2-4.穴掘り穴掘り、えっさっさ〜
「ふんふんふんふ〜んっ♪」
エル字に曲げられた二本の棒を両手に握り、鼻歌混じりに歩き始めたディアナの後をゾロゾロと付いて回る強面の男達。一見すると人攫いにあう直前のようにも見えるが、実際には彼女を含めた彼等全員が同じ仕事のまっ最中なのである。
「おおっ?」
「「「おおおおっっ!!!」」」
平行を保っていた二本の棒が突然動きを見せ交わったままで止まる。それに合わせて歩みを止めたディアナが地面を覗き込むように尻を突き出せば、雛鳥のようにストーカーしていた男達から別の意味での感嘆が生まれた。
「ちょっとぉ?」
「だって……なぁ?」
「ああ、俺たちゃ悪かねぇ」
「出されたモノをありがたく頂いただけだ?」
「良いじゃねぇか、減るもんでもないだろ?」
鉱山とは男の仕事場。魔攻機装が導入されてからは何人かの女性作業員の参入もありはしたが、基本、花が無いのに変わりがない。
「じゃあ、サービスしたら働きが良くなったりするのかしら?」
軽く出された片足は際どい位置まで入る深いスリットを押し広げ、足首まで覆う真っ赤な布の間から白い肌を覗かせる。
「「「おおおおおおおおおおっっ!!!!」」」
齧り付くかのようにしゃがみ込む男達。
そこにはきっと何かしらのルールがあるのだろう、何故か一メートルという距離を保ちつつ興奮した面持ちでガン見する男の壁が一瞬にして出来上がった。
驚喜を煽るように赤い布の内側へと差し込まれる細い指。その指がゆっくり、ゆっくりと移動する毎に神秘の扉が開いた口を大きくし、それに伴い男達がそろって喉を鳴らす。
露わになって行く秘境の大地。陽の光を浴びていない柔肌は見るも眩しい白の中の白。
もう少し、もう少し、と焦らされることでより一層の喜悦が深まり、鼻息荒く続きを求めた途端に舞台の幕が降りてしまい秘密の花園へと続く扉は閉ざされてしまった。
「遊んでねーで、さっさとやれ」
がっくりと肩を落とす男達とは対照的に、抱き寄せられたディアナは満悦の笑みを浮かべてレーンへと寄りかかる。
それは、自分の身を案じてくれるのが堪らなく嬉しかったが故の愛情のお返し。
「サービスしたんだから気合い入れてよね?じゃあ、まずはルイスから行ってみようっ」
「いや、俺はサービスされてないけど?」
仲間である彼女を性の対象として見るわけにはいかないとの自制心が働き、見ないようにと心掛けたつもりではあった……が、悲しいかな、男としての本能はルイスの視線をディアナの太ももへと向けさせていた。
そのことに気付いていないのは本人だけ。見られていたディアナはもちろんのこと、すぐ隣りで赤くなった顔を覆いながらも指の隙間から成り行きを見守っていたニナも、ここぞとばかりに最後尾からガン見していたグルカですらルイスの行動は把握しており、白い目を向けるレーンを含めた四人が四人とも『何言ってやがる』と言いたげな顔となる。
「手始めは兄ちゃんだな? ほらよっ」
男達のリーダー【ラドリ】が片手で放って寄越したのは長さが一メートルを超える細長い棒。片端は持ち手としてテーピングがされており、その反対には極太のさつまいもでも突き刺したかのように二十センチに渡り膨らみがあった。
「うおっとっとっとぉ!?」
自分に向かって来るモノを何気なく掴んでみれば、手にした瞬間、あまりの重量感に身体ごと地面に吸い込まれそうになる。
それもそのはず。槍ほど長くないとはいえ全てが金属製とあらば十キロなど優に超えているのだ。
「よく落とさなかったな、なかなか根性あるじゃないか。それが採掘に使う掘削器だ」
「これが?ただの棒じゃないんですか?」
「まぁ、説明よりも見た方が早い」
少し距離を置いたラドリは使い古された魔攻機装を纏うと、膨らみを地面に付けた掘削器を両手で構える。
「良いか? よ〜く見とけよ?」
目を瞑り、大きく二呼吸した後、掘削器全体が淡い光を帯びたのは魔力が通された証拠。
「うぉぉぉぉっりゃぁぁぁぁっっっ!!」
更に二呼吸するとカッと目を見開き、振り上げられた掘削器が地面へと突き刺さる──と、同時に半径一メートルに渡り地面がひび割れ、砕け散った。
「さっすが大将!お見事でやんすっ」
褒めて持ち上げるのもそこそこに、人の身長ほどのパワーショベルを使い、小型運搬車で運んで来た移動式コンテナへと砕けた岩盤をせっせと運び込む他の男達。
ものの数分で作業を終えると、中心深さ二十センチの皿状の窪地が出来上がった。
「お前達の仕事は岩盤を砕くこと。見ての通り後の処理はコイツらがやってくれるから心置きなく励んでくれ」
「励んでくれはいいけど、説明無さすぎじゃない?」
「あぁ?」
「掘削器に魔力を込めて地面に刺せば良いの?」
「んな訳あるかっ」
「じゃあ……」
「魔力を纏った武器は威力が増す。貫通力を高めて突き刺したら、掘削器の先端にある膨らみから魔力を放出するんだ。すると圧力に耐えられなかった岩盤が砕けるって寸法だよ」
「やってみろ」と背中を押されたルイスは、皆の周りから少し離れると純白の魔攻機装を纏う。
「おい、アレで大丈夫なのか?」
さしたるギミックを持たないアンジェラスは見た目的に期待が持てないのが一般的な評価。輪を掛けるのは、後方配備の指揮官色である白い色。
ディアナが連れてきた男ということでどんな凄い魔攻機装が登場することかと期待していたラドリ達が心配になるのもやむを得なかった。
「ルイス〜!遠慮せずやっちゃいなさ〜いっ」
ラドリの言葉など聞こえないかのように、口の横に手を当て遠巻きから声援を送るディアナの目はルイスの力を信じ、疑いなどカケラもない。
それに頷き返したルイスが逆手に構えた掘削器に魔力を込めると、ラドリより微弱ながらも淡い光が纏わりつく。
「はぁぁぁぁぁっああああっっっ!!」
気合い十分に持ち上げられた掘削器は、地面を穿つべく勢いを増す。
「おや?」
「うそ……」
「んんっ?」
「ぷくくっ」
「まぁ、最初でやんすからねぇ」
「ガハハハハハハハッ」
「やっべぇ、腹痛ぇ!!」
硬いとはいえ岩盤に侵入したのは僅か五センチ。それは多少なりとも魔力に助けられはしたが、力任せに叩き込まれてめり込んだのと同義だった。
追い討ちをかけるのは次なる工程である先端からの魔力放出。肝心な部分が地面に入り込んでいない上に、満足な量の蓄えられていない状態では、いかに増幅器が組み込まれていようとも威力を発揮することなど出来はしない。
その結果、砕けた岩盤は本当に僅かだった。
見本とのあまりの違いに自分自身でも愕然とするルイスではあったが、そもそも操者としての適性を持っていたとしても経験自体が乏しい。
武器ですら碌に扱った事がないのが追い討ちをかけるが、大体からして魔攻機装と操者の優劣を二分すると言っても良い『魔法』の発動経験が無いのだ。魔力の取り扱いが不慣れだとしても仕方の無いことだった。
「大丈夫よ、ルイス。初めてなんだもの、徐々に慣れて行けば良いわ。
次はニナ、貴女がやってみなさい」
不貞腐れて視線を合わせないルイスに歩み寄るニナが黒い光に包まれる。
その光景に我に返るルイスだったが、すぐに己の勘違いを悟りながらも別の驚きから、真っ直ぐに向けられていた金の瞳を見返した。
「おいっ、嬢ちゃん……大丈夫なのか?」
ラドリの心配はニナの纏う魔攻機装があからさまに未完成であること。
緻密な機械でありながら外装が無く、数えきれない量の細かな部品が剥き出しの状態。
工房意外でお目にかかることのない裸同然の魔攻機装の姿に、おいそれとは買えない超高級を数多の粉塵舞う採掘場で使用しては壊れてしまわないのかと不安に思うのも無理はない。
「魔力でコーティングしてますから細かな塵ですら入り込みません」
唖然とするルイスから掘削器を受け取ると『早く退け』と言わんばかりに金の瞳が立ち退きを訴える。
無言の圧力に押されて皆の元に戻った時には彼女の手にする金属の棒が輝いていた。それを目にして驚いたのは何もルイスに限ったことではない。
「た、退避っ!全員離れろっ!!」
慌てふためく観客とは真逆に、肩に力の入らぬリラックスした状態で持ち上げられた掘削器が与えられた仕事をするべく地面へと滑り込む。
その身の中程までもが土に埋もれたのと同時、一瞬にして拡がったひび割れはお手本であるラドリの十倍以上。直径にして二十メートルを優に超える巨大なクレーターは、深さ一メートルという【ヤラガスタ鉱山】始まって以来の大記録を叩き出していた。
「とんでもねぇな、おいっ……」
「こ、これがエルフの力!」
「すっげぇ!すっげぇよ、嬢ちゃん!!!」
「てめぇら!これが連発するんだぞっ!騒いでないでさっさと掻き出せ!!」
「「「へいっ!」」」
「それとムツカ!大規模掘削用の移動式コンベアー持ってこいっ!ちまちま運んでたんじゃ埒があかねぇし、このままだとへばるのはコッチになるぞ!」
慌てて小型運搬車に飛び乗った男が言われた物を取りに姿を消す。その間、残された男達が砕かれた岩盤の除去に総出で取り掛かった。
邪魔にならないようにと気を使ったニナは、皆の元に戻ると何気ない感じで掘削器を地面に突き立てた。
「!?」
驚きのあまり目を見開いたラドリだが、彼の心配を他所にこれ以上地面を砕くことはニナの頭にはない。
それでも、自分の全力より遥かに深く地面へと侵入した掘削器を見て深い溜息をもらすルイスを尻目に、魔攻機装を腕輪へと還したニナは、満面の笑みで迎えたディアナに褒められ、されるがままに頭をこねくり回される。
「採掘はお金儲けと同時に魔力の使い方の練習にもなる。だからルイス、頑張って励みなさい。
それと、オウフェンは強過ぎて鍛錬にならないから禁止ね?また私の【アーテム】を使ってちょうだい」
「俺もやるのか?」
「ええ、魔力は使わないと慣れることはないの。それと、使えば使うほど魔力量も増加する。
一対一なら負けないレーンでも、この間のエスクルサみたいに多対一となると効率の良い魔力の使い方をしなくては魔力切れで魔攻機装が動かせなくなる」
腕を組んで数日前を思い出すレーンにも思うところはある。あのときはたまたまチュアラン達に助けられたのだ。
ヴォルナーは雑魚だったがシモンに対しては余裕が持てなかった。二対一はキツく、グンデルが参戦したときには負けが脳裏を掠めた。
それでもディアナが言うように、魔力を惜しみなく投入すれば勝てないまでも殺られることは無かったはずだ。
しかし、自分を追ってエスクルサに来た宮廷十二機士は全部で六人。最も厄介なジルダをディアナが抑えてくれたことが大きいが、それでなくとも未知数だったダルブッカや呆気なく退場したベレニックも混じってくれば逃げ出すことですら不可能だっただろう。
──自分の撒いた種は自分で刈り取る
リヒテンベルグという超大国に追われる以上、それを退けられる力は必要不可欠。ディアナという護るべき者を手に入れた今は尚更に、だ。
「誰であろうとも無双出来る魔力量とその操作技術を身につけて?それが私が真に理想とする相方だわ」
あのジルダを一人で追い返したディアナには今のレーンでは勝てないかもしれない。そう思うと己の小ささが目に見えてしまい、歯痒さを感じてしまった。
「おう、まかせとけっ」
満足のいく答えの裏側にレーンの心情を読み取ったディアナ。
そして視線は残りの一人へ向けられる。
「俺はサービスなんて受けて……」
「ガン見しておいてよく言うわね。報酬は支払ったんだから、今度は私が対価をもらう番よ?」
「何か割に合わねぇ気がする」
「気のせいよ」
「チッ、しゃーねーな。今後の待遇改善に期待すっかな」
渋々だと匂わせながらも鍛錬好きなグルカの心はやる気に満ちていた。
新しいことが好きな彼は未だしょぼくれるルイスの背中を叩くと「見てやるからもう一回やってみ?」と言いながらディアナへとウインクを送った。




