5.ボインちゃんは良い女
山賊に絡まれたルイスとレーンが、山賊に絡んだ帝国兵を撃退した。
奇妙な三角関係が出来上がりはしたが、そんなものはオゥフェンの圧倒的な力の前では一瞬で砕け散り、風向きが真逆になれば山賊のアジトに招かれて宴会へと突入している。
「いや〜、良い飲みっぷりですなぁ。 酒ならまだありやすっ、どんどん行ったってくだせぇ!」
山賊達が住居にしている天然洞窟に手を加えただけのアジトはとても広く、人気のない山の中だというのに酒や食べ物が大量にあった。
軍に目を付けられるほど活発に活動していたらしく、相当荒稼ぎしていたのはそれだけ見ても伺い知れる。
アジトの一番大きな部屋、虎をまるまる一頭使った大きな敷物は売りに出せばかなりの値がつく代物だろう。
膨らんでいる頭部を肘掛にして寝そべり、銀の盃を傾けるレーンはほろ酔い気味で機嫌良さげに寛いでいる。
「ささっ、ルイスの兄貴も遠慮せずどうぞ」
レーンとは違い酒の進まないルイスの隣にやって来ては粗相の無いようにと気を遣い、一定の距離を取りつつも早く飲めとばかりに手で煽る山賊の頭。
その姿に悪い気はしなかったのだが、レーンのように仲良く呑もうとは思えないでいた。
「俺に媚を売っても、良いことなんて何もないよ?」
「あっしらが今ここに居られるのは兄貴達がアイツらを叩きのめしたからです。そんな恩人に見返りを求めるなんて、とんでもありやせんっ」
完全に八つ当たりなのは本人も分かっていたのだろう。怯えて動けなくなった帝国の魔攻機装を七機ともぶっ壊しはしたが、誰一人として殺すことはしなかった。
抵抗すらしない中年のおじさんが揃いも揃って涙目になっていたのは哀れに思えたが、運が悪かったと思うしかないのだろう。
そんな彼等は現在、使われていない別のアジトの一室にいる。
夜の山越えはそれなりに危険が伴うし、報告されれば警戒しながら夜を過ごす羽目になる。だから彼等には一晩我慢してもらう方針でまとまり、今はただ明日の朝の解放を待ちわびているはずだ。
「ところでさ、アンタがここのボスなんだろ?だったら、あの人は奥さんか何か?」
レーンが機嫌良く酒を飲んでいるのはストレスを発散できたからだけではなかった。
虎の頭を挟み反対側でお酌をするのは、細身の身体に大きなボールを二つも服に忍ばせた吊り目の美女。
鮮やかなオレンジの髪より目立つそのボールはポケットの代わりにもなりそうな深すぎる谷間を作り出し、半分ほどしか覆わない真っ赤な布でコーティングされているのだが、それがまた余計に目を惹く。
自分の武器を強調させる素晴らしい服は一枚の布から作られているかのようなワンピース。足首近くまである丈の長いスカートであるにも関わらず下着が見えるのではないかというほどに深いスリットが四本も入っているため、座っていてもムチムチの柔らかそうな太ももが顔を覗かせている。
それに加えて大きく空いた背中部分。生地の殆ど無い服はこんな穴蔵で生活していては傷を負いそうではあるが、シミ一つ無い美しい肌は人目を気にせず晒し放題だ。
パッと見、男性の欲望を吐き出す商売でもしているかのような扇情的な女性は、明らかにこの場に似つかわしくない。
山賊に捕まっている風体にしては表情が明るく、自由気ままに振る舞う姿からは彼女こそが山賊達のボスなのではないかとさえ思えてくる。
「いえいえ、とんでもありやせんよ。姐さんは山賊のポンコツ魔攻機装を改良してくれた恩人でしてね、それ以来整備を請け負ってくれてるんですわ。
今の山賊があるのは姐さんのおかげなんで頭が上がらんのです」
山賊達が使っていた魔攻機装は五機が五機とも同じ姿をしていた。
軍のように最初から経済基盤があって魔攻機装を購入したのならともかく、仕事がない、金がないから山賊なんて家業に手を出した連中が同じ機体を五機も纏めて購入出来るはずもない。
人から奪ったか、もしくは廃棄寸前であれど、どうにか動く物を安値で手に入れたのかは分からないが、元はと言えば五機全てが違う機体であっただろうことは予測がつく。
それをたった一人で改装、改良し、見た目だけでも同じに整えられるとなれば、整備士としての腕は相当なもののはずだ。
「そんな凄い人が何で山賊に?」
「いや〜、実はですね。元々は商隊に雇われていた姐さんなんですが、例によって通りかかったところを山賊が襲ったんです。
姐さん、ああ見えても結構マジメな性格でしてね、なんでも、その商隊の待遇にうんざりしてたところだったらしくて、これ幸いと奴等を裏切って返り討ちにあいそうだった山賊の味方をしてくれたんです」
矛盾した言葉に聞き返せば、整備士として雇われた筈なのに単に商隊のリーダーが妾にしたかっただけのようで、全然好みじゃないハゲデブに口説かれるのに時間を食われて自分の仕事をさせてもらえなかったのが物凄く不満だったそうだ。
腹いせに、本来なら勝てる筈だった商隊の魔攻機装に仕掛けてあった小細工を発動させ山賊達を勝利に導いたらしい……なんともおぞましい話ではあるが、そいつらの自業自得とも言うことはできる。
「魔攻機装に触れれば不満は無いようで、好きにいじっていいからとお願いしたら、それ以来ずっと山賊に居てくれてるんですわ」
整備だけでなく改造まで手掛けられる腕の良い整備士は、国が “お抱え” として欲するほどに貴重な人材だ。
それがこんな山賊と共にいるなど信じられない事態ではあるが、人それぞれ何かを抱えて生きているものだと、レーンと楽しそうに会話する彼女の姿を見ながら渡された盃に口を付けるルイスであった。
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女が手にする金の腕輪には魔石と呼ばれる赤、黄、緑の三色の小さな宝石が嵌められている。
それは腕輪に収まる魔攻機装の扱える属性を示しているのだが、通常であれば一つしかないものが三つもある時点でオゥフェンの異質さが分かるというもの。
「これが帝国の傑作ねぇ……」
左右三つずつ着けられた腕輪は一見するとアクセサリーのように見える。
だがその内の一つ、右手に嵌る白い腕輪は整備士としての証。それが淡い光を発すれば、手のひらに置かれた金の腕輪とを白い魔力光が繋ぐ。
すると溢れ出した金の粒子が彼女のすぐ脇に集まり、大きさを増して行く。
「オゥフェンを苦もなく、か。王宮に来るような奴でも呼び出せもしねぇ奴がいたりするんだが、お前、良い腕してんじゃねぇか」
姿を現した黄金の機体。その程度の褒め言葉は聞こえないと操者の居ない状態で佇むオゥフェンを周り、まじまじと観察を始めたオレンジ髪の美女。
金の刺繍が施された真っ赤な布の間で見え隠れする真っ白な肌、動く度に強烈な主張をする二つの凶器。顔を含め容姿から服装に至るまで、眺めているだけで酒が進む女などなかなか居はしない。
「満足したか?」
使用者登録のされた機体は他の者では動かせない。ましてや、こうして眺めていれば、いくら優秀な整備士とはいえ魔力を使えば丸わかりなので変な細工などされたりはしないだろう。
当てがわれた部屋に付いてきたディアナの “お願い” はレーンの所持するオゥフェンを見ること。
その願いを聞いてやり、彼女を眺めて既に二十分。酒も空になり、そろそろ自分の “お願い” も聞いて欲しくて声をかけたのだが、彼女の耳には届かず鉄の身体を触り倒すのに夢中になっている様子。
性能の良くない魔攻機装は、プレートメイルのように、滑らかな曲線の鉄板に覆われる甲冑のような見た目をしている。
それにゴツゴツとした機械仕掛けのギミックを足せば足すほど、物理的に強くなっていくのだ。
しかし魔攻機装のコア、即ち魔力を制御する頭部の性能が優秀で、魔法主体の戦闘スタイルになればなるほど余計なギミックは少なくなっていき、ギヨームのミヤタのように肩だけが特徴的だったり、オゥフェンのように重厚なる存在感を残しつつも洗練されたシンプルな姿を取る傾向にある。
「ディアナ?」
背後から生える翼のような金の板、機動力を飛躍的に上昇させるこのアリベラーテは、モスグリーンの帝国機が装備していたようなアリベラーテ機構の最新かつ最上位の物。
高価な上に消費する魔力が多いので、機体自体に魔力消費を抑える機構が組み込まれていないと装着すら出来ないという金持ち仕様のギミックで、オゥフェンにはそれが二対もある。
洗練された容姿、初めて見るギミックに興奮したディアナ。金色の翼に魅せられ完全に一人の世界に入っていた。
気が付けば、その翼に手を突き自分を見つめる碧い瞳。思わず「あっ」と漏らしたのは彼女にとっては珍しいこと。
「そんなにコイツが気に入ったか?」
国を追われし帝国の皇子。財産は無くともオゥフェンという魅力的な魔攻機装を持ち、その容姿もディアナの求めるレベルを凌駕していた。
そして何よりレーンから感じるなんとも言えない独特の雰囲気。皇族故なのか、人の心を惹きつける不思議な魅力を持つ年下に興味がないと言えば嘘になる。
「ええ、とっても。 見た目の美しさもあるけど、底知れぬ力強さも魅力的ね……コアを覗いても?」
薄紫という変わった色の瞳を見つめながらゆっくり近付くと、曲げた指で頬を撫でて反応を確かめるレーン。
「コイツはある程度の損傷なら自分で治しちまうお利口さんだ。当然、大した整備も必要としない。 だから俺は本当に信用する者にしかオゥフェンを触らせたりしねぇと決めている──お前は、信用に足る者か?」
「さぁ、どうかしら。それは貴方自身で確かめてみれば良いのではなくって?」
嫌がる素振りのないディアナへもう一歩近寄り、腰に手を回し身体を引き寄せると大きな胸が二人の邪魔をする。
のけぞり気味の彼女の顎を指で挟んで軽く上げれば、瞳の奥にあるメスの気配がレーンを求めているのが見て取れた。
「整備士としての腕は申し分ない、だがそれだけじゃ俺は納得しないぞ?」
「そう……それで?」
「俺の女になれ。そうすれば魔攻機装だろうがなんだろうがお前の好きにさせてやる」
「その返事は貴方次第ね。貴方が私に相応しい男だと認めさせれば、例え行き先が地獄だとしても喜んで付いていくわ」
「ククッ、お前のそういうところ、好きだぜ。いいだろう、泣いて懇願する事になるから覚悟しろよ?」
紅の引かれた唇を塞ぐのは二人の闘いが始まった合図。
魅惑的な舌を堪能しながら捕まえた獲物を逃さぬようオゥフェンの翼の間にディアナを押し込むと、深い谷間に指を差し入れ、凶器を隠す赤い布を引き摺り下ろす。
扇情的な吐息を聞きながら首筋に、鎖骨にと舌を這わし、ほとんど抵抗もなく露わになった膨らみにむしゃぶりつけば、艶っぽい声が漏れ出し二人だけの夜を彩るのだった。