3-9.大人への階段は一足飛びで
部屋の外に待機していた侍従を呼び寄せシャルティノアを連れて行かせると、再び横室に戻ってきたアシュカル。
するとそこには先程までは居なかった男の姿がある。
「貴様の用意した薬は二つともが見事な効果だな」
「お褒めに預かり光栄? ですが、妹ちゃんに使うとは思いもしなかったですよ。まさかとは思いますけど、あんな年端も行かないガキンチョを手籠にするおつもりじゃあないですよね?」
「馬鹿を言え。稀に見る美しさであるとはいえアレは大事な妹だ、オモチャになどはせんよ」
「それは良かった。そこで頷かれたら閣下の品位を疑うところですからね」
いやらしい笑いを浮かべたアシュカルは細々とした拷問具が乗る台車の上から大振りの羽根を持ち上げると、モジモジと動く女の太腿へとゆっくり這わせる。
「ふぐるうぅうううぅぅっっ!!!」
途端、弾かれたように激しく反り返る女。だが、重りとなる椅子が枷となりそれ以上の自由を許さない。
溢れ出る唾液は喉を伝い、限界まで突き出された胸は膨らみの頂点にある突起がそれを覆う布を突き破らんとばかりに主張をする。新たに湧いた液体は更に床を濡らし、二人の鼻腔を擽ぐるメスの匂いを発する。
「この媚薬は私個人の趣味で使わせてもらう。今回はたまたま試すに丁度良い素材が都合良く現れたと言うだけのこと。良い教材となってくれたよ」
「プライベートに踏み込むつもりはありませんけどね、ほどほどにお願いしますよ」
両手を広げて戯けて見せる男だが細い目の奥は真剣そのもの。もしもアシュカルが先程、シャルティノアに手を出そうとしたのなら止めるつもりでいた。それは彼にとってシャルティノアが必要な人材であり、護るべき対象であるからだ。
「媚薬よりも恐るべきはこの催眠薬だよ」
ポケットから取り出したのは指の関節一つ分ほどの茶色の小瓶。照明にかざし、その中身が十全にある事を確認したアシュカルは醜悪な笑みで顔を満たす。
「もう一度聞きますけど、妹ちゃんはオモチャじゃないんですよね?」
「俺はそこらの貴族と違い幼年の趣味はない。まぁアレが幼いと言えるかは微妙な年齢ではあるがな。だからこそそろそろ現実を知るべきだと思い、たまたまタイミングも合って教育をしたまで。それ以上は何もないぞ?」
シャルティノアの飲んだ紅茶の味を変えたのはブランデーなどではない。アシュカルの持つ小瓶の中身こそが仄かな甘味を感じさせ、特殊な催眠効果により身体の自由を奪っていたのだ。
「まぁ、本来の目的であるオッサン共に使うときは禁断の扉を開かないように気を付けてください。そんなことになったら俺は、閣下の元を離れますからね?」
「クククッ、ラドルファスよ、お前の冗談はキツ過ぎる。女などいくらでも手に入るというのに誰が好き好んでむさいオヤジを相手にするものか。
それより、身体の自由だけでなく暗示の方も心配いらないのだな?」
「もちろん。ジェレミ・デルバートが良い例ですよ。
軍法会議で平然と嘘を吐く。いくら閣下に感銘して忠誠を誓っていても、バレれば死ぬと分かっていてああも堂々と事実でない証言をするなど出来るはずもない」
「そうか……いつの間に仕込んだのだ?」
「エスクルサから戻った時ですかね。元々の心情が閣下に向いていた、だから極短時間で絶対忠誠の僕が誕生するに至った。
今の彼に “死ね” と言えば、笑顔で頭を撃ち抜いてくれることでしょう。だから彼の前では冗談にも気を付けてあげてくださいね?」
「ほぉぅ、そこまでの効果があるのか。して、もしそれが敵対する者だったとしたら、洗脳するのにどれくらいの時間がかかる?」
「洗脳ではありませんよ、閣下。あくまで暗示ですのでご注意を。
それと、暗示を与えるのは専門の者を用意するので閣下は指示さえすれば良いだけのこと。手始めに誰にします?そこのメイドで試しますか?」
促された視線の先には入り口に佇む二人のメイド。終始震えていた二人はビクッ!と身を震わせ、小刻みに首を振ったと思いきや崩れ落ちたかのように両膝を突いた。
「お願いします!何でもします!」
「どんな事で聞きますからっ!」
「秘密は必ず守ると誓います!」
「この部屋で見たことは決して話しません!」
「何卒っ、何卒ご容赦を!」
「お願いっ、お願いします!!」
硬く目を瞑り、揃いも揃って胸で組まれた両手は祈りを捧げるように顔の前へとあげられる。その手は、通っているはずの血液が止まるほどに力が篭っている。
「閣下は慈悲深きお方だ、安心するといい。君達が口を閉し従順にしていれば、それに見合う対応をなされることだろう」
(根回しって面倒っ、俺の気質と合ってないんだよな……ったく、自分の趣味の後始末くらい自分でしてほしいもんだ)
ひとりごちるラドルファスではあるがこれも仕事だと割り切り、メイド達に歩み寄ると肩を叩いて微笑みを向けた。
それに応えて顔を上げたメイドは安堵溢れる笑顔であり、簡易的な暗示が刷り込まれたことを意味していた。
「手始めはビシャス・ロートレッヒ。何かと面倒な軍を手中に収めるぞ」
「御意に」
(それにしても睡眠薬と毒をすり替えた第三者って、どこの勢力だ? 調べておかないと、だな)
▲▼▲▼
執務室からどうやって戻って来たのかは定かではない。ただ一緒に来てくれていたサラの肩を借りてやっとの思いで辿り着いた自室の前。これであの悪夢から逃れられる、そう思い扉を開いた先には全てを吹き飛ばすかのような出迎えの声が響く。
「おっかえり〜……って、あれ?シャルるん??どうしたん?」
ソファーから放たれた緑色の塊は突き飛ばす勢いでシャルの目の前まで来たものの彼女の纏う暗い雰囲気に気が付き、標的を目前にして緊急停止をかける羽目となる。
不思議そうな顔で覗き込んでくる金の眼。それが誰なのかを数秒かけて理解したシャルは安堵すると共に涙で目頭が熱くなるのを感じていた。
「キビ……なの?」
「ほへ?どこからどう見てもキビですが?」
「本当に?」
「え、えぇ……本当に。っつか、私がキビじゃなかったら誰がキビやねん!って、シャルるん、聞いてはる?」
こぼれ落ちる涙も去ることながら、泣き叫ぶのを我慢するかのように僅かな時間で顔をくしゃくしゃにした事にドン引いたキビは「げっ」と洩らして思わず一歩退がるものの、その行為は無駄に終わる。
「キビーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
在らん限りに両手を広げての遠慮のない飛び付き。
避けようと思えば避けられたキビではあったが、何があったか分からぬものの親友の異常事態だと察すれば、いつものように躱して無情にも床にダイブさせるなどというおふざけをするべきではないと判断し仕方なく身を任せることにした。
「コフッ! シャルるん、愛情が過多……」
「良かった!本当に良かった!キビが無事で良かったぁ!!」
他人の服で涙を拭くのには物申したい。しかし、本心から安堵しているだろう今のシャルにそれを言うのは憚られた。
仕方なしに抱きしめ返し、ここぞとばかりに羨むばかりの艶やかな髪を撫でくりまわす。多少の鬱憤をこめてくしゃくしゃにしてやるものの、何事もなかったかのようにスルリと元に戻ってしまうのは何とも腹立たしい。
(なんだこの差はっ、理不尽なり!)
美容に無頓着というわけではないのにいくら手入れしてもシャルのように美しくはならない自分の髪。その余りの違いに多少苛つくが、無い物ねだりも華々しいあからさまな八つ当たりである。
「で?どうしたん?お姉さんが聞いてあげるから言うてみんさい」
出向いた執務室での話しが始まれば冒頭の時点で顛末が理解出来たキビではあったが、話すことでもストレスの発散になるだろうと最後まで聞きに徹する。
その際、主人がピンチにも関わらず、すぐ側にいながら気付けなかったサラが今にも倒れそうなほど青い顔をしていたのが目に入るものの声はかけなかった。
「キビが副業で何日か留守にするんは前からやん。ほでもな、今回は仕事やなくて、ちょぉ〜っとばかし雲行きが怪しかったさかい隠れとったんよ。
それが功をなして第二皇子さん、キビの協力者が立てた身代わりをキビと思ぅて捕まえはったっちゅうことやな。ざまぁみろやで、くくくっ」
「み、身代わりって……」
「だ〜いじょうぶ、大丈夫っ。そういう身代わりは牢屋の中から連れてくるさかい、折檻されても当然の人やからシャルるんが気に病むことなんて一つもあらしません」
「そ、そう……なの?」
「何や、姫っちはキビのこと疑うん?」
「そ、そう言うわけじゃないけど……」
「けど、なん?言いたいことはハッキリ言いなされ。言わんと相手には伝わらへんで?」
有無を言わさぬ強い言葉はシャルの心に落ちた影を取り除くために必要なこと。
両手を腰に当てて無い胸を張ってふんぞり返るのは『退かないから!』と主張する精一杯のアピール。そんな彼女に押されたシャルは「キビの言葉を信じる」と公言させられるのだった。
「それよかシャルるん、大人の階段を登ったのはどんな気分?」
「へっ!?」
思わず出た声は動揺を示すよう裏返り、それを目にしたキビはニタァと嫌らしい笑みを浮かべた。
笑みの黒さに後退ったシャルは思わず駆け出す。ソファーを回り込み置かれていたお気に入りのクッションを盾に、怪しい光を目に灯し、ゆっくり、ゆっくりとやってくるキビから身を守る構え。
「怖がらんでもええんやでぇ〜、人間誰しもが大人になるんや〜。大人の常識を知るのも勉強とちゃうんやろかぁ〜?んん〜?」
「ほらっあれだよ!まだ私おこちゃまだしっ!そういうのはまだ早いと思うんだっ!そ、それにっ、焦らなくても大丈夫な気がするよっ!?だから、ねっ?その怪しげな手を止めて?意味ありげに指をワキワキするのをやめてぇぇっ!?」
ソファーの周りをぐるぐると廻る二人は距離を一定に保ったまま。永遠に続くかと思われた攻防だがおもむろに立ち止まったキビが口を三日月のようにさせる……と、思いきや、ソファーの背に手を突き身軽に飛び越えた。
「あっ!ずる……きゃっ!」
勢いそのままにベッドに倒れ込んだ二人。組みしだかれたシャルは何処かにイッてしまっているキビを目の当たりにし『ヤバイ』と感じるも、強く押さえつけられているでもないのにまったくと言っていいほどに身動きが取れないことに焦りが募っていく。
「はぁはぁはぁっ、ええやろ?ええやんろ?大人の階段、もっと登ってみたいやろ?」
「いいえ、間に合ってます!押し売りはダメだと習いましたわっ!お引き取り……」
「嘘言いなはれ、興味深々って顔に書いてありますがね。シャルるんにはまだ早い上級プレイ見てきたんやろ?ちょっと感じたり……うぉっっ!ホンマに濡れとるやないか!!」
「ちょっ、コラっ!どこ触って……って、ぬ、濡れ?? えぇっっ!?」
「こ、これが姫っちの初物ラブジュー……ハッ!い、いやっ、あのっ、コレは……ですね。教育というか冗談というか……あははは、あはははははははっ」
戯れ合う二人の横に腕を組んで立つ女は、凍てつくような冷めたい目でキビを見下ろしている。
「サラー!お願いっ、助けてぇぇっ!」
叩きつけられた静かなプレッシャーに我に返ったキビはどうにか取り繕おうとするものの怒りの頂点に達したサラには最早何を言っても手遅れである。
「おのれ……腐れメイドがっっ!」
「ま、待て……話せば分かるさかいっ」
「黙れ駄メイドっ!」
振り上げられたのは銀色の板、それは元来ティーセットを運ぶための物だ。
「天誅ぅぅっ!!!!」
「やっ、やめっ!ふきゅぅぅぅぅぅ…………」
ゴチン!と音が実体化する勢いでキビの頭を直撃したお盆。その威力はなかなかのもので特殊な訓練をされたキビが呆気なく目を回すほど。
事なきを得たシャルはキビを置き去りにベッドから脱出するも、平素と変わらぬサラを前にしてなぜか本能が警告音を鳴らしているのに気付く。
「ふざけた事しやがって、私の姫さまに何してらっしゃるんでしょうねっ!」
「サ、サラ? 助けてくれてありがとう。でも……手を離してもらえま、す?」
肩をつかんで離さないサラの手に嫌な予感が駆け足となる。
こっちも不味い、そう悟ったシャルはサラからも脱出を試みるも、キビより線の細い彼女からですら逃れること叶わずベッドに腰掛ける羽目となった。
それだけなら良い……。
間を置かず、足と足の間に突き入れられるサラの膝。こうなってしまっては最早ここから逃げるなど不可能である。
「姫さまがここまで成長なされたことは大変嬉しく思います。大人の世界にご興味を持たれたのであれば、僭越ではございますがこのサラがお教えして差し上げましょう」
「い、い、い、い、いいえっ!私にはまだ早いと思いますぅぅっ!!」
「大丈夫ですよ、姫さま。何も怖くなんてありません。経験はありませんが知識だけは豊富、全てをこのサラに任せて、いざ快楽の世界へと旅立ちましょうっ!」
「嫌っ!むりぃっ!私はお家から出ない!助けてっレイフィール兄様ぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「大丈夫でございます。旅と言ってもこの部屋で済む事ですからね、フフフッ、フフフフフフフフフッ」
アシュカルという難を乗り越えた少女は一つ大人になっていた。しかし、どうせならと悪ノリするメイド達により本人の意志など放り投げて更なる階段を登らされることとなる。
年齢とは知らず知らずに積み重なりいつのまにか大人へと成長するものではあるが、皆に愛されるシャルティノアは同年代の娘より早く大人の世界を垣間見るのであった。
シャル : 私は望んでないのにっ!!
サラ : その割には途中から積極的でしたわ?
シャル : そっ、それは……その……ゴニョゴニョ
キビ : また今夜、三人でしようね!
シャル : ……………。(コクリッ)




