
「……自動、二輪?」
微風に靡く金の髪と、己に向けられた金の瞳。エルフ特有の美しき顔に見惚れつつも、それ以上に興味を唆られるのはやはりその乗り物。明らかに通常のバイクとは異なる多大な違和感には疑問を持たざるを得ない。
二人の間に横付けにされた車体、それは全身が真っ黒に染め上げられ光沢の有無でメリハリが付けられている。加えて車体下部を走る鏡面とも言えるほどピカピカの銀のマフラーがアクセントとなり、男心をくすぐる見た目に仕上がっているのは一般のモノと遜色ないのだが、いかんせん、バイク最大の味ともいえる腹に響くようなエンジン音が一切聞こえてこなかった。
「自動二輪じゃなくて魔導二輪よ」
「魔導二輪……だと?」
リヒテンベルグ帝国の開発した最新鋭の魔導バイク、それを再現したのがこの機体。
確かにレーンの持ち込んだ見本となる物はあった。だがしかし、いくら暇を持て余したとはいえ、僅か一週間でものの見事に再現するに至った爺ちゃんズは異常ではあるものの、それをおかしいと指摘してやる人間がミネルバには居なかった。
軽やかな動きでバイクから降りたニナは、操作権限を示す黒い腕輪を外してドミニャスへと放り投げた。
それを立てた人差し指で受け止めたドミニャスはすぐに緑と白の光に包まれ生身となる。
「魔攻機装と同じで魔力を消費して走ります。機体が軽いうえに移動に特化しているため消費魔力がかなり抑えられており、新米の操者でも一日中走らせることが可能でしょう。
縮小版とはいえアリベラーテが二機も搭載されているため最高速度はバイクの三倍。それも快適に運転出来るよう、取り付けられた魔石により風の抵抗は好みで調整可能となってます」
もはやソレしか目に入らぬといったおぼつかない足取りで魔導バイクへと足を進めるドミニャス。緊張した面持ちでおそるおそる手を伸ばすと、まるで腫れ物にでも触れるかのように、滑らかな曲線を描く魅惑のボディへと手を這わせた。
「気に入ったのなら……」
「コレを売ってくれ! いくらだ!?」
ガバッ!と音が聞こえそうなほど勢いよく上げられた顔からは期待に満ち満ちた視線。まっすぐに向けられる空色の瞳は少年のようにキラキラとしている。
言葉を遮られたディアナは苦笑いを浮かべつつも内心、笑いが止まらない。
(最悪貸し出すつもりだったけど、思いの外良い方向に流れたわね)
ザルツラウで荒稼ぎした資金の半分以上はニナの魔攻機装【イザイラム】の部品を始めとする様々な金属の購入費で徴収されてしまった。
元々節約などする気のないディアナに加え、その言葉自体知っているかも怪しいレーンが中心の集団なのだ。他人が羨むほど十全な資金があったとて行く町行く町で散財すれば底など簡単に見えるというもの。
目減りした資金の調達を考えていた矢先、目の前に置かれたネギを背負った鴨が意気揚々と鍋に飛び込んできたのだ。上手く行きすぎて笑えてくるのも無理はない。
「そうね〜、天下のリヒテンベルグでも三台しか無いと聞いているわ。それから考えても最先端の機体なのよね……ん〜、こんなとこでどう?」
紅い粒子に包まれたディアナが生身に戻ると、何処からともなく取り出した電卓を弾いて金額を提示してみせる。
「っ!? お、お前……足元見てるのか?」
移り変わりの激しい心を魔導バイクに奪われたドミニャスだが、その数字を見た瞬間、ハタと我に帰る。
それは当然の反応。何せディアナが示したのは、最新の魔攻機装が三機も買えるほどのボッタクリ金額。富裕層が一生で稼ぐ平均額の三倍以上である。
「あら、嫌なら別に良いわ。代わりにふつ〜のバイク持ってきてあげるから、それならタダで貸してあげる……嫌なら、ね」
「ばっ!…………三割まけるなら……」
「最先端の機体なのよ?技術料をバカにしてるわ。でも、昔のよしみですもの、一割くらいはまけてあげなくも……」
「即金で二割引き!それ以上は出せん」
「二割ぃ〜?……ん〜、まぁ、共通の目的のために動く仲間ってことでぇ、仕方なくそれで手を打ってあげるかぁ……でも、仕方なくだからね?」
「ああっ! 恩に着る!」
欲しいものを手に入れて少年のような笑顔を讃えるドミニャス。しかし溜め込んでいた財布の中身はすっからかんになってしまった。
一方のディアナは眉根を寄せて少しばかり不機嫌を演出するが、魔導バイクは爺ちゃんズが造ったものであり手間もかかってない上、材料費とて魔攻機装ほど特殊な金属を使用するわけではないのでそれほど高くない……つまりはボロ儲け。それを顔に出さないよう気を引き締めることに全力を注いでいる。
「あ、これはオマケにあげるわ。各町にある通信機の電波を拝借するから、お互いが何処かの町に居れば連絡が取れるはずよ?」
コロシアムで使われていた端末で支払いを終えたドミニャスに渡される小さなインカム。それはディアナが造り出し、更に改良の加えられた物だった。
「国家機密レベルの魔導具をおいそれと……まぁ、例の女を見つけたら連絡をする」
困惑を見せながらも魔導バイクの起動キーたる黒い腕輪を装着したドミニャスは、待ちきれないとばかりにハンドルに手を伸ばす。
「向かう先はアナドリィ王国第二の都市ポンポヤージ『梟のとまり木』、忘れないでね?」
「了解だ。 じゃあ、行くぜ?」
まるで滑るよう、音もなく動き出した魔導バイクは取り囲んでいた人垣を抜けたと同時、青白い光を撒き散らして勢いよく加速する。
「人……轢かないでよ?」
生身となったルイスがディアナの隣に並び立つと、彼女の漏らした一言に乾いた笑いを浮かべる。
命を狙われたかと思いきや、終わってみれば彼もまた自分と同じく黒き厄災を追うこととなった。
嵐のようにやってきて、嵐の如く去っていく。結果としては仲間が増えたようで万々歳。で、あれば、さっきの死闘はなんだったのかと小首を傾げようとした矢先、さりげなく隣にやってきたニナが小指を絡める。
「ちょっ!? ルイス!!!」
ほんのり恥じらうように見つめ合う黒と金の瞳。良い雰囲気を醸し出していることに気付いたディアナが距離を取らすべく二人の間へと慌てて分け入った矢先のこと。腹の底に響くような重低音を捉えて動きを止めた。
「アレってもしかして……」
釣られて視線を向ければ音の主は本物のバイク。それも一度見たら忘れられない、煌びやかなメタリックオレンジの派手な車体。
「何で貴女がここにいるのよ!?」
勢いよくやって来たバイクは横滑りの末に軽い土埃を巻き上げミネルバの前に停止した。
整備された石畳を蹴り付ける厚底のブーツ。その運転手たる黒いつなぎに身を包む女が長い足を回して颯爽と降りると、窮屈だったヘルメットを脱ぎ去り、頭を振って艶やかな黒髪を宙に舞わせる。
現れたのは、思わず感嘆が漏れるほど万人受けする不思議な魅力を讃える整った顔。そのブラウンの眼が見つめるのはミネルバから見下ろす碧い瞳のみ。
「ダーリン! やっと会えたわっ♪」




