4-3.男って、愚かよね
アリベラーテ技術を用いた加圧粒子噴出装置と重力制御機構による空の走行。持てる能力を遺憾なく発揮したミネルバは、ドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の首都メレキヤから人間の国であるモアザンピークの首都アメイジアまでの道のりを僅か一日ちょっとという常識を遥かに逸脱する時間に短縮してみせた。
「なあ、ルイス……」
「何度言っても同じですよ?」
通常走行に切り替えたミネルバの客席部には爺ちゃんズ以外の全員が集まっている。その中に在り異質な存在感を放つのは昨晩逃亡を図ろうとしたグルカだ。
肩から下を余す事なくロープでぐるぐる巻きにされた格好は失笑を誘う姿ではあるものの半日も経てばいい加減見慣れるというもの。
「俺は用事があるって言ってるだろ!おいっ、ルイス!笑ってないでこの縄を解けっ!」
その拘束力は強大無比であり、筋肉の塊であるグルカがいくら暴れようとも切れるどころか解ける素振りすらない。
「家族に会うことより重要な用事って何なのですか?キチンと理由が説明できないのであれば、いくらグルカさんの頼みでも手を貸してあげられないって言ってるじゃないですか」
他ならぬ恩師と呼べる人の頼み、聞いてあげたいという思いはあれど『いらん事するなよ』と無言で訴えかけてくるこの集団のボスからの視線は非常に重い。
それに加えてルイスの動きを抑止するのは『家族』という言葉。
幼い頃に母親は亡くなり、唯一の肉親である父親も黒き厄災の手に掛かり他界した。それと同時に家族同然の付き合いのあった幼馴染をも喪い、天涯孤独となったルイスは家族を持つ者を羨ましく思っている。
エスクルサにてミュリノア、ダニエメ母娘の家に入り浸っていたのにはそんなルイスの心境が大きく関係し、今回グルカに手を貸さないのも家族という絆を大事にして欲しいというエゴの顕われであった。
△▽
リヒテンベルグ帝国の南西に位置するモアザンピークは世界最大の湖【リグラントミレ】を内包する自然豊かな国。そこから得られる水産資源は近隣諸国の台所を潤すだけに留まらず、豊富な水から得られる豊かな土壌を活かした農業も盛んな国であることから、その東に位置するザルツラウ商業連邦と並び二大輸出国家として世界に認知されている。
「頼むっ、ディアナ!俺を逃してくれ!」
城門にて到着の旨を王宮へと伝えてもらった一向は先導を買って出た白馬に跨がる騎士に従い賑やかな人混みを割りながらゆっくりと突き進む。
そんな車内に響く悲痛な声……
「拒否した覚えはないけど認めてあげたつもりもない。勝手に付いてきた居候のくせにたいして役に立ってないんだから、みんなを楽しませるための道化になってくれても良いんじゃないかしら?」
「道化って、お前なぁ」
「ディアナさん、そろそろ……」
口の端を弓形にするディアナは勝ち誇ったように愉しげであったのだが、ルイスの声を受け眉間に皺を寄せると「ディアナ、でしょ!」と異議を申し立てる。
ルイスからすれば敬意を表しての『さん』付け。加えてレーンの彼女であるとの線引きから友達以上の関係に踏み込もうなど欠片も思ってはいない。しかしディアナからすればそれこそが不満。
肉体関係など求めてはいないが、せっかく共に旅をする仲間なのだ。ただの友達以上には仲良くなりたいと思っての “呼び捨て” 要求であるにも関わらず、一向に距離を詰めようとしない事が気に入らなくて仕方がない。
「仕方がない、優しい優しいディアナ様から二つの選択肢をあげるわ」
「お、おぅ……」
「一つ、男らしく観念して腹を括る。もう一つは、芋虫みたいに縛られた今の格好でシーリルの前に突き出される。
さぁ、どっちを選ぶの?」
「役立たずな俺様は一人、アメイジアの町を散歩してくるって選択肢はねぇのか?」
「……どっちにするの?」
半目でジトッと見られては己の意見を通すのは無理なのだと悟りガックリと項垂れたグルカ。
「分かったから縄を解け」
「逃げるから直前までそのままよ」
「チッ!」
「ほーらごらん、油断も隙もありゃしない」
「っつかよ、なんでお前がシーリルの名前を知ってるんだ?」
「そりゃあ友達の名前くらい知ってて当然じゃないの?」
「…………はああぁあっっ!?」
「何を驚く事があるの?私が再生魔法を習得しているのを忘れてたりする?」
再生魔法を使用するには白の魔石の力が必須である。しかし、材料にしても希少な物質を使うために量産が出来ないとされており、それに輪をかけて精製方法自体がフィラルカ聖教により秘匿されているため数が圧倒的に少ない。
さらに、教会が行う適性検査で認められてから半年もの時間をかけて教育が施され、合格率が一割を切るような実地試験に合格してようやく魔石を持つ権利が発生するのだ。
金銭に余裕のある者であれば本人に限り受注生産される白の魔石を買うことが許される。しかし、それ以外の者は魔石の譲渡を条件に各地の教会で働くことを前提とした契約を交わすこととなる。
教会に身を捧げるシスターの中から適正者を探す事がほとんどであることから後者が圧倒的に多いのだが、信仰心の乏しいディアナは当然のように前者であった。
「私が住んでたのはエスクルサよ?再生魔法を習得しようと思ったら帝都の教会に行くに決まってるわ」
一つの町に一つの教会が基本であるものの、町の規模が大きくなればその限りではない。
リヒテンベルグ帝国の帝都ともなれば町中に教会が三つも在り、再生魔法などという高度な教育が行われるのは王宮に程近い位置に建っている最大規模の教会である。そこには当然のように【最高神エンヴァンデ】に祈りを捧げるために貴族達も訪れる。
更にグルカの嫁シーリルに関して言えば、再生魔法の講師として後輩の育成のためにと定期的に顔を出しているのでディアナと面識があるのだ。
「も、盲点だ……」
「気付かない貴方が鈍臭い。ってか、自分の物だと思って安心し切ってるから彼女の行動に興味が持てないのよね」
「そ、そんなことは……」
「気さくで明るくて可愛らしい。貴方が他所ではっちゃけてる隙に、何処ぞの誰かにお手付きにされていても不思議ではないわよ、ね?」
陽気が常だったグルカが目を丸くしながら青褪めるなど初めて見せる姿だった。
彼の言ではないが、盲点とは正にこのこと。
自分は遊び歩いているというのに、どうして相方が同じ事をしていないと考えられるのか。家庭を守ってくれているとはいえ相手も同じ人間。構ってくれない相方に愛想を尽かし、自分に優しくしてくれる者に靡くなど有って当然なのだ。
そこに考えが至らないのが男という生き物なのかもしれないが、身勝手な振る舞いには何かしらのしっぺ返しをされるのが世の常なのである。
「シーリルに限ってそんなことなど……」
「無い、と言い切れるの?自分の胸に手を当ててから答えてくれるかしら。人妻だと知らずに誘ってたなんてこと、何度も経験あるんじゃないのかしらねぇ?」
帝国の中枢に在るものの近衛騎士の隊長といえども所詮は日陰仕事、政治的な権力を見ればそれほど魅力的な立ち位置とは言えない。それでも隊長という任に若くして就いたグルカは、歳もそれほど離れていないこともあり皇帝サディアスとは仲が良かった。
近衛隊長に任命されると同時に爵位を賜ったものの、腕っぷし一本で平民からのし上がったグルカには後ろ立てする権力など一切ない。
そんな彼へと持ってこられた見合いの話しはモアザンピークという国の地盤固めにと画策された政治的な戦略。しかしそれはグルカの立ち位置を確固たるものにするためのサディアスの策略でもあった。
形だけの結婚でも構わないと言われて『貴族とは面倒なものだな』と思いつつも輿入れしてきたシーリルを見てグルカは息を飲む。
自分の胸に届くか届かないかの低身長の娘は可愛らしさが強く出る整った顔がキリリと引き締まっていた。
見た目の年齢とは不釣り合いに思える見事なプロポーション。コルセットの効果を差し引いても見事に実った胸と膨よかな尻は理想とする女性像とピッタリ合致しており、視線どころか一瞬にして心まで奪った彼女はグルカの好みのド真ん中であった。
「遊び人の象徴たるグルカ殿が他に渡したくないと思えるほどの女性か、すごく興味が湧く……っと、何だ?」
稀に見る憔悴したグルカに興味津々とばかり、ハンドルを手にするシェリルが半身を捩ってそのやりとりを眺めながら片手間でミネルバを運転していた。
しかし、前方に意識を切り替えた途端に先導してくれていた白馬が近過ぎることに気付き慌ててブレーキをかける。
幸いなことに馬車が進むようなゆったりとしたスピード。白馬にぶつかる事なく停止したミネルバは多少揺れたものの車内にも被害が出たわけではない。
だが、その原因となった青年を見たルイスは弾かれるようにやって来ると、最前列の背もたれに手をかけ身を乗り出す勢いで覗き込む。
「アレは!」
青髪の青年はルイスの姿を確認するや否や不敵に顔を歪ませ緑と白の光に包まれる。
「ドミニャス……なんで、ここに?」
あっという間に微風に流され消えて行く光達。後に姿を現したのは鮮やかな緑をベースに白を織混ぜたセンスの良い配色の魔攻機装【ヴェナンディ】だ。
それはかつて死闘を繰り広げたコロシアム三銃士が一人『双月狩』ドミニャスの機体。
「ルイス・エルスマイン! 俺と勝負しろ!」
緑の魔力光に導かれ両腕の収納から浮かび上がった二本の短な棒。
宙に在ったジュディオスを握りしめルイスに向けて真っ直ぐ突き出せば、ドミニャスの闘志を体現するように緑色の刃が形成された。




