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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第三章 紡がれた詩
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3-7.思い込み……ですか?

 静かな廊下に靴音を響かせ、颯爽と歩く少女の頭は葛藤に塗れていた。


(ここ二、三日、キビの姿が見えない。このタイミングでの呼び出しとなると……あのことがバレた可能性が高い)


 背中まである真っ直ぐな髪は彼女の自慢だ。


 窓から差し込む光を受けて天使の輪を作る健康美豊かな髪。絹糸のように細い薄紫の束は指を通せば一切の引っかかりがなく、滑らかな触り心地は触れるだけで癒しを与えてくれる。


(何と言い訳を……いや、呼び出された時点で言い逃れは無理。では、私は……)


 規則正しく上下していた天使の輪が彼女が立ち止まるのに合わせて動きを止めた。


「シャルティノア姫様、お着きでございます」

「入りたまえ」


 付き従う侍女のノックに答えた野太い声。それは紛れもなく呼び出した張本人、聞き違えるはずのない第二皇子アシュカルのものだった。

 ここは王城の外れにある彼の執務室の一つ。開かれた扉へと歩みを進めるのはシャルティノア・レニ・フォン・メタリカン、リヒテンベング帝国の第一皇女である。


「よく来たな。まぁ、座りなさい」


 家族と顔を合わせるのに緊張するというのはおかしなこと。そう思い至り、先程までの思考を抑え込んでありふれた笑顔でソファーに座れば、程なくして淹れたばかりの紅茶が用意される。


(やっぱりヤバい……のかな)


 目配せを受けたシャルティノア付きの侍女が退室すれば、部屋に残されたのは二人だけ。不安と心細を少しでも紛らわせようと、普段なら足さない砂糖をスプーンの端に少しだけ掬い取る。

 琥珀に沈んだ銀のスプーン。そのまま掻き回せばアールグレイの良い香りが鼻に付き、些細な癒しを彼女に与えた。


(あれ?この紅茶、なんだか不思議な甘さがあるわ。変なの……まぁ、いいか。それより……)


「朝晩の食事の席で顔を合わせますのにわざわざ呼び出したのは他には聞かせられない話でもありましたか?」


 じっと見られていることに耐えられなくなったシャルティノアは紅茶を一口含むとカップを下ろし、動揺を察せられまいと平然を保ちながらも切り込みを入れる。


「お前は自分の価値というものを少しも理解しておらぬようだな。

 まだ十一だというのに他の追随を許さぬほど美しいシャル。お前とこうして一対一で話したいと願う者がどれほど多いことか考えたことはあるのか? もし俺が兄という立場でなかったのなら、何としてでもお前を手に入れようと躍起になっていたところだぞ?」


 リヒテンベング帝国の皇女というだけでも価値がある上に飾っておきたいほど美しき少女には求婚の申し込みが毎日のように舞い込む。

 そのためだけに作られた担当官が丁重なるお断りの旨を書簡にて返信するも間に合わず、日に日に未処理の文が溜まる一方だと嘆きを訴えているらしいというのは宮廷内において公然の噂である。


 ククッと一人笑いを浮かべたアシュカルは紅茶を一口飲むとソファーの背もたれに大きな身体を沈めシャルティノアを見つめたままで動かなくなった。


「あ、あのっ……アシュカル兄様?私の容姿を褒めてくださるのは嬉しいのですが、私達は互いに宮殿に住む家族ではありませんか。お兄様もお忙しいかとは存じますが私にも予定というものがございまして、急な呼び出しをなされると講師の方々にもご迷惑が……」


 秘密がバレているだろうと予測するシャルティノアは何か言われる前に早くこの場を立ち去りたい心境だった。そのために『人を待たせている』と理由を付けたつもりではあったがそこはまだ少女の考えであり、話すべき事を口にしていないアシュカルが『はい、わかりました』と逃してくれるはずもない。


「勉学に励むのは良いことだ、素晴らしい。勤勉なシャルには私からためになる話しをしてやろう。聞いてくれるかね?」


 選択肢のない質問にため息を吐きたくなるシャルティノア。気分を入れ替える為に再び紅茶を口にするとニコニコとした機嫌良さげな顔で自分を見つめるアシュカルへと頷き返した。


「ただ紅茶を飲むだけでも実に様になるものだ。それは一重にシャルが作法の勉強をした成果。

 さて、そこで問題だ。 先程お前も使いはしたが、そのスプーンは銀で出来ている。その理由は知っているかね?」


「理由……ですか」


(やっぱりお兄様はあの事を話したいのですね……あぁ、どうしよう……)


 顔は平素と変わらず、口調も穏やか。この話題を振る意図は理解できるものの、何故怒られないのか不思議に思いつつも答えを返さない訳にはいかない。


「銀食器であれば毒に反応するから……ですよね?」


「そう、その通りだ。 生まれながらにして高貴な我々は下の者達から妬みを受けやすく、多くの者と関わる仕事柄、疎まれやすくもある。

 直接は言えぬ、でも不満は晴らしたい。そこで安易に取られる方法が食事に毒を仕込むことなのだ。しかし、銀食器を使うことにより高い確率で見抜く事が出来るため毒殺は難しい。ただ、死ぬ事はなくとも『毒を盛られた』という事実は恐怖という形でその者の心に深く刻まれてしまうのだ……先日の俺のように、な」


「お、お兄様っ……あのっ!」


 何を隠そうシャルティノア自身がアシュカルに毒を盛った。レーンが帝国を出るきっかけとなった事件の仕掛け人なのだ。もちろん直接手を下した訳ではないのだが、親友とも呼べるほど懇意にしている侍女の一人に頼んだことは紛れもない事実。

 ここまで言われれば犯人が自分と分かった上での話題であることは明白であり、観念して自ら告白しようと試みるもアシュカルの講義は止まらない。


「だが全ての毒が銀に反応するわけではないことは知っていたか?」


「えっ? し、知りませんでした。それよりもお兄様……」


「では、質問を変えよう。 少しばかり変わった味がしたのはシャルならば分かったと思う。その紅茶は、美味かったかね?」


「…………お、お兄、さま?」


 先程とは打って変わった下卑た笑みに血の気が引いて行く。

 それと同時に高鳴る鼓動が耳を突き、心なしか胸が締め付けられるような苦しさが感じられ呼吸が浅くなる。


──お兄様に()を盛ったのは他ならぬ私。そ、その仕返しに毒を!?


「ぁ……ぅ、あぁぁ……」


「どうしたシャル、体調でも悪いのか?」


 白魚のような細い指を喉へと絡み付け、ソファーへ倒れ込んだシャルティノアは酸素を求める小魚のように口を開閉させ小さく喘ぐ。



──頭が……割れるように痛いっ!



 何食わぬ顔で優しげな微笑みを浮かべながら見つめるアシュカルはいつの間にかすぐ隣に腰を下ろしており、愛おしい者を愛でるかのように彼の太い指がシャルティノアの頬を撫でる。


 昔からレーンの事を目の敵のように疎んでいたアシュカルをシャルティノアは好きではなかった。一歩退いた態度をとるレーンへと事あるごとに噛みつき、自分の方が優れていると訴えかける日々。そんな性格もさることながら、まだ十八でありながら中年のような不健康さながらの小太りな見た目も好みではない。総じれば、嫌悪こそ覚えぬもののある程度の距離感をもって付き合いたい身内。

 身体が不調を訴える今だからこそ余計にアシュカルに触れられ悪寒が走る。普段であればやんわりと身を退くことで逃れられる事態も、今は毒のためか身体が思うように動かない。



──嫌っ! レイフィール兄さまっ、助けて!!



 胸を締め付ける苦しさは一呼吸毎に増し、ハンマーで殴られているかのような未だかつて味わったことのない激しい頭痛がする。このまま自分は死んでしまうのでは!?と、悲しみと絶望とに苛まれた。


 涙で霞む視界に近付くアシュカルの笑み。自分がこんなにも苦しんでいるというのに心配はおろか手を差し伸べてもくれず、抱き起こされ、さも楽しげに見下ろしているだけ。



──苦しい!助けて! お願い……



 こんな生死の境にありながら、目の前のアシュカルを客観的に見て嫌悪を覚えるもう一人の自分。『嫌だ!やめて!』何度も叫びたい思いに駆られるが、逼迫した身体はそれどころではないと藁にも縋る勢いで酸素を求めて踠いていた。


 更に加速する鼓動に混じって何かが弾けるような音がした。すると良く聞き知る低い声が頭の中に響く。


「シャル……シャルティノア、よく聞くのだ。紅茶の味を変えたのは数滴のブランデー、毒などではないぞ」


「…………え?」


 はっきりと聞こえた言葉ではあるのだが、まるで夢の中で言われたような不確かさ。聞こえているのに聞こえていない、麻痺したように動きを渋る頭では耳元での囁きを理解するのに数秒を要した。


「お、お兄様……今、何と?」


 するとどうしたことだろう、先程までの死んでしまうかと思える息苦しさは霞のように消えて無くなっている。

 極当たり前のように息が吸えており、頭を握りつぶされるかと思うほどの頭痛ですら何処へやら。心臓は早鐘の如くシャルティノアの身体に大量の血液を送り続けてはいるが、それ以外の異常は全くと言っていいほど感じることができなかった。


「誰が世界で一番可愛い妹を好き好んで毒殺などするものか。そんな不届な輩は俺が嬲り殺しにしてやる」


 急激に取り戻した自我。しかし、嫌いなはずのアシュカルの膝に頭を乗せているにも関わらず気怠さが上回ってしまい動く気になれない。

 それは “生きている” ことへの安堵であり、生を感じられる他人の温もりを求めて本能的に庇護を欲するが故であった。


「お兄様は意地悪です……」


「ハハハッ、すまんすまん。まさか冗談(・・)をそれほどまでに信じて疑わないとは思っても見なかったんでな。悪かったよ、シャルティノア」


 こうして一対一では話す機会がなかったとはいえ、レーンが居た頃を思えば想像もつかなかったアシュカルの優しい声。目を瞑っていれば自分の髪を撫でるのが誰なのか分からないくらいだ。


 冗談では済まない冗談で弄ばれたシャルティノア。アシュカルの膝に頭を預ける彼女は、されるがままに自身が無事であった事に安堵のため息を漏らすが、それを見つめるアシュカルは黒い笑みを浮かべて口の端を吊り上げている。




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