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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第三章 紡がれた詩
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3-30.複製された三つめの手錠

 衛兵に顔バレした事実は意外にも重く、安全を見越して隠れ宿から出ることのない日々。約束の日までの七日をニナと二人きりで過ごしたルイスではあるが、支配人が手心を加えたあの日のあの事件以来、以前と変わりない距離感でいる二人の仲に特筆すべき進展などありはしなかった。


「なんだか久しぶりに町に出るのに、ミネルバの移動で慣れたのかな?あんまり違和感がない」


 ゆとりのあるそこそこの広さの部屋だからとてミネルバの工房兼格納庫のように武術の鍛錬が出来るほど広いわけではない。


 かと言って軟禁状態ではやる事も見当たらず、自身の魔攻機装(ミカニマギア)イザイラムの整備をするニナの世話を焼きつつ彼女のやる事をぼーっと眺める日々。思い出したかのように筋力トレーニングはしていたものの、陽だまりに居るようなまったりとした平和な時間も悪くないとルイスには思えていた。


 『ディザストロの討伐』という使命を終えたなら、何も考えないこんな日々を……


「鍛錬する活動的な姿ばかり見てましたが、ルイスは意外と引き篭もりなのですね」


 一緒に居て安心感が得られる。加えて、好きなことをして過ごす時間はいつまでも続けば良いとさえ思える安寧の時。ただただ平穏で安定した生活は理想的であり、こうあれば良いなとぼんやりと望む未来。


 二人でメレキヤに来てからの二週間は心の奥がぽかぽかしているのをずっと感じていたニナ。



──ルイスと居るのが心地よい



 十数年の記憶しか持たないニナの人生の中で、閉じ込められたこの七日間は宝箱に入れてしまっておきたいような素敵な時間。


 だがそれも、今日で終わり。


「こんにちわ〜」


 約束の日、約束の時間に工房【ピオニアレ】を訪れたルイスとニナは前回同様、二階の応接室へと通されソララと面会した。


「ちょっと待ってね」


 顔を見せたソララは一声かけただけですぐに退室する。待たされる間に案内してくれた娘がお茶を配ってくれるが、それと入れ違うようにトレーを持ったソララが戻ってきた。


「三週間も掛けて悪かったわね。でもお陰様でバッチリ研究することができたわ」


 机の上を滑るように差し出されるトレーには預けていた黒い手錠。

 しかしそれよりも目に付くように置かれた二枚の紙切れ。しかもその内の一枚は興味を唆るようわざと開けられている。


 その内容というのが……



『ここは包囲されている、上手く逃げて。奴らも手錠を持ってるから注意してね』



 慌てて顔を上げれば片目を瞑りながら唇に人差し指を当てるソララ。もう片方の指が扉を指しているのを見れば、誰かしらが聞き耳を立てているのだとはすぐに理解した。


「み、三つあるって事は複製に成功したんですよね?」


「技術解析は出来た。けど、完全な複製はやめた。って言うのは、この手錠は魔力を乱すための物だからよ。この意味分かる?」


 平素を装うよう動揺しながらも会話を繋いだルイス。囲まれていると聞けば今すぐ逃げ出したい心境に駆られるものの、わざわざ教えてくれたということはソララは敵ではないのだと結論付けられる。

 ならば、なりふり構わず逃げ出すよりも、三週間も待たされた魔導具に関しての情報はきちんと持ち帰らねばと自分に言い聞かせた。


「身体を循環する魔力は人が健康でいるために必要不可欠な要素なの。それが乱れるということは健康を損なうのと同義なのよ」


 普通の生活をしていれば魔力を使うなどほとんどないと言ってもいい。

 しかし魔攻機装(ミカニマギア)の使用などの特殊な環境下では魔力を大量に消費することがあるのが実情。


 魔力が一定以上低下すると極度の疲労や倦怠感を感じる。これは種族を問わず誰しもに起こり得る正常な反応なのだが、生物が生きるために必要不可欠な臓器を動かすための魔力が不足していると身体が訴えているのだとは医学的に解明されていること。



──血液、魔力、この二つが無ければ生物は生きて行けない



 しかし、一度失われると再生するのに時間のかかる血液と違い魔力の回復速度は遥かに早いために軽視されがちなのだ。

 その為、魔攻機装(ミカニマギア)などという命を削るのと同じだといっても過言ではない危険な魔導具が平然と使われている。


「魔力が乱れると臓器の機能が低下、もしくは停止してしまうってことですね?」


「あら、意外と博学ね」


 片眉を吊り上げたソララは『それよ』と言わんばかりにルイスを指差す。その何気ない行為がルイスの緊張を和らげるも平常運転である彼女がそれに気付くはずもない。


「戦争の道具に成り下がってしまった魔攻機装(ミカニマギア)の始まりは人の身体の補助。病気や怪我により身体の自由が利かなくなった人の為にと開発された人造の外付け臓器だった」


 装着した腕輪は臓器の一部なのだと身体が認識する。これにより体内を循環する魔力が腕輪、ひいては魔攻機装(ミカニマギア)へと流れることとなるのだ。


 魔攻機装(ミカニマギア)の装着を阻害するために造られた “黒い手錠” はこの流れを無理やり掻き乱す。

 手錠という形状である以上、他の臓器からは遠い手首に装着するため症状が出るのが遅いものの時間と共にその乱れが身体へと悪影響を及ぼし、数時間のうちに身体の不調を訴えることになるだろうとソララは言う。


「そんな危険な物なんですか?」


「一見すると何でもない手錠だけど、毒と同じで傷がないのに死に至る。出来れば破棄して欲しい残酷な魔導具ね」


(いくら何度も逃げられたレーンを捕まえるためだからってこんな物まで使って来るなんて……)


 帝国のやり方に憤りを感じるルイスが唇を噛み拳を握り締める。

 そんな彼を見ながら「それとね……」と続けたソララの言葉にゾッとする二人。


「その手錠は着けてなくても周りに影響が出る。つまり、持ち歩くだけでも体調が悪くなるから気を付けてね」

「本当ですか!?」

「嘘なんて言わないわ」


 身体にとっては毒でしかない。そんな物をニナに持たせていたことに今更ながらに顔を青くするルイス。


「そんなに心配しなくてもお嬢ちゃんの鞄なら大丈夫。だってそれ、マジックバッグでしょ?」


 質量はおろか、熱だろうが魔力だろうが、鞄に入れてさえしまえばあらゆる効果が停止することこそがマジックバッグが世紀の発明だと呼ばれる所以なのだとソララは豪語する。


「……なんで分かったんですか?」


「見る者が見ればその鞄が魔導具だって分かるわ。鞄型の魔導具なんて知れてるし、何より使われてる素材がおかしすぎる。私、これでも【サンタ・サ・スケス】屈指の魔導具職人なんだよ?」


 魔導具作成では右に出る者がいないと紹介されたのはディアナから聞いた。そんなことはすっかり頭から抜け落ちてはいたが、他の誰も鑑定出来なかった未知の魔導具を解析し、複製までして見せたのだ。それが嘘や冗談でないことくらい分かるというもの。


(待てよ……複製?)


「完全な複製は止めたって言いましたよね?」

「そりゃそうよ、破棄して欲しいって言ったでしょ?」

「じゃあソララさんの作った複製って……」

「良いとこに気が付いたわね、少年」

「少年!?」


 魔力を乱すのが帝国が造った手錠。しかしソララの造った複製品は腕輪へと流れ込む魔力を横取りし、魔攻機装(ミカニマギア)を装着することが出来なくする為の物。


「魔力を貯める性質のある特殊な金属【アドライトブルッケン】は結構希少なの。だから今回造れた手錠は三つだけだった。

 けど、こんな物を着けるより、魔攻機装(ミカニマギア)の腕輪を外した方が早いんだけどね」


 魔攻機装(ミカニマギア)の腕輪には盗難防止機構が備わっており、本人の意志がなければ外す事は出来ない仕様。例外があるとすれば腕を切り落とす、もしくは本人の意志の消失。つまり、操者(ティリスチー)が死ぬ事で取り外せるようになる。


 将来的にソララの腕輪が普及していけば、操者(ティリスチー)による犯罪、もしくは冤罪事件で犯人捕縛の際に危険だからと腕を切り落とされたり安易に殺されたりする事が少なくなるのかも知れない。

 しかし、それはまだまだ先の未来の話し。


「そんな貴重な手錠を貰っていいんですか?」

「ええ、技術を貰ったお礼だと思ってちょうだい」


 それならと、三つの手錠をニナの背負い鞄(ランドセル)へと仕舞い席を立つ二人。


「ディアナにまたいつでも来てと言っておいてくれる?」

「ええ、分かりました」

「それじゃあ、気を付けて(・・・・・)




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