14.緊急事態でございます
背中に取り付けられたアーム型のギミックは実に十にも登る。
いくら実戦データ取りが目的のテストリーグとて、それだけの数のギミックを一度に着けているなどあまりお目にかかることはなく、それでも動けているというのはある意味称賛に値する設計であった。
相対しているのはギミックの一つも見当たらない至ってシンプルな機体。しかし軽やかなステップを踏むその機体は一箇所として同じ色のない派手なボディを持つ。
肘を境に上下が対照色に塗り分けられ、当然のように左右は対称でなく足も同じようにカラフルに仕上げられている。何十とある身体のパーツでさえ事細かく色が分けられており、一見するとぐちゃぐちゃに見えるものの、少し離れて見れば大多数の者が頷くハイセンスな色合いに仕上がっていた。
そのカラフルな魔攻機装を操るのはエスクルサで今一番話題の男。連日に渡り帝国兵が探し求める無能の烙印を押されし第一皇子レイフィール・ウィル・メタリカン。
しかし当の本人はどこ吹く風で気にする素振りを見せず、意外にも自身で気に入っていたりもするキラキラ仮面と黒い燕服に身を包むレーンは、違う呼び名ではあれ、テストリーグでも有名になりつつあった。
「アレってノーマル機体だろ?」
「すげーよな」
「今日も勝たせてくれよ!」
「キャーッ!タキシード様ぁ〜!」
『純白の不死者』の異名を付けられたルイスの激闘があった翌日、ディアナの持つ魔攻機装を借り受け、魔法無し、ギミック無しの縛りを自らに課して、一番目立つ可能性の少ないテストリーグへと参戦した。
壊れなければ一日に何度も出場することが当たり前のリーグではあったが、暇を持て余していたとはいえ、初日から二十連勝もすれば悪目立ちもする。
目立つカラーリングの機体に、荒事には不釣り合いな衣装と怪しげな仮面。素人とは思えない鮮やかな身のこなしの上に、拳一つで勝利してしまう謎多き男。
彗星の如く現れたレーンの存在は『Mr.タキシード』の闘志名と共にじわじわ拡がり、負け無しの彼には何人もの追っかけが付くほどの人気ぶり。
当初、そんな目立つことをしていればいくら顔を隠していようともすぐにバレるだろうと覚悟はしていたレーンではあったのだが、そこは会員登録をしないと入場も出来ないコロシアム。正式な手続きをして帝国兵がやって来る時間にはレーンの試合は行われないようあらかじめ連絡がされ、経営者であるチュアランがうまく操作し身バレを防いでいた。
それでも客に紛れて潜入する兵や、勤務外の時間に個人的に入り込むのは防げるはずもなく、一目でバレるまでは行かなかったが、怪しい人物としてマークはされるようになっていた。
試合開始のゴングと共に走り出した二機。相手のギミックが動き始めたのを目にするや否や、レーンの駆る【アーテム】は勢いを殺さぬよう器用に床を滑りながら腰を落とす。
その機体は設計から組み立てに至るまでの全てをディアナが行ったもの。
ギミックこそまだ取り付けられていないが、当然の如く拘りの強い彼女の欲望を満たす為にハイエンド仕様に計算され尽くしたボディ。見た目には市販されているノーマル機と区別が付かないものの、性能が段違いなのは火を見るより明らかだった。
「くそ! だが、まだ一本やられただけだっ!今度こそテメェの思い通りにゃさせねぇぞっ、黒服!!」
開始十秒、すれ違いざまに十あるギミックの一本を引き千切られたものの、すぐ様反転しレーンに襲いかかる根性だけは見事なものだった。
「ハンッ! またボロ雑巾のようになって、泣いて帰るんだなっ、モリガンさんよ!」
二人が対戦するのはこれで七度目。最初こそテストリーグの名に相応しく試作された様々なギミックを装備しテストバトルに挑んでいたモリガンだったのだが、対戦する相手のギミックをむしり取る、もしくは破壊してから勝利するというレーンのスタイルに対抗するため『如何に多くのギミックを装備し、破壊されないようにするか』に趣きが変わってしまっていた。
本末転倒であるように思えるが、視点を変えれば単純なモノとはいえ、数多くのギミックを搭載、制御するにはそれなりの技術力が要るのに加え、魔攻機装自体の操作も複雑になる。
その難題を数日でクリアし、負けども負けども心折れることなく同じ相手の前に立てるというのはある意味凄いことであった。
「くぉぉっ! まだまだぁぁっ!!!」
二機がすれ違う度に数を減らす背中のアーム。既に半数が床に転がっているものの気合いの入ったモリガンは臆することなく攻め続ける。
しかし相手は突進して来るだけなのに、捕まえるどころか、肝心要であるアームが掠ることすらない。
何クソ!と気合を入れて腕を振り抜いた途端にバランスを失い両の膝を突く。それは駆け抜け様の膝への一撃によるものだった。
続いて起きる衝撃により床に突っ伏すことになったモリガンの視界は塞がれてしまう。
「くそっ!ばか、やめろーーっ!」
「止めろと言われて止める方がバカだ」
「正論だがお前がバカに変わりはない!」
「っせーな、大人しくさっさと降参しろよ」
「降参など誰が! 卑怯者めっ!」
「はあぁ?俺のどこが卑怯だ、この野郎っ。 だいたいよぉ、何のために付いてんだよ、コレ」
相手の頭に足を置き、身動きの取れなくなったところで背中のアームをむしり取る。交差一回で一本取るより、この方が効率良く終わると考えての行動だった。
「…………え?」
しかしレーンの指摘通り、本来、相手を如何にして倒すかを考えて造られたギミックなのだ。
本体が動ける動けないに関わらず動かせるはずのアームは停止し、されるがままの状態。しかも邪魔するもののないうつ伏せの状態で、だ。反撃に出るどころか動きすら止めていては引っこ抜いて下さいと差し出しているようなもの。
「くそぉぉっ!忘れてたぁ!」
「やっぱりバカはおめぇじゃねぇか」
「うぉぉぉっ!やめろぉぉっっ!!」
「止めるか、あほっ」
指摘に気が付いたのは最後の一本に手がかけられた時、握られたアームは彼の願い虚しく、呆気なく毟り取られて投げ捨てられた。
「ぐほっ」
「出直せっ、馬鹿野郎」
「次こそは我々が勝利をっ……カハッ!」
そして残された本体が蹴り飛ばされると、壁を支えに立ち上がったところにレーンが走り寄り、勢いを付けた拳が鳩尾へと叩き込まれたのだった。
△▽
一目で高級と分かるソファーとローテーブル。使われるかどうかさえ怪しいキッチンは最新の調理器が備え付けられ、最奥の壁を占拠する棚には高価な酒瓶がズラリと並べられている。
「よぉっ、えらい派手にやらかしてるようだな」
豪華とは程遠いが、質素とは言えない調度品の置かれたコンクリートの部屋。
ここはナンバリングを受けた上位五十名に与えられる個別の控室がある区画で、その中でも一際広い特別室をあてがわれたレーンは、遠慮することなく試合後の大して疲れてもいない身体をソファーに沈めていた。
「ああ、おかげさまで端金が貯まってきたらしい」
如何にデータ取りが目的のテストリーグと言えども開発や製造に金がかかるのは当たり前のこと。その彼らを僅かなりとも支えているのがファイトマネーなのだ。
製造工房や操者が全くの無名では得られる額はたかが知れているが、それでも客が金を賭ければ賭けるだけ、勝った時に得られる金は多くなる。
つまり、使用する魔攻機装の工房、もしくは操者が有名になるのに比例して賭けに参加する人数も多くなり、得られる収入もそれに乗じる。
工房はそれを使い新たな魔攻機装の開発に乗り出し会社を大きくして行くというのが、このエスクルサでの魔攻機装産業の在り方なのだ。
「おめぇよぉ、追われる立場だって分かっててやってんのか?」
「その件に関しては感謝してるよ。けど、俺が儲かるってことは、オタクの懐も暖まるってことだ。別に悪い話じゃないだろう?」
「そうじゃねぇだろ。金か命かと言われたら、命を取るのが普通だろ? 俺的にアンタは別にどうでも良いが、それでディアナが被害を被るのは我慢ならねぇ」
「感謝してるっつったろ?それを無碍にするつもりはないし、オタクさんの思惑は重々承知だ。俺が捕まろうともディアナは奴等にゃ渡さねぇよ」
酒を煽るレーンにしなだれ掛かるディアナ。二人の前に腰を下ろしたチュアランは返された言葉と現状とに盛大な溜息を吐き捨てる。
実際のところ、チュアランが庇い立てしてなかったらレーンは既に帝国の手に落ちていただろう。しかしそこはディアナたってのお願い、それを蹴るということは彼女とは縁を切るのと同義であり、チュアランの思うところではない。
「昨日もディアナに会わせろと言われたよ。当然断ったが奴等も焦っているんだろう。そろそろ限界だぞ?」
「ディアナ、シークァの完成はいつ頃だ?」
「稼働だけなら今でも可能らしいけど、師匠達が言うには、もう二、三日はかかるそうよ」
レーン達がエスクルサに入って既に一月弱、帝国兵達の焦りはピークに達してた。
いくらチュアランがこの町の裏の顔だとしても、比べるべくもない上位者たる帝国が本腰を入れれば庇い切れる筈もない。その懸念は現実のものとなり、タイムリミットは刻一刻と迫っているのだ。
「稼働出来るのなら今夜にでも町を出ろ」
「あ? そんなにヤバ目なのか?」
「俺が掴んだ情報が事実なら、手遅れになれば逃げるのは不可能だ」
「なんだよ、やけに勿体ぶるな」
「良いか、よく聞け……宮廷十二機士が来る」
待てど暮らせど吉報の入らぬアシュカルは業を煮やし、議会を説き伏せ帝国最大戦力たる宮廷十二機士を動かす承認を得た。
正式な指示で動く彼らは当然のように単独の筈もなく、帝都を発った兵力は正規兵千五百。それはエスクルサをも滅ぼせる規模の過剰戦力だった。
「ほぉ、それはそれは大層なこって」
「馬鹿野郎!笑い事じゃないんだぞ!!」
怒りに任せて殴られたテーブルが乗せられていた食器を踊らせる。その様子に怪訝な顔を見せたレーン。
ギヨームを難なく撃退した事により、強敵ではあれど、宮廷十二機士など然程恐れる相手ではないと認識していた。
しかし、眉根を寄せたチュアランから吐き出された次の言葉に肝を冷やすこととなる。
「向かってやがるのは宮廷十二機士が六人。それだけでも異常事態だが、更にその内の一人は【ジルダ・ベルモネート】、第三位の狂人なんだよ」




