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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第二章 奇跡の光
44/119

2-17.それは、まごうことなき爆弾であった。

「元気でな。嫌な事があればいつでも帰って来るんだぞ?」

「フィア……本当に行ってしまうの?」


 アナシアに抱かれたニナの頭を微笑みながら撫でる国王。しばらくされるがままになっていた彼女は十分な時間を二人に与えるとそっと身を離した。


「お二人には申し訳ありませんが私はディアナ姉さまの妹ニナ。それ以外の記憶はありません」


 何度も言われたセリフに眉根を寄せる二人だが、それは最早承知の上でニナを娘だと認識している。


「ですが不思議な事に嫌な感じや否定的な感情はありません。ですので、この先もし時間が取れたのなら、またココを訪れたいと考えています」


「ああ、それで良い。何年経っても構いやしない、いつかまた顔を見せに来ておくれ」


「その時には貴女の子供に逢えるかしらね?ふふふっ」


 再び抱きしめられたニナは、冗談すら言えるほど精神的に回復したアナシアの腕の中で自分の顔が熱を帯びていることを感じていた。



△▽



 感動的な別れの儀式が行われるのとは別のガラス越しの車内。そこに寄り集まる七人がミネルバの運転席を占拠し、何やらゴソゴソとやっていた。


「おい、じじぃども、何の悪戯だ?」


 レーンが顔を覗かせたと同時にバタンという音と共に開いていたハンドルの真ん中部分が閉められた。

 そんな所が開くことなど知らないレーンは一瞬目に映った物に驚きの表情を浮かべるものの今は問いただす方が先だと気持ちを切り替えるが、やはり気になる物は気になる。


「これでよし」

「うむ、後は本体の接続じゃな」

「あんなもの十秒で終わる」

「だがテストは重要だぞ?」

「向こうの都合もあろう」

「やるべき仕事は早めに片付けるぞ」

「終わったら酒だな!」



「「「おおーっ!」」」



「おおー!じゃねぇよ。ちょっと改めさせてもらうぞ?」


 有無を言わさず七人を押し退け、閉められたばかりのハンドルの蓋を開ければ、やはり見間違いではない物が顔を覗かせる。


「おい、なんだこりゃ」


「何って、見て分からぬか?」

「勘の悪い奴だのぉ」

「赤、緑、黄の三色の石と言えば」

「魔石しかなかろう?」


「んなこと聞いてねぇ!このどデカい紫と水色とピンクはなんだって聞いてるんだよっ!!」


「魔石だが?」

「魔石じゃな」

「魔石以外に何に見えるんだ?」


 魔石とは魔攻機装ミカニマギアの発動の元となる腕輪に埋め込まれる五ミリ角が通常サイズ。それが赤、緑、黄、二つずつ並んで嵌め込まれていたのは一先ず置いておくとしても、その下にある五センチの楕円形、しかも紫などという聞いたこともない色の宝石がまさか魔石だとは誰が気付けよう。


 更にその両隣には、大きさこそ通常サイズであるもののアクアマリンのような薄い水色と、トルマリンに見られる淡い桃色の石。属性は何だと問いただしたくなる代物だが、このような魔石も聞いたことがない。


「ふぉっふぉっ、久々に楽しめそうだぞ」

「エルフの都、恐るべしだな」

「出来ればもう少し長居したかった」

「十日で全てを網羅するのは不可能じゃの」

「まあ、きっかけは頭に叩き込んだ」

「後は我らの腕次第だな」

「では早速取り掛かるとしよう」


 ネタを明かせば三種はエルフが創り出した魔石。独自の文化を構築するエルフは同族での争いが無いため魔攻機装ミカニマギアを開発するには至らなかったのだが、魔石を媒体とする魔力を使う魔導具は小型通信機を始めとして様々な用途で使用されている。

 その卓越した技術力の究極が新たな属性として生み出された三色の魔石であった。


「待て待て待て待てっ!これが何か説明してから行けっ!!」


「だから」

「魔石だと」

「言っておろう?」

「おんし、馬鹿なのか?」

「馬鹿は死なんと治らん」

「相手にすると感染るぞ」

「それは不味い、退散だ!」


 言いたいことだけ言い終えた爺ちゃんズが言葉通り撤収を図るが、馬鹿にされたレーンがそのままやられっぱなしでいるなどあり得る事ではない。


 生身とは思えぬスピードで客席部キャビンと居住区の境目である扉の前に移動したレーン。青筋を立てて胸の前で組んだ両手の骨をポキポキと鳴らし威嚇する姿を目の当たりにしてようやく、自分達が何を口にしたのかを悟った七人。

 特に考えもなしに思ったコトを口にしただけなのだがそれが悪手。今さら顔を青くして固まったとて広くはない客席部キャビンのどこにも逃げ場など存在しはしなかった。



△▽



「お祖父様、お祖母様……ニナばっかりで私のことは要らないと仰いますの?」


 上目遣いで潤んだ目を向けるシェリルは、国王と王妃であるアナシアとの間に生まれた第二王女サラサティの娘。二人からしたら孫に当たり、ニナからしたら姪となる血縁者だ。


「そんなことあるわけがない。世界を見て回るのを止めやしないが、それでも心配であることには変わりがない。フィア同様時間の出来た時で構わぬが、いずれまた元気な顔を見せに来ておくれ」


「考えておきますわっ」


 腕を組み、不貞腐れたようにそっぽを向くシェリルだが、内心では特に怒ってなどいなかった。


 我儘を言ってくれる孫を目を細めて見ていた国王は、シェリルに近寄りそっと抱きしめる。

 そんなことをされれば演技などしている場合ではなく、次はいつ会えるか分からぬ肉親の温もりを感じようと組んだ手を解いて背中へと回した。


「自分の思うままに生き、幸せにおなり。たが母のように早死にだけはしないでおくれ」


「はい、お祖父様」


 父親はディザストロにより殺された。


 あまり接するコトのなかった父親ひとに感慨などは感じない。だが幼少期を常に一緒に過ごした愛情を注いでくれた母親が病気で亡くなったことは別だ。葬儀で見た母の最後の顔は十年以上経った今でも頭から離れることはない。


──自由に……


 母の残した言葉と同じ言葉をかけてくれる祖父にしがみつき永遠になるかもしれない別れを惜しんだシェリルは、今度は祖母の胸へと飛び込んで行った。



△▽



 感動的な別れのシーンを堪能したルイス達は、シェリルとニナを残して一足先にミネルバに乗り込む。

 だがそこにはあったのは七つの屍。


「…………なに?」


 疑問を口にしたのは先頭に立つディアナ。隙間から中の惨状を目にしたルイス達もまた「あ〜あ……」と呆れを口にするが、それ以上の言葉は発せず成り行きを見守る。


「これを見ろ」


 見せられたのはハンドルの内に埋め込まれた九つの魔石、それを目にしたルイスとグルカは目を丸くするものの、巨大な紫や水色、桃色の魔石を見たとてディアナは驚くコトなく溜息を吐き出しただけだった。


「それね……貰ったのよ、真ん中のは半強制的に。あとの二つは魔攻機装ミカニマギア一体と交換したらしいけど、師匠達のオモチャね。まさか私の許可なくミネルバに取り付けるとは思ってもみなかったけど、まぁ良いでしょ。

 師匠ぉ〜、頼まれた物の取り付けは終わったの?後で何言われても知らないわよ?」


 爺ちゃんズをボコボコにして多少気が晴れたのもあったのだろう、ディアナが驚きを見せないのなら大した事ではなかろうとあっさり退いたレーンはハンドルの蓋を勢い良く閉める。


「はっ!?」

「こうしちゃおれんっ」

「仕事は迅速に、正確に」

「わしらは約束を守る男じゃけん!」

「先ずは仕事だ」

「研究のために!」

「さっさとノルマを片付ける、行くぞ!」


「「「おおーっ!」」」


 大きな音を合図に一斉に飛び起きた爺ちゃんズは、ドタドタと忙しない足音を響かせ居住区へと駆け込んで行った。


「なんか益々人外の魔導車になって行くわね」

「それを含めての “魔導車” だろ?」

「嫌な言い方しないでくれる?私が求めたのは見た目がコンパクトなだけの普通のシークァだわ」

「その時点で普通じゃねぇって理解しねぇと、その乳揉みしだいて教育しちゃうぞ?」

「はいはいどうぞお好きに」


 手をワキワキとさせて鼻の下を伸ばすグルカだったが、ようやく乗り込んできたニナとシェリルに白い目を向けられ意気消沈してその手をゆっくりと降ろしていく。


 エルフの女性を『喰った』と自慢したときに向けられたあまりにも冷たい視線。それを思い出して二メートルの大男が小さく縮こまる。

 滑稽な姿に苦笑いを浮かべるルイスだが、『好みでもないのに興味本位で味見してくるからですよ』と心の内で説教を垂れた。


 奥手のルイスに発破をかけるつもりでされた男同士の会話ではあったのだが、同じ部屋に居るのに機嫌よく大きな声で話せば聞こえるのが当たり前。

 事実、エルフにはない自慢の筋肉を餌に釣り上げた娘達ではあったが、細身の美形ばかりのエルフには綺麗どころは溢れていてもグルカのストライクである『可愛い、背の低い、胸デカい』と三拍子揃った者は一人もいなかった。それでも旅の目的の一つである『未知なるお姉さんとの出会い』を求めて冒険に乗り出したのだが、それ自体は悪ではないというのに、配慮が足りないが故に足元を掬われることとなってしまった。



△▽



「右がアクセル、真ん中がブレーキです。気張る必要はないので取り敢えず運転の感覚を身に付けてください」


「了解だ、ニナ」


 運転席に座るシェリル、その隣で指導に当たるのは当然のように前任であるニナだ。


 親戚であると聞かされ、年上であるニナを「ならばニナお姉様と呼ぼう」と言ったシェリルに対して赤面したニナから抗議が入った閑話休題は割愛させて頂こう。


 “ニナ” “シェリル” と呼び捨てで纏まった呼び名は、お互いを尊重しての歩み寄りによるもの。


 『ミネルバの運転手』というエルフ国【レユニョレ】に来た最大の目的は果たせず、シェリルに振られることとなった役職は「世界が見て回れるのなら」と二つ返事でOKされて今に至る。


「それではお祖父様、お祖母様、お身体に気をつけて末長く」


「ああ、二人とも気を付けてな」

たまにでいい(・・・・・・)から連絡を頂戴ね」


 地上都市【エイダフォス】の門の前、到着したときより遥かに多い兵士がズラリと整列する前で最後の別れを告げたシェリルは、ニナと共に手を振り、言われた通りにアクセルをゆっくりと踏み込んで行く。


⦅フィアネリンデ様、並びにシェリラルル様の無事をお祈りし、祝砲を上げる!

 一同、構え! 撃てぇーっ!!⦆


 進み出したミネルバの背後、千では効かない兵士による一斉の射撃。空へと向けられた空砲は音だけではあるもののその勢いは凄まじく、並々ならぬ想いが篭っているのが肌身に感じられた。


「本当に良かったの?」


 ニナに問いかけるディアナの瞳は笑っている。


「意地悪です、お姉さま。ここでの暮らしも何不自由していません。でしたら私はお姉さまの隣に居たい。それは我儘なことですか?」


 背後から金の髪を撫でるディアナはその答えに満足すると、入り口から顔を覗かせた爺ちゃんズへと視線を向ける。


「お仕事終わったの?」


「当然じゃ」

「アレくらい朝飯前!」

「三分、いや二分で終了じゃ」


「そう、テストは?」


「それは主賓にまかせるわい」

「ニナ、コレを」


 シドに手渡されたのは皮が付いたままのパイナップルのような、目の荒い網の目が全面を覆う手のひらサイズの黒い物体。

 これは何だと無言で尋ねるニナへと「頭のスイッチを押せ」との指令が下された。


『フィア! 良かった!やっと繋がったぞ!』

『フィアちゃん!お母さん心配したのよっ!』


 ジェスチャー通りに親指でスイッチを押し込めば突如として車内に溢れ出した聞き覚えのある声。爺ちゃんズが取り付けニナが持たされたのは、レーンの度肝を抜いた巨大な魔石を使用する “世界中どこにいても繋がる” と豪語する超々遠距離通信を可能とした最強の通信機であった。


「成功じゃ」

「まぁ、当然だろう」


「………………」


『フィアちゃん?フィアちゃん!?ちゃんとお返事して頂戴!?聞こえてるんでしょう?ねぇっ、フィアちゃ〜ん!!』

『お父さんの声、聞こえてるんだろ?フィアっ!フィアぁぁ!?聞こえてたらちゃんと返事し……』


 激しい求めの言葉に応じず一度も返事を返す事なく再び押された黒いスイッチ。

 身内の醜態を晒しただけの世界最()の魔導具を『こんな物要らない』と無言で訴えるニナは、光の消えた瞳と無表情という圧力を添えて先頭にいたゼノに向かっておもむろに突き返す。


「ま、まぁ、必要なければ電源を入れねば問題あるまい。だが、あれでもニナの肉親なのだ。たま〜にで良いから気が向いたときに会話してやれば向こうも気がすむじゃろ……」


 突き出された手を通信機ごとそっと握り返すゼノの目は泳いでいる。

 恐らくコレをミネルバに設置する見返りとして何かしらの報酬を得ているのだろうことは、その様子を見た全員が理解する周知の事実となるのだった。




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