3-14.場を弁えぬのは愚か者なり
出番を待ち侘びていた獲物を引き抜いた瞬間レーンの手に走る強烈な衝撃。胸の中心を狙った大型のナイフは捕縛が目的だと言った黒狼の隊長たるグレイブの発言とは矛盾している。
「まさか丸腰で初撃を止められるとは思わなかったが、金にモノを言わせたマジックバッグ持ちだとは流石は帝国の皇子様ってか?」
「るせぇっ!拝んだんならさっさと逝け!」
腰にある鞄から直接抜き出した漆黒の太刀を振り抜けば、軽い身のこなしで飛び退いた男は両手を広げて肩をすくめてみせる。
その行動に加えて動きを見せないグレイブと彼の服を掴んでいるぬいぐるみを抱えた少女、三人が一つとなり『舐められている』と感じたレーンの神経を逆撫でする。
「俺は黒狼のNo.3キアレル。手加減は要らないな?」
腰からもう一本を取り出したキアレルはそれを逆手に持ち、掛かってこいとばかりにチョイチョイと人差し指を曲げ伸ばしして合図を送る。
ただ立っているだけに見える無防備な姿勢は何かしらの構えや初速を得るための腰だめすら見当たらない極自然な居姿。先程の一撃から “侮れない” と悟ったレーンは苛立ちながらも攻めるのか待つのか判断しあぐねていた。
「何だ、ひよったのか?来ねぇならコッチから行ってやる」
膨れ上がったキアレルの殺気を肌身に感じたレーンは、命を預ける黒太刀の柄を握りしめ襲来する強敵へと全神経を集中させる。
(右か!)
カッ!と見開いた碧い目が黒い影を捉えた。意識せずとも黒太刀が傾けば間髪入れずにやってくる衝撃。しかし驚くのはその強さではなく衝撃を作り出した大型のナイフの使われ方。刃とは逆側に掘られた幾つもの溝の一つで受け止められていたのだ。
その意味を考える暇もなく中程で受け止めたナイフが鍔元を目指して滑り始める。
不味いと感じてもう一本に気を配りながら黒太刀を引こうとするものの、溝に嵌まり込んでしまい思うように抜くことが出来ない。
しかもそれを待っていたかのように横という思わぬ方向に力が加えられて危うく黒太刀を手放しそうになる。
「チッ!やるなぁ」
ナイフの呪縛から解放された直後もう一本が襲いかかるが、コレは普通に刃と刃の打つかり合いであった為どうにかいなして距離を取ることに成功した。
「……ソードブレーカーか」
「御明察、皇子様は博識だなぁ。っつか、なんつぅ硬い刀だよ。狙って折れなかったのは初めてだぜ?それも金にモノを言わせた特注品ってか」
「特注であるには違いない、何とでも言えや」
「良いねぇ、金持ちは。大概のモノは苦労せず手に入れられる。だが、凌ぎを削って手に入れた技術ってぇのは金じゃあ買えないんだぜ?」
「ハッ!貧乏人の僻みは聞くに耐えない。技術?ククッ、それも選ばれし者にとっては金で買えるってことを教えてやるよ」
「口だけは一流のようだな。連れて来いって依頼だがどうせ引き渡した後で殺すんだろ?なら、俺がここで斬り刻んでやる!」
△▽
オレンジ髪を靡かせ黒狼へと駆けるディアナ。人が三人並んだだけでいっぱいとなる狭い通路は彼女にとって好都合だった。
向けられた銃口などおかまいなしに勢いよく近付いてくる美女。殺せとの命令ではなかったが、相対する三人共が余裕の持てる相手ではないと悟り一斉に引き金を引き絞った。
身を隠す障害物もなければ避けるスペースも限られている。次の瞬間には血の花を咲かせて後方へ吹き飛ぶ、そんなイメージをしていたというのに現実は異なり、三人の脳内に疑問符が溢れかえった。
「たぁぁぁらぁっ!」
発砲より僅かにだけ早く飛び退いたディアナは重力が無いかの如く壁を地面に見立てて男達へと駆け続ける。
現実的ではない光景に呆気にとられた黒狼だが、日頃の鍛錬の成果が発揮され無意識に獲物を追いながら発砲を繰り返した。
「ぐほっ……」
しかし一度後手に回った追いかけっこが覆ることはなく、宙を舞ったディアナの脚が黒狼の一人を捉えた。
いくら鍛えられた傭兵とはいえ、体勢を整える間もなく入れられた人体急所である首への一撃は耐えられるものではなかった。しかも相手は徒手空拳を得意とするディアナであり、重力を味方に付けた苛烈な一撃ともなれば大抵の者が地に沈むのが当然の摂理。
「ば、ばかな……カハッ!」
次の瞬間、身を低くしたディアナがもう一人の黒狼へと拳を叩き込む。正確に捉えた次の急所は腹の上部に位置する鳩尾と呼ばれる箇所。強制的に空気を吐き出させられた黒狼は身体をくの字に曲げて崩れ落ちて行く。
「クッ、化け物めっ!」
「失礼な事を言うんじゃないっ!」
距離を取ろうと慌てて後退した最後の一人の更に向こう、脇道の入り口からは増援と思しき幾人もの男が駆け込んで来るのを目にした途端に目の前の男が黒い光に包まれた。
「町中で魔攻機装なんて何考えてるの!?」
「背に腹は替えられない!町の被害を心配するのなら大人しく捕まれ!!」
背中越しに背後へと目をやれば、そちらからも駆けてくる男達の姿が……。
相手の一人が魔攻機装を纏ったことで駆け付ける者達も察して次々と黒い光に包まれる。
こうなっては致し方ないと左腕へと魔力を流せば、自身も紅い光に包まれると同時に安心感に満たされるのを感じていた。
いくら達人級の腕前を持つディアナとて魔攻機装相手に生身で張り合えるほど人間離れしてはいないのだ。
「何処に行っても迷惑な輩って居るものなのね」
冷めた目で見つめる先には黒い魔攻機装を纏って通路を塞ぐ男達の姿。それが一斉に両腕を上げたのが目に入ったのを合図に重心を落として一番近くに居た最初の三人の内、残りの一人へと無防備な突進を敢行する。
「シッ!」
次々と襲いかかる黒いロープを金色のレイピアが叩き落とす。最初からこうすればと後悔するも魔力障壁ありきの戦術は操者の常識と化しているので先日の失態は仕方のない事ではある。
(斬れないなんて……特殊な素材って訳ね)
一度地面を突いたロープ達は一斉に男達の元へと戻り始めるが、それを待ってやるほどディアナは甘くない。
「うぉぉぉぉっ!!」
急いで戻ってくるロープだが接敵に間に合わないと判断した黒狼は、自身の獲物である黒剣を手にするも間に合わず魔力障壁を展開させる羽目に陥った。しかしそれだけでは終わらないディアナの攻撃はもう片手に持つレイピアを叩き込んだところで彼の虹膜が音を立てて砕け散る。
衝撃で背後に飛ばされる黒狼へと叩き込まれるディアナの紅い脚は見事なまでに鳩尾へとめり込んでいた。
生身に受けた衝撃は強烈であり、いかに有名な傭兵団の一員だとてしばらく立てなかったとしても誰が彼を責められよう。
そんな彼を飛び越えディアナへと襲いかかる黒い魔攻機装達。それを見れば『やはり退かないか』と分かっていても溜息が漏れる残念さに身を翻した。
「レーン!」
再び角を曲がった先には激しい打ち合いを繰り広げるレーンの姿。
ダガーと呼ぶには大き過ぎる刃物を打ち返した瞬間、横目でチラと自分を見るレーンにまだ余裕があることを悟ったディアナは、全力でその距離を詰めて行く。
「んだよっ!!」
苛立たしげな黒狼の顔には『ざまぁ』と淑女らしからぬ下卑た思いを吐きかけたディアナはレーンを腕に抱くと一足飛びで建物の影から上空へと躍り出る。
「町中じゃ分が悪いわ。ミネルバに戻ってメレキヤから離れる」
「ああ……でも、良いのか?」
「何が?」
「手錠を預けただろ?」
「依頼はした。回収は何とでもなるわ」
「それならまかせる」
滑空するエルキュールに向けて放たれる銃弾だが、その全ては魔力障壁が阻んでいる。対空戦の装備がないだろう機体はここまで距離が開けば狙撃以外の攻撃方法がないのだろう。
手頃な建物の屋上に脚を着くと皆が待つ宿の方角へと舵を切った。




