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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第三章 紡がれた詩
68/119

3-13.曇り空に満ちた剣呑な空気

 輸送車の隣に張られた簡易テントの中、湯気立つカップを傾けていた男の前にやってきた別の男がテーブルの上に小さな紙切れを置く。


「依頼主は何と?」


 その様子を目で追っていた隻眼の男は左手に挟むタバコから紫煙を燻らせながらもやってきた男へと視線を戻した。


「俺達は戦うことを生業とする傭兵だ、奴らの手下になった覚えはない」


 腕を組んだまま対面に座った男は不機嫌そうな顔で頬杖を突き、見もしないで取り出したタバコへと火をつける。


 隻眼の男が苦笑いを浮かべて紙に手を伸ばしたタイミングで置かれる二つのカップ。

 音も気配もなく寄ってきた少女は「よっ」と声を発して椅子に座ると、カップの一つを持ってフーフーと可愛らしく息を吹きかける。


「ありがとよ」


 ほっこりさせられる少女のお陰で多少なりとも気分が紛れた男もカップを手にして口を付けた。そこにあるのは黒くて苦い液体。物によっては酸味があり慣れが必要な飲み物ではあるものの、心休まる香りと熱とが彼の憤りを鎮めるのに一役買ってくれる。


「誘き出せ、か。まぁ、お前が怒るのも無理はない」

「だろ?小間使いじゃねぇっつぅんだ、クソがっ」

「だが金を貰っている以上、仕事をこなすのがプロ、だろ?」

「それは間違っちゃいないが、こんな指示を聞いたら皆だって不満に思って当然だ」

「分かった。今回で黒狼は手を引くと伝えておいてくれ」

「俺がか?」

「交渉担当はお前のはずだぞ?キアレル」

「チッ……了解だ、ボス」


 カップを煽ったキアレルは席を立つと少女の頭をポンポンと撫でて「ご馳走さん」と礼を言う。


「皆への説明は俺がする。副長を呼んでくれ」

「俺達の居場所は戦場だ。休暇は終わりでいいんじゃないのか?」

「メラノウンが兵を集めていると連絡があった。一度戻れとの指示だからタイミング的には丁度良いのかもな」

「メラノウン帝国、か。なんだか帝国って言葉に忌避を感じるよ」

「その不満は受け付けない。飲み込んでくれ」


 両手を広げて肩をすくめたキアレルは、テントを出ようと入り口の垂れ幕に手をかけたところで名前を呼ばれて振り返る。


「受けた仕事はきっちりとこなす。牙を研ぎ澄ませ」

「全てを喰らうために!」


 隻眼の男──グレイブへと向き直ったキアレルは姿勢を正して額に二本指を当てる。

 その顔は先ほどまでとは違いキリリと引き締まっており、狼の如く鋭い眼光は相手を萎縮させる狩人のものだった。



▲▼▲▼



「話は聞いてるよ」


 ディアナと連れ添うレーンはフランダラン商会を訪ねた。突然やって来た自分達にメレキヤでも最大手の商会を束ねるリードニック会長自らが応接したのには違和感を感じたものの、リバレーヒルズの職人からの多数の紹介状を持っていれば何事かと出てきてもおかしくはない。

 それでも嫌な予感を覚えたディアナだが、魔導具作成では右に出る者がいないとされる一級工房を紹介されただけですんなり解放されたことにより『過剰過ぎ?』と軽い疑問を持つ程度にしか危機感を覚えなかった。



──そして場所を変えた応接室



 工房【ピオニアレ】の受付で応対してくれた少女と代わって現れたのは成人の女性。

 ずんぐりむっくりのむさいおっさんの登場だと思いきや、見た目にも魅力を感じる女の登場にレーンが感嘆しディアナが溜息を吐く。


「何やら厄介な魔導具ってことだけど、早速見せてもらっても?」


 渡した黒い手錠を手に取り、あらゆる角度から眺める【サンタ・サ・スケス】で一番を誇る魔導具職人の名はソララと言うそうだ。


魔力障壁(パリエス)を透過したらしいけど、本当?」

「ええ、嘘ならわざわざこんなところまで足を運ばないわ」

「それもそっか」

「どれくらいかかりそう?」

「う〜ん、何とも言えないなぁ。リバレーヒルズが匙を投げたんだ、取り敢えず一週間貰っていい?」

「構わないわ。じゃあ一週間後に様子を見に来るってことでいいかしら?」

「うん、それでいいんだけど……」

「だけど?」

「貴女……何かこう、第六感に引っかかるような感じはなかった?」

「それはもしかして第一王子の話し?」

「そうそう、あのクズの……って、人間なのに知ってるの?」


 ドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の第一王子ルハルドの女好きは公然の事実。国内で美しいと噂される女には誘いの手紙が届くのが当たり前であり、それでは飽き足らず国を訪れる旅行者を狙い魔の手を伸ばすのは最早常識と化していた。

 かく言うディアナも過去に訪れた際に通過儀礼を受けており、その事は重々承知の上ではあったのだが背に腹はかえられぬと手錠の鑑定にメレキヤを訪れている。


「それなら特に何も言わないけど十分気を付けることね。他の王族は良い人なんだけど、次期国王がアレでは今後の【サンタ・サ・スケス】が心配でならないわ」


 女に興味があるのは種を保存しようとする本能がさせる正常な反応。しかし権力を傘に着てチカラで子種を撒き散らすのには賛同出来ないレーンではあるものの、他人事だと興味を持つまでもない。


「あ〜あ、誰かあの屑を殺してくれないかなぁ、チラチラ」

「私達は暗殺集団じゃないんだからチラチラとか言わないで。同情はするけどアレも貴女の同族なんでしょう?諦めて嫁にでも立候補してみたら?」

「じょ、冗談でしょう!?あんな肉達磨のどこに魅力を感じろと?ありえない……絶対に!」


 憤ったソララが机を叩けば、それに呼応したティーカップが音を立てて跳ねる。


「だいたいさぁ、あの屑。デブで動けないからコッチがシテやらなきゃならないんだよ?しかも、太いには太いけど、めっちゃ短いらしくてさ。オナ◯ーしてるみたいな上に物足りないってみんな言ってる」


 一瞬何を言われたのか理解に苦しんだレーンではあるが、理解が追いついたとたんに腹を抱えて笑い転げる。

 それを見たディアナも苦笑いで応えるしかなかったが、改めて『レーンで良かった』と内心、安堵するのだった。



△▽



「いや、まさか王族の下ネタで盛り上がるとは思っても見なかったぜ。そんな噂まで立っちまうルハルドとかいうのは相当な好きものだな」


「もぅっ、笑い事じゃないわよ。レーンは変な噂されてなかったの?」


「何だ?俺の何処に不満があると?」


「不満なんて無いけど……気にはなるわ」


 女性の扱いに慣れているレーンはわざわざ聞かずとも女遊びをしていたことは明白だ。権力を傘に着ることを嫌う性格からすればリヒテンベング帝国の皇子として国中の噂になるなど有り得ないし、彼の立派な息子に不満を憶える者など稀であろうとは感じている。


「ねぇ、早く帰ろ?」


 絡まれた腕と擦り付けられる胸、肩に頭を乗せての猫撫で声。厚い雲に覆われているとはいえまだ明るい時間帯ではあるが、彼女が何を求めているかなど考えるまでもなく、また、それを拒否する理由などありはしない。


 摘んだ顎を引き寄せ返事の代わりに唇を奪う。


 交通量の多い大通りでの一幕、美男美女のカップルということで目を惹いていたことが上乗せされ道行く者達から冷やかしのエールが送られる。

 だが当の二人は怒るでも照れるでもなく、何事もなかったかのように寄り添い、宿への道を進み始めた。



──しかし、それから十分後……



 円形の人垣は大通りを塞いでおり、二人はやむなく足を止める羽目となる。


「なに?……喧嘩?」


 喧騒に紛れる野次の種類から騒ぎの原因は予測できる。事実、その中心では二十人以上の男達が派手な殴り合いの喧嘩をしていた。


「これじゃあ突っ切るのも一苦労だな。面倒だから蹴散らしてくるか?」


 喜んで飛び入りしそうなレーンの腕を抱き、子供のように小さく首を振るディアナの心境は『早く帰りたい』である。レーンが無双するのを見たい気分ではなかった。


「迂回してもそんなに遠回りじゃないでしょ?」


 腕を引かれて入った脇道には誰もおらず、大通りの喧騒も聞こえず意外にも静かだった。

 しかし一つ目の角を曲がった際、待ち受けるかのようにこちらを見ていた二人の男と一人の少女。それを目にした瞬間 “やられた” と感じたレーンは横目に元来た道を確認するが、黒尽くめのいかにもと言った男が三人並んで道を塞ぎながら向かって来ている。


『ニナ、聞こえる?』

『……はい、お姉様』

『ミネルバに火を入れて皆を集めておいて頂戴』

『わかりました』


 そんな状況に陥れば甘えたい気分などオアズケだと悟ったのだろう。深い深い溜息を吐き出したディアナは耳に嵌る通信機に指を添えると今後の布石を打っておく。


「リヒテンベング帝国第一皇子レイフィール・ウィル・メタリカンとお見受けする。相違ないか?」


「確信があるくせに一々聞くんじゃねぇよ、時間の無駄だ。要件を言え」


「物事に間違いは付きものだが、確認という一手間を入れることでミスというものは随分と減らせる。隊を預かる者としてミスが許されぬとは他人の上に立つ資格を持つ貴方なら理解願えると思うのだが?」


「説教がしたきゃ聞いてくれる奴を相手にするんだな。生憎俺達は暇じゃねぇ、用が無いのならさっさと道を開けろ」


 くたびれた帽子に手を翳して視線を落とした隻眼の男は笑いを押し殺していた。その間にも背後から迫る黒尽くめは迫っていたのだがレーンにもディアナにも焦る様子は見当たらない。


「いや、済まない。忙しいところ恐縮だが、自己紹介くらいはさせてくれ。俺の名はグレイブ・ウルヴァリン、【崇高なる狼牙】の二番隊『黒狼』を預かる者だ。

 そして現在の任務はレイフィール第一皇子の捕縛。大人しくご同行願えると助かる」


「そりゃ〜ご丁寧に挨拶どうも。だが、さっきも言ったが、てめぇの都合に付き合ってやるほど暇じゃねぇ。帰って糞でも垂れてろ」


 犬歯を剥き出しての不敵な笑い。それに加えて中指を立てて見せるレーンへ対抗するかのように犬歯を見せたグレイブ。

 その笑みを合図に彼の横の男が視界から消えると同時、背後から迫る男達へ向けてディアナが走り出した。

 




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