2-3.第一印象って大事だよね
出迎えに来た老齢の黒服に案内されたのは規模は小さいながらも宮殿と呼ぶに価する立派な建物。その二階に位置する執務室にはザルツラウ商業連邦の頭首を務める【カルレ・ディデューレンス】がディアナを待ち侘びていた。
「久しぶり〜!って、なんて顔してるの?」
到着を知るなり満面の笑顔で両手を拡げたカルレだったのだが、先程通信機で話した時とは打って変わり、膨れっ面でレーンにしがみつくディアナの姿を見て所なさげに両手を下ろす。
「いや、実はな……」
レーンから説明を受けて納得したカルレは奪い取ったディアナを胸に抱き、飼い猫を愛でるようにオレンジの髪を優しく撫でる。
「ディアナを堕としキアラまで手に入れようとする。貴方は一体、どこのどなた?」
「勘違いしてるようだが俺の女はディアナだけだ。さっきの女は名を問われたから答えただけ。まぁ、見た目が良かったってのが後押しして興が乗ったってのは否定しねぇがな」
「レーン!」
『味見しようと考えている』などとは空気を読んで口にはしない。
当然のようにそんな事などお見通しのカルレではあったが、当のディアナは『お前だけ』の一言にコロリと機嫌を良くしてレーンの腕に戻ると、飼い主を求める猫のように戯れ付いた。
「それで? 貴方のお眼鏡に叶わない私の問いには答えないつもりかしら?」
男どもに愛想を振りまきながらも決して誰の腕にも抱かれようとしなかったディアナの変貌ぶりに困惑しつつも、指でこめかみを押しながら質問を繰り返したカルレ。
しかしそれには、急に胸を張り存在をアピールし始めた別の男が口を開く。
「こちらの御方をどなたと心得るっ。リヒテンベルグ帝国は第一皇子レイフィール・ウィル・メタリカン様であるぞ。頭が高いっ、控えおろう!」
突然の文言に動揺を見せたのは壁際に待機していた何人かのメイドや執事達だけ。
当のカルレや、レーン本人とディアナからは白い目で見られているが、引っ込みが付かないのか、威張り腐った態度を変えようとしないグルカは胸を張り続けている。
「何のつもりだよ、おい」
「いや〜、一回やってみたかったかなぁって、あはははははは……」
罰を与えるかのように微妙な雰囲気のまま待つこと二分。あきらかにやっちまった感満載の空気の中で微動だにしなかったグルカの精神力はさすが帝国の近衛隊長といったところか。
「第一皇子の逃亡は聞いてるわ。エスクルサを巻き込んで潰したんだって、ね?」
「エスクルサが巻き込まれたのは事実だけど、全てが全てレーンのせいではないわ。
初めての狩りに浮かれた宮廷十二機士の一人が調子に乗ってチュアラン達に喧嘩をふっかけた、っていうのが真実よ?」
ようやく平常運行に戻ったディアナの説明により優しそうな丸い目を細めたカルレは、品定めをするようにレーンへと視線を突き刺す。
四十を越えて元来の美しさに人生経験という脂の乗ってきた美女と、若々しさの全盛期ともいえる二十歳の美青年の見つめ合い。
妖艶とも言える施政者としての威厳を真っ向から受けて立つレーンは余裕の笑みを絶やさず、かといって敵意や己の立場からくる尊厳を叩きつけるでもない、全てを受け入れるような穏やかさでカルレの瞳をただただ眺めていた。
「ディアナの言葉を否定するなど愚かな者のすることね。それに貴方は見覚えがある。リヒテンベルグの近衛か何かだったかしら?察するに第一皇子の側近ってところね。
良いでしょう、貴方を本物だと認めるわ、レーン」
僅か五秒ほどで真実を断定する見極めの良さは、四十という若さで商売という荒波を乗り越えてきた並み居る曲者達を抑え込んで頭首などという地位に居るのが伊達ではないことの良い証拠だった。
「それで?わざわざ此処に足を運んだのは私に彼氏を見せつけに来ただけじゃないのでしょう?」
「あら、それも目的の一つよ?久々にカルレの顔が見たくなったのも嘘じゃない」
ようやくにしてテーブルに着いた六人は出された紅茶を飲みながらザルツラウへ来た目的である鉱石の購入を打診するものの、それには大きな懸念事項が二つもあった。
一つは、ディアナが求める鉱石にレアメタルと呼ばれる希少な物が含まれていること。
もう一つは切実で、たとえ鉱石が用意されようとも、それと交換となる資金が足りないだろうという事だった。
「あんたねぇ、お金も無しに買い物に来るってどういう神経してるの?」
「ごっめ〜んっ。だからさ、ねっ? 鉱山に入らせて?良いでしょ?」
これ見よがしに細められた目などものともせず、にこやかな顔でカルレに擦り寄り両手をあわせておねだりするディアナ。その姿を紅茶のカップを傾けたままに見つめるニナの目は、驚きのあまりまん丸に見開かれていた。
「はぁっ、もういいわ。腕は鈍ってないんでしょうね?」
「…………さぁ?」
「さぁって、ディアナ!?」
「だぁってぇ、あれ以来やる機会なんてないんだもん。やってみないと分からないわ?」
「もう良い、何も聞かないわ。好きになさい」
「わ〜いっ!大好きよっ、カルレ!」
無邪気な子供のように飛び付いたディアナは、困った娘だと言わんばかりの顔をしながらも頭をなでるカルレとしばし抱き合っている。
それを遠目に眺めるグルカが物欲しそうな顔をしていた事には誰一人として気が付かなかった。
△▽
「また俺を出汁にしてお金を稼ごうって魂胆?」
外に出た途端に物凄く嫌そうな顔で不満を訴えるルイスだが、彼女に関わる以上、文句を言ったとて受け入れられないだろうとは予想している。
しかし「違うわよ」の一言に間の抜けた声が漏れ出てしまった。
「ニナ、貴女の【イザイラム】の完成度はどれくらいなの?」
「ごめんなさい、お姉様。まだ四十パーセントほどしか仕上がっていません」
「急がなくていいわ、貴女のペースでじっくり向き合いなさい」
世界的に見ても最高水準の技術力を誇る魔攻機装工房【永遠なる挑戦】に匿われたニナは、外に出歩くことも出来ず、毎日、爺ちゃんズの世話をしながら彼等の仕事を眺めているしかなかった。
暇を持て余したニナが設計者でもあるディアナを真似て彼らの技術を吸収したとてなんら不思議ではない。
しかし恐るべきは彼女の頭脳。
いくら他にやる事がないからといって一朝一夕で習得できるような簡単な技術ではない。にも関わらず、基礎を学び始めて僅か数年で二台もの魔攻機装を一から造り出しており、今度は自分専用の機体を開発中なのだ。
「ベースはほぼ完成してるわよね?」
「はい。動くだけなら問題ありません」
「ん、分かったわ。じゃあニナも参加ね?」
「??」
意味の分からない事に同意を求められたが、絶対と言って良いほどに信頼するディアナからの誘いなのだ、断るという選択肢は彼女にない。
△▽
町中を走ること四十分。坂がきつくなり始めた辺りから急に途切れた建物の群れを抜け、小高い丘を登りきれば景色は一変する。
「ほう、これが鉱山」
「初めて見たな!」
「ワシら、工房から出ないからな!」
「うむ、間違いない」
「話しに聞くより凄まじいの」
「目測で一キロといったところか?」
「よくもまぁ、これほどの穴をつくるのぉ」
──現れたのは特大規模のクレーター
ザルツラウ商業連邦とは鉱山の恩恵で発展した国であり、多くの町が合併して世界でも類を見ないほどに巨大となった首都アイヴォンは、元を正せばこの国の要たる鉱山で働く人々のために造られた町である。
「狭いっ!狭いって!!」
「爺さん、俺ぁ、組んず解れつは綺麗な姉さんとだけと決めてるんだ」
興味深々の爺ちゃんズが押しかけ、全員が勢揃いした客席部は混沌としていた。迷惑を被ったのは後部座席に座っていたルイスとグルカだが、そんな文句は誰一人として聞いてはいない。
大きな螺旋を描きながら下へ下へと向かう道は最下層に降るだけでも一時間はかかる。最初は感動する衝撃の景色であったものの代わり映えの無い一面の土にはすぐに飽きてしまう。
しかし、時折くぐる最下層から鉱山の上辺を経由して町まで伸びている長い長いベルトコンベアー。その上で運ばれて行く鉱石に混じり、にこやかな顔で手を振ってくる人間の姿が見えれば驚きもする。
「おい、あれは見間違いじゃないよな?」
「一直線に登る分、あっちの方が早いから。この鉱山ではアレが常識なのよ」
送迎の自動車より進みが遅いとはいえ距離が短い分、到着は段違いに早い。
当然のように降りのコンベアーなどは無いので鉱山へと向かうときは送迎専用の自動車。帰りはベルトコンベアーというのが労働者達の伝統的な通勤方法となっていた。
「あの高さでよく怖くないよね」
「俺だったらションベンちびってるぜ?」
「グルカさん、高いとこ苦手なの?」
「俺の弱点は高いトコと嫁の逆鱗だ」
「尻に敷かれてるんですね」
「馬鹿やろう、家庭円満の秘訣はかかあ天下だぜ?」
ようやく到着した最下層では、広大な更地に十人規模の集団がバラけて採掘作業を行なっているのが見受けられる。生身の人間もいるにはいるが、半数ほどは魔攻機装を纏っているのが遠目にも分かる。
「久しぶりだなっ!ますます別嬪になったんじゃねぇか?」
駐車区画にミネルバを停め、ディアナを先頭に歩いた先にはタオルを頭に巻いた十人の男達が待ち受けていた。その中のリーダーと思われる筋肉自慢のグルカとタメを張れるほどガタイの良い男と握手を交わすディアナ。
「聞いたぜ?金も持たずに鉱石を買いに来たんだって?」
「量も量だけど、モノがねぇ〜。ラドリが貢いでくれれば働かなくて済むんだけど?」
「そりゃ〜、お前が股開いてくれりゃ、いくらでも貢いでやるぞ?」
「その条件を飲んでもいいけど、貴方に払えるかしら?」
「やっべぇっ!ケツの毛まで毟る気だ!」
男達の間からドッと起こる笑いと野次の応酬。
カルレ同様、彼らとも人間関係を築いているディアナは実に楽しそうだ。
「金儲けってまさか、穴掘りするっていうんじゃねぇだろうな?」
振り返れば腕を組んで成り行きを見守るレーンの姿。ディアナだからこそ感じ取れる僅かに漂う不機嫌な気配に嬉しくなり腕を絡めた。
口では気にしない素振りを見せるが、レーン意外の男と親しくすると必ず不満を訴えてくれる。ディアナにとっては僅かに垣間見える嫉妬が『自分を必要としてくれている』何よりの証であり、愛情そのものであると確信している。
「何だ、兄ちゃん、何も聞いてないのか?アンタ等がやるのは正にソレ。金の為にゃキリキリ働いてくれや」
笑顔を浮かべたのは人としてありふれた友好の切り出し方。
しかし、バンダナ替わりの揃いのタオルと強面から来る強烈な印象は『山賊』を彷彿とさせるものであり、耐性の無いニナが近くに居たルイスの服の裾を思わず握ってしまったのはごくごく自然な本能がゆえの行動であった。




