20.俺はやりたい事をやる
「おい、ルイス……ルイス?」
「……え? あれ? チュアラン……さん?」
受け止めたは良いが反応を示さないルイス。打ちどころが悪く失神でもしたのかとチュアランが肩を揺らせば、まるで今、布団から抜け出たように間の抜けた声を返す。
「そうだ!チュアランさんっ、お願いがあって来ました! 今エスクルサには帝国兵が沢山居て……」
「アイツが宮廷十二機士か?立派な魔攻機装だが、操者のガキは性根が腐ってそうな面してやがるなぁ」
親切丁寧に一から説明を始めるルイスだが、エスクルサの裏の顔であるチュアランが知らぬはずもない。
顔には出さずに苦笑いを浮かべつつ、生真面目なルイスの性格を改めて目の当たりにしたチュアランは『あの二人に良いように利用されるわけだ』とルイスの不運に手を合わせてやりたい気分に駆られた。
「ったくよぉ、あの野郎は疫病神か?」
「えっ?」
話しを端折ったチュアランはあらぬ方向を見て溜息を漏らす。
その先からやって来ているのは魔攻機装を纏う大量の帝国兵。成り行きを見守っていた市民達も苦い顔をする。
人を束ねる者は敬服すべき風格を纏っている。それを持たぬ者は人の上に立つべき資格の無い者であることは余談だが、カリスマと呼ばれる素質は得てして分相応の立場へ押し上げる要因の一つだ。
コロシアム内の従事者だけでも一万人を超える規模を誇る一大組織のトップであり、操者としても侮れぬ気配漂うチュアランの登場に様子を伺っていたヴォルナーではあったが、水を得た魚のように、部下の到着に気が大きくなったようだ。
「僕は宮廷十二機士第六位のヴォルナー・コンラハム。その白い魔攻機装は犯罪者だ、大人しく引き渡してもらおう」
しかしその声は届かず……否、届きはしたが誰も聞く耳を持たなかった。
「チュアランさん、残ってたやつには全員声をかけて来ましたよ。居ない奴らにも端末で連絡を入れてあります」
黒から白へと変わり、もうもうと立ち昇っていた煙と炎の勢いも下火になっている。そこから湧き出すように集まる魔攻機装を纏う大勢の者達。
現状の対処の終わったコロシアムの面々は、チュアランの指示により招集されていた。
「どういうつもりで集まっている!即刻武装を解除しないと執行妨害で全員叩き込むぞ!!」
声を荒げようとも聞いてもらえないヴォルナー、これがチュアランというカリスマと比べられた人間としての格の違い。映えある帝国の最高峰、宮廷十二機士だというのに……哀れなり。
「チュアランさん!お願いしますっ!コロシアムであの二人を……」
「みなまで言うな。お前の女の保護なんだろ?おいっミトラ、頼まれてやれ」
チュアランが視線を向けるだけで割れる人垣。その奥には、不安そうに互いを抱きしめ、成り行きを見守るダニエメとミュリノアの姿がある。
二人に歩み寄る二機の魔攻機装。
(あれは受付のお姉さんと、いつかのエルフの女性。二人とも魔攻機装の適正者なんだ……)
「そんな面すんな。ディアナからの頼まれごとだからな、俺の名にかけて守ってやるよ。
それにしても母親じゃなくて娘が本命とか……まぁ、人の趣味に口を出すなんて野暮なことはしないけどよ」
「ちょっ!?ミュリノアはそんなんじゃ……」
「良いって良いって、恥ずかしがるな」
「違います!ミュリノアは……」
「将来が楽しみな可愛い嬢ちゃんだな」
「聞いて!チュアランさんっ!聞いてください!」
「恋や愛には年齢は関係ない。俺は応援してやるぞ?」
「だーーっ!そんなんじゃないんですって!!」
ダニエメとミュリノアが建物内へと連れて行かれる一方、焦りに焦るルイスを生暖かい眼差しで見守るコロシアムの戦士達。
年頃の美しい娘がお相手であれば非難や冷やかしも入るだろうが、ミュリノアは六歳の女の子。いくら可愛いとはいえ、そもそもの “可愛い” の意味合いが違い、彼女を対象にしようなどという者は極めて少ない。
「それがお前達の答えなんだな?クククッ、良いだろう。この場にいる全ての者は犯罪者に加担した罪人だ。一人残らず全て捕らえ、この僕に逆らったらことを後悔させてやる」
声を大きくしても無視をされたが、逆に小さくなった独り言には居合わせた全員の視線がヴォルナーへと向く。
──肌に刺さるほど鋭くなる場の空気
「お前、今のは本気で言っているのか?」
低く言い放ったチュアランの言葉には何も感じることがないかのように、上機嫌に眉を吊り上げたヴォルナーは平然と言い返す。
「クククククッ、僕が冗談を言うとでも? この、僕が?」
チュアランを頭とするコロシアムの戦士は、模擬とはいえ常に実戦に身を晒している。居合わせたのは一握りだけが、町中に散らばる人数まで数えれば千に程近く、戦える関係者を含めれば数はさらに膨れ上がる。
相対するのはヴォルナーの従える魔攻機装を纏う帝国兵。
第二帝位継承者の殺害未遂という重大事件ではあるものの、それにしても過剰過ぎる送り込まれた二個連隊。その一部だけがこの場におり、残りの大部分はエスクルサから人っ子一人逃さぬように包囲網を敷いている。
「それはつまり、エスクルサに対する宣戦布告と取っていいんだな?」
力の篭る静かな一言が帝国兵達に騒めきを生む。
そんな事は聞いていなければ、ましてや、戦争をしかけるつもりでエスクルサに派遣されて来たわけではない。
だが、帝国という組織に属する以上、命令には従わざるを得ないのだ。
──否定してくれ!
彼らの願い虚しく、彼らの上官たる宮廷十二機士第六位の男はこれ見よがしに口角を吊り上げ白い犬歯を剥き出しにする。
「我がリヒテンベルグ帝国はこの町に潜む犯罪者の捜索に当たってきた。しかし、大々的な捜索にも関わらず当の罪人は見つからずに一月もの無駄な時間が過ぎ去ってしまったのだ。
これは犯罪の証拠を隠滅するための、故意的、かつ極めて悪質な時間稼ぎである」
頭たるチュアランが腕を組んだまま沈黙している以上、その背後に並ぶコロシアムの戦士達も彼に従い何も口にしない。
ヴォルナーが罪人認定した時点で彼らの心持ちは決まっており、後はチュアランの号令を待つのみなのだ。
「重犯罪者レイフィール・ウィル・メタリカンの罪は国家反逆罪。それを一ヶ月にも渡り匿ったことにより、エスクルサの全住人は犯罪者加担の容疑が掛けられる。大人しく捕縛されろ」
「一ヶ月も探して見つけられなかったのはてめぇらがボンクラだからだろうがっ!それを俺達のせいにするんじゃねーよっ!!」
「そうだそうだ!無能の責任を他人になすりつけんじゃねぇ!!!」
コロシアムなどという荒事を生業とする集団の中には我慢の限界値が低い者も少なくない。一人が声を荒げれば堰を切ったかのように溢れ出す不満の声。
ボスに逆らうつもりはない。しかし、あからさまな横暴には黙っていられないのだ。
「おいおい、こんな夜も更けてから喧嘩か?大人数でなんとまぁ……面白そうだから俺も混ぜてくれよ」
性能の保証された魔攻機装を纏い、戦争のために訓練された帝国兵は安定した戦闘力を誇る。
その一方コロシアムの戦士達には特出した強さを誇る者もいるが、実験や試作といった未完成の機体を駆る者も数多くいる。
謂れなき罪で犯罪者に仕立てられるのならと殺気にも似たヤル気に満ちるエスクルサ側と、聞いてもいない無茶な状況に戦意がイマイチな帝国兵。
それを加味してもまだ帝国兵側に部がある現状に石を投げ入れたのは身長が二メートルもある大柄な男。生身でありながら魔攻機装を纏う兵と体格差が然程もなく、筋肉で出来た鎧は見る者を畏怖させる。
「グルカ・ステンヴァル! 近衛のお前が何故ここに居る!?」
だが、その笑顔は清々しくもあり、全体の印象で見れば接しやすそうな、人の良さげな雰囲気。
「何故も何も、俺がココに居ちゃダメとか法はあるめぇ?ちっと飲んで散歩してたら面白そうな喧嘩を見つけたから飛び入り参加ってとこだよ。
つか、チュアラン、久しぶりだな?」
近衛隊長を務めるグルカが皇帝をほったらかして王宮を離れるなど職務放棄もいいところ。あり得ない状況に目を見開いたヴォルナーだが、彼の顔を知る多くの帝国兵もまた混乱していた。
「何しに来た?帝国兵。 今、こっちは忙しいんだ。さっさと自分の持ち場に戻りやがれっ」
「お前に言われたかないが寝たきりのオッサンの介護には飽きたんでな、休職願い出して今は無職のプー太郎なんだわ。だから俺には、持ち場なんぞないのっ」
ドヤ顔で胸を張るグルカの発言にコロシアム側の人間ですらドン引く。
「お、お前……ふざけてる、のか?」
それはそうだろう。世界でも一、二を争う大国の皇帝陛下を『オッサン』呼ばわりし、あまつさえ近衛の任など放り出して遊びに来たと言うのだから、自己中の激しいヴォルナーでさえ己が耳を疑ったとしても何ら不思議ではない。
「いやいや。 公の場にも出ねぇ、公務は部屋でやるが誰かに会うでもなし。ましてや代理人が仕事を肩代わりしているから、気を遣った奴らは誰も会いに来やしねぇ。
な〜んも危険がないのに一日中張り付いて護るっておめぇ、考えてもみろよ。護衛対象に危険が無いのは良い事だが、何が楽しくて近衛なんてやれってんだ?この身体は使うために鍛えてんだぜ?」
言いたいことは分かるが、納得は出来ぬ。そんな顔をする面々が半分、残りは適当に聞き流した連中だ。
「つーわけでぇ、大人数のうえに魔攻機装まで使って喧嘩しようってんだよな? 結構けっこうコケコッコー。楽しそうだから俺も参加するぜ?
まぁ問題はどっちに付くか、だが、どうすっかなぁ……」
近衛という日陰に属する者であったとて、帝国の誇る最高峰の部隊を率いる隊長。
登場してからというもの場の空気を完全に己のものとしているグルカは、値踏みするかのようにゆっくりと辺りを見回す。
まさに今、火蓋が切られようとしていた商業都市エスクルサ vs 宮廷十二機士率いる帝国軍の戦争は帝国側がやや有利な現状。その均衡を傾けかねない大きな力であるグルカの参戦に、両陣営を含めた観客であるエスクルサの住人までもが固唾を飲んで彼の言葉を待っている。
「お前は帝国の人間だろう!非番とはいえこの状況に出くわしたのなら手伝うのが筋だ!!」
「まぁ正論だな。けどな、それじゃつまらんだろ? 久々に『蒼斧』とやりあうのも悪かないが、それは別に今じゃなくても構わんしな……よしっ、決めた!
丁度良い機会だしな、性根が曲がりきったクソガキの性格を叩き直すとしよう」
「お前っ!帝国に逆らうつもりか!? 反逆罪で報告するぞ!!」
不敵な笑いと共に白い歯を覗かせたグルカが暗い灰みの黄緑──オリーブ色の光に包まれる。
その身を覆ったのは何の変哲もない、大勢の帝国兵が使うのと同じありふれた魔攻機装。映えある近衛の隊長機だというのに、小さなアリベラーテ機構が数個あるだけの何の変哲もない量産機だ。
強いて言えば、身長二メートルの体格に合わせたLL型の機体だという違いだけ。
「俺は休暇だと言った、その俺が何処で何をしてようが勝手だろう? 報告したきゃ好きにしろ」
手に持つ四メートルの棍を華麗に振り回し、標的であるヴォルナーへと先端を突き付けたグルカは、何とも楽しそうな顔で集まっている全ての者達に聞こえるよう静かに声を張る。
「俺の楽しみの邪魔するってんなら全部蹴散らしてやるまでさ。
ほらっ、さっさと構えねぇと、知らねぇぞ?」




