3-32.星を見て未来を詠む女
「お姉様?そろそろ本当に勘弁してください」
「えぇ〜っ?だってぇ……」
「そんな子供みたいな……お姉様らしくありませんよ?お姉様がべったりするのは私ではないはずです」
【サンタ・サ・スケス】第一王子の国葬が行われた翌日、外装工事が行われる件の高級宿で合流した直後に涙目で抱きつき、その後も片時も離れようとしないディアナには流石のニナも困惑が隠しきれていない。
これが愛情が故の行動だとは理解している。けど、ルイスとレーンを連れて来るまで年単位で出かけていたのは他ならぬディアナの方。今さら二週間離れていたからといってあまりにもベタベタされるのには違和感しか感じないが別段嫌だと言うわけではない。
──ちょっとうざったいけど……
「こちらになりますが、どうかご無礼のないようお願い致します」
連れてこられたのは王城の一番奥の区画。王族が住む王宮の隣に位置するその場所は国でも中枢の者しか存在を知らず、建物内部に入る事を許されるのはその中でも極一部だけだという。
「分かってる、無理言って悪いな」
今回の事件を重く捉えた現国王は無理やり関係を迫られた者達一人一人に謝罪することを決めた。と、いうのも、ルハルドの腹心であったあの執事が几帳面にも彼と関係を持った女性の名前や容姿を事細かに記録していた事実が明らかになったからだ。
その第一弾ということで、たまたまディノクリムの呼び出しに従い王城へと招かれていたディアナにお鉢が回って来たのだ。
最初は直接被害があったわけでもないと断ろうとしたのだが国の体裁のためだとぶちゃけられては断り辛く、それならばとレーンが言い出したのが【星見】との面会。
国の極秘事項を何故知っていると警戒されるも「俺の国にも居たからだ」と言って身分を明かしたレーンの意図はディアナにも分からなかった。
「ようこそおいでなさいました、次代の皇帝陛下」
案内の少女が捲ってくれているぶ厚い布を潜れば、そこは天井まで五メートルはあろうかというドーム型の広い部屋。明かりの入る窓などはない閉ざされた空間は薄暗く、空気さえ止まってしまったかのように一切の音が無く違和感を覚える。
その中心で目を瞑り、座禅を組むのは一人の女性。年の頃は二十代半ば。踊り子のような露出の多い服は目を惹くが、それより気になるのが瞼の上に描かれた白い瞳。
レーン達の入場に顔を上げて反応はしたのだが、言葉を発しても目を開くことはなかった。
「アンタの占いじゃあ俺は皇帝なのか?」
「確定された未来などない、それはデネヴと仲の良い貴方なら良くご存知なのでは?」
言った側から不躾な言葉遣いのレーンに顰めっ面を向ける案内の少女。ムッとしながらも全員を中に通し終えると奥の部屋へと姿を消した。
「隠してもお見通しか、流石は【星見】だな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
ベガと名乗った部屋主に促され半円形に並べられている座布団へと腰を降ろす面々。
すると先ほどとは違う少女が静かにお茶を配り始める。
「一般の方には【星見】と言っても馴染みがないでしょう。私たちは世界に三つしかない『観測所』と呼ばれるこの場所で未来について占う特別な占い師なのです」
天から降り注ぐエネルギーを集めて逃がさない『観測所』。そのエネルギーを詠み解くことで未来を見る特別な占いの事を【星見】と呼ぶ。
占い師のことも【星見】と呼ぶので少々ややこしいのだが、世界に三人しか居ない占い師だと言えばその希少性も窺い知れるだろう。
【星見】が見た未来は九割の確率で現実となる。ともすれば、国を運営するに当たり彼女達を頼り、人目に触れぬどころか耳に入ることすら無いよう過剰なほど固く保護するのも頷けるというもの。
こうして国により護られて来た【星見】はレーンの故郷であるリヒテンベング帝国にも存在しており、そこに居る【星見】デネヴは敵ばかりの帝国内でも数少ないレーンの友人の一人でもあった。
「そんな偉い占い師さんに恋愛相談に来たわけではないのだろ?そこまで気にする未来とは何なのだ?」
「俺だって先のことで悩むくらいするさ。今夜の飯は何にするか、とかな?」
口元に手を当てクツクツと笑うベガは上品ではあるものの、そんな単純な冗談がよほど面白かったのか、えらく長いこと笑っていた。
「ごめんなさい、冗談なんて久しぶりに聞いたから耐性が無くなってるのよ。あんなに笑うとは思ってもみなかったわ」
【星見】と面会出来るのは極々限られた人物のみ。当然のようにそんな者達が崇拝にも誓い感情を持つベガに対して冗談など言うはずもなく、かと言って身の回りの世話をする少女達も彼女へは尊敬の念を欠かさないためフランクに話すことさえ出来ないのだ。
唯一と言ってもいいのが夢の中で会うことのできる同じ【星見】であるデネヴとアルタイルの二人のみ。
しかし変わり映えのない日常に面白おかしく話す内容などあるはずもなく、デネヴの所に出入りしていたレーンの話しは羨むベガとアルタイルにとって最高の娯楽となっていた。
そして【星見】にてレーンの未来を詠んだ二人は、彼に会える日を心待ちにしていたのである。
「つまんね〜人生歩んでんなぁ、お前も。嫌なら辞めちまえば良いだろ?」
「それですよっ、それ!」
「ああっ?」
「デネヴにも同じことを言いましたよね?」
「思うってことは言ってる可能性が高い。何せ俺は自分に正直だからな」
「そう、そしてご自分の感性に従い私を抱いて下さるのでしょう?」
十五歳で名前と共に役目を受け継いだ【星見】は二十八歳になると後継者を選ぶ。
夢の中で啓示を受けた少女は人知れず【星見】を訪ね、二年弱の修行の後に三十歳を迎えた【星見】と代替わりをすることとなる。これが脈々と受け継がれし【星見】の円環。
「【星見】様っ!ご自分が何をお言いかお分かりなのですか!?」
少し離れた場所に控えていた少女が声高に割って入る。本当に信じられない、顔でもそう語る彼女は次代の【星見】として選ばれし者だった。
「勿論です。しかしこれは私の【星見】によって紡がれし未来。まぁ、私の望みし未来でもありますけどね」
天から届く【最高神エンヴァンデ】の力の片鱗を詠み解き、未来に起こるだろう出来事を紡ぐ希代の占い師。
フィラルカ聖教国にも『巫女』と呼ばれる神託を授かることの出来る者もいたりするのだが、その者と比べても一線を画す能力を行使する代償は少なくなく、幾つもの制約に縛られることとなる。
【星見】は『観測所』から出られない
【星見】は肉眼の使用が許されない
【星見】は処女でなければならない
「そんな未来などあるはずが……」
「あら、私の【星見】を疑うのかしら?」
「いっ、いえ!そんな滅相もありません……ですがっ!」
「リヒテンベングの【星見】デネヴはレイフィールと契りを交わしました。ですが未だ【星見】という職を全うしています」
「……どういうことですか?」
「制約を破れば【星見】としての能力は落ちる。実際、デネヴの【星見】の的中率は六割まで低下しています。それでも【星見】という存在は国にとって必要だということですよ」
十五年の任期の中で未来を見ることのみに全力を注ぎ、役目を終えた後、一年以内に短い生涯を終えることとなる。
個を無くし、文字通り命を削って未来を詠む。【星見】を擁するリヒテンベルグ帝国が世界屈指の大国と成ったのも、ドワーフという種族が魔攻機装を手に入れた人間族と対等に共存出来ているのも、全ては歴代の彼女達の犠牲なくしてはあり得ないことなのだ。
「世のためとはいえ私達の払う代償は余りにも大きい。それは次の【星見】たる貴女なら理解していること。その帯びを緩める救世主こそがそこにいるレイフィール・ウィル・メタリカンなのです」
「帯びを……緩める?」
「三十年と限定された生の中で、制限しかない十五年という月日はあまりにも長い。
一世代はたった三人なれど、貴女も含めてこれからも受け継がれて行くだろう未来の【星見】達が憂うことなく役目を果たせるようになる。今がその変革の時」
「変革……」
「でもその前に」と続けたベガは自身の前に横たえられていた金の錫杖を握った。
それは代々の【星見】に受け継がれてきた特別な魔導具、人種が神へと近付くための神聖なる杖。
場に響くシャランッという軽い金属音、二メートルもある細長な棒が床に垂直に立つと仄かな青白い光に包まれた。すると伝播した光がベガをも包み込む。
銀粉のようなキラキラとした光が彼女の周りに舞い始めたかと思いきや、半球状の天井のあちらこちらへと幾本もの光線で繋がる。絶えず移動を続ける光はまるで放電現象のようだ。
顔さえもハッキリとは見えなかった薄暗い部屋。そこに浮かび上がる彼女の姿はとても幻想的に思え、全員の目を釘付けにする。
──シャランッ
錫杖の先端にある八つの遊環がふわりと浮かび上がった後、万物を縛る重力という存在を思い出したかのように音を立てて元へと戻った。と、同時に部屋を照らした光は消え失せ、再び薄暗い部屋へと成り果てる。
「これにて先詠みの儀は終わりです。私の最後の【星見】、聞いて下さいますね?」




