2-5.まさかのどんでん返し
僅かな光を纏う金属の棒が突き入れられる度、悲鳴を上げた硬い岩盤が細かく砕ける。
「よぉ〜しルイス、今のは良い感じだったぞぉ。次は俺の番だなっ」
ベテラン操者であるグルカによる指導の甲斐もあり、その日の夕方にはラドリの見本より広範囲を掘削出来るようになっていたルイス。ひた向きな努力は元来持ち合わせたセンスを開花させ、アンジェラスという人造でない魔攻機装の性能を引き出すことに成功している。
「ありがとうございます。明日にはグルカさんを抜きますからね?」
「言うじゃねぇか、おいっ。俺だって進化するんだぜ?そう簡単に追いつかせやしねぇよっ」
魔攻機装とは魔力を糧に動く機械仕掛けの鎧。何もしなければ半日ほどは纏っていられるが、より多くの魔力を消費する戦いともなれば平均稼働時間は一時間も持たないだろう。
地面を掘る僅かな間だけ魔力を消費する【ヤラガスタ鉱山】での掘削作業では、砕いた岩盤を除去する者たちが動いている間は休む事ができる。それでも長時間に渡る魔攻機装の行使は魔力的にかなりキツく、掘削する側がへばるのが当たり前の作業であった。
しかし、昼休憩を挟んだとはいえ既に作業が六時間を超えていては、悲鳴をあげるのは鉱山の男達の方。
「ラドリさん……もう無理っス」
「うるせぇ、口より手を動かせ」
砕くのは一分足らず、回収するのは十分少々。交代で掘削器を握るルイス達とは違い、休む間の短い鉱山の男達はほぼひっきりなしに動き続けていた。
しかもニナを筆頭とするレーン達の掘削作業は、通常の作業者とは一撃で砕ける範囲の違いから回収作業に当たる者達への負担が普段の数倍程度には増えている。
レーンとディアナ、ルイスとグルカ、単独のニナの三班に別れて各所で行われている掘削作業には、他所から呼びつけた応援を含めてそれぞれ六人体制で臨んだものの、回を重ねる毎に大きくなる掘削範囲に、一人、また一人と関わる人数が増えて行く。
「これ、契約外手当でますかね?」
「その辺はディアナには頼んである。これが終われば休暇も申請してやるから、金のために今は無心で働けっ」
▲▼▲▼
悪戯が成功したかのように満面の笑みを浮かべてやってきたオレンジ髪の美女と、言葉を交わす前であるにも関わらず顔を見ただけで何度目かになる溜息を吐き出す美熟女。
約束だった七日間の作業を終えたディアナは一人、事務所に居るカルレの元を訪れていた。
「たった五人の採掘者に対し、関わった作業員は百を超えたわ」
「あら、情報が正確じゃないわね。私はほぼ参加してないから採掘をしたのは四人よ?」
「そこは注目するところじゃないわ!」
裂かれた人数は当初を大きく上回ったものの、たった一週間で三ヶ月分に近い量の採掘が終わっているのだ。鉱山の経営者であるカルレとて嬉しくないはずがない。
「賃金の上乗せ、臨時で出された休暇の調整。それを百人分、働きに応じて計算しなきゃならないこっちの身にもなってちょうだい」
「でも儲かったでしょ?」
「鉱山って採掘して終わりじゃないのよ? 摂れた岩盤を瓦礫と鉱石とに分けて、瓦礫はゴミとして処理、鉱石はそれぞれに分類して溶かしインゴットへと精製する。そうして始めて価値が生まれるのよ?」
「リードタイムなんて知らない。でも、儲かったわよね?」
儲かったのかそうでないのかと問われれば『儲かった』の一言に尽きる。今はまだ鑑定が終わってないというだけで、彼女達が積み上げたのはほぼ間違いなく “宝の山” なのだ。
そも、いくら鉱山だからと言っても、ただ闇雲に掘れば良いというものでもない。
爆薬を使用するより掘削が安全であり、細かく砕けることにより仕分け効率の良くなる魔攻機装を使っての作業が主流となった今、如何にして早く、効率良く掘るのかがネックとなっている。
魔攻機装を使用して丁寧に掘るのは鉱石が埋まる場所に限定すれば話は早い。
しかし、かつては頂を持つ山であった広大な【ヤラガスタ鉱山】では鉱石の多くは中心部から産出するものの、それ以外からも当然のように発見されている。
では、どのようにして鉱脈を見つけ出すのか。その答えはディアナの持っていたエル字型の棒だ。
──ダウジング
シックスセンスを要とする謎の行為は、科学とも魔法とも違い、謎めいた不解の技術。
しかしその信憑性は世界各国で周知されており、遥か昔から地下に埋もれる水脈を探すのに役立てられていた。
以前【ヤラガスタ鉱山】に訪れた際、耳にしたダウジングを面白半分で真似てみた。
その結果、幾つもの鉱脈を的中させたディアナは他にもいたダウザー達を押し退け、汗臭い男社会に入り込んだ見目麗しき美女との謳い文句を『真のダウザー』という尾鰭が後押しし、一役、時の人となったのだ。
ディアナがマーキングしたポイントは魔攻機装で丁寧に掘る。残されたその他の部分が見込み薄しと判断されると、爆薬を使い一気に吹き飛ばす。
砕けた瓦礫を調査した結果『本物』だと判定された彼女のダウジング力は今回も遺憾なく発揮され、レーンとペアーとなったにも関わらず掘削に殆ど関わらなかったディアナは、広大な岩の大地をひたすら歩き、印を付けて回っていた。
「おかしいなぁ、みんなあれだけ頑張ったんだから褒めてくれると思ったのにぃ」
「はぁっ……貴女と関わるといつもこうなのよね。嬉しい反面、疲労感半端ないのよ?」
「あら、それは褒め言葉よね?私の頑張りが認められたってことよね?」
「はいはい、そうでございますね」
「じゃあ、ご褒美をもらう権利があるってことよね?」
積み上がる業務に嬉しい悲鳴をあげる半面、期待以上どころか、斜め上を行き過ぎた成果をあげられては報酬を吊り上げねば示しが付かないのもまた事実。
投げやりに放った言葉はブーメランのように投げ返され、言質を取られた以上、嫌な予感に捉われつつも承諾するしか選択肢はない。
「ご褒美をあげるかあげないかは雇い主である私が決めるわ。それとその内容も、ね?
でも貴女との誼みだもの、希望を聞くくらいはしてあげても良いわよ?」
細められた目は糸のように細く、弧を描く唇は三日月のよう。
多種多様な人々を相手してきたザルツラウ商業連邦の頭首であるカルレ・ディデューレンスの胆力を持ってしても思わず後退りしたくなるようなドン引くほどの満面の笑みに頬が引き攣っているのを自覚したとき……。
「ひとぉ〜つっ!」
「ひとつぅぅっ!?」
醸し出された雰囲気に引き摺られ、勿体ぶるかのように間を置いて吐き出された短き一言にですら『もう勘弁して!』と泣きを入れたくなる思いにかられて思わず声が裏返える。
「十倍以上の働きをみせたんだもの、相応のお給金は貰えるわよね?」
「そ、そうね……掘り出した鉱石の計量が終わってからになるから今すぐとは行かないわよ?」
掘った範囲は文句の付けようもない。本来であればそれだけで相応の給金が出るはずだが、無駄な場所を掘っていたなら査定を下げると言い張るカルレにディアナの反論はない。
「ふたぁつっ!」
「──っ!!」
ビクッ!と思わず身を震わせたカルレにディアナの口角は再び吊り上がる。
「私が欲しいと言った【ヘルオニクス】、出たわよね?」
「さ、さぁ?鑑定結果はまだ……」
「いくら十倍量を送り込んだとはいえ初日分なんてゴミの応酬でたいして時間がかかるなんて思えない。
何より一番手応えの有った場所はニナに任せたわ。二日目で出てるのは確認済みなのよ?」
「そ、そうなの?わ、私のところにはまだ報告が……」
「【ヘルオニクス】、ただで譲ってくれる?」
「たっ、ただぁぁああぁっっ!?」
「うん、ただっ♪」
【ヘルオニクス】とは、凡ゆる属性魔力において優れた親和性を示す、最上級に挙げられる武器を造るための素材。遅々として進まないニナが作製している魔攻機装完成に向けてディアナが求めた材料の一つであり、当然のように希少性も高く、それと共にお値段も張る代物。
「大丈夫よ、全部よこせなんて言わないもの。ほんの二十キロで……」
「貴女ねぇ、二十キロって半分以上持っていく……ハッ!?」
相手が知る由もない事を口にしていたと気が付いたときには既に遅かった。
カルレの土俵である商いだけに留まらず、交渉の場でやってはならぬことの一つに “相手のペースに乗ってしまうこと” があげられるだろう。
他人との駆け引きが常となる商国の頭首として重々分かっていながらも、相手が気心が知れるディアナであるとはいえまんまと乗せられてしまったことに冷や汗が流れ、このままじゃダメだと頭を振って気持ちをリセットする。
「そんな警戒しないで?最後は簡単な事だから」
「最後って……まだあるの?」
「みぃっつぅ!」
「……もういいわ、早く言いなさい」
「なによぉ、つまんないわ?」
「知らないわよっ!」
唇を尖らせたディアナが出した三つ目の要求とは、彼女達の家となったシークァ【ミネルバ】の専属運転手を探して欲しいということ。
ミネルバがただのシークァではなく世界初の魔導車であることを説明し、雇い入れる条件としてエルフを指定すれば、未だ張りの衰えないカルレの眉間に皺が寄り難色を示す。
「エルフ、ねぇ……」
「魔攻機装ほど多くないとはいえ、一日中走り続けるなら人並み以上の魔力が必要なのよ。そんな人ならたぶん、運転手なんかより操者であることを選ぶと思う。だからこそ庇護を求めるエルフがうってつけだと思うのよね」
「言いたいことは分かるけど、国を出たエルフなんてみんな誰かしらの庇護下に置かれている。違法な取引で無理やり飼われているのが居ないわけではないけど、それを調べて手に入れるなんて私には無理ね。
それこそ、エルフ国【レユニョレ】に行って直接スカウトしてみたら?」
「【レユニョレ】かぁ……」
「あの娘がいるから行きにくい?」
「うん。それもあるんだけど、あの閉ざされた国にはコネが無いのよ」
「コネ?」
「そう、コネ……」
「コネならあるじゃない、目の前にっ」
「へ?」
さっきまでのお返しとばかりに、してやったりと笑顔になるカルレを前に、予想外の切り返しに理解が追いつかなかったディアナはポカンと口を開け、間の抜けた顔を晒してしまうのだった。




