6.キャンピングカーを造ろう
軍に目を付けられたからには活動拠点を変えるという山賊達は北に向かうらしい。
帝国の西に位置するローゼナハ連邦共和国の更に西、キファライオ王国を目標としていたレーン達ではあったが、山賊のアジトを出ると進路を一旦南南西へと向けていた。
「ね〜え〜、私にも運転させてよぉ〜」
胸に潜ませた大きなボールは、レーンの背中に押し付けようともさほど形を変えていない。
柔らかでありながら張りを持つゴムボールのように多少潰れた程度で形を保っている彼女の胸はいったい、どれほどの弾力があるのだろうか。
「女は黙って背中を暖めていればいいんだよ。 それより、エスクルサに着いたってシークァなんぞ買う金、持ってねぇぞ?」
一晩明けると二人に付いてくると言い出したディアナ。
しかし、大型とはいえ、二人乗りの魔導バイクに三人乗って移動するのはどうなの?って話になり、ルイスは魔攻機装で移動しろと揶揄われたのは今朝の出来事だ。
「アテがあるから大丈夫よ? そっ・れっ・にっ、私はレーンのモノなんだよね?だったら私のお金はレーンのも同然じゃない?」
彼女の提案でエスクルサという魔攻機装の製造を主な産業としている町に向かう事になった三人。その目的はシークァと呼ばれる部屋付きの自動車、つまり、移動式の住居を買ってしまおうというのだ。
「おいおい……それじゃあヒモじゃねぇかよ」
「あら、こだわりがあるのね。それも素敵だわ。でも二人の愛の巣だもの、私がお金を出しても問題ないわよね?」
それについては大賛成なルイス。と言うのも、今の状況はある意味天国であり、ある意味では地獄であるからだ。
少しだけ前傾姿勢のレーンにしがみつくディアナ。すぐ背後で背もたれに身を預け、二人からなるべく距離を取りたい心境を現すルイスではあるが、そこは二人乗り設計のシートの上。気持ちではどれだけ距離を取りたいと思っていても物理的に不可能な状態だ。
そんな中、初めての魔導バイクが楽しいのか、はたまた一夜でメロメロになったレーンと密着しているのが嬉しいのか、ちょこちょこと身体を動かすものだから、大きな胸と同じくらい破壊力のあるディアナの尻肉がルイスを刺激してくる。
当然、それが分からぬ彼女ではない。
「んふふっ」
横目でチラリと振り返ると魅惑的な尻がより一層動きを強める。
それを目にすれば確信犯であることは明白で、逃げ場が無いながらも真っ赤に染まった顔を逸らし、他ごとを考えることで男を主張しようとする股間から意識を逸らそうと必死になっていた。
「どうした?疲れたか?」
「ううん、大丈夫。でも、そろそろお腹空いてきたから休憩しない?」
▲▼▲▼
丸二日という長期に渡る拷問は、女性に免疫の無いルイスの神経をすり減らすのに十分な時間だった。
ようやくたどり着いた商業都市エスクルサは帝国領内で第二位の規模を誇る町であり、帝都にも負けるとも劣らない帝国きっての大きな町だ。
「いらっさいませ〜、ご宿泊は三名様ニャ?」
日も暮れてからの到着だったので早速宿に向かえば、受付の椅子にチョンと座る幼い容姿の女の子が三人を迎えてくれた。
「三人で二部屋お願いします」
支払いのためにカードを差し出せば頭に乗っかる猫耳を揺らして微笑む推定少女。
その天使の如き極上の笑顔は疲労困憊のルイスの心に癒しを与えるもので、一生懸命に仕事をする様子をカウンター越しに眺めて心を和ませていた。
「っっ!!」
(ルイスって、ああいうロリっ娘が趣味?)
両肩に手が添えられた次の瞬間、背中に当たる弾力に身体が硬直を示す。
それに加えて耳元に当たる吐息はルイスの脊髄神経を刺激し、収まりかけていた性を再び奮い立たせる。
せっかくの癒しの時間は呆気なく無に返った。
(だから私を避けるし、せっかく楽しんでもらおうと身体張ってたのに知らん顔してたのかなぁ?)
操者だと聞かされたルイスの左手には、数多の魔攻機装を見てきたディアナでも聞いたことのなかった、魔石すら無い白い腕輪がある。一見すると整備士がしている腕輪に見えるのだが、整備士の証である腕輪は右手にしないと効果を発揮しない。
しかも得体の知れない機体だと聞かされ、ますます興味を唆られる上に、決して悪くないルイスの容姿は男としてもディアナの興味を惹くものだった。
(避けてないし、無視もしてない。だいたいあんなところで君に欲情して、その後どうしろと?それに君はレーンの恋人になったんだろう?ただの嫌がらせにしか思えなかったよ)
一般的に見てディアナという女性は、町を歩くだけで人目を惹くかなり魅力的な容姿をした人物だ。それはルイスにとっても例外ではないのだが、魅力は感じつつも好みのど真ん中というわけではない上に『レーンの彼女だから』と女性として見ないようにしていたにも関わらず、ディアナの方から女を意識させるような行動をしてくるので苦手意識が芽生えていた。
(私だって相手は選ぶわ。ただ、貴方も興味を唆られる相手だってだけ。それに、私が認めた男なら、別に一人に固執するつもりはない。
嘘だと思うなら、今夜、貴方の部屋に行きましょうか?)
「お待たせしました〜、お部屋は三階にニャりますぅ。ご用があればこのカウンターに誰かは居るので、お声掛け下さいニャ」
考えられない誘いに唖然としたのも束の間、背中に当たる柔らかな感触が無くなったかと思いきや、鍵を手にした猫耳ちゃんの笑顔が向けられた。
癒しを求めて思わず抱きしめたくなる衝動を理性という太い鎖が繋ぎ止めてくれる。
助けられたことに感謝しつつ鍵を受け取り、平静を装いながらも部屋へと逃げ込んだルイス。深く深く息を吐き出すと、誰も入ってこないよう厳重に鍵をかけたのであった。
△▽
安くはないが高くもない、だがある程度しっかりとしたそこそこ良いお宿は快適で、皇族という大貴族様のくせに金を一切持っていないレーンからも文句は出てこない。
「なぁ、飯くらい一緒に食おうぜ?」
しかし、他の事についての文句は平然と飛び出してくる。
「まぁまぁ、ルイスにもルイスの都合があるだから、あまり束縛しては嫌われてしまいますよ?」
お前の所為だろ!とは思いはしたが、口に出すほどデリカシーにかける性格をしていない。
だが僅かな時間でルイスの性格のおおよそを把握してしまったディアナは、お互いの距離を詰めようと揶揄いを入れてくる。
「ほら、私がいるレーンに触されてムラムラしたりするじゃない? まさかそのレーンを誘って色町に行くわけにもいかな……」
「ムラムラもしてなければ、色町なんて行きませんっ!!」
「あら、じゃあやっぱり受付の獣人……」
「違うっつってんだろ!!」
あまりの剣幕で否定する姿にレーンが思わず噴き出す。
しかしその様子に、ルイスが女慣れしていなければ色町など行ったこともない事を見透かして意地の悪い笑みを浮かべたが、その時は何も言わずにおいた。
「ディアナ、お前の馴染みの店は近いのか?」
「ここからだと徒歩で一時間くらいかかるからバイクで行きましょうか」
露骨に嫌そうな顔をしたルイスではあるが土地勘もなければ場所も分からないので従うしかない。どこか勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべるディアナにムスッとした顔を向けるが、道中、ディアナが悪戯をすることはなかった。
△▽
町の中心から離れた場所。工場地区に差し掛かる手前に、こぢんまりとしながらもしっかりとした造りの比較的綺麗な建物が何軒か並んでいた。
その内の一番古い建物の通用口を無遠慮に開け、勝手知ったる感じで入っていくディアナに付いていくレーンとルイス。
「あれ?居ない? 師匠ぉ〜、おぉ〜い、もう逝ったかぁ〜い?」
建物の中には大きなテーブルがあり魔攻機装のギミックやら部品らしき物が転がっていたが、その他の場所は全体的に整理されており、町工場というにはイメージが違う場所だった。
「師匠ぉ〜?隠れんぼ? ヤらせてあげるから出ておいで〜?」
手摺りはあるものの鉄板を並べただけのスカスカで梯子のように急な階段。中二階へと向かいながらディアナがとんでもない事を口にした直後のことだった。
バタバタと慌てた様子で床を踏み鳴らす音が聞こえたかと思うと、一階を見下ろせる踊り場に取り付けられたパイプ状の手摺りを乗り越える勢いで張り付いた小柄なお爺さん。
「ディアナぁぁぁっ!やっとその気になっ……」
あからさまに冗談だと分かる言葉を本気にして目を血走らせ、ディアナを見つけるや否や階段を登る彼女へと全身を拡げてムササビのように飛びかかる。
それと同時に二階から小規模な爆発音が聞こえてくるが気にする素振りすらない。
「冗談に決まってるで、しょっ!?」
「グホォッッッ!!」
狭くて急な階段の上から人が降ってこれば三人まとめて一階に真っ逆さまだ。
しかし、手摺りを掴んだままの不安定な姿勢ながらも老人の鳩尾を的確に捉えたディアナの拳は彼を跳ね返し、天井まで打ち上げた。
中二階に上がったディアナの目の前には ピクピク と痙攣する天井から生える足。それをおもむろに掴むと、引きちぎる勢いで無造作に引っこ抜き床へと叩きつける。
「グベッ」
床に寝転び目を回す老人の鳩尾にブーツの踵が突き刺さるのを目にしたのは、ルイスが階段を登り切った直後の事だった。
「師匠ぉ?目が覚めましたかぁ?」
「おおっ、ディアナじゃ……ハッ!?」
一瞬で青ざめた老人の感情を読み取り脚を退かせたディアナ。
その直後、老人とは思えない速度で飛び起きたかと思いきや部屋にかけ込むと同時、この世の終わりが来たかと思えるような悲痛な叫び声が工場にこだます。
「ああ、それで返事が無かったのね。ごめーん」
一際大きなテーブルを中心に飛び散るガラスの破片、爆心地と思われる場所には緑色の砂のような物が小さな山となっていた。
その光景に向かい両手を頬に当てた老人は色を失い、かの有名絵画の如く廃人のように固まり微動だにしない。
胸の高さぐらいしかない老人の頭を子供をあやすようにポンポンと叩いたディアナが部屋に入れば、床に散らばるガラスが音を立てて踏み砕かれる。
構わず進み緑の砂山に右手をかざすと、整備士のモノとは別の白い腕輪に嵌め込まれた白い石に魔力光が灯った。
「ディアナっ、まさか!」
いつの間にか復活した老人の焦りにも似た驚きの声。それを合図として水の中に絵具を垂らすように、もやもやとした白い魔力がゆっくりと砂山に落ちる。すると、部屋に散らばっていたガラスの破片が白い光を帯び、宙に浮かび上がるとディアナの元へと集まっていく。
一つの光の塊が出来上がれば、魔力光が収まる代わりにガラスの器に転がる緑の魔石が姿を現した。
それはディアナの整備士としての師であるゼノが造ろうとしていた物。
「おお……おおおおおおおおおぉぉぉっ………」
机にかぶり付いたゼノの目の前にガラスの器が置かれる。
しかし、奇跡の光景を目の当たりにして触れていいのか迷う彼の手はその直前でプルプルと震えているのみ。
「元通り直したから作業の邪魔をしたのは許してね?」
ディアナの言葉にようやく踏ん切りがついたらしく、腫れ物を触るように慎重に魔石を摘むと、その出来を確かめるべく光にかざして眺め始めたのだった。