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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第四章
95/119

4-6.この世にはロジックがあふれている

 あまりにも当たり前過ぎて意識が向かずとも、我々の生活する地上はありとあらゆる場所に大気が満ちている。


 その一方、作為を持たない限りまずもって存在し得ないのだが、あらゆる物質、そう、この世に溢れている大気すらもない無物質空間を “真空” と呼ぶのはご存じだろうか?

 実際には完全なる無物質の空間というのは理論上の話であって存在が不可能ではあるが、それに近い状態、つまり、有るはずの大気が限りなく少なくなった状態のことを指し示す。


 この時、超低気圧状態となっているのは言うまでもないが、正常な圧力を持つ周りの大気はその存在を許さない。


 例え何らかの理由で真空が生み出されたとしても、周りにひしめく大気が雪崩込み一瞬にして元通りとなる。それは大量の水を湛える海を割ろうともすぐに元に戻ってしまうのと同じ現象だ。


 だが、同じではないのがその時に掛かる圧力。世界を埋め尽くしていると言っても過言ではない大気には、我々が生きる上で障害が無かろうとも、その実、想像を絶する力を秘めている。


 巨大な低気圧たる台風でさえ中心気圧は900hPa程度。その時に吹く風でさえ秒速85m、時速換算すれば300kmにもなる。


 風とは気圧の高い方から低い方へと大気が流れることで発生する自然現象であり、標準気圧が約1000hPaであることを踏まえても、その高低差でソレなのだ。規模は違えど、真空へと向かう大気の流れは熾烈な風となるのは考えるまでもない。なにせ真空とは0気圧にほど近い状態なのだから。


 当然それは真空の規模により変化するものだが、いくら質量が少ないとはいえ音速など遥かに超える速度で打つかる大気同士。

 我先にと全方位から押し寄せ、想像を絶する勢いのまま中心で打つかり合った大気は逃げ場を失い圧縮され、あらゆる物を破壊する超絶な圧力となる。


 そして大気の流入が収まれば一転、溜め込んだ圧力が解放されると同時に衝撃波をも生み出す。



 長々とした説明となったが、このように、大量の圧力が内側にかかることで発生する破壊現象の事を『爆縮』と言うのである。

 


△▽



 先の魔法効果により加速を続ける緑刃は空気を斬り裂き、軌跡として置き去りにされた魔力の粒子が彩る場所は僅かながらも真空と化していた。


 その空気の隙間を埋めるべく巻き起こる連続した爆縮。真空へと群がった大気が緑刃を押し出し、更なる加速を生み続ける。これこそが二段階に及ぶドミニャスの必殺の一撃であり、加速が頂点に達した緑刃を人の目で捉えるのは不可能である。


 下から迫る緑刃に弾かれる白銀の刃。一点の曇りすら見られないピカピカの剣身が陽の光を反射した直後、上からやって来たもう一方の緑刃に弾き飛ばされ、それと繋がるルイスの身体が開いて無防備に晒された。


 直前の抵抗などものともせず、狙いへと押し迫る魔力で作られし刃の交点はルイスの首。過去を払拭しようとするドミニャスの思いは強く、些細な抵抗如きではその軌道がブレることはない。


⦅あーあ、弾かれちゃった。衝撃が来るって分かってるんだからもっと気合い入れないと……って、もう聞こえてないわね⦆


 時の流れがゆっくりに感じるほどの脳内処理は生身の人間には負担が大きい。ごく僅かな間であれば大した影響は無いものの、まだほんの数回しかこなしてないルイスに長時間の強化は無理なのである。


⦅このままだと首チョンパだぞ?⦆


 平常運行に戻ったルイスからは返事がない。それは分かった上でのアンジェラスの独り言。

 取り残されて少しばかり寂しくも思うが、肉の身体を持たぬ彼女には何の制約もないのだ。


⦅まだまだ未熟ってことだね、まぁ仕方がないか。日々の努力に免じて……って、聞こえてないんだったね⦆


 超高速で迫り来る二本の魔法剣を阻止すべく薄虹色の膜が展開される。


 それぞれに限界はあれど、万物を弾き返す力を秘める魔力障壁(パリエス)。例え耐えきれない衝撃が加えられたとて “割れる反動” という最後の抵抗を用いて攻撃を跳ね返すのが常。


 しかし、そんな常識を覆す魔法剣はまるで豆腐でも切るかの如く虹膜内へ侵入し、ルイスの首を切断せんと猛進を続ける。

 隙が多すぎて使う場面を選ぶ魔法ではあるが、雪辱を晴らすためだけにドミニャスが編み出した魔法は究極とも言える威力を誇っていた。


⦅貴方はもっともっと強くなるのよ、誰よりも……だからお願い、彼女を止めて⦆


 刻一刻と迫る死神の刃。あと数センチまで迫り命の灯火が刈り取られる直前、そっと添えられたアンジェラスの指先がその二本をいとも容易く押し返す。

 まるで誰かの頬でも突つくような柔らかい仕草、たったそれだけの事で真逆へとベクトルを変えた魔法剣は元来た道を戻り始める。



「「──っ!!」」



 互いに弾かれたルイスとドミニャスが目を見開いたのは全くの同時。交差したのは疑問を多分に含む視線だった。


「馬鹿な!アレが防げるだと!?」


 大通りを分断するよう作られた分厚い人垣。大勢が見守る前で片手を突き、地を滑りながらも勢いを殺し切ったドミニャスは、地に顔を向けたまま驚愕に身を震わせる。

 

 確かに感じた魔力障壁(パリエス)を斬る手応え。魔攻機装(ミカニマギア)にとって最大にして最終防御でもある虹膜は破ったのだ、目標との間にはもはや障害など何も無かったはず。にも関わらずルイスの首は繋がったままであり、硬くも柔らかくもない奇妙な感触がしたかと思ったら弾き飛ばされていたのだ。疑問に思わない方がどうかしている。


「今回はここまでよ。続きはまたの機会になさい」


 金色の細剣を持ったまま、腰に手を当てて佇む真紅の機体。

 敵意や殺意といった負の感情が見受けられないその操者(ティリスチー)たるディアナからは、仕方のない者へと向けられる呆れのようなモノが感じられてしまった。



──それが余計に苛立たせる



 同僚や仲間、顔見知り程度まで含めれば、何百という者が殺され、捕縛されることとなったエスクルサ事変。

 そのエスクルサの崩壊と共にドミニャスにとっての生き甲斐であり生活の場でもあったコロシアムは瓦解してしまった。


 しかしそこは、帝国の誇る宮廷十二機士(イクァザム)と比べても決して見劣りしない実力を要するチュアランを中心とするコロシアムの上位メンバー。当然のようにそのほとんどは町を脱出しており、帝国兵に追われながらも逃亡生活を続けているのが現状だ。


 一度は彼らに合流したドミニャスではあったが再三の説得を振り払い袂を分かった。その心にあったのは、ただ一人に対する復讐心のみ。

 絶頂にあった自分をどん底へと叩き落としたルイスに雪辱を晴らすことを腹に決め、何処にいるかも分からぬままに当てのない旅を始めたのだ。


「俺が今を生きるのは俺自身がアイツに負けてなんかないという確証を得るためだ。その邪魔をするとなればディアナ、たとえお前でも押し通るのみ!」


 ゆっくりと立ち上がったドミニャスは右手を掲げる。

 握られジュディオから伸びる魔力の刃は、彼の闘志を表すように輝きが一段強くなった。


 静止された先端が向けられるのは相対するディアナの眉間。

 そんな事をされても殺気が起こるわけではなかったが、聞き分けのない者には身をもって分からせるしかないのだろうとため息を吐きたくなったディアナであった。



△▽



⦅ルイス〜ぅ?おお〜いっ。 戦闘中に寝てるとは余裕かまし過ぎじゃないのぉ?⦆


 一方のルイスは弾かれた勢いにあらがう暇もなく、叩きつけられた建物へと身を預けたままでいる。


 崩れ落ちた外壁に埋まる純白の魔攻機装(ミカニマギア)。他人には見えてはいないが、機体と同じ純白の翼を揺らめかせるアンジェラスがその前でしゃがみ込み、項垂れたままのルイスの頬をペシペシと豪快に叩いているのは笑える光景だ。


 直前で魔力障壁(パリエス)を破られた代償は大きく、直接壁に叩きつけられた衝撃はモロに身体へと伝わった。幸いだったのは後ろ向きに打つかったこと。

 魔攻機装(ミカニマギア)の構造上、太腿から上の前面部は剥き出しではあるものの首や頭を含む背中側は強固な金属に覆われている。それにより致命的なダメージを受けることはなかったのだが意識を刈り取られる結果となった。


⦅ねぇねぇ、もしかしてわざと?それとも寝たふり? それならそれでコッチにも考えがあるんだからっ⦆


 頬で留めた両手で頭を起こし、ゆっくりと顔を近付けて行くアンジェラス。何の戸惑いもなく息の掛かる距離など通り過ぎ、マシュマロのように柔らかな感触をルイスの唇へと届けたところでようやく居眠り王子の瞼が持ち上がる。



「っっ!!!!」



 思わず突き出した手がアンジェラスの豊かな胸を変形させた。

 その事実に見開いた目を更に一段大きくさせたルイスだが『謝罪をしなければ!』との思考を弾き出した頃には、両手で胸を隠しつつ地面にペタンと座り込むアンジェラスからのジトッとした視線に晒されている。


「ご、ごめん……」


 心地良い感覚と共に目を開ければ、すぐ間近に目を瞑る天使の顔。それが何を意味するのかを察するのに時間は掛からなかったものの、なぜそのような事態になっているのかなど分かるはずもない。

 混乱の極みにあったルイスの行動は思考の伴わない反射行動ではあったのだが、それでも女性……ましてやアンジェラスという天上人の胸を “おさわり” するなど許されざる悪行である!!


⦅ルイスのえっち⦆

(不可抗力……って言っても俺がやった事には変わりがないからそれに関しては謝るけど……)

⦅ルイスの意気地なしっ!⦆

(ええっ!?なぜ貶されるのか意味が分からないよ! だいたいっ、なんでキスなんて……)

⦅王子様を目覚めさせるのはお姫様のキスって昔から相場が決まってるのよ?そんなことも知らないの?⦆

(そっ、それは物語の中だけでしょっ!?)

⦅コレだって物語だわ!⦆

(……ちょっと何言ってるか分からない)

⦅…………⦆

(言おう言おうと思ってたんだけど、アンジェはキャラ変わり過ぎじゃない? 最初はあんなにも母性溢れる清楚系だったのに……)

⦅人は、変わりゆくものなのよ⦆

(いやいやいや、アンジェは人じゃないし!)

⦅あぁっ!そういう差別するぅ!?⦆

(っう……ごめんなさい)


 アンジェラスの向こうには背を向ける真紅の機体。その更に向こうにはドミニャスが纏う緑と白のヴェナンディの姿が。


⦅だいたいさぁ、初めて顔を合わせたときは私がお願いする立場だったしぃ?印象良くなかったらお願いなんて聞いてもらえなかったかも知れないじゃないのさ。だから快く受け入れてもらえるようにって思って……⦆

(ごめんアンジェ、その事情は理解したから続きは後でいい?)

⦅あっ、こらっ! ルイス!?⦆


 壁から身を起こしたルイスはアンジェラスの頭に手を置く。女性の頭をくしゃっと一撫でするなど彼らしくない行動ではあった。


 和やかな雰囲気を作り出すアンジェラスのせいで忘れそうになるが今はドミニャスとの戦いの最中。まだ話は終わってないとの抗議の視線は見ないフリして押し退けると、自分の代わりを務めてくれていただろうディアナの隣へと並び立った。




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