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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第三章 紡がれた詩
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3-16.脈動する世界のうねり

「逃げられただとぉっ!!」


 派手な音を立てて蹴り付けられた机が、置かれていた物を置き去りに壁へと喧嘩を売る。そのすぐ後には幾つもの食器が割れる音。八つ当たりも甚だしいが、分っていても何かに当たらずにはいられなかった。


「ここで暴れても状況は変わらない。憤るのは分かるが、少し静かにしないと酒も飲めなくなる」


 何事かと駆け付けた店員は目を丸くして個室の惨状に固まっている。それをやんわりと追い出したツァレルは彼らの手に金を握らせ「すまない」と謝罪を耳打ちした。


「飛び立つのはお前も見ただろう?アレは彼らの落ち度ではない。あんな非常識、見失って当然だろう?」


 床に転がっても割れなかった酒瓶を拾い上げ口を付けるジェレミだが、当たり散らすエドルよりも深く憤っていたのは彼の方。


 選りすぐりの部下を貰い、最新鋭の魔導バイクまで与えられた。にも関わらず一月以上経つというのに報告できたのはキースの死亡のみ。それに加えて見失ったなどと報告することがどうして出来よう。

 アシュカルの意志に従い命令を実行することこそが本望、彼の期待に応えられないことは万死に値する背徳行為なのだ。


「くそがっ!じゃあこれからどうするってんだ!?リーダー様よぉっ!!」


 瓶を引ったくったエドルは溢れるのも気にせず喉の奥へと酒を流し込む。


 広くない室内に充満する酒の匂い。それが嫌いではないツァレルではあったが、苛々を酒で薄めようとする男二人にはいっそのこと愛想を尽かせてしまえたらと盛大に溜息を吐き捨てる。


(面倒くさっ……)


 そう思いつつも任された任務を放棄するわけにも行かず、彼らの気分が感染ったかのように苛々が増してくる自身の感情に従い壁際に佇む罪無き机へと脚を振り下ろした。


「「!?」」


 無惨にも砕かれる音に目を丸くした男二人。静寂に包まれた部屋にはツァレルの鬱憤がぶち撒けられる。


「グダグダ五月蝿いんだよ!ガキか!?お前ら二人共いい歳こいたガキなのか!!揃いも揃って帝国の中級職がうじうじうじうじとしやがって……」


 吐き出したら吐き出したで余計に苛つく。それは自身の感情を肯定し確認したからであった。


 硬直したままのエドルから酒瓶を引ったくると瓶底を天井に向けて豪快に煽るツァレル。唖然とする二人は言葉を発する事なく、ただただ彼女の喉が動く様を観察するしかなかった。


「ジェレミ大尉!」


 ビクリ!としただけで返事も返せないのには文句の一つも言ってやりたかったが、この場に居ること自体に我慢がならなかったツァレルは早く退室したいがために敢えて我慢をする。


「閣下に連絡を取り、精鋭ばかりを集めた一個小隊を……いや、私の分隊を送らせる手配をしろ」

「ばかな、ここは……」

「奴等の目的地は何処だ?」

「……キファライオ王国?」

「そう、それさえ知っていれば通るルートなど知れている、違うか?」

「そうだが……それと分隊とは何の関係が?」

「キファライオ王国の情報は当然仕入れているよな?エドル中尉」

「い、いいや……」

「成功を信じるのは勝手だが、それでは一流の司令とは言えない。我々の目的は何だ?」

「第一皇子の捕縛……です」


 一兵卒からの叩き上げで中佐という上級階級までのし上がったツァレル、その覇気は二人にとって強烈過ぎた。

 屈強な軍人たるエドルですら酒瓶を突きつけられ尻込みしてしまい当たり前の返事ですら尻すぼみとなってしまう。


「目的地が分かっているのなら現在地からそこに至るまでの全てを把握するのが我々上に立つ者の仕事だ。それを忘れるな!」


「「ハッ!」」


 男二人の敬礼に今の自分の立場を思い出したツァレルではあるが、足りない後輩を支えてやるのも先達の役目なのだと自分に言い聞かせる。


「キファライオ王国とメラノウン帝国とが対立しているのは耳にしているだろう?近々戦争に発展するだろうとのことだ。そこで我々は野心の強いメラノウン帝国に傭兵という形で合流する。

 国力的にも武力でもまず間違いなくメラノウン帝国が勝つことになるだろう。そうなればキファライオ王国は消滅するか属国となる」


「そこに参戦するだろう第一皇子を戦乱に紛れて捕らえようって魂胆だな?」


「周りくどくないか?ルートが知れてるのならキファライオに入る前に捕らえてしまえば……」


 リヒテンベルグ帝国の西に位置するローゼナハ連邦共和国はその更に西にあるキファライオ王国と防衛提携を結んでいる。一方が何処かしらから攻撃を受けた場合、もう一方が武力援助をするという約束事だ。

 これにより大国と呼ぶには国力が足りていない二国ではあるが、二つの国が手を取り合うことでリヒテンベルグ帝国とも肩を並べるだけの発言力を維持している。


 しかし、その関係が崩れたとしたら……


「メラノウンがキファライオを攻める際、懸念事項であるローゼナハをリヒテンベルグが抑えておく。キファライオが陥落すれば生意気なローゼナハなどどうとでもなる。蹂躙するにしろ屈服させるにしろ、その後のことは閣下が判断されるだろう。

 この作戦は第一皇子捕縛の任務を継続しつつアシュカル閣下が皇帝となるための地盤固めにも役立つ一石二鳥の戦略。我々はメラノウン帝国の信頼を得るためにキファライオ攻略に手を貸すのだ」



▲▼▲▼



 浮上した意識が捉えし垂れ下がるグレーの髪は自分のもの。その隙間の向こうにある存在を認識すれば今がどういう状況なのかを思い出すに至る。


(我ながら短絡的に行動したもんだ)


 横たわる筋肉の鎧へと手を這わせてみれば、定期的に無性に欲しくなる暖かみが溢れている。

 何やってんだか、と自らを罵りながらも満たされていると改めて実感し、居心地が良いと感じるソレに額を押し付けた。


「考えは纏まったかい?」

「いいや、何も考えていやしない」

「嘘をつけ、脳筋を装っても分かる者には分かるんだよ」


 無防備にも両手を頭の下に敷く馬鹿な男は今ならば簡単に殺れる。

 そんな事が過ぎるツァレルではあったが、今は敵同士であるはずの男の腕に頭を預けている自分も大概だと自嘲し、バレないように小さく鼻を鳴らした。


「“双頭” と呼ばれる帝国でも一、二を争う機士のアンタが捨てられるとは笑い話も良いとこだね。で?コレからどうすんだい?」


「だからなんも考えてねぇって。なるようになるだろ? まぁ、一つの選択肢として、この国の女を食べ散らかすのも悪くない。あんま知らなかったがドワーフの女は美形な上に情熱的な女が多いようだしな。何年かぶりに嫁から解放された今のうちに思う存分遊びつくしておくさ」


「忘れてたけどアンタ、嫁も子供もいたねぇ」


「主張中の男は独身と同じって、別に俺の女になりたくて抱かれたわけじゃねぇんだろ?」


「アンタの女かぁ……流石のアタイでも、アレと争ってまでアンタの側に居たいとは思えないね」


「うちの嫁、側から見てもそう思うのか?」


「見た目の可愛いらしさとは裏腹に自分のテリトリーに来たものを知らず知らずのうちに懐柔する。鋭くない牙はまるで猛毒だね。恐らく本人も意識してないのだろうがアレに喰われたらアタイがアタイでなくなっちまうよ」


 鎌首を持ち上げた蛇の如く、気怠そうに上半身を起こしたツァレルが動きを見せない男の茶眼を射抜く。徐々に覇気が戻る水色の瞳は、彼女が女から中佐へと立ち戻ったことを如実に語る。


「もう行くのか?打ち捨てられた可哀想な俺としちゃぁ、もう一戦くらいして慰めてもらわにゃ心も身体も落ち着かないんだが」


「フッ……魅力的な誘いだが遠慮しておこう。オシメが必要なガキ共が待ってるんでな」


 ベッドから出たツァレルは手早く身支度を整えて行く。

 女が下着を身に着ける様を見るのが好きな男はそれを満足気に眺めていたのだが、思い起こした彼女の飼い子に微妙な印象しかなく不思議に感じた。


「遠目にしか見てねぇけど、アレは使えるのか?」

「いいや?」

「おいっ……」

「使えなければ使えるようにする、それが我々の役目だろう?」

「真面目だな、お前」


 何をやらせても有能な者もいれば経験を積む事で才能を発揮する者もいる。その早い遅いも千差万別である上、成長に関わった者達の良し悪しも大きな影響を与える。

 当然の如く人間には向き不向きがあり適材適所という言葉があるように、性格的にも能力的にも向いていない者に労力を掛けるのは多大な時間を取られるのに加えて思うような結果にはなり難い。


 ツァレルのように中佐という立場なら周りに置く人材をある程度は選べるはずなのに、見込みがなさげな男達に構うことを疑問に思い嫌味として投げかけた。


「どう捉えてもらっても結構だが、与えられた現状で最良の結果を残すのが私の役目だ。では、私は行くぞ?達者でな、グルカ・ステンヴァル」

「ああ。再び巡り合ったときにはお前が満足するまでまた抱いてやるよ」

「フフッ、楽しみにしておこう」


 仕事の顔でありながらも柔らかな素の笑みを見せたツァレルに手を振るグルカ。床を蹴り付ける音と共に去って行く彼女の後ろ姿を眺めながら『またな』と再会できるよう呪文を投げかけるのだった。




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