2.気に食わない
ただならぬ気配にたじろぐ帝国の魔攻機装。アンジェラスが動いたのと同時に青白い光を強めて回避行動に出たのは、厳しい訓練の果てに得られる努力の結晶だった。
一斉に散開するモスグリーン達。機動性に重きを置いた機体は、迅速な行動により敵襲を回避し反撃に至るはずであった。
「なっ!?」
一足飛びで肉薄した白い影。一拍遅れた機体に狙いを定めて勢い付く拳を突き入れる──が、突然現れた半透明の幕がそれを阻止した。
「クッ……」
二機を隔てるのは魔力障壁という、文字通り魔力によって展開される魔攻機装の防御機能。
拳を中心に色の薄い虹色の光が波紋となって広がりを見せるが、お構い無しに振り抜かれる白い腕に押されて後方へと飛ばされる帝国兵。ギョッとした表情の仲間にぶち当たると、三機まとめて地面を滑る。
△▽
「宣戦しといて動かねぇとは舐めてるにも程があるぜ!」
大勢いる一般の帝国兵や治安維持の役割を担う警備兵のように、付属品の少ない機体は魔力変換器官を含めて低スペックの物が多い。しかし、それを覆すアンジェラスの圧倒的性能。
目にするのが二度目となったレーンが口の端を吊り上げ、呆気にとられるギヨーム目掛けて雷の魔力迸るランスを突き入れた。
「くっ……」
自動で広がる虹色、目の前に迫る尖った槍先。己の魔力を吸い上げ展開された魔力障壁に助けられるが、引き連れてきた帝国兵と同じように吹き飛ばされそうになる。
「この……ガキがぁぁぁぁっ!!」
しかしそこは世界的大国の抱える数々の機士団の中でも最上位に君臨する宮廷十二機士が一人【豪炎のギヨーム】。
太い脚で地をえぐり勢いを殺すと、両手に握る二本の剣で突きつけられた槍をかち上げた。
次の瞬間、黒紫の肩に空いた穴に赤い粒子が吸い寄せられていく。
【炸裂炎弾】
魔力を有する強い言葉が紡がれれば、そこから溢れ出す炎の塊。呪者の意に従い豆粒ほどの赤い弾丸が水飛沫の如く大量に吐き出される。
「ハッ!」
空へと弾かれたランスの勢いを味方に、軽やかなバックステップを踏みながらの横薙ぎの一閃。炎の弾丸は標的に届く事なく、二人の間で無数の花火と化して咲き誇こった。
片足を軸に舞うように背を返せば、ランスに纏う稲妻が黄色い尾を引き、再び赤い花が咲く。
更に半回転しながら流れ出る残りの弾丸を避け、正面にギヨームを捉えたところで地面へと突き立てられた白銀のランス。
【地殻雷伝】
一際激しく迸った稲妻が地面に吸い込まれて姿を消す。
即座に飛び退く黒紫の機体。しかし、それを追うように足元から生えた幾本もの黄色い線。伸ばされた魔手は一瞬でギヨームを捕らえると、思うがままにその身を駆け巡る。
「ゔぉああああぁぁぁぁあぁぁあぁっっ!」
見えない何かに引っ張られているかのように四肢を広げ、黄色の光に翻弄されながらも二メートルの巨体を空中に留める。
思惑通りに魔法が通り、口角を吊り上げるレーン。
相対するギヨームは苦渋の表情。その身を襲う雷撃に奥歯を噛みしめながらも、咄嗟に絞り出した魔力を強引に吐き出す。
【炎よ!】
自らを焼くように足元から吹き上がる炎。一息で己が身を包み、渦を巻いて膨れ上がると、雷の魔法もろとも空気に紛れて散っていく。
片膝を突き動きを止めたギヨームは、忌々しげな顔で鋭い眼光を叩きつける。
しかし満足げに見下ろすレーンはどこ吹く風で、追撃をするでもなく涼しげな顔をしてその姿をただただ眺めていた。
「世界の頂点たる帝国に集められた技術、その全てを網羅して造られた最高の魔攻機装オゥフェン。いかに操者が未熟者であったとて、それを補って余るほどに強大である事を失念していたよ」
ゆっくりと立ち上がった黒紫の機体、それを操るギヨームの顔からは怒りの色が消えていた。
代わりに現れたのは落ち着き。
冷徹そうな目は己を驕るでもなければ相手を見下すでもない、自分の置かれた状況を冷静に分析できる宮廷十二機士としての彼の顔。
「オゥフェンは確かに優秀だ。そこに甘えていないとは否定しない……が、それを含めて俺の強さだ」
「流石はリヒテンベルグ帝国第一皇子レイフィール・ウィル・メタリカン、長年に渡る王宮での立ち振る舞いはフェイクだったということか」
「俺は面倒な事が嫌いだ。皇帝なんてガラじゃねぇし、やりたいなんて微塵も思えねぇ。俺は好きに生きる。
だから帰ってアシュカルに伝えろ、帝国なんざくれてやるから俺に構うな、とな。 今ならお前も見逃してやるからとっとと帰れ」
両手に握るは二振りの剣、火属性に特化させた赤色の剣身に再び炎が灯る。
それは等しく戦闘を継続させる意思の現れ。
史上最高の魔攻機装を与えられながら、演習のような公の訓練ではレーンが魔法を使う姿など見せたことはない。
だからこそ疑う由も無く、低能、愚者、メタリカン家の恥と、忌み嫌われた者の始末を自ら率先して請け負って来たのだ。
しかし目の前の若造は、宮廷内で魔攻機装の指導を受けていたのは影武者ではなかろうかと思えるほどに強く、とてもではないが同一人物とは思えない。
帝国内では己の能力を低く見せて “自分は皇帝に相応しくない” とアピールし続けていたのだと今更ながらに知ることとなったギヨーム。
だが、それだけの理由で志願した任務を放棄しておめおめ帰るなど、栄誉ある地位を預かる彼に出来ることではなかった。
「貴方には第二皇子アシュカル殺害の容疑がかけられている。見逃したなどとどうして報告できましょう?
また、取り逃したとあっては宮廷十二機士の恥。 つまり、私に “退く” という選択肢はありません」
「ハッ! プライドを天秤にかけて命を落とすなんぞ道化のする事だぜ?立場があると面倒くせぇなぁ、おい」
「理由はどうであれ強者と戦うのは私の本望だ。お覚悟なさいませ、レイフィール皇子殿下」
黄金の機体が握る白銀のランスに稲妻が迸る。それは、説得に応じなかった愚かな男を殺すと決めたことの現れだった。
二十メートルの距離を開け睨み合う二機、互いに魔力を高めながら攻め入るタイミングを図る。
【地を這う炎爪】
先に動いたのはギヨーム。両手の剣を地面に付ければ炎が直線を描き、地を走る。
【穿て雷弓】
魔法使用直後の隙を狙って飛び出した雷撃は向かい来る炎と入れ違う。
速度の速い雷の矢。だが、発動と同時に飛び退いた黒紫の機体の横を通り抜けて行くのを確認すればギヨームの口角が吊り上がる。
【追従】
地を這う二本の炎を回避するべく飛び上がったレーン。
何事もないまま通り過ぎるはずの火爪は追加された魔力により進むべき道を急変させると、獲物を求めて垂直に空へと撃ち上がる。
被弾直後を狙って追撃をかけるべく、僅かに旋回しながら距離を詰めるギヨーム。
しかし、全身を飲み込んだはずの炎が呆気なく霧散し、不敵な笑みを浮かべるレーンが姿を表せばその勢いを殺さざるを得ない。
「っ!」
それとは逆に青白い光を灯して急速に迫る黄金の機体。雷を纏し突き出された白銀のランスを、咄嗟に振り上げた二刀が軌道を逸らさせた。
激しい金属音の後にはブォンッという魔力音が空気を震わす。
薄い虹色の光が魔力障壁を可視化するのと同時、それに構わず振り抜かれた黄金の右脚が黒紫の機体を弾き飛ばした。
【雷の牙よ、敵を突け】
生き物の少ない荒野を砂塵を上げて滑るギヨーム。そこに間髪入れずに放たれた黄色の魔力弾が追いついた。
雷で出来た四本の牙が四方向から突き刺さり、土煙をさらに大きくさせる。
「なんだかんだ言って、まぁだ俺を舐めてるようだな? それとも、自分は負けねぇと自惚れてるのか?」
地面に突き刺したランスに手をかけ、相手の出方を待つ。
もとより負ける気はしていなかった。しかし自分の力が帝国の最高峰にも通用するのだと認識すれば、自ずと笑みが溢れてくる。
それに加えて相手が相手だ。帝王学の一環として行われていた魔攻機装の訓練で何度も対峙したギヨームではあるが、演じていたとはいえ、弱い者を見下す態度がカンに触る男だった。
強ければ跪き、弱ければ虐げる……年下とはいえ目上の立場の人間を馬鹿にし、訓練と称していたぶられるのには毎度毎度うんざりしていた。
人間には得て不得手があるのは当然で、魔攻機装の適正だけが全てではない。
いい大人がそんなことを分からぬ筈もなく、人の上に立つ立場に在る者ともなれば弱きを助けて導いてやるのが当たり前だと思っている。
その真逆を行くギヨームを叩きのめし、今までの鬱憤が晴れて清々しい気持ちでレーンは立っていた。
膨れ上がる魔力を感じてランスを引き抜く。瞬間、響き渡る金属の音。
右手からの攻撃を弾けば間髪入れずに逆側から炎を纏った剣が襲い来る。
手返し良く何度も襲いかかる双剣に対応する為、持ち手部を中心にオールのように双頭ランス振り回すオゥフェン。細長い円錐形であるランスは取り回しが困難ではあるが、それをものともせず、尖った先端が軽快に空を裂く。
「私を本気にさせたなぁっっ!!」
弾ける火花、宙を舞う魔法の火の粉。肩に空いた穴から剣先までを炎が覆い、二回りは太くなった両腕が縦横無尽に駆けめぐる。
一見すれば圧倒しているように見えるが、頭から血を流すギヨームの顔は怒りと焦りに塗り固められ、苦虫を噛み潰したように醜く歪んでいた。
侮れないと認識し気持ちを切り替えたつもりでいたのに、これまでのレーンの姿に心のどこかで本気になりきれなかった自分がいたのだ。
油断。そう言えばそれまでだが、いかな理由があろうとも栄誉ある宮廷十二機士たる自分に敗北は許されない。
剣筋が乱れていないのは流石は熟練の機士だと言えよう。だがその全ては振り回されるランスにことごとく弾かれ、ただの一太刀も入れられないでいた。
連撃の中、渾身の力を込めて弾き飛ばしたランス。魔力を察知したレーンは退避するべく地を蹴るが、それに構わず、自らも飛び退きながら魔法を発動させる。
【炎よ、唸りをあげろ】
勢いよく地面から吹き出した炎は渦を巻きながら空へと立ち昇り、肩の穴から放出された大量の炎が更なる勢いを与える。
あっという間に出来上がった直径十メートルはある大きな炎の竜巻、取り込まれれば如何な魔攻機装とて無事で済まないのは誰の目にも明らかだった。
──炎の中に落ちる一筋の雷
出来上がったばかりの炎の竜巻は急速に回転する速度を落とし、数秒後には緩い風となり消えてしまう。
「なっ!?」
その中心に残されたのは、陽の光を反射しながら地面に突き刺さる白銀のランス。レーンの放った一撃によりギヨーム渾身の魔法はかき消されてしまったのだ。
「お前は炎の達人だ。しかし、属性の相性的に雷の魔法には弱い。実力がかけ離れていれば違う結果になっただろうが、残念ながら相手が悪かったな」
唇を噛みしめたギヨームは即座に斬り込むべく一歩を踏み込んだ。しかし、あらぬ方向から待ったをかけるように飛んで来た “何か” に違和感を感じて足を止めてしまう。
レーンの攻撃のように速くもなければ、敵意すら感じない。
一瞬の迷いのうちに近付く何か。
視線は相対するレーンに向けたまま手を挙げれば、そんな物を斬り裂くのは造作もなかった。
だが、それが悪手。
燃え盛る炎に包まれた剣がソレと接触した次の瞬間、黒紫の機体を軽々と弾き飛ばす大きな爆発が巻き起こった。




