2-16.過去の証明
宙に浮いているとは思えないほど広大な土地に白を基調とした建物がゆとりを持って配置されている天空都市【ウラノス】。
高さも三階、四階建てと低いのだが、ただの立方体ではなく多角的に凹凸のある世界のどこにも見かけることがないモダンなデザイン。それはある意味、王城といった特殊な建物の縮小版のようなもの。そんな建物が其処彼処に散らばるのだから、ここが別世界だと感じてもおかしくはないだろう。
交通量も地上都市【エイダフォス】と比べると遥かに少ないことから、なんだか時間の流れさえゆったりとしているような、ゆとりある穏やかな気分で優雅な街並みを見て歩くだけでも十二分に楽しむことができる。
そんな中で立ち寄った一軒の店。基本、身分の高い者は金持ちであることから、自ずと出店している店も高級品を扱うらしく、買う買わないに関わらず洗練された建物からして興味をそそられない筈がない。
「こちらの商品は小さな魔石を使用しておりまして、増幅された魔力が登録された受信機を探して繋がることにより、遠方でも会話が可能となる魔導具となっております」
『魔導具』とは魔攻機装を代表するように、魔石等を利用して魔力を糧に動く便利な道具である。
「遠方ってどのくらい離れても大丈夫なの?」
「限界値はデータとしてございませんが十キロは保証がございます」
「へぇ〜凄いのね。でも、ここって私のカードでも使えるのかしら?」
「少しお時間を頂けるなら問題なく使えるかと思われます」
「本当?なら三つほど頂いちゃおうっかな」
「お買い上げありがとうございます」
突起のような接触部を耳に差し込む、指ほどの大きさの本体。そこから五センチほど伸びる細い棒には、ミネルバに搭載される十五センチの円筒マイクと同等の能力がある。
この『通信機』は要所要所にいた警備の者や、天空都市【ウラノス】を歩くエルフの耳にも見かけたそこそこ普及している代物。
しかしそのお値段たるや自動車までは行かずとももう少し足せばバイクが買えるほど高価で、それを三つも即決したディアナには信じられない物を見るかのように見開かれたルイスの目が向けられている。
(何で三つなんだ?)
店員が席を立っている隙に疑問をぶつけるレーンだが、彼の注目すべきところは人数に見合わない中途半端な数だった。
(簡単な話しよ。コレ、【アミーシャ】と似たような原理な気がするのよね)
(あのリンゴ型のギミックか?)
(そうそう。だから、もしかしたらなんだけど、魔石の材料さえあれば造れるカモよ?)
戦闘用に多様性を持たせるのか、会話だけに特化するのか。行き着く現象は違えど魔力をリンクさせる技術に大差はない。そう感じたディアナは自らの力でこれより優秀な魔導具を造る気まんまんでいる。
▲▼▲▼
姿の見えない爺ちゃんズはさておき、今日はなにをしようと、リビング代わりに充てがわれた部屋にて朝食後にのんびりとした時間を過ごしていた面々。
「失礼致します」
やって来たのは初日に顔を見せた老人。護衛のように付き従う背後の二人も恐らく同じ顔ぶれなのだろう。
「ニナ様、少しお時間を頂戴願えますか?」
やけに丁寧な口調に反応したのは通信機をバラしていたディアナだけではない。
「何の用だ?」
窓辺に腰掛け外を眺めながら盃を煽っていたレーンが目を細め、棘のある訝しげな視線を彼へと叩きつける。
「陛下がニナ様にお会いしたいと申されております故、お迎えに参上した程でございます」
「それはニナちゃんがエルフだからですか? でも変ですね、ただ同じ種族だからといってわざわざ国のトップが会いたいなどと言うものでしょうか?」
素直な疑問を口にしたルイスにほんの僅かにだけ眉を動かした宰相。
注意していても気付かないほど小さな変化ではあったが、多少なりともちょっかいをかけられるだろうと警戒していたディアナはそれに気付いてしまう。
「詳細はお会いになられれば分かること、ニナ様、ご準備をお願い致します」
ディアナの隣に座り作業を見守っていたニナは、判断を求めるべく姉と慕う女の薄紫の瞳を見つめる。
ニコリと微笑むディアナに小さく頷いたニナは音もなくスッと立ち上がると宰相達の待つ扉へと歩き始めた。
「おい、爺さん。ニナは俺達の連れだ。やましい事が無ぇんなら俺達が同席してもかまわねぇよな?」
「出来ればニナ様お一人が望ましいのですが、我々が貴方方に信を置けないように、貴方方もまた我々のことが信用できぬのでしょうな。
分かりました、陛下へは私から説明致しましょう。皆様ご一緒にお越しください」
△▽
連れられたのは謁見の間のようなだだっ広い広間ではなく会議室のようなこじんまりとした部屋。そこに待ち受けていたのは金髪金眼のそっくりな男が二人にあからさまに動揺が見える女性が一人。
意外な大人数に少しばかり驚いたようではあったもののそれほど気にした様子もなく、対面の席を促され主役となるニナを中心にそれぞれ椅子に腰掛けた。
「私の目から見ても瓜二つだ。ネルパ、生体認証は行ったのかね?」
「お祖父様、それより先にニナ様と皆様にご説明を差し上げるべきではありませんか?」
事情を知っているだろうシェリルが、いつもより丁寧な言葉遣いで国王と思しき中央に座る男へと進言した。
苦笑いを浮かべると額に手を当て「その通りだった」と彼女に頷き返す国王は、エルフという大国のトップにありながら意外にもフレンドリーなのかも知れない。
「すまない。アナシアほどではないが私も動揺しているらしい。ネルパ、説明を頼む」
ネルパと呼ばれた宰相が口にしたのは、数日前にシェリルから聞かされた人間とエルフとの軋みの始まりの話し。
何故いまその話しを?と疑問に思うレーン達ではあったが、ニナを呼び出した以上、彼女に関わりがあるのだろうと何も言わず話の成り行きに注視する。
「行方が分からなくなったのはエルフ国【レユニョレ】の第三王女フィアネリンデ。私とここに居るアナシアとの子供なのだ。
あれから既に五十年の月日が流れたというのに、我々の目の前に現れたニナ、其方は当時のフィアネリンデと瓜二つなのだ。それについての心当たりはないかね?」
エルフという種族は長命なことで有名だが、人間の倍ぐらいの時間をかけて成人となった容姿は衰えることなく百年を超える長き時を過ごす。その後でようやく緩やかに老けていくのだが、ニナの見た目は人間でいう十五、六の頃合い。つまり実年齢でいけば三十歳前後のはずであり、計算がまったく合わない。
当然のようにニナにも思うところはないらしく、普段通りの感情があまり表に出ない冷静沈着な顔付きで小さく首を振る。
その姿を目の当たりにし落胆を見せるかと思われた国王夫妻だが、意外にも表情を変えなかった。
「だいたい、エルフだって歳をとるんだ。ニナの見た目で五十年前と容姿が変わらないなんておかしくねぇか?」
「君の言う通りなのだが、残念ながら理由は分からずとも別人とは思えないのだよ。それはネルパの報告だけでなく、今、直接会ってみて確信に近いモノを感じている。
そこで提案なのだが、詳しい生体認証を受けてはもらえないだろうか?」
「それをやるやらないにしろ大前提として聞きたい。ニナが本当にアンタらの子供だったとしたら、コイツをどうするつもりだ?」
奪い取るつもりなら許さないと強い意志を見せるレーン。それはディアナとニナが本当の姉妹のように仲睦まじく、離れることを望まないだろうと知っていたからこその言動。
事実、ニナの手を握るディアナは神妙な顔付きをしており、最悪の時にはニナの意志次第では人間より発達した文明を持つエルフとすらコトを構える心積りでいる。
それは二人に限らず、ルイスとグルカも仲間と認めたニナを強制的に奪われるのならディアナと同じく全力で阻止に動き出すだろう。
「安心したまえ。行方が分からなかった娘が無事だと知れただけでも我々にとっては計り知れない幸運なのだ。彼女の意志が君達と共にある事ならば、それを無理矢理捻じ曲げるようなことはしないと誓ってもいい。
だから頼む、我々の胸に残るシコリを取り除くのに協力してはもらえまいか?」
「私は構いません。ですが、私の記憶にお二人は存在しません。例え娘だと言われても困惑するだけなのですが……」
「それでも、だ……頼む」
ニナ本人が許可をし、国王が頭まで下げた。これに口を出すことは無粋以外の何物でもない。
気が変わらない内にとでも言いたげなネルパが軽く手を叩けば隣室へと続く扉が開かれ、ワゴンに乗せられたいくつもの機械が運ばれてくる。
「人間の世界では馴染みのない物だろうが、痛みや苦痛が伴うことは決してない。安心して検査を受けてもらいたい」
「どんなことを検査するのかしら?」
「それは調べながら説明していこう、ネルパ」
「かしこまりました」
促されたニナが席を立つと、ワゴンを押して来た女性が機器を手に説明を始める。
検査する内容としては既に確認済みだという声帯認証。これは成長と共に変化する恐れがあるため信憑性が低いとの説明ではあったが、当時から残されていたものと完全一致したことから、今回の呼び出しに踏み切ったとのこと。
もちろん直接面識の合ったネルパが二人に報告したことにより、国王夫妻が居ても立ってもいられなかったことが大きかったのだが……。
再度行われた声帯認証をグリーン判定でクリアしたニナ。続いて手渡された箱を顔に当てるとまたしても緑のランプが点灯し、ニナが国王夫妻の娘フィアネリンデであるとの確証に近付く。
既に平静を保っていられない王妃アナシアは、夫である国王の胸に身を預けながらも検査の様子を見守っている。
網膜と呼ばれる眼球の奥にある血管の配置、それと共に調べられる虹彩の形。指の平にある指紋、手のひらの静脈パターンを調べられ、歯並びのチェックや唾液の採取まで行われたときには珍しく恥ずかしそうな顔をしながらディアナへチラチラと視線を送っていた。
「以上になります、お疲れ様でした」
時間にして三十分ほどではあったが、一つ一つ丁寧に説明をしながら行われた検査。その全てで合格を得たニナは失踪していた第三王女フィアネリンデであると証明された。
「あぁ……フィア……フィアネリンデ……」
欲しくとも手を出してはいけない、そんな葛藤の中で顔を両手で覆いながらも涙を流してニナを見つめる王妃アナシア。
そんな姿を見せられ思うところがあったのだろう、軽微ながらもストレス緩和のためにディアナに癒しを求めてくっついていたニナだったが、頷いた彼女に背中を押されてアナシアの元へと向かう。
我慢ならずに駆け寄ったアナシアは流れに身を任せるニナを抱き締め声を上げて泣き始めた。
誰も言葉を発しない二人だけの世界。ただアナシアの「フィア……フィア……」と呼ぶ声だけが木霊す部屋で、一つとなった二人に寄り添い包み込んだのは父であるエルフの国の国王陛下。
この日、五十年の時を経た親子は、念願の再会を果たすこととなった。




