表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔攻機装  作者: 野良ねこ
第三章 紡がれた詩
56/119

3-1.美女と野獣と、ヤンキーと

 世界を二分すると言っても過言ではないリヒテンベルグ帝国とアナドリィ王国。隣り合う二国の国境最北端に位置し、それに次ぐ国力を持つエヴリブ公国という列強三国に囲まれた【フィラルカ聖教国】。

 人口は三十万人と中規模の都市ほどしか領土をもたぬ小国家ではあるが、その名の示す通りフィラルカ聖教を掲げる宗教国家だ。


 【最高神エンヴァンデ】を唯一神(・・・)に抱くフィラルカ聖教。


 王侯貴族、一般市民を問わず、世界の実に九割もの人間がフィラルカ聖教徒であり、各国各都市に必ずある教会の全ては【エンヴァンデ】のための神殿。世界のどこであろうとも昼夜問わず人の絶えることのないその場所を見れば、それだけでも小国らしからぬ強大な影響力を持つことが窺い知れる。

 その教えは争いのない平和を推奨するものであり、この考えこそが未だ燻り続けているものの、魔攻機装(ミカニマギア)誕生を発端とする世界戦争を終結させたとされている。


「珍しいですね、貴方がここに直接足を運ぶのは何度目でしょう」


 人気の無い特別な部屋。掲げられた十字架に向かい跪いていた男がこれ見よがしに立てられる床を叩く皮音に低く落ち着いた声で反応を示した。


「貴方こそ珍しいんじゃないですか?こんな陽も落ちた時間だとベッドの上でお忙しいのだと思ってました」


 フィラルカ聖教国のトップはフィラルカ聖教の教皇が務める。

 その下に格付けされる三人の枢機卿は一般の国の宰相に当たる補佐役であり、その中で最も権力(ちから)を持つとされるこの男ガストリス・ハマヤードは実質的なNo.2。数年の後には教皇の座に着くだろうと噂されている人物だ。


「で? 諜報が仕事のお前が何故ここにいる?」


 聖職者とは純然たる職業であり、ガストリスは枢機卿という立場上、下の者の手本とならなくてはいけない。

 だが、人に教義を説く者とはいえ所詮は人間。上に上がれば上がるほど寄り付く者も増え、清貧、貞潔、従順などという修道祈願を守るのも難くなる。


 知り得る筈もない秘密を暴かれ、苛つく心が口調をキツくする。

 振り返れば飄々と立つ若い男。その職業柄、顔の大部分を覆うマスクのため目元でしか感情の見えない男はニコニコとしているようにしか思えず、火に油を注ぐかの如く見ているだけで苛つきが増す。


「やだなぁ、怒らないでくださいよ。お互い正常な人間なんだから情欲があって当たり前でしょ?

 子孫繁栄のために必要だからって神様がそう作ったのに、無理やり押し殺したり我慢するのって、それこそ神の意志に反していると思いません?」


「ふんっ、従順ではない教徒が神のご意志を語るとは畏れ多い。だが一考する価値のある議題ではあるな、覚えておこう。

 それより、私の質問の答えはどうした?」


「俺がここに居る理由、でしたね」


「私も暇ではない。勿体ぶるなら他を当たれ」


「おやおや?良いんですかね?俺としては枢機卿の誰でも良かった……って別に直接教皇猊下に教えて差し上げてもいいんですけどぉ生憎出世とか興味ないんで、貰えるものが増えそうな相手の方が嬉しかったりするんですよね〜」


 彼が要求するのは地位でも名誉でもなく替などいくらでも効く “金” 。その点、同じく情報を持ちかける貴族や大商人とは違い扱いやすく、ガストリスの抱える幾人もの諜報員の中でも指折りの腕前を持つ目の前の男──ユースケは、一切の指示を受け付けない代わりに有益な情報を何度ももたらしてきている。


 そのユースケがわざわざ出向いてまで持ってきた情報。否応なしに興味をそそられるが、ここでそれを見せれば自分の優位性が失われ主導権を奪われてしまう。

 あくまで飼ってやっている自分と、金の為に粉骨砕身して働く諜報員。その関係を崩せば弱みを握られ傀儡とされかねないと慎重に言葉を選んで吐き出すガストリスだが、そんな警戒心など簡単に崩れ去る。


「報酬は情報次第だと何度も……」

「聖女が現れました」


 飛び出した言葉に思考が固まる。動きまで止めたガストリスの頭の中では今しがた聞こえたばかりの言葉が幾重にもこだましていた。



──聖女が現れた……だと?



 神の娘とされる “聖女” は聖典にも出てくる天上人。何の因果か度々地上へと降り、この世ならざる御業にて人を救う。

 彼女の関わった者が偉人となった逸話は子供でも知っている有名な英雄譚だ。100%ではないにしろ、聖女を取り込めば何かしらの偉業を成し得る可能性が飛躍的に高くなる。


 だが逆に他の者に取り込まれたのなら、次期教皇たる自分が蹴落とされる事態になりかねない……。


「随分と大きく出たものだな。そこまでの大口、当然根拠はあるのだろうな?」


 聖典を含む数多くの書物に記される聖女の容姿はほぼ全てバラバラなのだ、一目見て『この女が聖女だ!』などと言い切ることはどだい無理な話し。

 唯一一貫しているのが “見目麗しき絶世の美女” であるが、そんなものは判断基準になり得ない。


 ではユースケほどの諜報員がその女を聖女だと言い切る根拠は何か。


 嘘か誠かの判断をする前から逸る心を抑えきれていないガストリスを見てマスクの下の口角を上げたユースケは「それはですね……」と切り出し、アイヴォンで目にした奇跡を事細かに語ってみせる。


「……それは一度、直接会って確かめる必要がある。降臨された目的は分からぬまでも本物の聖女様であれば、我らフィラルカ聖教国がそのお手伝いをせねばなるまい」


 神妙な顔で顎を摩りつつ悩む素振りを見せるガストリス。だが対面するユースケは思惑通りに事が運び過ぎると、彼からは見えぬマスクの下で苦笑いをしていた。


「今はまだ本物であるかの判断がつかぬ故、大々的に動くことはできない。だが、聖女様に不自由な思いをさせるわけにもいかないのも事実。

 そこでだ、お前が聖女様をここにお連れしろ。報酬は普段に上乗せして……」


「お断りします」


 聞き逃さぬようはっきりと告げた断りはガストリスの眉をピクリと動かす。


「……なに?」


 それでも聞き返して来たのはユースケに断られては困るから。


 聖女発見の手柄は己が手中に納めたい。そして出来れば彼女の行動すら自分の手の内にしておきたいガストリスは、フィラルカ聖教国の有する聖教騎士団パラディオンを使うことが出来ない。


 【最高神エンヴァンデ】に抱く謂れなき信仰心から出た面会であれば、その息女とされる神にも等しき聖女の元に彼自身が赴くのが当然。

 その時点でガストリスが聖女を利用しようとしているのが煤けて見え、更に、各国各教会に触れを出さないということは私利私欲のために動くのだと公言しているようなもの。


「何が不満だ……金か?」

「いいえ。単純に俺、忙しいんですよ」


 秘密を守れる手駒がユースケしかない以上、ユースケを口説き落とす以外にガストリスの選択肢はない。だが、ここで強引な手段に転じてユースケの機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

 なぜならば、ガストリスが最も恐れるのは聖女と接触出来ないことではなく、聖女が他の枢機卿の手に渡り今の地位が揺らぐことだった。


「ならば他の諜報員の指揮権を託す。それならばお前自身が動かずとも、聖女をこの地に誘導できよう?」


「うーん、まぁ、それくらいなら引き受けてあげても良いかなぁ。

 それと報酬なんだけど……」


 あの奇跡が何かしらの道具の効果によるものであり、ディアナが聖女などではないと知る諜報員ユースケ。枢機卿という大物の一角が思惑通りに釣れた事にほくそ笑んだとき、微かな軋み音を立てて扉が開かれた。


「あっ……お取り込み中でしたか?」


 見るからに諜報員だと知れる服装のユースケと枢機卿。こんな時間、人気のない場所での組み合わせに状況を察した修道女が尻込みしつつも遠慮がちに声をかけた。


「神の御前で話し込んだ私が悪いのだ、気にすることはないぞ、アリエンヌ司教」


 夜も更けた時間に内部の者しか利用が許されない特別な礼拝堂を訪れたアリエンヌは、聖教内でも有名な熱心が過ぎる教徒だ。


 先程とは一転、さも自分はガストリスの部下だと示さんがため、頭を下げながら壁際へと退がったユースケ。

 それと同時にガストリスがアリエンヌを誘うように恭しい態度で祭壇に向かえと手で促す。


「お気遣い感謝致します、ガストリス枢機卿」


 深々と一礼した後、凛とした歩き姿で通り過ぎるアリエンヌ。


 微かに靡く背中までの金の髪。整った顔立ちと理想的な容姿とが生まれの良さを物語るが、澄んだ瞳に映るのは神の依代たる四メートルの十字架のみ。

 その残り香を吸い込み恍惚とした表情を浮かべたガストリスになど気付く兆しはなかった。


「私はこれで……」

「うむ、頼んだぞ」


 他所行き口調を残し踵を返したユースケは『あれは何処のお姫様だっけな?』と興味を唆られ、追加の仕事を頭のメモに残しつつ美女と野獣の檻を後にした。



△▽



 一般に解放されている聖堂の片隅。人の疎らな遅い時間というのを考慮しても、祈りをするための長椅子に足を投げ出しだらしなく座る姿は目に余るものがあった。


「お待たせしちゃいましたね」


 緑の髪を鶏冠のように立てた一度見たら忘れられない髪型。五連にもなる両耳のピアスに切長の鋭い目付き、遠くに座る女を眺めているだけなのにそれだけで犯してしまいそうな凶悪な視線は見る者全てに近寄り難い印象を与える。


「はい、コレ、今回の分です」

「お前のせいで疲れたからな。休憩してただけだ、気にすんな」


 男の隣に座り皮の袋を差し出したのは、先程枢機卿を手玉に取ったばかりのユースケだ。


「おう、毎度毎度多くもらっちまって悪ぃな」


 金貨で膨れ上がる皮袋は枢機卿からぶんどった情報料。それに加えて聖女連行の依頼でも、前金としてちょっとした家くらい買えそうな金を受け取って来た。


「いえいえ、今しがたお小遣いを貰えたもんでお裾分けですよ。

 それにそれは、ガブリエルさんがいなきゃ貰えなかったものなんですよ?」


「おいユースケ、その呼び名はやめろっつったろ?エルで良い」


「せっかくカッコいいのに。でも、嫌なら仕方ないですね」


 ユースケとエルは雇用関係にある。


 一般的には知られていない……というより、極一部の者しか知らない空を飛ぶ魔攻機装(ミカニマギア)。その特殊な機体を用いての輸送便がガブリエルの仕事であり、移動に特化したその背に乗れる条件を満たしたユースケはガブリエルの所属する闇企業から彼を借り受ける専属契約をしているのだ。


「次は明日でも大丈夫ですか?」

「いや、流石に長距離は疲れた。明後日にしろ」

「了解です。じゃあ明日は休みとして、今からご飯でも行きません?奢りますよ」


 早朝から移動を始めたとはいえその日のうちにザルツラウ商業連邦からリヒテンベング帝国を通り過ぎてフィラルカ聖教国まで移動出来たのはガブリエルの魔攻機装(ミカニマギア)のお陰。いくら仕事だとはいえ負担は大きいだろうと、パートナーともいえるガブリエルを労おうとのユースケの心遣いだった。


「それも良いが仕事終わりは女を食いてぇ」

「あっ、良いですねぇ。この間良さげな噂を聞いた店があるんで行ってみます?」

「マジで?よし、そこに行くぞ」

「でもお楽しみはご飯を食べてからです」

「あぁっ!?……両方、お前の奢りだろうな?」

「良いですよ?早く行きましょっ」


 勢いよく立ち上がったエルは機嫌良さげにユースケの肩を抱く。

 一見するとヤンキーに連れていかれる運の悪い青年の構図だが、そこには確かな信頼関係があった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ