3-24.死者に捧げる漫才
顔が映るくらいピカピカに磨かれた石材は王宮や宮殿などの床にも使われてはいる。しかし四面全てというのは例になく、奇妙に感じるのは仕方のないこと。加えて、そういった場所は例外なく五人が手を伸ばせるほど広いものなのだが、いくら全面が清潔感のある白だとはいえ縦横三メートルのこの通路には少々の圧迫感を感じる五人。
「チッ、懲りない奴らだ」
滑るように動く二つの円柱。それから射出された四本のコードを掻い潜り、鮮やかな剣捌きで一刀の下に斬り伏せるレーン。その動きは回数を重ねる毎に洗練されて行き、今ではもう、初見で目にすれば思わず拍手をしてしまうほどに無駄のない鮮やかさとなっていた。
残骸となり動かなくなった物体は度々現れるこの遺跡の警備ロボ。機械が意志を持ち立ち向かってくるなど信じられない光景なのだが、実際に起こっている以上認めざるを得ない。
一メートルしかない小柄を活かし発見した侵入者へと素早く近付く。その攻撃は恐ろしく、撃ち込まれる電極に少しでも触れたならたちどころに感電し身体の自由が奪われてしまうだろう。
捕まったらどうなるかは分からない、しかし捕まる気など更々無いレーンは当初、魔攻機装で応戦するも過剰防衛だと気付いて魔力を温存するため生身へと戻り、護身用の黒太刀で対応するようになった。
ただ、安全を重視するディアナの意見により残りの面々は改装中のシェリルの魔攻機装【キリア】の魔力障壁圏内に居る。
改良されたアリベラーテ機構のお陰で警備ロボと同じく滑るような移動が可能となったキリアは、歩行する必要がなくなり足を動かさなくとも良い。それを利用し「練習よ」と言い切ったディアナは腰に手を回させキリアの足を踏み締める。自らの両足を乗せる事により自分も歩かなくて済む上に不意の攻撃からも身を守ることができる画期的なアイデアである。
「変わり映えのない景色には嫌気がさしますね」
ディアナとは反対の足に乗るカーヤが言うように、真っ直ぐに伸びる通路には驚いたものの何の装飾もされてない壁など見ていて面白味などはなく、味気ない景色に飽きるのにさして時間は掛からなかった。
「あー、またエレベーターですねぇ」
背後から抱き付く形で首へと手を回したノルンは居場所がないためしがみ付くしかなかったのだ。それならば肩車をしろと訴えたが断固拒否するシェリルとの掛け合いは漫才のような一幕でありレーンとディアナを大いに楽しませた。
△▽
「おい、またこれか」
四つのボタンしかないエレベーターが止まり開いた扉の先には先程と同じ長く続く真っ白な通路。
しかし等間隔に通路の壁へと取り付けられた扉の先、小部屋の様子は各フロアによって様子を変えてはいた。
「うへぇ……何これ」
手近な扉を開けばそれに反応して灯りが勝手に点く。しかしその部屋の照明は薄暗くしか明るくならず、代わりに部屋を青白く彩っていたのは置かれていた水槽の下から漏れる淡い光であった。
いくつもある円柱型の水槽には蛙や蛇、蜥蜴など小型の爬虫類が浮かんでおり、部屋の薄暗さと相まって一人では訪れたくない雰囲気だ。
「生物標本、でしょうね」
「ああ。ミネルバには『研究所』と表示されていたからな、間違いないだろう。でも、よりにもよってこんな地下に隠れて生物の研究とは……」
最初に見たB1フロアには、拷問具のような金属製器具がズラリと並んだ大部屋に驚きはしたものの、水の張っていないプールや大きな食堂に加えて食糧庫まであった。そこからでも小さな村規模の人がここに居たことは窺い知れる。
加えてB2フロアの全てが個人部屋であり、その数は数えるのが嫌になるほどたくさんあった。
続いて降りたB3フロアはいよいよ本命の研究所。生物の研究というと非人道的拷問の末に身体を弄ばれたあげくゴミのように処分されるという陰湿なイメージしか湧かないのが一般的なのだ。
しかしその実、医療の発展には欠かせないものとして国に認められて研究がされているのが殆どであり、野生生物や違法に捕まえた人間などを玩具にするような研究機関はほとんど無い。にも関わらず噂が立つのは都市伝説的な娯楽の要素が強かったりもする。
「無人ってことは今はもう研究はされていないのですよね?」
「そのようだが、もしかしてここは……」
「やはりそう思うか?」
「かつて有ったと噂される超古代文明の遺跡?」
超古代文明と言えば人心を惹きつけるロマン漂う言葉に聞こえるのだが、実際に遥か昔の超技術が見つかったなどという事実は今のところ存在していない。
ただ遺跡というものは度々見つかることから考古学者達が期待を込めて『超古代文明はあった』とし、ありもしない幻を追い求めているのではと囁かれていたりもする。
「ぴんぽーんっ!大正解!ディー姉よく出来ました〜」
「いやノルン。知りもしないのに適当言うのはやめろ」
「でも、あながち間違いではないかもしれない。そう思ってるのは皆さん同じなのではありませんの?」
「ロボット……」
「ああ。どうにか捕まえて売れば、その筋の学者ならいくらでも金を積みそうだな。いっそ魔導具としてドワーフ共に売りつけるのも面白そうだぜ?」
「散々斬り刻んでおいて今更それを言うのか」
取らぬ狸の皮算用とはよく言ったもので、捕らえられなければ売れもしない。オマケにそういうときに限って捕まえようにも肝心のロボットがやって来ないのだ。
ならばと諦め、向かい合う扉を開ければ似たような部屋。水槽の灯りに照らされる不気味な部屋には昆虫の標本が羅列されていた。
花や木などの植物から野菜に至るまでが保管される部屋には癒されるほど、ありとあらゆる生物が標本とされている未知の研究所。
その対象物は奥に進めば進むほどに大型となり、牛や馬などが水に浮かぶ様子には気味が悪いどころか気持ちの悪さすら覚えてしまう。
そして更に進む事しばし、開けた扉の向こうにあった光景に立ちすくむ一行。
「まじか……」
「まぁ、そうなるわよね」
大型の円柱水槽の中には標本とされた人間が浮かんでいる。一方には男、もう一方には女。
それぞれ一糸纏わぬ姿で眠るように微動だにしないがそれも当然、彼らの命は尽きているのだから。
「こっ、これがチ◯コ……」
「ノルン!!何してるのよ!?」
フラフラと男性水槽に寄ったノルンがマジマジと男性器を眺めて感嘆を漏らす。
「え、だって標本なんだから観察したりするためにあるんですよねぇ?」
「だからって!!」
初めて見るソレに驚くのは結構なのだが、死者を辱めるような行為は控えるべきである。そう感じたカーヤは金切り声をあげるものの、本心がどこにあったのかは本人にしか分からない。
「なんだノルン。そんなに男に興味があるならルイスの布団に潜り込めば良いだろう?奴が帰るのを待てないのなら俺が男を教えてやってもいいんだぜ?」
「ルイスのを咥えるからお誘いはお断りするのねん〜」
「ちょっ!咥えるとか言わないでっ!!」
ヒョウ柄の三角耳を揺らして小首を傾げたノルンは、筒状にした片手を口の前で前後に動かす。その際、小指が立っていたのはご愛嬌だ。
そんな分かりやすい挑発をされれば我慢も限界に達し、怒りに肩を震わせたカーヤが肩で風を切りながらそれを眺めるノルンへ歩み寄る。
思い切り振りかぶった手、それを見れば次に何をするかなど誰にでも分かること。
「あ痛ぁっ!何で避けるのよ!」
これでもノルンは自称忍者、幼少より鍛えられし身体能力はカーヤの怒りの鉄拳など簡単に避けてみせる。
しかし全力のカーヤの手は止まることを知らず、勢い余って硬い水槽を思い切り叩いてしまったのだ。
憤る彼女だが悪いのはノルンではなく、己の感情に身を任せ過ぎ、普段の頭の良さを発揮できなかったカーヤ自身なのである。
「いやぁ、痛いのやだしぃ?避けるっしょ」
「それなら男ともヤルな!」
「ヤルとか、ハシタナイよぉ?」
「アンタが言うのっ!?」
「ノルンはハシタナイこと言ってないしぃ?いつもお堅いカーヤが淑女として踏み外したから注意してあげたんですけどぉ〜?」
「なぁんですってぇ〜っ!!」
この日二度目の漫才は、水槽という牢獄に閉じ込められた死者の前で行われるのであった。
△▽
「ところで、誰かセキュリティシステムを切ったのか?」
「いんや」
「儂も知らぬぞ?」
「…………」
「無責任な奴らだな」
「まぁオゥフェンとエルキュールがあればなんとかなるじゃろて」
「うむ、その通り。なんとかなるじゃろ」
「「「わっはっはっはっはっはっ」」」




