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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第二章 奇跡の光
54/119

2-27.夢とは儚く散るものである

 目を閉じて尚、存在感が有り過ぎた光は、ものの数秒で収まりを見せた。


 恐る恐る開いた目。少しばかり視力の不調を訴える目で見た光景はディアナの腕に抱かれたままのミフネの姿。

 だがそれは先程とは違い、大量の出血により土色と化していた肌は生気を取り戻したかのように血色が良い。何なら今朝顔を合わせた時より肌艶が良いようにすら見えるのだ。


 それとは逆に疲労が見えるディアナの顔。だがその笑顔には達成感のようなものが浮かんでいた。それを見れば考えるまでもなく、失敗に終わったかに見えた肉体の再生が何かしらの方法により成功したのだと気が付くのは容易いことだった。


「何をしたんだ?」


 真っ赤に染まっていた筈の衣服でさえ銃弾の跡すら残さず元通り。あからさまな変化に遠巻きの門下生達にもミフネの状態が分かったのだろう、湧き上がる歓声は耳を塞ぎたくなるほど大きなモノ。


「……ん?」


 その声を受けてようやく目を開けたミフネ。


 苦痛や倦怠感は感じないが、これが死の直前の感覚なのかと割り切るものの、先程まで暗く澱んでいた視界がハッキリしているのを認識すると目の前に垂らされた銀のロケットに焦点が合う。


「コレよ」


 ありふれた八面体を見せられても理解が及ばないレーンは『だから?』と続きを催促するようにディアナの言葉に反応を示さない。

 それを理解したディアナは軽く勢いを付けてロケットを手のひらに収めると、蓋を開けて中身を見せる。


「それはエルフの?」

「そう。どうしてもって譲らないから十個の内の一つを貰ったのよ」


 本来であれば写真を入れておくのが一般的な使い方であるロケットだが、中に布を入れ、その中心に淡い桃色の石が納められている。


 それはニナが父母から贈られた品物。


 エルフの国【レユニョレ】でも希少なものではあったのだが、十個もあっても使い道がないと、彼女には珍しく半ば無理やりに近い形でディアナに持たせた特別な魔石。そこに秘めたる力は再生魔法の効果を何倍にも高めた。


 その代償として、たったの数秒でベッドに倒れ込みたいと思うまでに蓄積された極端な疲労。困憊の原因は魔力を根こそぎ奪われた事にあるのだが、初めての事で勢いが余り、湯水のように溢れ出て行こうとする魔力の制御が効かなかったのだ。


「ディ、ディアナ殿、私は……」


 周囲の歓喜が死に行く自分を嬉しく思う声ではないことを理解したミフネは、自分の身体を見下ろし唖然とした。

 再生の魔法ですら治らなかったはずの自分の身体が何不自由ない元の状態に戻っていたのだ。頭には『何故?どうやって?』と尽きない疑問が炭酸の泡の如く湧き上がってくる。



──そんなことよりっっ!



「レーン殿!!」


 平時であれば誰もが羨むディアナの腕の中。しかし、タガが外れたミフネは己の願望を満たすべく慌てて飛び起きると、あまりの剣幕に半歩後退ったレーンの両肩に手を乗せ逃すまいとした。


「な、なんだ?」


 頭一つ分の距離で碧眼を覗き込むミフネ。そのまま抱きしめキスでもしそうな勢いに周りの観客達が先程とは違う意味で固唾を飲む。


 静まり返った道場。美青年を囲う老人という、その筋の者ならば涎物のシチュエーションではあったが、当の本人はどちらにもその気はない。


「先の約束は守られるのでしょうな?」

「や、約束とはなんだ?」

「五体満足ならば連れて行ってくれると言ったではないか!」



──場が固まることおよそ五秒……



 静寂の中、思い当たる節にようやく行き着いたレーンは呆けていた顔に青筋を浮かべると、己の都合の良いように曲解した老人に怒りを露わにした。


「まてまてまてっ!連れて行くなんて言ってねぇ!!」

「そんな馬鹿な!確かに貴殿は……」

「俺は『先ずは自分の足で立て』と言っただけだろう!?それでようやく土俵入りだ!話はこれからだろうがっ!」

「なっ!? ならば期待に膨らみ切った私の胸の責任はどう取るおつもりかっ!」

「んなもん知ったことかよ!槍でも刺しとけ!」

「なんと薄情な……」

「だいたい、俺は文無しだっ。旅に加わりたいって言うのなら、聞く相手が間違ってるぜ?」

「聞く相手、ですと?」


 顎で指された先には腰に手を当て仁王立ちをするディアナの姿が……。にこやかな笑みを讃える彼女だが、その雰囲気は吐き出した言葉さえ押し戻すかのような圧倒的な威圧を携えている。


「ルイスは居候だけど私より先にレーンと一緒にいたからノーカウント」

「ディ、ディアナ殿……?」

「師匠達が付いてきたのは想定外だけど、エスクルサがあの惨状では追い返せないから仕方がないと飲み込んだわ。まぁ、役には立つし、ね」

「ディアナ殿、私の話しを……」

「ニナは妹みたいなものだから一緒にいるのは当然なのよ、可愛いし」

「私には若い頃の夢があって……」

「カーヤは何かと世話してくれるし、ノルンだって独特のキャラで話してて楽しいわ。私がシェリルを運転手にと雇ったんだもの、二人の同行を認めるのも当然の成り行きよね」

「傭兵として名を轟かせたいなぁ、なんて……」

「強引に居座ってるグルカは許可なんてしてない。けど、なんかルイスと仲良くしてるし、レーンの馴染みだっていうから黙認してるけど、これ以上の居候なんていらないわ」


 見た目からすれば “笑顔” に分類されるだろうが、顔に貼り付けただけの上部の表情は “黒い笑顔” と呼ばれるものだ。光の消えた薄紫の瞳は何処とも言えぬ場所を見ながら淡々と現状だけを告げていく。

 その圧力には何者であろうとも耐えられるはずもなく、武の達人として強靭な精神を持つはずのミフネですらたじろぎ、冷や水をかけられたかの如く意気消沈してしまった。


「でも、条件を飲むというのなら考えてあげなくもないわよ?」


 再び倒れてしまいそうなミフネであったが、突然投げかけられた思いもよらない言葉に勢いよく顔を上げ目を見開く。


「ディアナ殿!ではっ!!」

一対一(サシ)で私に勝てたら、ね?」


 組んだ手でポキポキと音を立てるディアナはこめかみをひくつかせながらそう告げた。


 本来であれば二人だけの愛の巣であった筈のミネルバ。出航当初から十二人という大所帯であることに不満がありありのディアナだが、完璧な設計によりプライベートが確保されているので現状はまだ我慢の範疇。

 だが、これ以上の邪魔者は不要であると、好機に期待したミフネを突き放した……否、全力で突き飛ばした!

 それは二度と不穏な発言をさせない為の布石であり、彼女の心情を具現化する発言だった。


「ディ、ディアナ……ど、の……」


 あきらかに成長途中であるディアナと、成長の終わっている自分。数年前の結果から見ても無理難題をふっかけられたのに気が付かないほど愚かではない。

 己の選択で放棄した夢。死を目前にして再燃した昔の夢ではあったが、夢は夢のまま、ミフネの心の中で静かに燃え尽きて行くのだった。



▲▼▲▼



「おいおいおいおい……あの爆乳、何しやがったんだ?」


 およそ五十メートルの距離。結果として地に伏せたものの、襲撃した三人から放たれた銃弾の半数以上を躱し防いだことは遠地から傍観していた二人が驚くところではあった。


「姉さんが見せた銀のロケット、あれがなんなのかは分かりませんけど、もしかしたら特殊な魔導具か何かなんですかね?」


 だが、その後の復活劇はミフネの凄さなどないも同然に掻き消してしまうほど俄かには信じがたい光景。

 同時に二人が目の当たりにして尚、己の目を疑うものであり、諜報活動という仕事柄、一般人とは比較にならないほどの多彩な知識、そして鍛えられた見識をもってしてもディアナの起こした奇跡に理解が及ばず言葉を失った。


「能力にしろ道具にしろ、アレはヤバい」


 険しい顔をするアナドリィ王国の諜報員と、神妙な顔で頷くビスマルクの諜報員ユースケ。


 再生魔法を使ったとはいえ、ほぼ死亡が確定された者を蘇らせたのだ。そんなことを出来る人間は他におらず、有用性が高過ぎるほど高いことは考えるまでもない。


「確か、ビスマルクの大公の娘は重度の難病を……いや、すまん。いらん詮索だったな、忘れてくれ」


 希少な職業柄、仲間意識の高い諜報員ではあるが、いくらフランクな関係を築くと言っても身内以外に素性を明かすことなどあり得ない。それは仕事に対するプライドが高いことに起因する暗黙の了解の一種。

 しかし、長年に渡り蓄積された経験と勘が、たった数回の接触で “ユースケがビスマルクの諜報員” という答えを導き出しており、それに基づく知識がフランクになり過ぎた老齢の男の口を滑らせた。


「……っま、報告はしますけど、ね。でも、俺が躍起になる理由はありませんよ」


 己の考えが正解であると取れる発言に驚く老齢の男だが、気にした素振りを見せないユースケは双眼鏡を顔に当てたままディアナの観察を続けていた。


 しかし、横から見た彼の顔は真剣そのものであり、老齢の男からすれば笑ってしまうほどにディアナを目に焼き付けているのが見て取れる。

 そんな姿を見てしまえば、ユースケほどの諜報員を虜にするビスマルクの大公がよほどの人格者であるか、もしくは、その娘に対する何かしらの感情が働いているものと推測するのは簡単なことだった。


「そうか、どちらにせよ彼等は動く。今後、君と会うことはないと思うが故に一つ、聞いておきたい事があるんだが……」


「なんですか?」


 双眼鏡から顔を離し、顔を見合わせる老齢の男と若いユースケ。


「君は、世界が動く(・・・・・)と思うかね?」


 答えを出さないユースケを見つめたままの老齢の男。

 その、全てを見透かすような曇り無き純粋な瞳に、数秒の沈黙を破ったユースケが己の考えをはっきりと告げる。


「俺は預言者でもなければ、貴方ほど多くの経験を積んでいるわけでもない。けど、これだけは言える……彼等は普通ではない」


 ふっと頬を緩めた老齢の男はユースケの出した答えに満足したようだ。


「そうか。ならば俺も、ありのままを報告するとしよう」


 こうして接点を持った世界最高峰の実力を持つ諜報員ユースケと、アナドリィ王国きっての諜報員バルデミュート。

 袂を分かち、それぞれの国へと向かう二人だが、運命という強大な力が近い未来に二人を再び引き合わせることとなる。




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