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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第二章 奇跡の光
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2-23.先輩の言うことを聞け!

「お疲れ様です」


 ザルツラウ商業連邦唯一の町、首都アイヴォン。そこにある高い建物の一室、窓辺に置かれたロッキングチェアから外を眺めていた男が手にした長い筒を降ろして声のした方へと振り向いた。


「ああ、お前さんか、調子はどうだい?」

「どうも何も、進展がなくて退屈ですよ……彼は?」


 座っていた初老の男は分かっていたのだろう、音もなく突然現れた若い男に驚くでもなく平然とした態度だ。


 互いの名前も知らない二人だが、少し前より面識はある。

 老齢の男へと近付き、持って来た包みとコップをロッキングチェアの隣にあったサイドテーブルへと置く若い男。


「おお、ありがとう……こっちも相変わらずだよ。皇子ともあろう奴が何が楽しくて道場入門なんぞしたんだか」


 外からは見え難いよう暗くされた室内。額に手を当て日差しを作ると、老齢の男の見ていた方角に目を凝らす。

 肉眼では小さく見える平屋の建物は『紅月家』の宗家道場。その手前部分の広い庭には動き続ける二つの黒い胡麻粒が見えていた。


「趣味とかじゃないんですか?」

「趣味ねぇ〜。まぁ監視する方は楽でいいんだが?」


 持っていた長い筒──望遠鏡を置き、早速とばかりにコップへと口を付ける老齢の男。


 彼が行っていたのはリヒテンベング帝国第一皇子であるレーンの監視業務。

 この一ヶ月もの間、来る日も来る日も『紅月家』に通い、師範と戯れる二人の姿をここから見守っていたのだ。


「あははっ、あんまりサボってると報告する時に叱られないんですか?」

「俺は命令されたことを忠実に遂行してるだけなのっ」


 包みを開けて中身に齧り付く老齢の男はアナドリィ王国から派遣された諜報員の一人。不審な金属輸出が行われているとされるウェセターとの取引を監視するために来たはいいが、レーンという思わぬ人物が発見されそちらの監視を引き受けたのだ。


「それなら仕方ないですよね〜」

「だろ?」


 同席する若い男は帝国の北に位置するビスマルクという国の諜報員。

 アナドリィ王国の北にあり、不穏な動きがあると情報のあったエヴリブ公国と隣接するビスマルクからも金属輸出の監視を行うべく人員が送られていたのだ。


「美味しそうな匂いがしますぅ〜」


「えっ!?」

「おおっ?」


 若い男と同じく何の前触れもなく当然現れた女の子。

 普段着となっている全身真っ黒の忍び装束、それと一体となっている鼻までを覆う黒い覆面。濃い茶色の髪は短髪で動くのに邪魔になりそうにないが、その中に埋もれる小さな三角の耳が強烈な印象を与えてしまう。


「見るからに同業者のようだね」

「いやいや、同業どころか、貴方の監視対象の一味ですよ!?」

「おやおや?そうなのか?」


 日中は『紅月家』で過ごすレーンだが、何も住み込みで四六時中師範と一緒にいるわけではない。本来なら老齢の男こそが四六時中張り付きレーンの監視を行わなければならないのだが、彼はいささか『サボる癖』があり、毎日道場に通うレーンを眺めては『進展なし』と報告を行なっていたのだ。


「何処で売ってましたぁ?ソレ」

「ああ、コレはね……」


 彼ら諜報員は特殊な訓練が必要とされる為、世界的に見ても人数がとても少ない。

 それ故に互いに争うなどという無謀はせず、例え敵国の者であろうとも諜報員同士ならフランクな付き合いをするのが暗黙のルールと化していた。


「君は何処の国の者だい?」


 諜報員と一重に言っても数種類の枠がある。それは大きく分けて二つ。


 彼らのように影からの情報収集を得意とする『隠者』と呼ばれる者は対象に己を察知されぬよう密かに行動する。その中でも特に特殊能力の高い者達のことを敬意を込めて『忍者』と分けて呼ぶ。


 そして二つ目は女性に多いのだが、対象に接触し、あらゆる手を使い親密な関係を築くことで情報を得る者達だ。これらは単に諜報員と呼ばれる。

 知人、友人、愛人、飲み屋の売り子。こちらの方が特別な技術が必要ないため主流ではあるものの、欲しい情報が得られるかどうかはその者がいかに口達者かが鍵となってしまう。


 獣人が諜報員になるのは珍しくないとはいえ見るからに忍者、つまり、影の諜報員になるのは殆ど例のないことだった。しかも彼女は女の子、それが希少性を更に増す。


「私はノルン〜、出身は獣人の国ルピナウスですぅ」


 ガン見されては仕方がないとばかりに自分用に買ってきた筈の包みを手渡す若い男。

 隠していても分かるほど上機嫌にソレを受け取ったノルンは、質問に答えながらも手早く包みを解く。それが終われば何の躊躇もなく覆面をズラし、姿を現したハンバーガーへと齧り付いた。


「それは見れば分かるが、帝国の者か?」

「いいえ。どうやら彼らと共にいる獣人王国のお姫様のお付きみたいですよ?」

「ほぉ。それはそれは、ようこそ人間の国へってか?」

「そうなりますね」


 膨らませたほっぺに茶色のソースを付けたままVサインを送るノルンは何処からどう見ても普通の女の子。だが同じように突然現れた若い男より隠密スキルが高いことには二人共が気が付いている。


「嬢ちゃんのような可愛子ちゃんと知り合えたのは幸運だが、俺達諜報員には暗黙のルールがあるんだ。嬢ちゃんが人間の世界で生きて行くからには知っておいた方が良いと俺は思うぜ?」


 そのルールを教えることで自分が優位に立とうと考えた初老の男だが、何が言いたいのか分からず小首を傾げるノルン。

 口に詰め込んだご馳走を心ゆくまで噛み締めてから喉を通すと、テーブルに置かれていたコップへと手を伸ばした。


「ノルンちゃん、マジ可愛いな。俺、惚れちゃいそうだよ」


 中身を飲み干したノルンが「ぷはぁ〜っ」っと、到底乙女とは思えない豪快な息を吐き出す。

 それを見た老齢の男は少しばかり眉を顰めたのに対し、若い男はハンカチを取り出すと彼女の汚れた口周りを丁寧に拭いてやる。


「ありがとう、優しいお兄さん」

「どういたしまして。俺はユースケだよ」

「ユースケ……んんっ?あれはっ!」


 大人しくされるがままになっていたノルンだが、突然窓から身を乗り出し額に手をかざす。


「何かぁ、変な感じの人がレーさんの元に向かってますねぇ。これは由々しき事態ですぅっ!私は姫っちに報告に行くのでこれにて失礼〜っ」


「あっ!ノルンちゃん!」

「おいっ!ここは七階だぞ!!」


 身軽に窓枠に飛び乗ったノルンが空中へとダイブする。


 それがさも当然のことのような戸惑いの無い身のこなしに焦る二人だが、二人して身を乗り出して見た光景に唖然としてしまった。


 建物の壁を地面に見立て、物凄い勢いで駆け降りて行く茶髪の少女。人間より遥かに運動神経の優れる獣人ではあるものの、そんな芸当が出来る者など極僅かだろう。


「なんて娘だ……」

「ますます惚れそう……っと」


 気を取り直した若い男──ユースケは、テーブルに置かれたままの望遠鏡を手に取り『紅月家』の方角に目を向ける。


「何が起こってやがる?」

「アレですね」


 渡された望遠鏡を目に当て、もう片方でユースケの指差す方角を見定める。

 そこには服装こそ他と変わらず違和感はないものの、おおよそ一般人とは思えない規則正しい足取りで道を進む男女四人の姿があった。


「ありゃ〜帝国兵か?」

「ええ、間違いなく」

「逃亡してるくせに国外とはいえ一処に居座るからこうなるんだ」

「どっちが勝ちますかね?」

「無能皇子って売りは(ブラフ)だったんだろ?奴さん、宮廷十二機士(イクァザム)を単身撃破したらしいじゃないか」

「それが真実か否か、ここから確認できて僕らはラッキーですよね」


 小さな椅子を持ち出したユースケは窓枠に両肘を置き、何処からともなく取り出した双眼鏡に顔を付けた。


「おめぇまさか、奴らをけしかけたんじゃねぇだろうな?」

「やだなぁ、怒らないでくださいよ。貴方の任務はアレの監視でしょう?監視は見るのが仕事であって対象が死のうが何しようが一切関係ない、ですよね?」


 初老の男にとってレーンが価値のある男か否かで言えば『将来的には価値があるかも知れない』という程度で、今はまだ他国のレーンを護ってやるほど重要なわけでもなければ命令があるわけでもない。

 遊び半分で他人同士を戦わせるのは気分が良くなかったが、もう既に進んでしまっている事態は変えられないと諦め『紅月家』に焦点を合わせて望遠鏡を構えた。


「何度も顔を合わせてる俺には名を明かさなかったくせに、あの嬢ちゃんにはあっさりと吐きやがったな」

「そりゃ〜、名前くらい言っておかなきゃ彼女の頭には欠片も残らなかったでしょ?」

「ハッ!餌で釣っておいて何を言ってやがる。あんま先達者を蔑ろにすると足元掬われるぞ?」

「へいへい、肝に銘じておきますよ、先輩」

「それともう一つ、女に現を抜かすと碌なことになりゃしねぇ。遊び程度でほどほどにしておくこったな」

「それも書き加えておきましょう」

「ケッ、クソガキがっ」


 せっかくの忠告に耳を貸そうとしない若者に対して眉間に皺を寄せる初老の男。

 その隣には、思い通りに事が運び機嫌の良いところに加えて、思わぬ出会いというエッセンスがプラスされて顔を綻ばせながら双眼鏡に食い入るユースケの姿。


 暗い部屋から覗き見る二人の監視員の目の前、異変に気付くことのないレーンの元へと危機が迫っていた。





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