23.来訪するなら予約しろ!
『処女航海は生みの親がする』と、所有者を差し置き頑なに運転席を譲らなかったゼノではあるのだが、爺ちゃんズ七人でのじゃんけんに勝って得た権利だとはルイス、レーン、ディアナの三人は知る由もなかった。
「出力二十パーセントまで上昇」
「メイン、サブ共にエンジンに異常なし」
「魔力回路、同じく異常なし」
「通常運行モード、準備OK」
「戦時の為、常時魔力障壁展開」
ハンドルを握るゼノ以外の爺ちゃんズ全員が手にするのは、人間の顔より少し小さめな長方形のコンピュータ。重さが僅か三百グラムという驚異的な軽さを実現した板状の箱は、タッチパネルを採用した厚さが一センチしかないタブレット式の制御端末だ。
魔攻機装という最新分野でさえ、メンテナンスの際には重さが二キロ前後もあるノート型のパソコンが使用されるのが一般的。
整備士の証である腕輪の助けを借りて自身を媒介にパソコンと魔攻機装とを魔力によって繋ぐ無線式なのは同じなのだが、世界に名だたる帝国ですら持ち得ない超軽量、かつ、五分の一という世の中の常識を覆す小型化に成功しているのは、魔攻機装工房【永遠なる挑戦】の技術力が世の流れから外れた高い位置にある事を如実に物語っている。
「皆の者、ミネルバの産声だ」
「いざ行かんっ、未知なる大地へ!」
まるで違う惑星にでも旅立つかのように緊張感漂う準備体制であるのだが、彼らが乗り込んでいるのは少しばかり風変わりだとはいえ所詮はただの自動車。
一先ずの目的地も、近くはなくともそれほど遠くもない帝国から見て先隣の国であるキファライオ王国。我が道をゆく彼らの思考を理解しつつあるルイス達からしたら “また始まってる” と白い目を向けるのは仕方のない事であった。
しかし、自動で開き始めた工房のシャッターが鉄の擦り合う軋み音を響かせ始めると、似たような顔をしていたレーンとディアナにも緊張の色が顔に付く。
「尾け付けられてなかったようだな」
扉を開けたら帝国兵がずらり……などという事態も想定はしていた三人だったが、静まり返った夜のエスクルサには人っ子一人見当たらず、どうやら取り越し苦労であったようだ。
△▽
占拠された薄暗い車席では六人が手元のタブレットを操作し、その光を受けたオッサンの顔が浮かび上がっているという異様な光景。
車席と住居部とを繋ぐ扉からシークァ発進の様子を見ていたニナを含めた四人だが、喧騒の無い静かな町を軽やかに走り始めた辺りで違和感に気が付いた。
「静か過ぎないか?」
レーンの言葉はごもっともな意見。 取り囲んでいた帝国兵がエスクルサに雪崩れ込んで町の至る所で戦火が上がっているはず。なのに、帝国兵はおろか、エスクルサ側の魔攻機装ですら見当たらない。
しかしレーンの疑問は別の意味も含んでいた。
「ええ、私も思ったわ……ねぇ、私が頼んだのはシークァよね? 走行スピードの割にはエンジン回転によるボディソニックが少ない。その代わりに独特の高周波な音が聞こえる。どう考えてもこれは自動車ではないわ。
どういうことか説明してくれない?」
アイドリング程度のエンジン音はサブ動力としていつでも出力をあげられるよう待機状態であるから。
ではなぜ、スピードに乗って走行している現在、自動車の動力源であるエンジンが待機状態であるのかと疑問に思うのは当たり前のことだ。
「シークァの製作は依頼された」
「だがシークァとはなんじゃ?」
「シークァの定義は?」
「要求されたのは移動式の住居」
「そこに曲解も間違いもない」
「ディアナのイメージは輸送車だったからな」
「目立たぬように見てくれは合わせたぞ?」
「面白れぇじゃねぇか。まさか一月で造っちまうとは思ってもみなかったが、高性能なのは良い事だろ?」
「そうだけど……思ってたのと違うっ!
はぁ……まぁ、考えても無駄よね、前向きに行きましょう」
【ミネルバ】と名付けられた特別なシークァは青白い光りを撒き散らしながら夜の町を駆け抜ける。
目立たぬよう車体の下から放出される淡い光りは、言わずと知れたアリベラーテ機構が放つ独特の粒子。
つまりミネルバは、レーンの所持する魔導バイクを見た爺ちゃんズが、それを真似て独自に開発した世界初の【魔導車】であった。
「それはそうと、やっとお出迎えのようだぜ」
顎で指されたと同時に遠地拡大された対象がフロントガラスに映し出される。
それは行手を阻むように立ち塞がる一機の魔攻機装。
「ハッハーっ!俺様ってば冴えてるじゃ〜ん!ここでアレをぶっ壊せば手柄は全て俺様の独り占めってな。 さぁ、来い!」
一際目立つ膨らんだ両の拳を打ち鳴らし、腰を落として迎撃の姿勢を見せるのは、エスクルサにやって来た最後の宮廷十二機士である第十二位の【ベレニック・マルコーニ】。
しかし、そんなことは梅雨知らず、標的を確認した運転手ゼノは口の端を吊り上げ愉しげにとんでもないことを口にする。
「これより主砲の発射テストを行う」
常時魔力障壁などという大それたモノを展開しアリベラーテ機構を駆使して移動するミネルバには、障害物を排除するという名目の元に【魔導砲】なる特殊変換された魔力を打ち出すという、これまた世の中には存在しなかった物騒な砲台が装備されている。
「サブ魔導エンジン始動」
「試射の為、出力は四十パーセントに」
「対象との距離、およそ五百メートル」
自動車に取り付けられるとしたらせいぜい銃器程度が関の山。しかし、魔力障壁を展開できる魔攻機装相手に銃火器程度で効果を期待できるはずがない。
「おいおい、マジかよ」
「私のシークァなのに……」
彼等の言動に『そうではない』と知ったレーン達は、魔攻機装の魔導技術を用いたという時点で気付くべきであった。
「お師匠さん達はいつでもマジですよ?」
小首を傾げて冷静な回答をするニナを他所に、魔導車ミネルバのフロント部分の一部がスライドして直径二十センチの円筒物が顔を覗かせる。
車体から頭が出るよう数センチだけ前に迫り出した砲身は、まるで周りから力を集めるかのように何処からともなく湧いて出る光の粒子を砲内へと吸い込み、ライトのように灯した光を徐々に強めて行く。
「目標出力まで三、二、一……準備完了」
「対反動出力、準備完」
「光遮幕展開OK」
その間、僅か十五秒。元々灯っていた前照灯など霞むほどに強く輝く三つ目の光。
只ならぬ雰囲気に違和感を感じるものの筋肉自慢のベレニックに退く気は微塵も無く、ただただ獲物の到着を待ち侘びていた。
「魔導砲、発射!」
夜のエスクルサを昼に変えるほどの眩い灯り、暗闇を引き裂く一条の光は何の迷いもなく一直線に駆け抜ける。
「何これ!?」
「これが魔導砲……」
「凄まじいな」
「こんなの付けて良いなんて許可してない!」
愉しげな七人とは裏腹に、目を見開くレーン達。
しかし、同じように驚きを見せたのは、光が向かう先に佇むベレニックも同じ。
光源がより一層強くなったのを感じた瞬間、強い圧力を持った光の波が襲いかかって来るのを理解する。
「何だと!?」
だが、気が付いた時には既に遅い。
一秒足らずで駆け抜けた光の奔流は、己の判断の誤りに気が付いた時にはもう目の前。
死を覚悟して見開かれた目、ブラウンの瞳に写るは夜だというのに光の壁一色だ。
──しかしそれは一瞬にして黒く塗り替えられる
ベレニックが光に飲み込まれる直前、唐突に降り注いだ黒き光。
直進して来た光は黒き光と入れ違うかのように直角に進行方向を変えると、遥か上空へと立ち昇って行く。
「!?」
理解の範疇を超えた状況に呆気に取られていたベレニックは次の瞬間、無いも同然に魔力障壁を突き破った黒い手に胸ぐらを捕まれる。
それを認識した次の時には脳を揺さぶられる程の勢いで放り投げられており、宙を飛ぶ最中に思わず「俺の出番これだけ!?」と叫んでいたが、なす術もなくそのまま姿を消すこととなった。
△▽
「緊急停止!!」
魔導砲が直進を止めたのを見るや否や、ハンドルを切ったことにより横滑りを始めるミネルバ。進行方向に車体下を向けることでアリベラーテ機構を逆噴射に利用し、慣性力を無理矢理殺す。
「ディザストロぉぉっっ!!!!」
突然の事に騒然となる車内だがただ一人、ルイスだけは、ミネルバが止まるか止まらないかの瀬戸際で扉を開け放つと切迫詰まった顔で外へと飛び出して行く。
「馬鹿!早まるなっ!!」
「ルイスっ!待ちなさいっ!!ルイス!!」
レーンとディアナの声など耳に入らない。
外に出た途端に白い光に包まれたルイス。腰から噴き出す青白い光を全開にし、闇夜に佇む黒き光を目掛けて全力で疾走を始めた。
凹凸のしっかりした見事な身体のラインを惜しげもなく見せつける黒いボディスーツ。淡い黒光を帯びた両腕が持ち上げるようにして強調するのは、誰しもが羨むほどの美しい双丘だ。
魔攻機装の頭部から降りる目元を隠すための真っ黒なバイザー。漆黒の装甲に映える真っ白な肌色、そこに咲く真っ赤な唇は半端なく目を惹くものだった。
「うおおおおぉぉおおぉおおおおぉぉぉおおぉぉっっ!!!!」
怒りに狂った形相で迫り来るルイスを見つけると、赤の端が僅かに吊り上がる。
だが、それも一瞬。
少しだけ首を回した黒い魔攻機装を纏う女は、興味を失ったかのように口の端を元に戻した。
そんなものには気付きもせずに走り込むルイス。
ここぞというタイミングで軽く身を逸らしたのは、全身のバネを力に変えるための予備動作。先程奪ったばかりの槍が握られる右手を引き、己に渦巻く怒りと殺気とを原動力に渾身の力を込めて憎き黒き厄災へと突き入れる。
しかし、それが彼女に届くことはなかった。
何の前触れもなく飛び込んで来た暗黄色の帝国機。ルイスの槍と入れ違いに伸びた木の棒は、相対速度も手伝いアンジェラスの魔力障壁をあっさり食い破る。
「止めとけ。どれだけの想いがあるのかは知らんが、今のお前さんじゃ勝ち目はない」
鳩尾に食い込んだ棍は致命傷とはならないが、肺の空気を追い出すくらいは容易く行う。
くの字に曲がった身体を素早い身のこなしで肩に担ぐと、攻撃するでも逃げるでもなく、ただ成り行きを見守る黒き厄災へと向き直ったオリーブ色の魔攻機装。
「お前の目的はコイツじゃないんだろう? それとも、来たついでに俺と遊んで行くか?」
それが返事とばかりに身体を横に向けると、来た時と同じように勢い良く空へと舞い上がる。
垂直に立昇る黒い光は見るも美しい黒き粒子を残して視界から消えて行った。
「グ、グルカさん……何故?」
自分を捩じ伏せた相手を知り、未だ戻らぬ貴重な息を絞り出すルイス。
片目を瞑ったままの必死な様子を鼻で笑うと、仕方のない子供に言い聞かせるように優しく吐き捨てた。
「言ったろ?お前さんじゃ勝てない、と。ここで会ったのも何かの縁だ、俺より若い奴が死ぬのは目に余る」
帝国の近衛を纏める男のとはいえ、たった一撃で戦闘不能に陥ったルイス。それを肩に担いで歩くグルカが暗黄色の光を纏えば、次の時には微風に吹かれて闇夜へと消えていく。
「それに、お前さんみたいな弄りがいがあるやつが居た方が楽しそうだし、な?」
停車したミネルバの前で視線を送り続けるレーン、ディアナ、ニナの三人と、車内から見守る爺ちゃん七人。
そこへと向かう大きな男は、含みのある笑いを漏らしながらも魔攻機装を纏ったままのルイスを肩に悠々とした足取りで歩み続けるのだった。




