9.完全なるアウェイですがな
歓声渦巻く巨大な建物の一角、二十メートル四方に掘られたキューブ型の穴は、魔攻機装同士が闘いを繰り広げる見世物の舞台として昔からエスクルサに住む人々を楽しませてきた。
魔攻機装は戦いの為の道具として開発されており、相手を倒すことを目的として製造されることが殆どだ。
その魔攻機装の製造が盛んなエスクルサでは新造された機体の性能を試す為にわざと小競り合いをする者が後を絶たたず、その対策として創られたのがコロシアムと呼ばれるこの場所だった。
⦅本日のぉ〜メィ〜〜ンイベントわぁ〜、コロシアム史上二機しかいない殿堂入りした勇者の一人ぃ、三年前に忽然と姿を消した我らのアイドル『紅蓮蜂』ディ〜〜アナ〜〜!⦆
身振り手振りの大きなマイクパフォーマンスで揺れる、頭から生えたふさふさのトラ耳。魅力的な八重歯を光らせた若い娘がマイクを通して声を張り上げると、それを合図に十メートルはある特大のスクリーンに笑顔で手を振るディアナの姿が映し出される。
たったそれだけのことで喧騒に塗れていたコロシアム内は割れんばかりの歓声で溢れ、司会であるトラ耳のお姉さんが落ち着くのを暫し待つほどである。
「やっぱお前も魔攻機装を持ってたんだな?」
「性能テストを兼ねて乗ってたんだけど、私ってほら多才だからさ、変に悪目立ちしちゃって……別に隠してたつもりはないわよ?」
「構わねぇよ、女の過去には興味がない」
「うぅ〜んっ!そんなとこも素敵!」
ディアナの人気は凄まじく、変装の為に真っ黒な服に着替えて舞踏会にでも行くようなキラキラマスクを着けたレーンへと抱きつけば『アイツは誰だ!』と凄まじい音量のブーイングが巻き起こる。
⦅舞い戻った紅蓮蜂は後日、一度きりのプレミアムバトルが予定されていることはここに宣言しておこう〜っ!!
だからぁ〜今宵わぁ〜彼女ではなくぅ! 無名ながらもぉ、紅蓮蜂が連れてきたコイツが挑戦者だ〜〜っ!!⦆
闘技場の分厚い壁がスライドすると、その奥の暗がりから踏み出す白い脚。
観客の注目が集まる中、一瞬だけ静かになった会場ではあったが、何の特徴も見当たらない純白の機体が光の元に晒されると会場は再び喧騒に包まれていく。
そこにあったのは疑問の声が殆ど。だが、それは仕方がない。
魔攻機装の強さとはゴツゴツとした機械じみたギミックで覆われている物理系、もしくは、何かしらのギミックを持ちながらも洗練されたデザインで纏められている魔法系の二択であるからだ。
ルイスの駆るアンジェラスはそのどちらでもない外観。観客の声は『あんなドノーマルの機体でトリに相応しい闘いが出来るのか?』という疑問が圧倒的多数である。当然のように罵倒する声も少なくない。
⦅あ……えっとぉ……一見すると目立った装備はないようですが、それでも紅蓮蜂一推しの白い機体はどのような闘いを見せてくれるのでしょうかっっ!⦆
それに追い討ちをかけるのがスクリーンに表示される機体データ。まだコロシアムで一度も闘ったことのないアンジェラスのデータの殆どが unknown と表情されているのは仕方ないとしても、機体属性まで『不明』と書かれては大多数の人間が本日最後にして一番盛り上がるはずの闘いへの不満が増すばかり。
⦅そ、それでゎ気を取り直してぇ〜、彼を迎え撃つ今一番勢いのある若者を紹介致しましょう!⦆
やる気を削がれたのは司会のトラ耳娘も例外ではなかった。
しかし流石はプロ。すぐにテンションを戻して話を進めると、ルイスが対面している壁がスライドし、肘から先の膨らみが気になる緑と白のコントラストが鮮やかな機体が姿を現す。
⦅皆様お馴染みコロシアムの三銃士『双月狩』のド〜ミニャ〜〜ス!!⦆
青髪の男がスクリーンに映し出された瞬間、今までの空気を吹き飛ばすかのように歓声が舞い戻る。
⦅ここ最近負け知らずのドミニャス!その戦績わぁ〜、なんとなんとぉ二十九連勝ぉ!今宵白星をあげれば驚異の三十連勝となりぃ、歴代三位の記録となっちゃいますぜぇ〜!
ちなみに歴代一位は我等がアイドル、紅蓮蜂の七十五連勝!無敗の女王の記録はまだまだ遠いがぁ、第二位である『蒼斧』の四十三連勝を目指して頑張ってもらいたいところだぁ〜⦆
「無敗ってなんだよ」
「ほら、私ってば出来る女じゃない?」
「わかったわかった、その通りだな。シークァが出来るまでしばらくかかるんだろ?俺も気晴らしに出るかな」
「出たいなら私の造った魔攻機装を使ってね?オゥフェンは目立ちすぎるから」
闘技場の上から見下ろす、もしくは各所に取り付けられたモニターで観戦するのが一般なのだが、コロシアムにおいてアイドルとされるディアナがそこに紛れては混乱が起こる。
そのため一段下に造られた個室、特別来賓席の窓から闘技場を見下ろしていたレーンとディアナ。
対戦する二機が向かい合い、開始の合図を待つ上では、観客達が手のひらサイズの小さなモニターを手に、時が来るのを待っていた。
「何だ?ソレ」
例に漏れずディアナも端末を手に取ると、その上側にカードを差し込み電源を入れる。するとそれを見ていたレーンが素直な疑問を口にした。
「この端末は今日行われる試合の対戦表だったり、出場する魔攻機装のデータを見る為のモノよ。コロシアムの醍醐味はどちらが勝つかのトトカルチョ。自分のクレジットカードを差し込む事でここから直接ベットできるのよ。わざわざ窓口に行かなくてもいいし、不正も出来ない。
端末自体が入館証になってて最初に会員登録する際に一万リロで購入するんだけど、合理的で画期的なアイテムでしょ?」
「そうか……んで?ルイスの倍率はどうな……ブフォッ!」
ルイスの機体がオゥフェンであったなら、例え初出場だったとしてもこうはならなかっただろう。
だが対戦相手はコロシアムの人気者。賭けにならない賭けにヤル気が削がれた客達ではあったが、儲けが殆ど無いのを分かりつつも三十連勝の記念にと、こぞってドミニャスに金を注ぎ込んでいるようだ。
「相手が相手だしね。 でもまぁ、私はルイスに賭けるんだけどね。強いんでしょ?彼」
その倍率はドミニャスが1.1倍なのに対してルイスは144,000倍……何処かの物好きが一人二人面白がって小金を入れたが残りの観客の全ては本命のドミニャスを応援といったところだ。
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膝と足の裏から漏れ出る青白い光、床を滑るように距離を詰めた
開幕直後からの派手なやりとりに沸く歓声。だが拳は虹色の幕が受け留め、ダメージ自体は皆無だった。
「お前は何故闘う?」
ドミニャスの問いかけはルイスの心に染み込んでいく。
「何故?……何故、だと?」
レーンは追われる身のうえ、あの機体は目立つからという理由で身代わりとして『金稼ぎ』に駆り立てられた。
しかし、そもそもだ。
レーンと共に居たのもただの成り行きで、二人の住居となるシークァの購入資金など知ったことではない。ルイスはルイスで目的があり、一緒に旅をしなければならぬ理由などありはしない。
だがレーンの移動手段は魅力的なもので、同じものどころか、人並み以上に金を持つルイスとて市販されている車やバイクを買うには私財が足りていないのだ。
だから当てのない旅を始めたルイスは、利用価値のあるレーンと共にいる。
(それはこっちが聞きたい!)
壁から身を離したルイスは拳を握りしめプルプルと震え出す。
「お、おいっ……」
動きはそれ程悪くはない。しかし見たところパッとしない機体で、千に近いコロシアム参加者の中でも最強に程近い自分に挑む理由を尋ねただけ。たったそれだけのことで、ただならぬ雰囲気を醸し始めたルイス。
かつて経験のない意味の分からぬ事態ではあるものの、地雷を踏んだ事を悟ったドミニャスは慌てた様子で突き出した手を パタパタ と振り “落ち着け” と身振りで示す。
「俺は……道具じゃ……ない……道具じゃ、ないのにっ……」
「分かった!悪かった、俺が悪かったから取り敢えず落ち着けっ!
そ、そうだ深呼吸しろ!大きく息を吸って〜、そうだ、そのままゆっくりと全部吐き出せっ」
スーハー、スーハー……
言われるがまま素直に従うルイスの様子を見守るドミニャスと観客達、熱気渦巻くはずの闘技場はいつの間にか静まりかえっていた。
「成り行き……だな。一緒にいる連中が金が必要らしいんだ。だからお前に勝って金を稼いでこいとの命令が下った、そんなところだよ」
一分というクールタイムを得て落ち着きを取り戻したルイスは、感情の籠らぬ淡々とした口調で尋ねられた己の事情を告げた。
それを見たドミニャスはホッと胸を撫で下ろす。
戦いが始まってすぐに精神的疲労が蓄積したが『これも奴の作戦か?』と疑問に思いつつも、さっきの様子を見ては疑うのが馬鹿らしく思えてしまった。
「お前、奴隷か? 目立った特徴はないが流石は紅蓮蜂のお墨付き、ポテンシャルは悪くない機体じゃないか。此処で名を挙げりゃ就職先にゃ困らねぇぞ?」
「そういう目的も有りだよね。けど俺は、名前になんぞ興味が、ない!」
青白い魔力光をその場に残して飛び出すルイス、だが直線的で単調な攻撃は幾多の激闘を繰り返してきたドミニャスには届かない。
殴りかかる腕を掴まれた次の瞬間、二メートルの巨体が水平に吹き飛ぶ。
【疾風よ、矢を放て】
宙を舞うルイスに向けて突き出された手のひら。緑の魔力が五十センチの細い矢を形成する度に次々と撃ち出されていく。
空中で反転し壁を蹴って横移動すれば、飛び退いた瞬間、足場にした壁へと緑の矢が突き刺さる。
【風の弾丸】
続け様に撃ち出される緑の弾丸。移動痕を付けるように壁に穴を開けていくが、肝心のアンジェラスには擦りもしない。
そのまま肉薄して拳を突き出したルイス。しかし口角の吊り上がったドミニャスの顔に嫌な予感がして咄嗟に取りやめ、慌てて身を屈めた。
「フンっ!」
純白の頭を掠めたのは緑色の脚。すぐさま身を起こすものの、今度は緑の魔力に覆われた腕が襲いかかる。
(やばい!?)
躱すには体勢が悪くカウンターも間に合わない。残された選択肢は防ぐのみだが、先ほどを上回る嫌な予感が駆け巡る。
他の手立てがないことに舌打ちしながらも目の前に交差させた両腕に意識を集中した。
「くぅぅっ……」
「何っ!」
魔力障壁越しに拳がぶつかり、押された衝撃で白い脚が床を滑る。
そのまま乱撃の襲来かと身構えるルイスだったが、その心配は無用に終わる。
渾身の一撃でも放ったかのように、拳を突き出したままで動きを止めたドミニャスは意外そうな顔でルイスを見ていた。
「まさか防がれるとは思ってなかったぜ、やるじゃないか」
膨らみの気になる両腕を覆う緑の光は風の魔力光、それが見えている時点で何かしらの魔法が発動しているのは間違いない。
「もっと簡単に倒せると思ったんだけどな、まぁいい。それならそれで斬り刻んでやるよ」
膨らみが外側に開くと、魔力に誘導された十五センチほどの細い棒が宙に浮く。
掴み取ればそこから伸びる細長い魔力光。風の魔力が形作ったのは魔力を刃とする二本の魔力剣であった。




