2-25.青天の霹靂は青空の下で
規則正しい足並みは、風情ある木製門の敷居を抜けたところで停止した。
風通しよく開け放たれた道場。多くの門下生が真剣な面持ちで槍を振るう手前、手入れの行き届いた庭の一角で激しく槍をぶつけ合う二人の男の姿を認識した四人の珍客。
「何奴っ!」
異様な雰囲気を感じ取ったミフネが叫んだ問いに対して、一瞬のズレもなく四本の腕が挙げられた。
その手に握られるのは陽の光を受けて黒光する鉄の塊。狂気を内包する漆黒の口は二人の片割れである金髪の男へと向けられる。
「──っ!!」
造られた機械の如く “一糸乱れぬ” を体現する四人の男女。しかし彼らが機械と異なるのは金髪の男──レーンへと向けているドス黒い感情。
視界に入ったミフネとは違い背を向けていたレーンが彼らに気が付いたのは、その濃密過ぎるあからさまな殺気が故に、であった。
向けられているのは四丁もの拳銃。奇襲されている以上、最大六発を込めることの出来る銃弾が満充填されていない事などない。
一人ならまだしも、四人もの人数で殺しに来ているともなれば華麗に避けきるなど絵空事。ましてや槍を手にしているからと言って、放たれてから一秒で肉薄する銃弾の全てを撃ち落とすなど人間技ではない。
「チッ!」
帝国からは出た。しかし、アシュカルの性格を考えれば追手が来ないはずがなかった。
それでも一月もの間、何事もなく過ごした日々が生んだ油断。加えて、日毎に上達する鍛錬の楽しさにかまけて身を隠そうとしていなかったのだ。
曲がりなりにも集大成というお愉しみを邪魔された苛立ち、それは一重に自身が引き起こしたもの。軽率さは身に染みるが今それをどうこう言う時ではない。
盛大な舌打ちで気持ちを入れ替えると、横っ飛びに回避しつつ即座に左手に着けた腕輪へと魔力を流し込む。すぐさま反応を見せる愛機は金色の粒子となってレーンを包んだ。
(狙いは私かっ!)
ミフネが急激な危機感を感じたのと、エドルの口角が吊り上がったのはまったくの同時だった。
その瞬間を待ち侘びていたかのように僅かに動く三人の手首。それは射線がレーンからミフネへと変えられた事を意味する。
しかしそこは、殺し合いという実戦は経験しておらずとも毎日のように戦いの場に身を置くベテランの槍兵。考えるよりも先に動き出した身体はレーンとは逆方向に身を捩らせ、高速で回転を見せる槍が銃弾からの危機を最小限に抑えようと空気をかき乱す。
「カハッ!!」
連続して咆哮を上げる凶器に道場の空気が凍りついた。
その時になってようやく事態に気が付いた門下生達は、我を忘れて振り向いた先に鮮血を撒き散らしながら倒れ行く師範の姿を目撃することとなる。
▲▼▲▼
訓練された三人の銃は回避行動をとるミフネを的確に捉え、正確無比に鉛の玉を叩き込む。
もしかしたらミフネの持つ槍が鉄製であったのなら、多少なりとも状況が違っていたかもしれない……。
凄まじい回転力に弾かれる数発の弾丸。しかしそれでも尚、威力の勝る鉛は木製の柄を砕き槍を無力化させる。
更に、すり抜けた数発が痛みという異常を認識させ、身体の損傷を防ごうと、意志とは裏腹に動きを鈍くする。
いくら高速で回転させようとも所詮は人の手によるもの。たかが数センチの棒で一秒間に四〇〇メートルも進む小指の先程のものを弾き返すなど到底不可能なのだ。
砕かれた槍は手を離れ、回避ですら封じられた。そうなればただ大きいだけの的、熟練の軍人が狙いを外すなど有り得なかった。
「ミフネぇぇっ!!」
金色に包まれた一瞬の後、確かに自分へと放たれた複数の銃弾は展開された魔力障壁により弾かれていた。
──しかし、何かがおかしい
濃密だった殺気が減った事への違和感。それに加えて尻の辺りから駆け抜けた焦燥感に煽られ向けた視線、色の薄い虹膜の向こうにある惨状に目を見開き思考が固まる。
軍服では無いにしろ、目付き、雰囲気、行動の全てが疑う余地もなく帝国の兵士であった。振り向いた瞬間、刹那の判断ではあったが、隠れて観察することで己の鍛錬としていたレーンが見違えるはずもない。
ともすれば狙いは確実に自分だろうと思い込んでいた。
しかし、目の前にあるのは圧倒的な威力を誇る弾丸が生の肉を穿ち、内包する赤い液体が宙を舞う光景。
第二皇子暗殺未遂の是非を問うための王宮召喚。そのための捕縛だったものがエスクルサの動乱を経て殺害に変わった。もしくは帝国外に出たことによりアシュカルが手を回し、自分が帝位につくために障害となり得る邪魔なレーンを確実に潰すための算段だとも考えられる。
──何故、自分ではない? 何故、ミフネが?
放出された血液は自由を得て球体を形作る。その過程でスライムのように様々な形へと変化して行く様子を目に焼き付けつつ、尽きない『何故?』の疑問がレーンの頭で反復していた。
「師範っっ!!!!!」
悲痛な叫びに我に返ると、自動で展開する虹膜が第二波の弾丸を弾き返した直後だった。
──今はまだ戦闘中、帝国兵を撃退せねばミフネの手当もしてやれぬ
銃弾とはあからさまに大きさの違う黒い塊が二つ。
停止状態から一気に加速し、フル回転を始めたレーンの脳が虹膜に迫る次なる物体を捉えた。
再生の魔法を習得しているディアナならばと早期決着に焦る感情ながらも、妙に落ち着いている思考には自分自身で違和感を感じるレーン。
いつも以上に加速する頭の中『なんだ?』と目を細めたときには回転しながら飛んできたモノが魔力障壁と接触する。
「!!!!」
あらゆるものを遮断する薄虹色の膜。魔攻機装の性能と操者の能力、その二つを掛け合わせることにより強度が決まる魔攻機装最大の防御機構なのだが、最高峰の機体であるオゥフェンは当然のように最高峰の魔力障壁を有する。
つまり、操者であるレーンの魔力や精神が揺るぎなければ対人用の弾丸などものの数ではないのだ。
投げつけられた二つの “黒” の内一つは当然のように弾かれた。
だが問題なのはもう一つの方……
見た目には全く一緒の黒いだけの鉄の手錠。しかし、仄かな黒い光を帯びるソレは粘度の高い液体に沈むかのように、張られた虹膜へと侵入を始める。
僅かにだけスピードを緩めはしたが、飛来が阻止出来たわけではない。いい知れぬ悪寒が一瞬にして全身を駆け抜けたレーンは反射的に手にする双頭ランスを振り上げていた。
「チッ!」
「マジか!?」
「撤退する!!」
作戦の要たる手錠が弾かれた。それも保険として用意していた物を含めて二つ共が、だ。
いくら四人全員が魔攻機装を所持しているからといっても宮廷十二機士ですら敵わなかったオゥフェンを正面から捩じ伏せるなど到底不可能。
今、この現状では速やかに身を退くのがジェレミ達が取り得る最善の手であった。
「逃がすわけねぇだろっ!!」
行動は冷静沈着。しかしその裏、ミフネを殺られて(まだ死んではいないのだが……)腹のワタが煮え繰り返っているレーンが『はい、そうですか』と見逃してくれる筈もない。
「行けぇぇっ!!」
引き戻された白銀のランスに魔力が集まり、螺旋を描く稲妻が握り手から先端へと迸る。
「キース!?」
「馬鹿!やめろぉぉっ!」
逃げるのは不可能なのだと瞬時に悟ったキースは、左手の腕輪から溢れ出した光を纏いつつ三人の前へと躍り出た。
向かう先は、今まさに突き出されようとしている稲妻を纏いし白銀のランス。目指す先は、仲間のための時間稼ぎ。
──一瞬で良い、僅かにでも隙が作れれば……
刹那的な判断を煽られたのは何もキースに限ってのことだけではない。
彼の決意を汲んだツァレルは、キースと同じく魔攻機装を纏う──と、同時に両脇に二人を抱えれば、三人の足元には緑色の魔力が溢れている。
それは、キースが仲間に贈る最後の手向け。
【刺突雷光】
目にも止まらぬ速さで突き出されたランスは黄色い光の束となり、展開された虹膜もろともキースの身体を突き抜けた。
勢い余る稲妻は彼の背後にいたジェレミ達へと迫るが、躊躇なく飛び出したツァレルによって事なきを得る。
それを後押しするのがキースが放った魔法。地面から勢いよく吹き上がった突風はツァレルの跳躍を助け、生垣の外へと押しやる。
「「キィィィィィィスっ!!」」
瞬きすら出来ないようなほんの僅かな時間、空へと打ち上げられるツァレルは金の髪の間に光る碧色の瞳と視線が打つかった。
感情の見えない顔のまま自分を見つめる第一皇子。初めて目の当たりにした “対象” は酷く幼いものだとの印象を持てば自然と口元が緩むのを自覚する。
『またな』
届く筈もない心の声を聞いた気がしたレーンもまた、自然と口の端が上がるのを自覚した。
──また、だと? フンッ
余剰した魔法が生垣を突き抜け、その向こうにある建物が大きな爆発を起こす。
もうもうと立昇る砂煙の右手、綺麗な水色の瞳を頭に残して行った帝国の女の後ろ姿を黙って見送るレーンだった。




