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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第二章 奇跡の光
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2-2.宣戦布告

 黒き光を灯した刃が軽々しく肉を穿つ、そんな光景を見たいと願う者など居はしないだろう。


──対象が親しき者であれば尚更のこと


 言うことを聞かぬ身体を動かそうと必死で踠き、在らん限りの力を振り絞って『止めろ!』と叫び続けた。

 例えそれが夢だと分かっていたとしても、ただ黙って見過ごすなど常識ある人間に出来るはずもない。


「っ!! ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」


 瞼を開けた先が朝であることを認識し、異常分泌されたアドレナリンを少しでも早く緩和させようと荒い息が吐き出される。


「またか……クソッ!」


 夢のなかで夢だと認識するも、そんなコトを忘れるくらいに緊張が身体を支配し、起きたときには寝汗でびっしょり。力の限り握られた拳は爪が食い込み、赤くなるどころか血の気が失せてしまい青白く変色してしまっていた。


 せめて夢であったのなら “悪夢” だと割り切れていたかもしれないが、残念なことに、アレは実際にこの目で見た光景のフラッシュバック。

 夜毎繰り返される拷問に気が狂いそうな焦りを感じるルイスだが、両手で頬を叩き、現在地を再認識させることで夢と現実とを区別させている。


「どこに居る……ディザストロ」


 肺に溜まった全ての空気を吐き出すかの如く深い深い溜息をゆっくりと吐き出したルイスはベッドから起き上がり、嫌な寝汗と共に暗い気持ちも流してしまおうとシャワールームへ向かうのだった。



▲▼▲▼



 近付けば近付くほどに壮大さを増していく特大の市壁に驚くニナとルイス。

 そんな二人を背後から見守っていたディアナは席を立つと身を乗り出し、軽い列を成す巨大な門を指差した。


「面倒だけどあそこに並ばないと中には入れないわ。簡単な検問があるけど私が対応するから安心してちょうだい」


 ザルツラウ商業連邦の首都アイヴォンは、二十メートルの高さと十五メートルの奥行きを持つ世界最大の市壁を有している。


 連邦と名の付く通り商業を主体とする小さな国の集まりだったザルツラウは、魔攻機装ミカニマギアの発展と共に起こった世界戦争と時を同じくして殆どの町が首都アイヴォンへ移住することとなった。


 理由は至極簡単、自衛が出来ないからだ。


 世界で消費される金属の殆どを賄うザルツラウ。その覇権を手に入れることこそが世界を牛耳るのと同義だったのは説明するまでもないだろう。

 小国から大国に至るまで様々な国がザルツラウを狙い小競り合いをしながらもちょっかいをかけていた。その難を逃れて集まった全国民を護るために建設されたのが、頑強であり、見るものを畏怖させる巨大な市壁だった。



 高さ八メートルの位置に待ち構える見るからに頑丈そうな黒塗りの格子門。その下に口を開ける町の出入り口からは大型の輸送車が何台も出て行く一方で、検問を終えた自動車や馬車の波が順番に門の内側へと進んで行く。


「どこの商会の者だ?輸送先と積み荷の申告をしろ」


 赤と白の旗を持つ兵に従いミネルバを門の手前で止めると、別の兵がやってきて運転席の窓を叩く。

 対応すると言っていたディアナがドアを開けたときには数人の兵士が周りを取り囲んでおり、万が一に備えての警戒体制が敷かれていた。


「これは私個人のシークァ。当然、積み荷なんて無いわ。アイヴォンに来たのは友人に会うためよ」


「身元のハッキリしない者を町に入れるわけには行きません。何か貴女様の身分を証明する物をご提示下さい」


 自動車などという超高級品を個人で持っているともなれば大商人か貴族の可能性が濃厚。しかも大きな商会でしか使われないような大型の輸送車ほどもある住居一体型自動車シークァともなれば、やんごとなき身分なのはほぼ間違いないと認識されるのが一般常識だ。


 ディアナの言葉に態度を軟化……どころか、あからさまに下手に変化させた兵士は、降りる素振りを見せたディアナに慌てて手袋を取り、支えとなるべく手を差し伸べた。


「ありがとう。 警備室に通信機があったわよね?カルレに繋いでくださらない?」


「カルレとはもしや、カルレ・ディデューレンス様の事でございますか!?」


「そう、そのカルレよ。ディアナが来たと言ってもらえれば忙しくても通信にくらい出てくれる筈だわ」


 「ちょっと待ってて」と言い残し、対応した兵士と共に外門のすぐ内側にある兵士の詰所へと足を向けるディアナ。

 取り残された形となる他の兵士達は困惑気味ではあるものの話しは聞こえていたらしく、二人が戻るのをそのままで待つようだ。


 一方、話しの見えないニナとルイスはディアナを目で追っていたものの、姿が見えなくなった途端に不安げな視線を向けられたルイスは『自分にもどうして良いのか分からない』とばかりに肩をすくめて見せた。




「お待たせ〜、さぁ行くわよ」


 待つ事およそ五分、兵士の手を借りる事なく軽やかな身のこなしでミネルバに乗り込んだディアナは、運転手であるニナへと発進の指示を出す。


 魔導車だとバレないよう駆動機構を切り替えたミネルバは、自動車と同じようにエンジン音を唸らせながらゆっくりと進み出した。

 その両脇に整列した兵士達は、姿勢正しく右手を額に当てて敬礼の姿勢を取っている。


「知り合いってよっぽど偉い人なんだ?」


「ん? まーねー、それなりの人よ?」


 市壁を突き抜ける穴の中へと入ったことにより彼女の表情は見えない。しかしその顔は自慢げではなく、いつもと変わらぬ穏やかであろうとは、ディアナという人物の理解が進んだルイスからすれば想像に難しくなかった。


 彼女自身、操者ティリスチーでありながら整備士ティジーであり設計者マイスターでもある。更に言えば希少価値の高い再生魔法の使い手であり、格闘技ですら達人クラス。

 エスクルサという大きな町の裏の顔であるチュアランと親密な関係な上に、すぐ隣とはいえ他国であるザルツラウ商業連邦にまで有力なパイプを持っているというのに、それをひけらかしたりということが一切ない。


 調子に乗ると揶揄いの度が許容量を超えるものの、気取らない大らかさを持つディアナを『好感が持てる異性』と益々の認識をしながら微笑む彼女を見つめるルイスは、その隣でハンドルを握る少女が興味深げに自分を見ていたことに気付く余地などなかった。



△▽



 賑やかさ溢れる首都アイヴォンを真っ直ぐに突き抜けたミネルバは、小綺麗な城壁に囲まれた門の内側へと誘導された。

 指示されたのは入ってすぐ脇の駐車スペース。そんな中、何台もの煌びやかな箱馬車と並んで停められていたバイクに目が止まる。


「あら珍しい」


 自動車ほど高価ではないが、それでも庶民が買えるほど安い代物でもない。

 しかし、風除けが無い上に二輪という不安定さ。それに輪を掛けるのがろくに荷物が運べないといった不便さが不評を買い、金持ちでも一部の者だけが好むコアな趣味の乗り物と化しているのが自動二輪バイクという存在だ。


 メタリックオレンジと銀のコントラストのあからさまに派手なバイクに見惚れつつミネルバから降りたルイス達。

 しかしその視線は靴音を響かせながらやって来た一人の女に釘付けにされてしまう。


「!?」


 丁寧に整えられた石畳を蹴りつけるのは八センチはある軸の太いヒールブーツ。それと一体化する黒革のレザースーツは、バイク乗りが好む転倒時の怪我を軽減してくれる “ライダース” と呼ばれる一枚繋ぎの全身服。

 奴隷に付けられる首輪の如くあしらわれた首元の装飾を始めとして、要所要所に配置される黒に映える銀色のチャックやチャームは見た目にこだわる人物であることを表していた。


 パッと見の印象があまりにも似ており、自然と身が固くなる。

 誰よりも大きく息を飲んだルイスだったが、それが勘違いであったと分かれば、生み出した緊張と共に盛大に息を吐き出した。


「感嘆の吐息を吐き出すのならまだしも、溜息を吐かれたのは初めてだわ。失礼な貴方、名を名乗りなさい」


 レザースーツにより露わにされる脚線美を含む見事なまでのプロポーション。ディアナにも負けず劣らずの彼女だが、釘付けにされるほどの双丘は持ち合わせていない。

 だが女性を感じさせる膨らみが無いわけではなく、ルイス好みの程よい具合だ。


「えっ!俺!?」

「溜息を吐いたのは貴方だけでしょう」


 エスクルサではレーンも身に着けていた、仮面舞踏会にでも出るかのような顔の三分の一を占める派手なマスク。素顔を隠すことで際立つ赤い紅の引かれた唇は記憶の女との違いが分からなかったが、胸まで伸びるストレートの黒髪が『あの女ではない』と物語る。


 何より決定的なのが、見えるように着けられた腕輪の色。それが『黒』であったなら疑いの目を向け続けていたかもしれないが、左手にあったのはバイクと同じ鮮やかなメタリックオレンジだった。



──彼女はディザストロではない



 期待と緊張、失望と安心の入り混じる深い溜息が女のカンに触ったのは間違いない。


「なんだなんだ?ルイスにもとうとう春が来たか?」


「あら、良い男ね。貴方のお名前を伺っても?」


 茶化しに入ったレーンを見て、目の色と共にあからさまに態度を変えた女だったが、さりげなく彼に寄り添ったディアナを見て仮面の奥にある目を細める。


「べぇっぴ〜んさ〜んっ!」

「えぇっっ!?」


 目をキラキラさせた筋肉ムキムキの御歳四十歳の男が女の前へと滑り込む。片膝を突いたグルカは黒い皮に包まれる左手を取ると忠誠を誓うかのように口付けをした。


「美しきおみ足に引き締まった尻、無駄な肉の無い美ボディとバランスを考慮した程良い胸。そして何より、きめ細やかな肌からなる美しいお顔……是非、このグルカに貴女のお名前を教えていただきたいっ!」


 漂い始めた険悪な雰囲気など一瞬にして霧散された。

 代わりに場にあったのは困惑を始めとする嘲笑、愉悦、呆然、羞恥。それぞれが醸し出す感情が入り乱れて混沌としている。


「ご好意はありがたく頂戴します。でもごめんなさい、筋肉には興味がないの」


 一撃で玉砕した筋肉の塊は、そのままの姿勢で石のように固まり微動だにしなくなる。


 代わりに、雌を感じさせる熱い視線を向けられたレーンは、鼻で笑いながらも機嫌良さげに口角を少しだけ吊り上げそれに応えた。


「人を待たせてるわ、行きましょう」


──これは自分のモノ


 見せつけるべくレーンの唇を奪ったディアナは、濃厚なキスの後で一瞬だけ女へと視線を向けた。

 それは、敵愾心剥き出しの宣戦布告。


「このわたくしと争うつもり?良い度胸じゃない。 今日は貴女と遊んでる時間がないの。次に会ったときには覚悟することね」


 『何故外れない』と突っ込みを入れたくもなるが、仮面を着けたまま掛けてあったヘルメットをおもむろに被ると華麗な開脚でバイクに跨り、専用ペダルを踏み抜き一撃でエンジンに火を入れた。

 流れるような動作で発進準備を整えた女は、怒気すら含む鋭い眼差しでディアナを睨みつけると、ヘルメットのバイザーを下ろしてアクセルを回す。


「レーンだ」

「キアラよ」


 二度、三度とエンジンを吹かし走り出そうとした直前、唐突に告げられた名前に名乗り返した女はヘルメットに当てた二本指を弾くように離すと、それを皮切りに腹に響く心地良いエンジン音を残して走り去って行った。




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