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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第二章 奇跡の光
42/119

2-15.世界最強って凄いんだな

 『先ずは下から』と、やってきたのは地上都市【エイダフォス】。

 十数階建ての高い建物が所狭しとひしめくのは総人口の七割が暮らす一般市民の町。好機の目に晒されながらも食事に買い物にと人間より発展した文明を持つエルフの都を気軽に観光する。


 容姿の良さと希少性から『金になる種族』として差別されはするものの、身近に居るニナがそうであるように人間社会でも違和感なく生活出来るのがエルフという種族。


 街路樹を代表とするそこら中に植えられている木や、町の至る所に設置された花壇のため、人間の町と比べれば遥かに緑の多い造りではある。

 しかし、お伽話のように森の中に住んでいるわけでもなければ、くり抜いた木の中に居を構えているわけでもない。


「次はあの店に行くわ」

「ほぅ、アンティークショップっぽいな。興味をそそられる」

「お嬢様、買い漁るのはほどほどにしないとノルンが持ちきれなくなりますよ?」

「……だって、欲しいんだもんっ」


 お小言に頬を膨らませ拗ねて見せるシェリル。獣人とエルフ、両方の国のお姫様であり、良い歳をした美人さんがやることではない。

 しかし、口調を変えるなどというあざとさは常習的に鍛錬された技なのだろう。見るからに演技ではあるものの、その可愛らしい仕草で額を撃ち抜かれたようにクラっと傾いたカーヤ。


「そ、それは仕方ありませんわね!」


 一瞬で元に戻ったのだが “嗜める” という専属侍従の任務は放棄したらしい……つまり、シェリルの完勝である。


「はぁ……」

「女ってあんなもんだぜ?諦めろ」


 この集団を牽引する二大巨頭はディアナとシェリル。付随するのはニナとカーヤ、それと自ら進んで荷物持ちになったノルン。さらに案内という名目で随行して来た二人のエルフを入れれば女性七に対して男はレーン、ルイス、グルカの三人。当然のように主導権は女性陣が握っている。


「ミネルバで缶詰になるよか良いだろ?」

「いや、暇してたのはレーンだけだからね?」

「鍛錬、鍛錬、また鍛錬。お前って、そんなマゾ野郎だったわけ?」

「待って! 強くなろうとするのって、おかしい人のやる事なの!?」

「俺は、んな事しなくても強ぇ〜」

「ムカつく!ムカつく!ムカつくぅー!」

「うっせぇ!マゾ凡人!」


 日常的に行き交う自動車やバイク、それに遥かに高度な技術で建てられた建物達ではあるが見慣れるのにはそう時間はかからなかった。彼等にとっては人間がエルフに成り代わっただけでそれほど大きな違いが見出せない町。ともすれば、飽きてしまうのは男の方が早かった。


「おい、教会って全種族共通の宗教なのか?」

「知らないけど、あれはどう見ても教会だよね」

「獣人の国【ルピナウス】でも見かけたぞ?」


 一際目立つとんがり屋根の先に建てられているのは白い十字架。ひしめく建物群の空白地帯に佇む教会はパッと見の印象ほど小さな建物ではないのだが、いかんせん、周りが十階を超える建物ばかりなので相対的にこぢんまりと感じてしまう。

 逆にそれが特別感を出しているとも言えるのだが、どう見ても人間の各町に必ず一軒はある教会と瓜二つ。遠い異文化の国に同じ物があればレーン達が違和感に思えるのも納得できよう。


「ディアナ」


 店から出てきたディアナへと目線だけで次の行き先を告げる。


 言葉がなくとも通じ合う二人。それを見て、思考を敏感に読み取ってくれた幼馴染がディアナと重なる。

 夜毎見せられるのは見たくもない彼女の死に顔。しかし、久し振りに思い出した彼女らしい明るい表情は、ルイスの気分を少しばかり高揚させたのだった。



△▽



 外観が同じなら内装も同じ。来るもの拒まずを表す開け放たれたままの大扉を括れば、奥まで続く中央の通路。その両脇には祈りを捧げるための長椅子が整然と並べられ、最奥には四メートルにも及ぶ大きな十字架が掲げられている。

 下の端に付けられた逆さの玉ねぎは疑うべくもなく【最高神エンヴァンデ】の御霊が入るとされる物であり、この教会が人間の生活圏に建てられている物と同じ神を祀っているのだという証明に他ならない。


 まるで空気が違うかのような教会独特の厳かな雰囲気。疎らに居るエルフ達が思い思いに祈りを捧げる中、十人もの団体がぞろぞろと歩けば否応なしに目立つというもの。


「おい、あれは人間じゃないのか?」


 最前列で祈る一人の男。金髪が殆どのエルフの国において白髪混じりの黒髪が目立つのは仕方のないこと。そして晒される耳はエルフの種族特性である長くて尖ったものではなく、人間と同じ楕円形状をしている。


「あっ!いけません!」

「その方は!」


 首元で束ねられた髪は微動だにせず、声量を抑えないレーンの声に反応がないのはよほど熱心に祈っているからなのだろう。


 エルフ国【レユニョレ】では違和感でしかない男に近付くレーンへと案内役の二人が出来る限りの小声で待ったをかけるが、時既に遅し。


「人間とは珍しいな、如何にして入り込んだ?」

「どうもこうも、普通に招待されたんだが?」


 蓄えられた口髭と整えられた僅かな顎髭、掘りの深い顔は疑うべくもなく人間そのもの。

 切れ長の目をギロリと動かしレーンへと向けられた鋭い視線には、それを向けられただけで萎縮してしまいそうなほどの凄まじい覇気が込められている。


 教会という神の御前にて敵意を剥き出しにした男はあろうことか、自らの隣に立て掛けてあった相棒である長尺の刀の柄尻へと手を置く。



──それは無言の宣戦布告



 圧倒的な威圧感を全身に浴び死の気配すら感じたレーン。気圧されながらも一歩も退くことのなかった度胸は実にたいしたものであり、その身体に流れるリヒテンベルグ帝国皇帝の血は伊達ではないのだという証左だ。


 離れた場所で祈りを捧げていたエルフ達まで異様な雰囲気を感じ取り『何事だ!』と注目する中、音もなく立ち上がった男はゆっくりと振り返った。



 “袴” と呼ばれる地面を擦るかのような長丈の、一見するとスカートにも見えるゆったりとしたズボン姿。前合わせの羽織をその中へと押し込み、腰紐で締めるのは “着物” と呼ばれるあまり見かけない衣装だ。

 煤けた灰色はくたびれた感じをさせるものの、はだけ気味の上着から覗くのは鍛え上げられた無駄のない肉体。細身であるがために筋肉の量こそ劣るが、二メートルのグルカとほど近い長身は身に纏う雰囲気に負けない迫力がある。


「っ!?」


 しかし、レーン達一行を見回す途中で視線が止まり、細い目を大きく見開いたままに動きを止めた。


 気が逸れれば当然のように相手を威圧する強靭なる気配も霧散し、男はただの人となる。


 だが、それも一瞬のこと。


 すぐに我に返る男だが、再びレーンへと向けられた目には敵を射殺すほどの圧力は消え失せていた。


「エヴランス様」


 あまりの迫力に声を掛けることさえ遅れた案内役のエルフは自分の仕事を全うすべく一歩前へと歩み出る。絵に描いたような美しい顔には若干の冷や汗が滲んではいるがそれもご愛嬌。


「この方々は獣人の国【ルピナウス】へと嫁がれた第二王女サラサティ様の子、シェリラルル・シャトロワ・ジ・テレチュレア様の恩人なのです」


 『だからちょっかいはかけないで』言葉なく濁した娘に視線を向けるものの、すぐに離れた先は一番後ろに居たニナを凝視している。


「不当に入国していないのならそれで良い。だがここはエルフの国、要らぬ軋みを起こす前に立ち去る方が良かろう」


 人間社会ではエルフが希少種として扱われるように、ここ【レユニョレ】ではレーン達の方が異物とみなされる。ましてや領地に近付くだけで攻撃してくるのだ、全ての者がそうではないだろうが良い感情を持たれている可能性は低かった。




 エヴランスが手にするのは人の身長を優に超える長い長い愛刀。

 魔攻機装ミカニマギア用かと勘違いされかねない一・八メートルの刃渡りを誇る野太刀と呼ばれる異質の刀は、馬上で使用することを目的として造られた希少な武器。その上、いおりと呼ばれる刃の高さは指四本分もあり、それに伴い当然のように異様なまでの刃厚もある。


「忠告は受け取るが……っ!!」


 立ち去るべく歩み始めたエヴランスはレーンの事などもはや眼中になかった。

 それが気に入らないレーンはエヴランスの目を自分へと向けるべく彼の行手を阻もうとした直後、再度投げつけられた殺気に身を硬くしたときには胸に押し付けられていた光物に目を丸くすることとなる。


「意気がるだけの愚かな若者よ、身の程を弁える知恵を身につけよ」


 磨き上げられた鈍色の刀身、そこに花を添えるのは炎の揺らめきのような美しき白銀の刃紋。



──コイツには勝てない



 長尺の刃物を鞘から抜いたというのに己の胸に当てられるまで気が付きもしなかった。つまり、レーンを殺すのなど雑作もないことなのだと思い知らされる。

 間近に見る灰色の瞳。そこには一欠片の殺意さえ感じられないというのに、未だかつて味わったことのない苛烈な悪寒に全身を支配され呼吸すら忘れた身体を溢れ出した冷や汗が濡らす。



 音もなく身を退いたエヴランスはレーン達一行を躱したところで野太刀を鞘へと収める。


 先程よりゆったりとした動作はそれを目で追っていたディアナにも見える程度の速さ。

 仕舞い切る十センチ手前でさらに速度が落とされ、キンッという慎ましやかな音と共に鞘へと完全に飲み込まれた刀身。


「黒髪に野太刀、羽織と袴。お前さん『孤高の流浪』だな?」


 再び歩み始めたエヴランスの背中へ声を掛けたのはグルカだった。

 珍しく神妙な顔付きをしていたが、彼が再び足を止めたことで口の端が僅かに吊り上がる。


「某も聞いたことがある、二メートルの長身に筋肉の鎧を纏う棒使いの噂を。

 だが解せんな、その男は今はもう彼の国にて引きこ篭っておると聞いた。なにゆえ今更、野にやって来たのか」


「世界最強と謳われるアンタの頭に入り込めたとあっちゃぁ、今夜は祝い酒をカッ喰らうしかねぇな。 それと、俺がここに居るのは “飽きたから” だよ」


「エヴランスってまさか……魔攻機装ミカニマギアを生身で破壊するあのっ!?」


 二人のやりとりを黙って見守るレーンにルイスだが、ディアナは『世界最強』のキーワードに目を丸くする。


 そんな彼女へと向けられる視線。整えられた顎髭を軽く撫でたエヴランスは満足そうにほくそ笑んだ。


「うぬ自身も並々ならぬモノを持っているようだが、それに混じって懐かしき気配を感じる。

 なるほどなるほど、彼奴の弟子にやんちゃな棒使い。加わえて粋がるだけの小僧だが素材は悪くはない。おまけに謎めいた気配を纏う青年まで付くとは、よくもまぁこれほど個性溢れる奇妙な集団ができたものだな。

 しかし、何処かの戦場で相見えたのなら楽しめそうだ」


 最後にもう一度だけニナへと視線を向けたエヴランスは青い顔のまま固まってしまったレーンに向かい「励め」そう残して去って行く。


 強敵との邂逅に不敵な笑みを浮かべるグルカ。視線を交わしただけで自分の師を看破されただろう事に、焦りどころか恐怖すら感じるディアナ。

 強張る手をゆっくりと解き、握られた汗を呆然と眺めるレーンは生物としての格すら上なのだと感じさせられたことに唇を噛んだ。


 平常心のままだったのは『アンジェラスが分かるんだ』と、ただただ関心して興味を持ったに留まるルイスだけであった。

 




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