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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第四章
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4-2.嵐はこうして出来上がる

 窓の外は広陵とした茶色の大地。癒しをくれる緑など遥か彼方に見える程度で、ドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の町と町を繋ぐ街道は殺風景な荒れた土地が多い。


「ねぇねぇルイスぅ、いい加減機嫌直しなよぉ」


 窓枠に肘を突いて黄昏るルイスは、背後から抱き付いて頬を突ついてくるノルンのことなど気にも留めていない様子でガン無視を決め込んでいる。

 その支えとなっている彼の左腕には肌身離さず着けられている白い腕輪。そこには赤い宝石が陽の光を受けて燃えるように輝いていた。


「貴女こそいい加減お止めなさい?はしたない」


 振り向いたカーヤのお小言の対象はノルンの格好。あまりにも構ってもらえないからと胸を押し付けてグリグリと……拒絶されないのを良いことに普段はやりたくてもさせてもらえないスキンシップを思う存分楽しんでいるのだ。


「機嫌なんてそのうち直るわよ、放っておきなさい」


 居住区から現れたのはルイスとは反対に機嫌良さげなディアナ。

 昼は趣味とも言える魔攻機装(ミカニマギア)や魔導具を好きなだけ弄り、夜は愛するレーンとの蜜月の時間。ミネルバでの移動はディアナにとって天国の時間なのだ。


 そんな彼女の登場にバッと振り向いたルイスは『お前が言うか!?』と言わんばかりに目を見開き強い視線を向ける。


 ことの発端は昨日の夜の出来事。


 ベガの【星見】により貸し出したまでは良かったのだが、夜になっても戻らないレーンを差し置き皆でご飯を食べに行ったのが良くなかった。


「どうせ私なんて……」


 それまではなんでもない事のように振る舞っていたというのに、酒の量が増えた途端にやさぐれ始めたディアナ。アルコールの力により我慢していた思いが流れ出てきたであろうことは察するに難しくないため、皆てきとうに話しを聞いてやっていたのだが……。


「るぅいすぅ〜。あんたのほっぺ、斬新よねぇ」


 あれは実際のところ事故であったとも言えた。アンジェラスの力の一端を受け入れた際に湧き起こった炎はただの幻で身体に害などありはしない。

 しかしそんな事とはつゆ知らず、慌てて助けに入った三人の善意がルイスの頬に紅葉の刻印を残す結果となったのだ。


 ここまでは良い……頬についた傷痕などいずれ消えるのだから。


 見つけた獲物を逃さぬよう肩へと手を回したディアナは、ネチネチとした悪態を吐きながらルイスにしなだれ掛かった。

 「ちょっと!」とか何とか言いながらも鼻をくすぐる彼女の香りに『良い匂い』などと呑気なことが頭を占めていれば其処彼処に感じる女の柔らかさに緊張したのを見透かされる。


 その後は当然だと言わんばかりにニナと過ごした二人きりの二週間を根掘り葉掘りされる拷問の時間。更に悪いのが、面白がったシェリルとノルンも加わり調子に乗ってやり過ぎたというわけだ。


「人生、浮き沈みがあるから楽しめる。平和な生活が悪いとは言わねぇが、そんなのは長く生きた奴が求めりゃいいと俺は思うぞ?」


 レーンと共に客席部(キャビン)へとやってきた大男は開口一番そんな言葉を贈る。


 最年長故の達観した考えは感慨深く、皆の心に染み渡る……ことはなかった。


 理由? そんなものは “グルカだから” の一言に尽きる。


「浮き沈み、ねぇ。否定はしねぇけど、自ら紆余曲折を求めることは俺はしたくねぇな。

 ディアナ、グルカは波乱を求めているらしいぞ?」


「そぉ、それで呼んでもいないのにわざわざ戻って来たのね? 安心して?次の目的地ではきっと貴方の望みが叶えてあげられると思うわよ?」


 軽やかな身のこなしでレーンの隣に滑り込み、腕を取ったディアナは満面の笑みで死刑宣告を行う。


「お、おいっ。まさか……まさか?」


「何ヶ月ぶりぃ?」


 今日一良いことを言った!と自画自賛し、半目で見返すカーヤに得意げな視線を向けていたグルカであったのだが、これから向かう先が思い出されて青ざめたかと思いきやドフッと鈍い音を立てて両膝を床に突く。


「シェリル、グルカが早く家族の顔が見たいそうよ?久々に飛ばしちゃう?」

「だが、ここは街道だぞ?」

「あー、他所様に迷惑かぁ残念〜」


 そろりそろりと移動を始めた大きな肩を白くて細い手が鷲掴みにした。本来ならばそんなもので止まる事はない。しかし彼にとって逼迫した状況がビクッ!と身体を大きく震わせる。

 ギギギギッと錆びたロボットのようにコマ送りで振り向くグルカ、それに応えたのは満面の笑みを絶やさぬディアナ。


「お、俺はちょっとばかり急用を思い出した。やっぱりお前らとは一緒に行けな……」


「シェリル、重力制御機構(グラビティゼダー)よ。街道は迷惑がかかる、だったら誰もいない空を行きましょう」


「それなら今日中に【サンタ・サ・スケス】を抜けられるだろう。明日には会えるぞ?グルカ殿」


「いやいやいやっ!人の話しを聞けって!俺は急用が……」


「呼んだか?」

「問題か?」

「何をするんだ?」


 開いた扉にひしめく顔。運転席にある『呼び出しボタン』によりやってやって来た爺ちゃんズが、蹲る大男に通路を塞がれ立ち止まる事を余儀なくされた。


「グルカ殿が早く行きたいらしくてな、ディアナが重力制御機構(グラビティゼダー)の実地テストをすると言うのだ」


「おおぃっ!シェリル!俺はっ……モガモガ」


「航空走行か!」

「それはもはや走行ではないがな」

「細かいことは後でいい!」

「テストは許可しよう、今からか?」


「今からよ。目的地はモアザンピーク、寂しがりなグルカを一刻でも早く家族に引き合わせるのよ!」


 アイアンクローでも決められたかのように、ただの細腕で塞がれた口は何の音も発することが出来なかった。それでもどうにかしようと足掻くものの、武術に秀でたディアナの手は外れる事はない。

 筋肉の塊であるグルカに勝利する細身のディアナ。それは有名なことわざ『柔よく剛を制す』を体現する光景である。



▲▼▲▼



「あらら?」


 取れてしまった取手を目線まで持ち上げ、つぶらな瞳をパチクリとさせる可憐な女性。

 身長は百四十センチと一見すると子供のようにも見えるのだが、それでいて凹凸のしっかりとした女性らしいナイスな身体付き。見る者が皆、可愛いと絶賛し庇護欲を掻き立てられるこの女性の名はシーリル・ステンヴァル、言わずと知れたグルカの嫁である。


「うふふっ、良いことありそう♪」


 軍事には特出してないとはいえそれでも世界大戦を生き残った国、モアザンピーク。その現領主たるバッカール・デ・モアールの娘たる彼女が使う茶器が安物のはずはない。


 白磁のカップは当然のように他国から取り寄せた一級品。その取手が取れてしまうなど本来ならばまずあり得ない現象であった。それを良きことと感じるのはポジティブな彼女らしい物事の捉え方ではあったものの、その光景を見た他の者が同じ感想を抱くとは限らない。


「お母様、不吉ですからそのカップは早々に処分致しましょう」

「あら、何を言うの?」

「だって、落としてもいない茶器が壊れるなど聞いたこともありませんよ?」

「だからじゃない?壊れないはずの物が壊れた。これは思いもよらない出来事が起こる予兆だとは思えないのかしら」



『そんなこと思うのはアンタだけだよ』



 口にも態度にも表さないが、代わりを持って来たメイドがソーサーごと壊れたカップを交換して行く。


 引き取られていくカップを名残惜しむかのように目で追っていたシーリルは淑女らしからぬ深いため息を吐き出した。


「は〜あ〜、グルカに逢いたいなぁ」

「お母様ってホントお父様が好きよね?」

「あったりまえでしょう?夫婦なんだもの」

「でも、元々はお見合いだったんでしょ?」

「出会いなんて関係ないわ、貴女も結婚してみればわかることよ?いいかげん覚悟決めてちょうだいな」

「げげっ、藪蛇!?」

「そんな言葉遣い、どこで覚えたの?」

「うっはーっ!追撃も痛い。でもねお母様、私はそのグルカの娘なのよ。自由を主張するわっ」

「都合の良いところだけグルカの真似をしてっ、もうっ。 ヤユぅ、貴女もう二十一なのよ?自分の歳を考えなさい」

「恋愛に歳は関係ないんでしょ?お母様が欲しい孫はお兄様に頼んでくださいな」

「もぉっもぉっもぉっ!本気で心配してるのにっ!絶対グルカに叱ってもらうんだからっ!」


 バタバタと両手を振るシーリルは見た目相応に子供のような仕草で怒っているが、対するグルカの娘たるヤユ・ステンヴァルは知的な雰囲気漂う秘書系美人の見た目に反して「あっかんべ〜」などと子供じみたことを実の母親にやりかえす。


「お父様ならお母様がいない間に他の女とイチャイチャしてるわよ、間違いなく」

「グルカはそんなことしないわっ!」

「……本当にそう思ってる?」

「………………」

「ほ〜ら、お母様だって……」

「と・に・か・くっ!覚悟しておきなさいっ!」


 他所では絶対に見せない身内だけの不毛なやりとり。それを見せられるメイド達はもう既に慣れたもので『また始まったか』と戯れ合う親子を生暖かい目で見つめる。


 この後、嵐が訪れるとも知らずに……。




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