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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第一章 星が集いし町
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13.それって難題じゃね?

「おお、心配したぞアシュカル。儂が床に伏せる今、其方が倒れたとあっては帝国の未来が危ぶまれる。 して、体調はどうだ?」


「ご心配をおかけして申し訳ありません、父上。ですが、お祖父様の時代には宮廷内で毒を盛られるなど日常茶飯だったと聞いております。何十年ぶりに事件がぶり返したとしても、過度に騒がれるのは皇家の尊厳を損ないかねません。

 何より、私の優秀な部下が事前に察知し未遂で終わっており、私はこの通り健常なままでございます」


 リヒテンベルグ帝国第二皇子であるアシュカルが尋ねたのは、一年ほど前から体調不良を理由に引きこもりがちとなった現皇帝【サディアス・サブリィム・フォン・メタリカン】の私室だ。


 出歩くのが困難とされる現在、多少の執務はこの部屋で行うものの、その殆どを宰相を始めとする腹心に任せ、自分は半隠居のような悠々自適な生活を行なっている皇帝。

 そのおかげもあり政の三分の二に携わるアシュカルだが、実際に権力ちからが及ぼせるのはまだまだ半分以下というのが彼の現状だった。


「しかし未だに信じられんのだが、本当にレーンの奴がお前に毒を盛ったのか?」


 レーンことレイフィール・ウィル・メタリカンは第一皇子であり、サディアスにとっても初めての子供。昔から聞き分けもよく賢かったレーンが、何故わざわざ弟であるアシュカルに毒など盛る必要があるのかと疑問に思っていた。

 しかしレーンが犯人だと騒ぎ立てたのは他らなぬアシュカル自身。自分の子が嘘を吐くなど信じたくない子煩悩なサディアスは、その真意を見極めたくてアシュカルを呼び出していた。


「私も自分の兄を疑うのは忍びありませんが、部下が慎重を期して調べた結果には確たる証拠もあり疑いようがありません」


「うむ……では、何故レーンはお前を? それについての心当たりはあるのか?」


「これは推測の域を出ないことではありますが、よろしいですか?」


「よい、申してみよ」


「はっ。子供の頃こそ優秀で次期皇帝の時代も安泰だと謳われた兄上ですが、いつの頃からか成長が止まってしまったかのように伸び悩んでおられました。

 きっとフとした折なのでしょう。歳の離れておらぬ私が政に深く関わるようになるのが目につき、皇帝の座を取られる、そう感じたのではないでしょうか。

 第一継承権を持つ自分を差し置いて成長を遂げた私のことが目障りとなり、ご自分が帝位を継ぐには邪魔になるのなら消してしまえと短絡的に考えたのだと推測します」


「それで失敗したから逃げ出した、と?」


「御意にございます」


 アシュカルの推論に不自然なところはなく、現実として起こり得る可能性を秘めていたことはサディアスも納得した。

 だがしかし、皇帝を継ぎたくないというレーンの本心に気付いている彼からしたらその推論は面白くもない冗談にしか聞こえない。


 それに、ぶっきらぼうで粗野な部分もあるとはいえレーンの性格を考えれば毒殺などという陰湿なやり方は好まないはず。どちらかと言えば闇討ちによる撲殺の方がまだ信じられるのだが、聞き及ぶ魔攻機装ミカニマギアの操作技術がアシュカルの足元にも及ばないとくれば、仕方なしにそういった方法に手を染めるやもしれないとも考える。


「そうか、お前の考えは分かった。あとは本人に直接尋ねるとしよう。

 して、レーンは今どこで何をしておる?」


「はい、現在は商業都市エスクルサに潜伏しているとの情報が上がってきております」


「エスクルサだと? 何故逃げたはずの者がそんな近場におるのだ?逃げるのなら帝国外に行くべき、そうだろう?」


 視線を投げかけられたのはサディアスの護衛としてすぐ側に控えていた宮廷十二機士イクァザム第一位の男【ウィルバー・クラフト】。

 彼は皇帝を護る任を専属とする近衛と並ぶほどに信頼を受ける帝国きっての操者ティリスチーだ。


「不自然といえば不自然なのかも知れませんが、あれでいて抜け目のない人です。何か目的があるように思えますね。 グルカ殿はどう考える?」


「いや〜俺は根っからの軍人だからな、ウィルバー殿やアシュカル殿下のように深いことは考えられませんな。

 もし俺が逃げるとすれば一目散に帝国の外を目指してどこかの国に紛れ込みますけどね、ガハハハハハッ」


 細身の優男ウィルバーの隣に立つのは誉高き近衛の隊長を任せられている【グルカ・ステンヴァル】。身長が二メートルもある巨体は筋肉の鎧を纏い横にも大きく、魔攻機装ミカニマギア無しでも素手で猛獣を討ち取るとさえ噂される肉体派の男だ。

 

「いくら広いエスクルサとて門を閉じてしまえば袋の鼠も同然。あの街に潜伏して随分経ちます故、もうそろそろ吉報が舞い込むことでしょう。

 何故兄上があの街に向かわれたのかは本人に聞けば分かること、今しばらくご辛抱ください」



△▽



 アシュカルが部屋を出ると同時、なんとも言えない複雑な表情で溜息を吐き出したサディアス。

 それに引き換えウィルバーとグルカは、項垂れる絶対的な支配者を見てニヤニヤとした不敬な笑みを向けている。


「笑い事ではないぞ、二人とも。 わがままレーンを連れ戻す算段はできたのか?」


「えっ?本気で連れ戻すおつもりで? 俺はてっきり放置プレイかと……」


「冗談も大概にしろ。あいつを放っておけばいつ帰ってくるのかなんぞ分かったもんじゃない。そうそうに連れ戻さねば俺がここに引きこもっておる意味がないではないか」


 サディアスの体調不良は決して嘘ではないのだが、それでも皇帝としての執務を行えないほどではなかった。しかし、動けるうちに帝位をレーンに譲り自分はサポートに回ろうと考え、政から徐々に手を引いて行った矢先に肝心のレーンがバックレタとあっては彼の思惑も露と消える。


「ですが相手はあのレーンですよ?たとえ今すぐ連れ戻したとて皇帝なんぞ誰がやるものか!って、またすぐ逃げ出すのがオチなんじゃないでしょうかねー?」


「やっぱりそう思うか?ウィルバー」


「いや、そりゃそうでしょ? じゃなかったら陛下の胃に心労が溜まるようなことは起こり得ませんぜ?クククククッ」


「ではどうしろと言うのだ?放置してもダメ、連れ戻してもダメ。このままではアシュカルが次の皇帝だ。 彼奴も決して悪くはないのだが、いかんせん肝っ玉が小さいところが気になって仕方がない。

 お前とてアシュカルが皇帝になれば彼奴に頭を垂れて無理難題を聞かねばならなくなるんだぞ?」


「じゃあ、そうなる前に俺は近衛を引退しますかね。 どうです?陛下も隠居して暇になるんだから一緒に片田舎にでも引っ越しなんてのわ?」


「うむ、それも悪くない……って、お前は俺に何を言わせるのだ? そんなことになればお歴代の皇帝方に顔向け出来んくなるではないか」


「じゃあ、お顔の見えないくらい遠くに引き篭もれば万事オッケーですねっ」


 あり得ない冗談で笑い合う三人は立場を超越した確かな信頼で強い繋がりを持っていた。

 しかし思いを同じにするレーンの皇帝就任にはいくつもの壁があり、それをどう乗り越えるかには三人が三人共、頭を悩ませている。


「話しは戻るが毒を盛ったのはレーンなのか?」

「いやいや、陛下。あり得ないでしょ」

「ではレーンを犯人に仕立てた真の犯人がいる、と?」

「アシュカルの自作自演でない限りそうなりますねぇ」


 一つ目の壁は大前提である本人の納得、自由を欲するレーンを説得することこそが最も難解であり彼らにとって最大の障害とも言えよう。


「そっちの調べは進んでいるのか?」

「それがなかなかに強敵のようで、未だ手がかりはゼロの状態です」

「ふむ……強敵、ねぇ」


 一つ目に比べたら軽いものではあるが、二つ目の壁は他の帝位継承権を持つ者達の抑制。


 皇帝の直系にしか継承権が与えられないリヒテンベルグ帝国。現在、それに該当するのは四人。

 しかし体調不良が理由で世代交代をしようとしているので一、二年の内に皇帝がすげ変わるのは間違いないだろう。それを考えれば継承権上位で成人しているレーンとアシュカルが健在な以上、現在十一歳の第一皇女や七歳の第三皇子に帝位が回ることはない。


 これに関しては実質アシュカルだけが問題であり、時間がかかるとはいえ、現在政治の中枢深くまで関わらせているアシュカルを皇帝の権限により少しずつ弱体化させてしてしまえば事足りる。


「逆に考えればそこまでの完璧な工作が出来る奴の方が数が少ないんじゃねーですかね?」

「グルカ……」

「なんでした?」

「お前にしては冴えてるじゃないか」

「おおっ!陛下からお褒めのお言葉がっ!?」

「くだらん演技は要らんわっ、たわけめ」


 ともすれば二つ目に掛かる可能性も秘めてはいるが、最近浮上した三つ目の壁はレーンを貶めようとする勢力が存在するということ。

 これがアシュカルの手勢であるのなら彼の力を弱めれば解決の糸口が見えるだろうが、確たる根拠がないながらもサディアスはそれは違うと断定している。


「して、先日頼んだ準備は順調か?」

「ええ、滞りなく」

「そうか、ならばよろしく頼む」

「頼む、じゃなくて、やれ、でしょ?皇帝陛下?」

「うむ、よしなに」


 アシュカルとは違うベクトルで動き始めたリヒテンベルグの皇帝派。だが自由奔放なレーンは彼らの思惑通りには動かないだろう。

 そして時代の波は帝位継承権を巡りゆっくりとした速度でうねりを大きくして行くこととなる。




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