3-17.打上花火からのパラシュート作戦
「ねぇ、ニナぁ……本気なの?」
「お姉様は私と、私のイザイラムを信用してはくださらないのですか?」
「そうじゃないけど……」
メレキヤを脱出したレーン達は遠目に町が見える場所で約束の七日を待つことにした。
身を隠せる森ではなく、物陰となる岩場でもない。一見すると何もない広陵地にある背の低い丘の裏側は、町の動きを監視しつつ隠れて過ごすのにはもってこいの場所。
そこで行われる二人のやりとりはこれで何度目であろうか……。
依頼した鑑定が終わったとて結果を聞きに行かねば意味がない。それには再びメレキヤへと入らなければならないのだが、ミネルバなどという目立つ乗り物で行けば直近で問題を起こした集団なのだとバレて拘束されるのが目に見えている。
と、なれば他の手段でとなるのだが、徒歩などという余計に目立ってしまう手段を除けばレーンの魔導バイクしか手札を持ち合わせていない。
しかし、一つの懸念事項がそれを押し留めた。
──逃走防止に備えた監視システム
ドワーフ国【サンタ・サ・スケス】では全ての町において出入口が一箇所しかない。
それは他国から訪れる者達が高価な魔導具を始めとするこの国で造られた品物を持ち逃げ、あるいは金銭の踏み倒し等のトラブルを起こさせないために退路を断つ布石であり、人の出入りをモニターでチェックする特別な人員が配置されている。しかもその人員というのが特殊な能力を持つ者であり、一度見た顔を決して忘れないという超常的な才能を持つ最高の門番なのだ。
「お師匠さん達が完成させた重力制御機構は理解しました。水色魔石もシステムもイザイラムへ組み込み、三度に渡るテストでもレッドはおろかイエローですら無いオールグリーンの判定。この結果を見ても止めろと仰るお姉様の意図が分かりません」
ぐうの音もない現実を突きつけられても尚、渋い顔をするだけのディアナは、なにもニナの造っている未完成の魔攻機装イザイラムの安全性が信用出来ないのではない。
正式ルートである門から入ることが出来ないのであれば、出た時と同様空からの侵入が提案されるのは当たり前のことだろう。
しかし、重力制御機構を搭載したミネルバで侵入するのは簡単にバレるとの理由から却下。
それならばと、それとは別で貰った水色魔石を持て余すニナが造りかけのイザイラムに重力制御機構ごと追加してしまえとのことで始まった大改修。程なくしてニナとディアナの口防も始まったのだが、顔バレしているディアナが行くより地味で目立たない自分の方が適任だと主張するニナが頑として譲らないのだ。
(自分が目立つエルフだって忘れてるのかしら……)
ソララに依頼してから六日目の今日、陽が落ちるのを待ってメレキヤへ潜入すると言うニナなのだが、その相棒に選ばれたのがルイスだというのがディアナにとって最大級の悩みの種。
「ねぇニナ、せめて連れて行くのは私に……」
「ルイスは信用に値する、それはお姉様も感じていらっしゃることですよね?」
「だからって二人でお泊りなんて認められないわ?」
「意味深な言い方は止めてください。ルイスは不誠実な人間ではありません。
闇に紛れてが安全なのは否定する要素がない。と、なれば夜に侵入するのは確定です。そうなれば夜が明けるまで工房には行けません。朝早くに押しかけるのも失礼ですし、時間を調整する意味でも宿泊は必須なのですよ?」
シェリルの同行はカーヤが拒絶し、そのカーヤはシェリルと離れたがらない。お調子者のノルンは頼りになるのかどうか判断が危ぶまれ、顔バレしているディアナとレーンを除けばルイスしか残っていないのだ。
だがルイスとて男、可愛いニナと二人きりで外泊など姉として認可するわけにはいかなかった。
(ニナの説得は無理。となれば……)
訓練所と化しつつあったミネルバ内の工房を後にしたディアナは逸る気持ちを抑えつつも急ぎ足で廊下を進む。
彼女の頭を占めるのは狼となりかねないルイスへの釘刺し。それはそれはもう、釘という範疇に収まり切らないほどでっかいヤツを胸のど真ん中に殺す勢いで突き立ててやらねばと息巻いていた。
しかし、思惑通りに行かないのが世の常である……
△▽
陽が落ち、夜の帳が下りたミネルバの屋根の上には、闇に紛れての潜入に合わせたかのように目立たない色であるカラーリングの施されていない鈍色の魔攻機装が立っている。
ニナの造るイザイラムの完成度は未だ75%。ザルツラウで金属を得て以来、僅か一月でかなり進捗したのだが、当初の設計に無かった機能を急遽追加したことにより魔攻機装の個を表す色ですら後回しにされてしまっていた。
そんなイザイラムに包み込まれるようにして抱かれるルイスは出発の体勢を整えるために鉄の足の上に自分の足を乗せた。
「ルイス……分かってるわよ、ね?」
そこに掛けられるディアナの声だが、昼間のやりとりを思い出して困惑するルイスが顔を上げれば、腕を組んで静かに怒る彼女の顔に角が生えているようにさえ見えてしまう。
「ルイス、わかってるな? うまくやれ」
意味深な言葉を発するレーンは楽しげであり『他人事だと思って!』と文句の一つも言いたくなったが、ニナの手前、言葉を飲み込む。
そんなレーンへと顔を向け、白い目で見つめるディアナは珍しいのだが、こと、ニナに関しては例えレーンであっても譲るつもりはないようだ。
事の発端はルイスの部屋で二人が鉢合わせたことによる。
二人で一緒にいるのを度々目撃していたレーンは、女性に奥手もいいところなルイスではなくニナの方がルイスに気があると勘付いており、せっかく二人きりになるのだからと女の口説き方を無理やりレクチャーしていたのだ。
そんな中に入ってきたディアナはレーンとは真逆に『手を出したら殺す』と含ませた言葉をルイスに投げつけ、半強制的に手を出さない事を約束させられてしまう。
この時から二人の仲に険呑な空気が漂っているのだが、当のレーンは全く気にしていないどころかそれすら楽しんでいるようにさえ見えてしまっていた。
「そろそろ行かないと宿が取れなくなります。お師匠さん、お願いします」
「準備は万端、いつでも行けるぞ」
「急ピッチで造りはしたが元々の構想には含まれておった物だからな」
「それに重力制御機構を絡めてより性能の良い物となっているだろう」
「射出距離は単体で百メートル」
「アリベラーテを組み込んだイザイラムならあっという間に雲の上まで行ける」
「暗いからな、着地地点だけは早めに見つける事を心がけさえすれば事故などあり得んぞ」
「まぁ、気楽に行って来るが良い」
懸念事項の一つに重力制御機構の持続時間がある。
重力を完全に無視できるのは最大で三分。ギミック自体に負荷がかかりすぎるため発熱量が多く、回路がオーバーヒートする可能性が高い。それに、既存のギミックとは比較にならないほどの魔力が必要なことから考えてもそれ以上の出力MAXの使用は今のところ禁止とされているのだ。
そこで提案されたのが魔攻機装を撃ち出すカタパルト。
本来は水平、もしくは多少の角度を付け、余分な魔力消費を抑えつつ遠くまで早く送り届ける事を目的とした発射台なのだが、今回はそれが真っ直ぐ空を向いている。
ミネルバの重力制御機構を発動させた状態でカタパルトから射出すれば空へ向かうにしても通常より強力な推進力を得られてそれなりに距離が稼げる。ある程度進んだところでイザイラムの重力制御機構を起動し、その背に積まれたアリベラーテで更に上空を目指すのだ。
後は重力を緩和させる程度に重力制御機構を弱めて起動した状態で町中へとゆっくり降下すれば作戦は完了となる。
「コッチもいつでも行ける。ただな、ニナ、一言だけ言わせてくれないか?」
「……?」
いつの間にか運転席に座っていたシェリルは重力制御機構を起動させるためだけにミネルバのハンドルを握っている。それを維持したまま窓から身を乗り出した彼女はニナに向かい極上の笑みを浮かべた。
「せっかくのデートなんだ、楽しんでくるがいい」
「──っ!!」
うんざりするほどディアナに言われたにも関わらず今まで気にしていなかった……というより、想定外の機能追加に没頭するあまり気付いていなかった事実。
目の前にはルイスの頭。その彼へと背後から抱き付いている自分。“任務” というフィルターが外され “デート” という現実に掛け替えられた。二人きりだとは理解していたが突きつけられた別の視点を認識した瞬間、ニナの顔が一気に赤く染まり煙を吹き始める。
「ちょっと!シェリル、止めなさい! ルイス!ニナに手を出したらどうなるか分かってるんでしょうね!?」
「重力制御機構起動」
「重力干渉、グリーン」
「カタパルト、安全装置解除」
「射出までのカウントダウン、開始」
「五、四……」
「ルイス、もう一度言う。上手くやれ」
「ちょっ!レーン!!本当にやめてよ!もぉっっ!ばかぁ!!」
近付いたレーンが無防備に晒されるルイスの腹に拳を当ててこれ以上ない笑顔でエールを送れば、大慌てで駆け寄ったディアナがレーンの両手を掴まえ抗議をしながら離れて行く。
自分の意思とは違う場所で蠢くおかしなやり取り、そして去り際のレーンの意味深なウインク。板挟みとなっているルイスには困惑した顔で沈黙を守るより他に平穏解決の道は残されていなかった。
「三、二、一……」
「ルイス!戻ったら覚悟なさい!良いわね!!」
「発射!」
悲痛な叫びがこだます広陵たる大地。僅かな光を従えたイザイラムはニナとルイスを連れて幾千もの星の瞬く夜空へと旅立って行った。




