22.いやいや、ちょっと待とうか
工房の前を横滑りし、足を使い無理やり勢いを殺したルイスが身に纏った白い光を霧散させる。
「ゼノさん!!」
壊れかねない速度で開け放たれる小扉。慌てた様子で駆け込んだ先に居たのは、七人の爺ちゃんズとその世話を焼くエルフの少女。
乱暴に開かれた扉の音と肩で息をするルイスの姿に驚いて固まるニナは、持っていたおぼんを胸に抱き口元を隠す。
見た感じ完成されたシークァの前で図面の広げられた大きなテーブルを取り囲んでいたのだが、彼らが手にするのは言わずと知れた愛用のジョッキ。その中身は当然のように泡の立つ小麦色の液体が入れられている。
一度は興味を示したものの我関せずとばかりに視線を戻す爺ちゃんズ。一斉にジョッキを煽ると、何事もなかったかのように、先ほどまでしていたであろう話し合いへと意識が戻る。
「よぉっ」
唯一の救いは、彼らを代表したゼノが普段通りに軽く手をあげたこと。
「よぉじゃないですよっ!今、エスクルサがどんな状況か知らないのですか!?」
「エスクルサがどんな状況か、じゃと?」
「我らはシークァの作製に忙しい」
「よって、その他の些細など知らぬぞ」
「今はコレの完成が最優先じゃ」
「なんせ儂らの粋を集めた最高の作品だからな」
「全ての金も、な?」
「「「ガハハハハハハハハハッ」」」
ひたすらにマイペースな老人達を前に、額に手を当てたルイスは大きく溜息を吐き出し気分を入れ替える。
焦る気持ちと少しばかりの苛立ちを抑え込むと、良いですか?と切り出し、今宵の経緯と『今夜町を出る』と告げたディアナの言葉を彼らに伝えた。
「今夜じゃと!?」
「後二日は掛かると言ったのに!」
「無理じゃ……今夜など無理じゃぁ……」
「しかし、緊急事態ならば仕方あるまい」
「ではどうする?未完成品を納めるなど職人に有るまじきあほうの所業」
「未完成故、納めねばよいのでは?」
「ふむ。ならば仮納入、もしくはテスト運行と行こうか」
意見の纏った爺ちゃんズを見て、おぼんを胸に抱いたまま成り行きを見守っていたニナは、ゆっくり二回瞬きを終えた後で可愛らしく小首を傾げる。
「それはつまり、お姉様達に付いて行く、と?」
ニヤリと意味ありげな笑顔を浮かべた七人は一斉に親指を立てると声を揃えた。
「「「そう言うこと〜っっ!」」」
▲▼▲▼
何故それが入る!?とツッコミを入れたくなるような大きな部品が、観音開きにされた最後部の扉から搬入される。
そんな光景を目の当たりにすれば、己の常識が間違っているのかと愕然とした気分に陥ってしまうのは、正常な常識人であるが故の正常な反応だった。
「何でもかんでも持って行くのか?」
「当たり前だ!必要なものは全部詰め込め!」
「どうせココには戻らぬのだろう?」
「ゴミ以外は全部移動させるのだっ」
「取り敢えず全部押し込め、後で捨てればいい」
「急げ急げっ!時間がないぞ!」
「おおーい、手伝ってくれ!」
金持ちの象徴である【自動車】は基本的に貴族や大富豪の乗り物。その中でも商人や軍が使う物資を運ぶことに特化した輸送車の荷台部には魔攻機装技術が取り入れられており、見た目の容量の二〜三倍の物が入れられるよう空間が拡張されている。
それを推して尚、目に余る爺ちゃんズの搬送作業。何に使うのか想像も出来ないような長い鋼材や馬鹿でかい鋼板、果ては鉄屑のような物が山積みにされた小型のコンテナが次々と運び込まれて行く。
そんな中、走り回るターレトラックの後ろに引かれてくる生活用品らしき物の詰まるコンテナにちょこんと座らされていた等身大の人形は、彼らの手を止め視線を集めるに十分な場違い的存在感を醸し出している。
「おいっ、こりゃ〜誰のじゃ?」
「んおっ!?ま、まさかこれは!!」
「対悪魔用人型決戦兵器じゃな」
「カッコよく言うても大人のオモチャだろぅ?」
「ストレートな表現は控えるべきだ!」
「ならば人体模型と称するか?」
「儂の不二子ちゃんを乱雑に扱うなら二度と貸してやらんぞ?」
「「「誰が借りるかっっ!!!」」」
『紅蓮蜂』の異名に隠れて目立たなかった七人のドワーフが経営する魔攻機装製作所【永遠なる挑戦】。
操者としても設計者としても最高峰であるディアナを育てた工房には、当然のように世界でもトップクラスの実力を誇る爺ちゃんズが揃っている。
その彼らが全財力と持てる全ての知識を総動員して作った住居一体型輸送車が、ただ自動車に箱型の荷台をくっつけただけの一般的なモノであるはずがない。
ゆったりとした三人掛けの運転席と、左右二つに分かれた二列の後部座席。横幅二・五メートルの車体は大型ではあるものの、軍の輸送トラックと比べればそれほど目立つものでもない。
全長は八メートルと指定された六メートルをだいぶオーバーしたが、後部座席から続く荷台スペースには十分な広さを持つ部屋が十も用意され、二つの風呂場と広いリビングにキッチン、極め付けは彼らの工房に匹敵する大きさの魔攻機装の整備工房までもが完備されたあり得ない仕様に仕上がっている。
「圧縮された空間に入ると内臓がボロボロになりやがて死に至るんじゃ?」
普通それだけの装備を付けようと思えば居住スペースだけでも四階建てにしなければ辻褄が合わないのだが、それを可能にするのが彼らの空間圧縮技術。
金に糸目を付けないのであれば建設だけなら可能な技術者もいるやも知れない。しかし、この技術を昇華して造られた『マジックバック』に生き物を入れるのがご法度なように、圧縮された空間に人間が入ると人体に悪影響が及ぶのが確認されているため、輸送車の荷の積み下ろしには厳しい労働規制が掛けられているのが現状だ。
しかし、【永遠なる挑戦】が総力を挙げたこの住居一体型輸送車は全ての問題をクリアして完成されており、移動式の住居として時代の最先端を行く自動車と化していた。
「なんじゃ、我らの技術を疑うのか?」
「どうしようもない素人だのぉ」
「完璧な理論に基づく完璧な仕上がり」
「文句のつけようもない最高の出来だぞ?」
「銃弾はもちろん、爆弾や魔法だって跳ね返す優れた外装」
「盗難、侵入の防止に、技術詮索も許さぬ鉄壁の護り」
「特に風呂場に関しては、安全性を考慮して三台のカメラが二十四時間いつでもスタンバイ済みだ!」
「へぇ〜、何処に監視カメラがあるんですって?」
仲良く並んだ七人がドヤ顔でふんぞり返るが、気付かぬ内に工房の小扉から現れた人物の問いに視線を向けた途端、氷の彫像にでもなったかのようにピタリと動きを止めた。
しかし、最後に発言したゼノだけは気付かず、目を瞑ったまま顎をしゃくり、得意げに人差し指を立てて言葉を返す。
「そりゃ〜お前さん、よぉ〜く見えるように脱衣所に一台と浴室に一台。極め付け、は……」
「ふぅ〜ん……で?極め付けは、何?」
「あぅあぅ……ディ、ディアナ……お、おかえり?」
「えぇ、ただいま。 それで?極め付けはどこに付けたのかしら?」
「よ……」
「よ?」
「浴槽の中……だ」
“覆水、盆に返らず” とはよく言ったモノで、吐き出した言葉はどう足掻いたとて取り消すことなど不可能。
途中で失言に気が付こうとも、その時では既に遅いのだ。
ジトッとした目を向けるディアナの視線にたじたじになるものの、有無を言わせぬ気配を機敏に感じ取ったゼノは隠すべき秘密を暴露してしまう。
そして、そんな彼一人に全ての罪をなすりつけるべく、両側から押さえつける他の六人……ゼノ、哀れなり。
「ま、待て!話せば分か……ぐべっ!」
「カハッ!」
「ぐぉぉっ!」
「おぶぅ……」
「たはっ!」
「うがぁっ!」
「へぶっ!」
たが、そんなことで誤魔化される筈もなく、瞬く間に七度繰り出されたディアナのおみ足はゼノの鳩尾へのクリンヒットを皮切りに分け隔てなく全員に与えられた。
「ったく、この忙しい時に……聞いてるんでしょ? 出発するわ。今!すぐっ!」
綺麗に積み上げられた爺ちゃんズは何事もなかったかのように一瞬で並び立ち、軍隊の如く精錬された敬礼をして了承の意を示す。
「時間がないぞ!」
「出発だ!」
「急げ!」
「戸締りはしたな!?」
「忘れ物はないな!?」
「証拠は隠滅したな!?」
「いざっ行くぞ!皆のモノっ!!」
「ちょぉ〜っと待ちなさい!!」
慌ただしく動き始めた爺ちゃんズに、青筋を立てたディアナから待ったの声がかかる。
心底迷惑そうな顔で “忙しいのに!” と無言で訴える彼らの態度は、感心するほどの変わり身の早さだ。
「まさかとは思うけど一緒に行こうとか思ってないわよね?」
「何を言ってるんだ?」
「一緒に行くに決まっておろう?」
「……これって私のシークァよね?何を勝手に決めてるの!?」
「未完成の品を未完成のまま渡せるとでも?」
「ないない、ありえないっ!」
「時間を繰り上げたのは状況が変化したからよ。外側が完成してるのなら後はこっちでやるから師匠達は必要ないわ」
「わ、儂らを見捨てるつもりなのか!?」
「ディアナが連れない……白状者ぉっ!!」
「白状者って……まさか、前回置いて行ったのを根に持ってるの?」
「儂らは家族じゃ。短時間なら離れて暮らすのも我慢するが、お主はもうここに戻るつもりはないのであろう?
二人の邪魔をするつもりはない……ディアナ、儂らの事を思ってくれるのなら、どうか一緒に連れてっておくれ」
両手を組んで祈るような姿勢のまま、瞳をキラキラさせて訴えかける。
そんな姿を目の当たりにしたディアナはこめかみを押さえて大きく溜息を吐き出す。
「……で? 本音は?」
「エスクルサにも飽きたしな」
「そろそろ違う場所に行きたいわい」
「オゥフェンを見て思ぅたわ」
「世界には儂らの思いも付かぬ技術に溢れているのだろう?」
「ならばここで立ち止まっている訳にはいかぬ」
「まだ見ぬ美女を求めて!」
「まぁ、それも面白そうではあるがな」
「もう……好きにして」
消え入りそうな呟きに歓声を上げて沸き立つ七人。それとは裏腹に美しいオレンジの髪を掻きむしり、今しがた溜まったストレスを緩和させたディアナは薄紫の瞳を一人佇む少女へと向けた。
「ニナ、準備はできてるの?」
「お姉様、でも……」
「馬鹿ね、貴女一人を置き去りにするわけないでしょう? さっさと用意してらっしゃい」
「お姉様っ……はい!」
慌てて自室へと戻って行く後ろ姿が視界から消えると、両手を叩いてはしゃいだままでいる七人の注目を集める。
「さぁさぁ、時間がないわ。急いでちょうだい。 それと、カメラは外すこと、良いわね?」
「「「えええええええええ……」」」
「プライベートの保てない家族なら要らないわ。分かったら返事!それから、さっさと動く!!」




