2-12.あんたら敵やでなぁ〜
獣人の国【ルピナウス】を出て二日目、お馴染みとなったミネルバの格納庫ではルイスとタッグを組んだシェリルがグルカ一人を相手に棍で打ち合いをしている。
「ハッ! ハァァッ! タリャーッ!」
「くっ……まだまだぁっ!」
「ほらほら、まだ脇が甘いぞっ、せい!」
それでもグルカにはまだ余裕があるらしく、指導者然として二人の至らない箇所を指摘しつつ楽しそうに汗を流す。
王女でありながら槍術を学んだ事があるというシェリルは二人の鍛錬に興味を示し、物は試しにとルイスと打ち合ったのだが結果としてほぼ互角の戦いをして見せた。
実はその時、若干ながら手を抜いていたシェリルは、ルイスの顔を立てて互角だと認識させていた。と言うのも、ひたむきなルイスの事を思い、自分が優位に立つ必要なしとの考えからの男を立てる優しさ故の心遣いだった。
「よぉーし、二人共だいぶ良くなって来たな。あまり詰めても効率が落ちるし、少し休憩しよう」
「「ありがとうございましたっ」」
すかさず近寄ったカーヤがシェリルに向かい丁寧にタオルを渡し終えると、物のついでとばかりにルイスとグルカにもタオルを差し出す。
「ありがとうございます」
素直に礼を言って受け取ったルイスに微笑みを返すカーヤ。だがその隣でタオルを受け取るなり顔を埋めて匂いを満喫するグルカには、一瞬だけだが眉を顰めて汚物でも見るような嫌そうな顔をして見せる。
「くぅぅ〜っ、良い匂い! カーヤっ、俺の勇士見ててくれたろ?惚れな……」
「すみません、私の目には華麗に舞うお嬢様しか映っておりませんでした」
「ゴフッ……」
見えない刃で腹を突かれたかのように膝から崩れ落ちたグルカは、くの字に曲げた巨大を床に横たえた。その顔の下にはカーヤが渡したタオルがものの見事に敷かれているが、アレは恐らく計算されたポジションなのだろう。
「毎度毎度懲りない男ね。顔は悪くないんだし筋肉が好みの女なんて山ほどいるでしょうに。強いて言えばその性格、少しは改善したらどぉ?」
不貞腐れたのか、はたまたカーヤのタオルに夢中で聞いていないのか、反応のないグルカに向けてため息を吐くと「シェリル」と一声かけてから持っていた腕輪を放りなげる。
「これは?」
「魔攻機装よ、興味ない?」
基本的に人間より魔力が弱いとされる獣人。だが、その人間とて十人十色であるように、獣人であるからといって全ての者が魔力の弱い者ばかりではない。
シェリルの魔力の多さを敏感に感じ取ったディアナは、これから向かう【レユニョレ】で運転手を得られなかったときの保険として彼女をテストするつもりでいる。魔攻機装を装着出来る、これは即ちミネルバを一日走らせられる可能性を秘めているのと同義なのだ。
「へぇ〜、これが……どうすればいいのだ?」
「左手に嵌めて、腕輪に意識を集中してみて?」
よほど興味があったのか、休憩することなど忘れて早速腕輪を嵌める。
心配そうに見つめるカーヤなど梅雨知らず、ワクワクが抑えきれない表情を目を瞑る事で無理やり押し殺しているようだ。
「うん?」「うーん?」「むむむっ」との呟きを聞き続けておよそ五分、なにか納得の行くものを掴んだらしく「あっ!」と聞こえた次の時には腕輪がほんのり魔力を帯びて光り始めた。
「その調子よ、そのまま魔力を注ぎなさい」
物音のしない倉庫内に十全なる魔力を蓄えし腕輪が眩しく輝く。
「お嬢様!?」
「来た来た、見込み通りね」
「シェリルさん、やりますねっ!」
一際眩しき七色の光が収まった後には、ほかに類を見ない派手なカラーリングの機体【アーテム】を纏うシェリルの姿があった。
「うわぁ〜っ!これが魔攻機装!! なんだか力がみなぎる感じなんだなっ!」
口調すら変わり子供のように無邪気にはしゃぐ彼女の姿に微笑みを向けるカーヤ、ディアナ、ルイス。
初めて魔攻機装を纏ったシェリルからは、昨日まで僅かにあった高貴なる者としてのオーラは完全に消え失せていた。
「ねぇねぇディアナ、コレ、くれるの?」
「その子は実験機だからダ〜メ」
「えぇぇぇぇっ!?」
オモチャを貰えないと分かりガックリと肩を落とすシェリル。今は魔攻機装の頭部で見ることはできないが、あの頭に在った黒いクマ耳はおそらくペタンと力なく倒れていることだろう。
「そんなに気に入ったの?」
「もちろん!!」
「じゃあルイスと勝負して勝つ事が出来たら貴女専用のを造ってあげるわ」
「えっ!?本当!!!約束したからねっ!!」
「ええ、約束は守るわ。 じゃあそういうことでルイス、お願い出来る?」
「……本当にやるの?」
「今のシェリルにそれを言えるのならどうぞ?」
「う……」
「負けるな、とは言わないけど、貴方も知る通り魔攻機装を纏えば身体能力は何倍にもなる。加えて生身で扱える武器の技術も上昇するのは、鍛錬に明け暮れる貴方に説明する必要はないわよね?
僅かな技術の差が魔攻機装を纏うことで大きくなる。気合い入れないと魔攻機装を初めて纏った不慣れな相手に負けることになるわよ?」
「そ、それはどういう……」
「まっ、貴方の鍛錬にもなるんだから頑張りなさいっ」
武器の技術では劣るルイスだが魔攻機装の慣れがある分、勝機があるのはルイスだ。それでも互角の面白い戦いになるだろうと微笑むと、グラス片手に成り行きを見守っていたレーンの隣に座り「ほら、早くぅ〜」と余興を催促した。
▲▼▲▼
「緊急って何?」
車内放送を受けて集まった面々は、紫に染まった空に浮かぶ物体を目の当たりにして言葉を無くしてしまう。
「方角からしてアレがエルフの国【レユニョレ】で間違いありません」
距離としてはまだ遠く、ミネルバの移動速度を持ってしても到着までには時間がかかりそう。しかし、太陽とはまた違った光を放つ空飛ぶ物体が超が付くほど巨大なものであり、そんな物が宙に浮いているなど御伽噺にも聞いた事がない。
「にしても、何で浮いてるのよ!シェリルっ、説明っ!」
「説明も何も見たままにエルフ国【レユニョレ】は二層構造になっているのだ。
カーストLevelがⅠ〜Ⅲに認定されている者は天空都市【ウラノス】に入る事ができるが、それ以外のⅣとⅤの者は就労証明でもない限り地上都市【エイダフォス】で生活している」
カーストLevelとは身分制度であり、Level Ⅰ の王族を始めとし、貴族、選民、市民、下市民の五つから成る。
しかし他の国と違うのは、王族と上級貴族である公爵、侯爵、伯爵に関してはよほどがないかぎり不変ではあるものの、下級貴族たる男爵、子爵、その他特別な爵位を含む全ての階級において変動制が取られている。
つまりそれは己の努力次第で、総人口の25%しか入れない憧れの天空都市【ウラノス】で生活できる権利を得られるということなのだ。
「シェリルなら顔パスであの空飛ぶ都市に……あれ?あれはなに?」
夜空に浮かぶ光の塊、そこから離れた蛍のような光が五つある。
「あれ?消えた?」
四方に散るように離れた光だが、少しの間を置いて再び天空都市【ウラノス】の光に飲み込まれて見えなくなってしまった。
妙に気になる出来事に全員が視線を集中させるものの、距離が離れ過ぎなのと、日が沈み見え難いこともあり肉眼では確認できない。
──そんな時、ビーーッ!というけたたましい音と共にフロントガラスの枠が濃い赤色に染まる
「何!?」
「お、おいっ……ありゃあ、やばくねぇか?」
全体的にほんのりと赤く染まったガラス。運転の視界を遮らない上の端に小さな四角が現れ、そこに映し出された鼠色の物体の背後が明るくなっている。
「アレってよ、まさか?」
「うそ……なんで!?」
此方に向かって飛んで来ている関係で全体像が見えているわけではない。それでも全員が噂程度は耳にしたことがあった。
──空飛ぶ爆弾が存在する
レーンに至っては実物すら見たことのある代物ではあるが、それは魔攻機装を纏った者が風魔法を使いより遠くまで投げつける為の爆弾。決して尻から火を噴き出し空を飛ぶなどという非常識なものではない。
「中距離巡航ミサイルECM-M3の後継型と思われます。数五、接敵まで三十秒」
「「「ミサイル!!」」」
建物や地面に仕掛ける、もしくは投げつけて使用する爆弾であれば広く世界に知れ渡っている。しかし、世界条約で建物や市民への爆弾の使用が禁止されており、攻撃対象として許される魔攻機装には魔力障壁が存在するため有用性があまりない。
このため、対一般兵装備たる銃器とは異なり戦争で役に立たない爆弾の開発はほとんどされておらず、構想や多少の実験はあれど、ミサイルなどという自立して空を飛ぶ爆弾は人間の国には存在しなかった。
「おいっ!シェリル! エルフって奴は誰彼構わず攻撃してくるような危険な種族なのか!?」
「それは違うと断言しておこう。しかし、この状況に心当たりはある」
「勿体ぶらず言えや!」
「獣人にはミネルバのような自動車文明は存在しない」
「つまり?」
「つまり、人間が攻めて来たと勘違いしている可能性が高いということだよ」
「「「えええええっ!?」」」
人間とは欲深き生き物の代表格。馬車を使えば二ヶ月かかる獣人の国【ルピナウス】から南下すること更に一月ちょっとのエルフ国【レユニョレ】。わざわざそこまで赴き人攫いに興じた歴史があるが故に、人間の乗り物が警戒対象とされているのだ。
自動車どころか魔導車などという未知の乗り物で向かったのが運の尽き。紹介状を書いてくれたカルレが訪れた時のように【ルピナウス】の馬車で向かえばこんなことにはならなかっただろうが、彼女は警告することを忘れていた。
「と、とりあえず回避よっ!ニナ!」
「了解です、お姉さま」
フロントガラスに表示される到着までのカウントダウンは “5” を示している。肉眼でも確認できるほど接近したミサイルはもう目の前。
しかし返事の割にミネルバは先ほどと変わらぬ直進しかしておらず、なんら動きを見せないニナに全員の血の気が音を立てて引いて行く。
「おい!ニナ!」
「回避っ!ニナ!かいひぃぃぃっ!!」
「うわぁぁぁぁっニナちゃーーーんっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「お嬢様!お嬢様っ!お嬢様っ!お嬢様ぁっ!」
表示が “1” となり、もうダメだと居合わせた全員が目を瞑り其処彼処にしがみついて来たる衝撃に身を硬くしたその時、急激なる圧力が横から加わり客席部の右側に強制的に集められた面々は大きな一つの肉団子と化した。




