3-31.天から降った罰
二階の窓から飛び立っても良かった。ニナの魔攻機装イザイラムならそのまま空へと逃れられるからだ。
しかしそれでは、この国に残るソララがルイス達へと情報を流したことがバレてしまう。
ルイス達を捕らえたいのはディアナを欲する次期国王。それを知っている以上、良くしてくれた彼女の身を危険に晒すまいと正面から堂々と逃げてやることに決めたのだ。
──この国でやる事は終わった
【サンタ・サ・スケス】圏内の移動にはちょっかいをかけて来るかも知れないが、ルイス達が乗るミネルバにはあの黒狼でさえ歯が立たなかったのだ。町に寄れないというだけで何ら不都合などはない。
ソララとの再会の約束は守れなくなってしまう可能性が高いが、彼女とてそれは承知のことだろう。
「いきなり撃ってくる事はないと思うけど、いつでも魔攻機装を装着できるように準備を……行くよ?」
出口の前、平素と変わらぬ顔で頷くニナに少しだけ緊張の解れたルイスはゆっくりと扉を押し開ける。
「動くな!逆らえば蜂の巣にされるものと心得よ」
工房を出て数歩、『あれ?待ち伏せは?』と疑問に感じた矢先にかけられた大声。それを合図にアレよあれよと銃を手にする小さな男達が其処彼処に溢れ出した。
正面はもちろん左右の通路にも出来上がる人壁。近くの建物からも身を乗り出す男達は揃いも揃って同じ金属製の鎧を纏っており、その数は数えるのも面倒なほど大規模な部隊だった。
「お前達が先日の襲撃事件の主犯である調べはついている。大人しく連行され、然るべき裁きを受けるのだ」
ルイスは当然、精神力が強いニナであっても、人垣を割って現れたその人物を目にした途端に言葉を失う。
一際豪華な鎧を纏う四人の男。その男達が担ぐのは絢爛を過ぎて悪趣味と成り下がった、一目で『金を掛けてます!』と分かる御輿椅子。
そこに座る……いや、鎮座するのは、ボールそのものとも言える丸々とした男。それはドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の第一王子ルハルド・ミント・ジ・オンデマンドであった。
「貴方が噂の第一王子ですか?」
「無礼者!誰の許可を得て発言している!ルハルド様の御前なるぞ!!」
まさかの諸悪の根源の登場に……いや、容姿にびっくりするも、どうにか飲み込み言葉を返したのだが、隣にいた小さな執事が顔を赤くして怒鳴りつけてくる。
(支配人さんと似た容姿なのに性格は真逆なんだな)
ドワーフにしては細身なのが似ているものの、おっとりとした品の良さの目立つ彼とは真逆に思えて比べてしまった事を謝りたい気分にさせた。
(ココに戻れないってことは、あの人とも二度と会えなくなるんだな)
せめて別れの挨拶くらいはしたかったと思うルイスだが、それはもう叶わぬのだと少しだけ寂しく思える。
「これだけの銃を向けられてはいかに魔攻機装を所持していようとも手も足も出まい。強がる必要などないのだ。大人しく投降して仲間の情報を吐きさえすれば、お前達二人だけは助けてやっても良いのだぞ?」
「仲間の情報じゃ……」
「口を慎め!」
懐から抜かれた銃が大きな音を立てる。咄嗟にニナを庇ったルイスだがそれは悪手だった。
「ルイス……」
腕に抱かれたニナは今の状況など頭から吹き飛んでいた。
身を包むのは心地良い力強さと、暖かな優しさ。
このままでいたい……そう思ったのも束の間、銃弾を放った執事へとルイスが向き直ることにより惜しくもその望みは叶わぬモノとなる。
「お前が欲しいのは……」
「エルフだ!!」
抗議の声を上げるルイスをまたしても遮るのは何処からともなく聞こえた叫び声。
それにハッとすれば、目の前には金の髪から覗く尖った耳先。
メレキヤに潜入してからというものいつも被っていたふわもこの帽子は、今しがたルイスが抱き寄せた事により地面へと落ちてしまっていた。
(しまった……)
ざわつき始めた兵士達を尻目に「ゴメン」と耳打ちしたルイスが帽子を拾い上げて土埃を叩き落とす。
その様子を眺めていたニナの心の中は『そんなことよりもっとギュッとして欲しい』などと、自身を起点に起きている騒ぎなど気にも留めずに去りゆく桃色の気分に寂しさを感じていた。
「たとえエルフだとて悪いようにはせん。だが抵抗するのなら容赦するわけにはいかんのだ。少年、この場で死ぬか、仲間の情報を吐いて恩赦を受けるのか、好きな方を選ぶがよい」
ドワーフ族にとってエルフ族とは忌避するもの。それは過去に争った歴史から受け継がれる先入観ではあるものの、ドワーフ族にとってはそれが常識。
それを覆すかのような発言に再びざわつき始めた兵士達だが、そんな事は気にしないとばかりに続けられたルハルドの言葉にルイスの苛つきは増して行く。
「アンタはただディアナさんの居場所が知りたいだけだろ?」
「ディアナって誰だ?」
「まさか女か?」
「女のためにエルフも容認?」
「いやいや、エルフはダメだろ……」
いちいち反応の大きい兵士達には苦笑いが漏れるものの、自分の投げかけた波紋が思うように拡がるのは見ていて気持ちが良い。
部下の呆れに怒りを灯したルハルドが顔を赤くする姿は意外にも爽快だとルイスは感じていた。
「ディアナという女はお前達の中心だ。その者を裁くことこそが今回の事件の解決を早くす……」
「裁くってどうせ個人的なお話しですよね?二人っきりの個室でいったい何を話すというのでしょう?それで事件が解決?笑わせないでくださいよ。
貴方の女癖の悪さはよそ者である俺の耳にも届いている。そんな屑の元にはニナは当然、ディアナさんだってやる訳がないじゃないですか」
協調性を重んじることこそが大切なのだと常々言われてきたルイスは相手を攻撃するような言葉を好んで口にはしてこなかった。しかし気が付けばエンジンのかかった口はよく回り、普段なら言わないような悪態をこれでもかと叩き込んでいる。
「……撃て」
もう一段顔を赤くしたルハルドだが、一周回ったかのように落ち着きを取り戻した。
そして小さく呟かれた一言。
「閣下の命令だ!奴等を撃ち殺せ!!」
すかさず指示を出した執事により呆けていた兵士達から何百という銃弾が雨の如くルイスとニナに襲いかかる。
「ニナ!魔攻機装は!?」
即座にアンジェラスを纏ったルイスだが動きを見せないニナに驚き、覆いかぶさるように抱き締め銃弾へと背を向けた。
「大丈夫、ルイスが守ってくれる」
「ま、守るけどっ!脱出はどう……」
「空から逃げても壁を越えてもこの状況なら変わりない。アンジェラスなら簡単でしょ?」
見上げてくるニナはさも当然のように淡々と答えるが、打ち合わせではイザイラムの重力制御機構で空へと行方を眩ますという作戦であった。
色の薄い虹色の膜が数多の銃弾を弾く。
その音が止んだところで振り返れば大砲のようなモノが準備されている。
こちらが魔攻機装を所持しているのは相手も把握済み。ならば対魔攻機装用の魔導具等が用意されていてもおかしくはない。
面倒になる前にトンズラしますかと、自分を見上げて視線を離さないニナに「行くか」と確認した後で動き出そうとしたその時……
「ぐあっ!」
通路を塞いでいた兵士達の一角が突然崩れた。
チラリと見えたのは暗黄色の鎧、それはグルカの纏う魔攻機装【キャサリン】の物だ。
「ルハルドぉぉぉぉぉっ!!」
そこから雪崩れ込む大勢の町人。ドワーフに混ざり中には人間や獣人まで見かける。ザッと見で取り囲んでいた兵士の半分。手に手に剣や斧、銃を持った男達がルハルドを取り囲んで武器を突き付ける。
その背中を、兵士達の銃口が狙うことなど恐れもせずに。
「貴様等ぁぁっ!愚民の分際で次期国王たるルハルド様に武器を向けるなど言語道断!身の程を知れ!!!」
怒り狂う執事の「撃てーっ!!」と言う声と同時にかかる「待て!」の声。
「兄上、私利私欲のために旅人を犯罪者に仕立てた事は分かっています。そのために軍を動かすことこそが言語道断。ドワーフ族の恥と知りなさい」
「ディノクリム貴様っ、どうしてここに!!」
押し寄せた町人に続いたのは取り囲んでいた兵士達と同じ装備をするドワーフ達。彼等は【サンタ・サ・スケス】の正規兵であり、ルハルドと共にルイスとニナを拘束しようとした兵士達と同じではあるものの、第三王子ディノクリム率いる大部隊。その数は時を追う毎に増えて行き、ルハルドの部隊を取り囲んでしまうほど。
この作戦に参加者したのは、この国の正規兵のおよそ半分。
「兄上の画策で一度は成人祝いにと旅に出ましたが、この者が兄上の計略を知らせてくれたのです」
人垣を縫うように現れた黒服、それはあの宿の支配人であった。
「あ、兄上……家を出た裏切り者がっ!」
おどろきの発言をしたのはルハルドの隣で怒り狂う執事。
「何とでも言いなさい。私は私の正しいと思った道を進むまで」
「何が正しいかは遣えるお方が判断するもの!我々影の存在はその方のために誠心誠意つくすのが仕事であろう!!」
「例え主だとて間違った道を歩むのなら正してやるのが執事の仕事。それは何度も話したことですよね?」
似た容姿には思えていたが、まさか本当に兄弟だったとは……と、他人事のように成り行きを見守るルイスとニナ。
ニナからしたらルイスに包まれているというだけで満足し、成り行きなど気にもしていなかったのだが……。
「人の上に立つ者が、人のモノを力ずくで奪うなど考えられない。同じ王族として民に顔向けが出来ないと父上も御嘆きになっておられた。
ルハルド・ミント・ジ・オンデマンド。貴方は【サンタ・サ・スケス】を私物と化し、己の欲望のためだけに強権を奮った。それはここにいる娘や婚約者、伴侶を奪われた者達が証明してくれます。
罪をこれ以上重ねる事なく大人しく投降すればきっと父上も温情をかけてくださる。兵を退いて下さい、兄上」
静かだが良く通る声で告げるディノクリムは眉を顰めて悲痛な面持ち。一方のルハルドはといえば何処か遠くを見るような達観した顔で彼を見つめ返していた。
「ディノクリム、俺は……」
しばしの沈黙の後ようやく口を開いたルハルドであったが、その言葉は最後まで紡がれる事はなかった。
「兄上ぇぇっっ!!」
何処からともなく降ってきた一本の棒切れが彼の頭を貫通し、勢いに耐えきれなかった身体は地面へと倒れ込む。
冷静沈着を装っていたディノクリムはなりふり構わず走り出し、町人達を掻き分けルハルドへと駆け寄る。
しかし、どんなに叫ぼうとも、生物であった最後の足掻きとしてピクピクと手足を痙攣させているだけで彼が返事を返すことはなかった。
この日、【サンタ・サ・スケス】中の女を食い散らかし、暴君になるだろうと噂されていた男が何者かの手により暗殺された。
犯人はついぞ捕まる事はなく、どんな理由で彼が殺されたのかは不明ではあるのだが、多くの国民は喪に服すも『国の未来は明るい』と随喜したのだという。




