3-5.ギリギリは攻めてなんぼ
剣戟の衝撃だけで土埃が舞うのは、打ち合う二人が人並外れた実力を持ち合わせているから。
仄かな光を纏う棍と大斧は、人の何倍もの力を加えられたとて折れることも欠けることもなく、ただひたすらに主人の代理として意地を張り合う。
「腕を上げたな」
「そりゃ〜そうさ。アンタみたいなケダモノが闊歩する世の中さね、女は男の庇護下に入るか、負かされないほど強くあるしかないのさ」
「ふんっ、俺は同意のない交渉はしない主義なの」
「アンタだけの話しじゃないだろう」
「あっそ」
二人の戦いに水を差してはいけない、心の片隅で言い訳をする襲撃者達は暗黄と菫が入り乱れる区画から離れて紅い機体を追う。
「レーンっ」
後続の男達を【アミーシャ】で牽制しつつ、五人に囲まれながらも徐々に押していたレーンの元へと駆け寄るディアナ。僅か数瞬だが確かに繋がった碧眼と薄紫の瞳。それだけで分かり合った二人は僅かなズレもなく同時に口を開く。
【雷電刺牙】
【炸裂炎弾】
目を見張るほど強力ではないものの、それでも物理攻撃に勝る魔法による挟み撃ち。直撃を被った三機は魔力障壁を破られ、直接の肌で雷と炎を味わうこととなる。
「これほどの逸材が隠れていたとは恐れ入ったが、依頼主の方も軍属とはいえ相当だな。今は小手調べで殲滅されなかったことを良しとしよう」
常軌を逸するグルカとツァレルのパワーバトルに見惚れていた眼帯男はレーンとディアナの起こした爆発によりハタと我に返る。
見れば押されかけていた状況は悪化しており、劣勢は火を見るより明らか。これ以上の戦いは無意味に怪我を増やすだけであり、打ち合わせ通り雇い主が割って入った以上、貰った金分の働きはしたと判断できた。
「でも……やられっぱなしは格好がつかない、でしょ?」
「その通り。舐められ、名を落とせば、他の隊にも迷惑がかかる。ここは一つ、我らの尊厳を保つために一泡吹いてもらうとするか」
「りょ」
男の服を離した少女はくたびれたウサギの下敷きになっていた、これまたくたびれた斜めかけの鞄から金属の棒を取り出す。
革製の持ち手を付けられた二十センチほどの細い棒。二つが打ち合わされれば、楽器のような耳障りの良い音色が何もない荒野の空気を震わせた。
「……なんだ?」
等間隔に三度響く高い音はディアナの合流により余裕の生まれたレーンの集中力を奪う。
油断──まさにそれは心の隙。優勝劣敗であり、絶えず変化し続ける戦場においては決して見せてはならない弱い部分であった。
△▽
これまでとは違い一気に押し寄せる黒い魔攻機装の集団。狙いを定めさせぬよう長所である高い機動力を生かした緩急の激しい不規則な動きは、あたかも我先にと山を滑り降りる土石流に見える。
「……何をするんだ?」
初めての魔攻機装同士の戦闘に固唾を飲んで観入っていたシェリルだが、目の端に飛び込んだ光に気が付けばそれをやったであろう本人へと向き直る。
続けざまに集まる視線、下手人は後部席のニナ。手にするタブレットによりミネルバの遠隔操作を行い、操縦席に並ぶパネルへと色を付けたのだ。
「魔導砲による威嚇射撃を行います」
「「「魔導砲!?」」」
聞いたこともない言葉だが何となく “凄そう” と感じ取ったシェリル、カーヤ、ノルンはワクワク、ハラハラ、ドキドキと三者三様の感情を折り混ぜ、何が起こるのかと期待の眼差しを向ける。
そんな彼女達にチラリとだけ視線を向けたニナは、軽快な指捌きで待機しているミネルバに次々と指令を送り出していく。
「威嚇なんぞ要らんわ」
「その通り!」
「黒い奴らを塵と化せ!」
「サブ魔導エンジン始動、目標出力50%」
前面の一部がスライドすることで顔を覗かせた直径二十センチの円筒物。数センチだけ迫り出した砲身の先では、ポツリポツリと何処からともなく湧いて出る光の粒子が砲内へと吸い込まれ始めた。
△▽
土煙を上げ、怒涛の如く迫り来る黒い魔攻機装達。
目の前へと意識を戻したレーンは目を細めて行動の先読みをしようとするが、これまでの接近戦のイメージが頭を占めており、思わぬ行動に出た彼らの動きに悪手で対応してしまう。
それはレーンと合流した事で背後を気にする必要がなくなったディアナも同じ。
人並外れた機動力と良く訓練されている連帯攻撃。並の魔攻機装であれば数秒で飲まれていただろうが、武を学んだレーンと最強たるオウフェン、それに加えて自身のエルキュールがあれば確実に勝てるビジョンが見えていた。
「──っ!!」
僅かな時間差で放たれた黒、尾を引くそれは鞭のようであった。
反射的に振り上げてしまったランスだが、数本を纏めて叩き落としたものの数の波が押し寄せる。
だがそんな物は魔力障壁が弾き返す、そう思っていた矢先に背筋を刺激する直感的な緊張。流れる時間さえ遅く感じるほどの極度な集中が展開された虹膜に接触する黒いロープをスローモーションであるかなようにハッキリと可視化させる。
虹と黒とが触れ合った瞬間、拒絶されるはずの黒が虹色の中へと埋もれゆく。
それだけで痛みがある訳ではない。しかし自分の体内へと何かが侵入してくるような反吐が出るほどの形容し難い気持ちの悪さ。見開いた目が次々とやって来るロープを捉えるが、それを振り切るランスは役目を果たして空を目指している。
魔力障壁無き今のレーンは無防備であり、ここぞとばかりに迫り来るロープの群れは容赦なく腕に足、胴に首にと絡み付く。
張られたロープは自由を奪う、それは隣のディアナも同様であった。
「第一皇子ぃぃぃっ!!!!」
二人を縛るために動きを止めた黒の集団、その背後から飛び出したのは憤怒に燃える一機の魔攻機装。
群青色は小隊規模の隊長機色。憎しみで血走る目を向け走り寄るエドルが帝国の軍人であることなどレーンからしたら聞くまでもないことだった。
(ミフネを殺った奴らか!)
人の上に立つ者の素養の一つに相手の顔を覚えるという技能も含まれる。かくいうレーンもリヒテンベング帝国という巨大国家の頂点に立つべくして産まれた男子、動乱の中でチラリと見ただけのエドルの顔を苦もなく思い出した……が、ミフネは殺されてなどいない、断じて。
「チッ!」
張られたロープに捕らわれ身動きが取れないのは打ち合わせ通りのシナリオ。例え鋼鉄を破壊するような剛力の持ち主だとしても、初速を殺されれば真価など発揮できやしない。
数の暴力を活かした単純な作戦ではあるが、そもそも魔力障壁を持つ魔攻機装の拘束自体が不可能に近い。それを可能にしたのが帝国から支給された黒いロープ。パワーでは劣る黒い魔攻機装達だがピンと張られたロープを手に負けじと踏ん張る、当初から彼らに依頼された役目はこれだけであった。
「死に晒せぇぇえええぇぇえぇえぇええっ!!」
無防備など知ったことかと大きく身体を開き全力で振りかぶられたエドルの手斧。怒りが移ったかのように燃え盛る炎は、親友であったキースの仇を討つべく込められた憎しみの魔力。
拘束されたことにより拘束を解く方に意識が行ってしまった。故に、魔法を放とうにも魔力が集まる前に手斧がやってくる。
避けることも防ぐこともままならぬ今、頼るべきは魔力障壁のみ。そう判断したレーンは眼前に迫る赤々とした手斧を睨みつけた。
「──っ!!」
甲高い音と共に弾き返す──が、数日かけて練り上げられた怨嗟が確かな爪痕を残す。
意識することにより普段より多くの魔力が消費され、より強固となる薄い虹色の防御膜。その虹膜に一本の線が書き入れられ、周りに細かなひび割れが発生している。
拘束されるという予想外の状況に多少なりとも動揺していたのもあるのだろう。しかし、それを差し引いても曲がりなりにもオゥフェンが張る魔力障壁、汎用機の一撃が砕く寸前までのダメージを与えるなど目を疑う事象である。
しかし、極度に集中された意識は魔攻機装の性能を発揮させ、普段ならばあり得ない結果を生み出した。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっっ!!!)
反作用により後退するエドルは、地面を穿つ勢いで突き立てた足が浅い溝を掘りながらも強引に制動をかける。当然、過度な負荷は己の魔攻機装にダメージを与えるが、そんなこと知ったことではない。一撃で砕けぬなら砕けるまでやるのみ。再三の警告を受けて尚、捕縛という任務など置き忘れてきたエドルはキースの仇を取ることにしか意識がなかった。
込められた魔力が消費され一旦は消えてしまった炎。しかし、目的はまだ果たされていない。
「うぉおおおおおぉぉぉおおぉぉぉおっ!!!」
再び灯った炎は先程よりも大きく、手斧が纏っているというよりは柄の先に篝火が付いているかのよう。碧眼を睨みつけるエドルは本人を目の前にしたことで堰を切ったように憎悪が溢れ出していた。
『潮時だ、撤収する』
思わぬ威力に警戒心を高め、次撃に集中しようとした矢先。僅かにしか動かせないほど頑強な拘束が呆気なく解かれる。
「なん……っ!?」
今、まさに飛びかかって来ようとしていたエドルが目にも止まらぬ速さで近寄った黒い影に弾かれると同時、ピリピリとした仄かな圧力を感じていた右手側から眩いばかりの光の膜が引かれて何も見えなくなる。
「ニナか!」
疑問を口にする前に飛び込んできた光景。既に遅いとは分かりながらも反射的に飛び退き視線を向ければ、砲身をこちらに向けたミネルバの姿が。
それを確認し視線を戻した時には、既に射程から外れた黒い魔攻機装達。何の置き土産も無いままに背後を見せる姿は鮮やか過ぎる撤収だと、惚れ惚れするほど統率の取れた集団に感嘆したレーン。
それは次なる行動を起こさず同じ方向を見て立ち並んだディアナにしても同じだった。
「際どいとこに撃ち込んできたけど、的確過ぎるわよ……ニナ」
光の帯が駆け抜けたのはレーンとディアナの目の前五十センチ。ほんの少しズレただけで味方まで焼き尽くす攻撃は諸刃も良いところである。
しかし絶体絶命とまではいかなくとも拘束という厄介な状況に直面しており、起死回生の一撃であったのは紛れもない事実。
「ニナがお前を傷付けるわけねぇだろ?それだけ自信があったってことさ」
事を成したニナを見るかの如くミネルバへと視線を向けた顔には微笑みが浮かぶ。
出されたままの砲身から青白い粒子を微風に流すミネルバ。それを眺めるレーンの中には『やってくれたな』と意表を突かれたことに対する苦言と共に『助かった』との感謝の念も入り混じっていた。




