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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第三章 紡がれた詩
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3-29.不変の事実を噛みしめる

 肩へと頭を預けるのは信頼の証。寄り添う男もそれに応えるかのよう、嗚咽の止まらぬ女の肩を抱いたまま鮮やかなオレンジの髪へと顔を埋もれさせている。


「グズッ……良かった、本当に良かった……」


 何度目かになる呟きは本心から来るもの。


 魔力欠乏により意識を失っていたディアナ。彼女が一人、置き去りにされていたのは薄暗い部屋。気怠さを感じながらも状況を理解しようと首を回せば巨大な試験管の中に眠るニナの姿が目に映る。信じられない光景に一気に意識が覚醒すれば、それがニナの死を意味するのだと理解が及んだ。


 悲痛な思いが理性を凌駕し、言うことを聞かぬ身体を推してソレに近付こうと床を這った。


 異音の正体はディアナの腕が床を叩く音。そして奇怪な声は妹の死を嘆き悲しむ心からの叫び。

 それは彼女を発見したレーンに包まれようとも止まることはなかった。


 連れてこられた先で幾人もの水槽に浮かぶニナを見て唖然とするも、それでもまだ信じることができず、通信機を通して聴こえてくる声を聞いてようやく安堵し今に至る。


「落ち着いた早々で申し訳ないが、できればここから脱出するのを優先したい」


 超技術の塊であるこの研究所を利用している人物がやって来るやも知れない。その者が友好的であれば心配する必要など何もないのだが、生物についての研究は頭のネジのぶっ飛んだ者のすること。

 それは一方的な先入観であるとはいえ、目の前に並ぶ水槽を見ればそう思わざるを得ない。


 巨ゴリラへの対応で傷付いたレーンは歩くことですらままならない。魔力の殆どを使い果たしたディアナもまたアテに出来るはずもなく、魔攻機装(ミカニマギア)という最後の砦があるとはいえ戦いに不慣れなシェリル一人で全員を守り抜くのは困難だろうとは容易に思いつくこと。


 で、あれば、心残りがありはするものの危険を回避するために撤退するのもやぶさかでない。


「状況は分かったわ。けど、少しだけ待って」


 言葉を皮切りに翳される右手。その手首にある白い石が光を湛えればディアナの考えは自ずと分かる。


「おいっ!無茶するな!」


 ついさっきまで魔力の欠乏により意識を失っていた。にも関わらず更なる魔力を使っては自らの体調を悪化させているのと同義。


 どちらも動くことが叶わないお荷物であるのなら、どちらか片方だけでも動けるようにする。その考えは理解できるレーンではあったのだが、理解できたとて容認できるとは限らない。

 何故ならそれはディアナの身を削るのと同じなのだから。


桃色魔石(インペリウム)のおかげでレーンの傷はあらかた塞がってる。後は通常の再生魔法だからそんなに魔力が必要なわけじゃない、心配ないわ」


 口では『心配ない』と言いつつも額に浮かんでいる汗を見れば無理をしていることなどすぐに分かる。それでもこれが最善の手であると知っているレーンは結局何も言えず、身体の違和感が引いていくのを黙って待つしかなかった。

 ただただ、己の未熟さ故に愛する者の生命が削られるのだと心に刻み付けながら。


「行くぞ」


 淡い白光が消えるのとディアナが倒れ込むのとは同時だった。

 それを支えたレーンに迷いなどなく、流れるような動作で膝下に腕を差し入れ大事そうに抱き上げる。


 万全とまではいかないが平素と大差ないまでに回復した身体、身を持って再生魔法の凄さを痛感させられたレーンは改めてディアナの能力の高さに敬服する。


「早く帰って続きをしましょ?」

「ああ」


 感謝の念の込められた口付けは唇同士が触れ合うだけの軽いものだった。それでも二人が意思を疎通させるには十分すぎるコミュニケーション。言葉などなくとも感謝し、感謝されていることなど伝わっており、二人の心が愛情によって繋がっている事を互いに認識させた。



△▽



 部屋の奥へと歩き始めたレーンだが、それを阻むようにまたしても線の入った銀色の壁が立ち塞がる。しかし、入口のエレベーター、研究所の出入り口に引き続き三度目となるボタンの無い開かずの扉。いい加減にパターンが理解できたシェリルは率先して進み出ると此処だろう箇所に左手をかざして魔力を込める。


「この研究所の性質から考えると、戻って来るだろう人物がエルフなのは確定なのだろうな」


 この五人の中ではシェリルにしか扉を開ける資格がない。それは獣人たる彼女の身体に流れるエルフの魔力が鍵であるからだ。

 そうなればニナを拉致したのはほぼ間違いなく同族であるエルフ。


──誰が?

──何故?

──どのようにして?


 人を人の手により複製する理由を含めて分からないことだらけではあるものの、開いた扉の先には一つの答えが用意されていた。


「これも試験管か?」


 つるりとしたワニ皮のような、明らかに耐水性に優れた素材でできた棺桶のようなベッド。その枠組みは金属で造られておれど、跳ね上げられた蓋部分はガラスのように透明な素材。それが閉じれば見た目こそ違うものの、横型に改良された先程の大きな試験管のようにも見える。


「これは、まだ開発段階の高度医療に使うカプセルと同じだわ。あの中に患者を寝かせて治療薬に浸すことで薬をより早く身体に浸透させるんだけど、まさかこの技術が超古代文明のモノだなんて……」


 蓋が開いているカプセルは当然のように空。満たされているはずの液体は影すらなく、もう長いこと使われていないような印象を受ける。


「もしかしてあの日誌にあった六月九日は、たまたま日付が同じだっただけで今日ではないのかしら……」


「成功した実験体はこのカプセルに寝かされていた。それが我々が行動を共にするニナなのだ、と?」


「そう考えると五十年は生きてるはずのニナっちの昔の記憶が無いってのが納得行ったりもしたりぃ?」


 攫われたフィアネリンデを素に造られたニナは五十年という歳月を経ての再会だったとはいえ肉親でさえ『本物』だと疑わなかった。それに加えてエルフのような高度な文明をもってしても『本物』であると断定されたニナはフィアネリンデである可能性もあったのだが、この施設を見る限りそうではないようにしか思えない。


「ここは書斎か?」

「ああ、コレを読め」


 カプセルに向かって左手の扉の先にはこじんまりとしたダイニングキッチンにトイレにシャワールーム。更に奥には小さな机とベッドの置かれた寝室があり、一人暮らし用のアパートメントのよう。

 それとは逆になる右手側の扉の先、座り心地の良さそうな重厚な造りの椅子の置かれた書斎らしき部屋には一冊のノートが持ち主の帰りを待っていた。


「結局のところ、そういうことなのか?」

「見てきた事が現実だってことだろ」

「つまりニナっちは……」

「ここで生まれた」


 綴られていたのは誕生からの成長過程。手足を動かすことから始まる身体を使うことの練習やら言葉を話す訓練。今日は何を食べ、どのような事が出来るようになったなど、少女の身体を与えられた幼児の成長していく様が克明に記録されている。


「どこでどうやって産まれようともアイツがアイツである事に変わりはない。だから、必要以上に悲観するのは止めろ。

 本当にアイツを想うのなら、これまで通り接してやるのが一番だとは分かっているよな?」


 諭すように告げられた言葉はレーンの胸に額を押し付け動きを見せなくなったディアナへと向けられたもの。

 俯く彼女の表情は見えないが、小さく動いた頭が彼の意見に同意を示している。


「ニナ……」


 賑やかなシェリル達の影響か、はたまた気になるらしきルイスによるものなのかは分からない。しかし、ここ数ヶ月の間に明らかに表情が豊かになったニナ。

 エルフという希少種族故に人と関われずにいたが、ここに来て多くの者と関われるようになったことで感情というものを急速に理解して行っているのだろう。


 人の手により造られたという事実は衝撃的であったし、造られた理由など正直なところどうでもいい。レーンが言うようにニナはニナであること以外の何者でもないのだ。


(早く帰って来なさい)


 これまで以上に近しい仲になろうと心に決めたディアナは愛しい妹の顔を思い浮かべながら顔を上げる。

 その様子を見たレーンは『大丈夫そうだな』と微笑み、彼女の唇に自分の唇を重ねるのだった。



 


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