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魔攻機装  作者: 野良ねこ
第四章
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4-22.膨らんで行く黒い思惑

 広い室内には豪華なベッド。そこに横たわるのは腕を組み、思案顔をする初老の男。御歳四十五を数えたばかりの現リヒテンベング皇帝サディアスは、膝を突き、首を垂れる黒尽くめの忍びアッティラからの報告を受けて深いため息を漏らす。


「そうか、レーンはまだ戻らぬか」

「ハッ、レイフィール殿下は戻らぬと断言なさいました」


 それを聞いてサディアスと同じく深いため息を漏らした淑女は皇帝の横たわるベッドに肘を突き、両手で頬を支えるという信じ難い格好だというのに当のサディアスはおろか、同席する宮廷十二機士(イクァザム)第一位の男ウィルバー・クラフトですら注意をする素振りを見せない。


「レーンだって自由に生きたいのよ?ましてやあの子はまだ二十歳、しばらく好きにさせてあげるのが親の優しさではなくって?」

「いや、でもなぁエリザ。それだと俺の第二の人生が……」


 頬杖を突いたまま皇帝であるサディアスにジト目を向けるエリザベート。彼女はリヒテンベルグの第一王妃であり、レーンとまだ七歳の第三皇子ニズタントの実母。両肘と共にベッドに乗り上げる豊かな胸はサディアスの鼻の下を伸ばそうとするが、部下の手前、体裁だけは保ちたい皇帝は傾きかける心を引き留める為なるべく彼女を見ないようにしている。

 それでもチラチラと視線が谷間に吸い込まれているのは居合わせる全員が気付いていることなのだが……。


「何を仰ってるのか分からないけど、今でも十分謳歌してらっしゃるのではないですか?」

「何を馬鹿な……」

「レーンじゃなきゃ私は認めないって言ったのにアシュカルなんかに権力を渡したりして……奪われたテイを装ってらっしゃるようですけど、バレてないとでも思っているのかしら?」

「え、いや、あの、そ、それは……」

「そのおかげで国民達が酷い目に遭いつつあるのもご存じですわよね?」

「いや、それは俺の不徳の致すところで……」


 気心の知れる腹心たる近衛隊長のグルカも、帝国きっての戦力たる宮廷十二機士(イクァザム)に所属するウィルも軍人なのだ。分からないわけではないが、内政に関することに詳しくない二人は、サディアスが皇帝を引退したいがための策略の保険として徐々に徐々にとアシュカルに権力を移譲していることには気付いていなかった。

 経験を積ませるとの名目で五年以上前から始まった権力の引き継ぎ。それは密命を受けた宰相によるものなのだが、そもそもその命を出しているのは皇帝であるサディアスなのである。


「自分が楽したいがために国民を犠牲にするなんて最低な皇帝ですのね」

「いや、それは違うぞ。俺のような能力の低い者が皇帝として踏ん反り返っていてはだな……」

「どんな言い訳を並べようと職務放棄していることに変わりありません」

「し、職務放棄とは聞き捨てならんぞ?」

「あ〜ら、それじゃあ健康なくせにずっとベッドとお友達しているのは何処のどなたでしょうね?」

「いや、俺は……ゴホッゴホッ、まだ病が完治してゴホッ」


 医者より秀でた治療を行える再生師でも全ての病を治せるわけではない。それこそディアナのように膨大な魔力に任せて無理やり治させるという手が無いこともないが、それをあの桃色魔石(インペリウム)無しで行える者など存在しない。

 皇室専属の再生師は確かに優秀ではあるが、サディアスの病を治せないでいることもまた事実。


 だが、病状以上に調子が悪いと訴えるサディアス。それはサボるための口実にしか思えないと、身内の信用はガタ落ちなのである。


「そうでございますか。ならば夜毎部屋に訪れるあの再生師は役立たずなのでクビにしましょう」

「いやっ!まて!ラサラは国内でも指折りに優秀な再生師で……」

「その上若くて美しく、貴方好みの胸の大きな女、ですわね」

「ち、違ぅっ!容姿など二の次で、本当に腕が立つ再生……」

「では最近噂になっている夜毎この部屋から聞こえる嬌声はユーレイか何かの声だとでも?」

「なっ!そっ、それは、その……」

「お盛んなのは結構ですけど、正式に認められている私達以外に子供が出来て大変になるのは貴方なのです。その辺の認識はありますの?ありませんの?」

「それは大丈夫だ。ちゃんと外出しして……ハッ!」


 例えどんな噂が流れようとも受け流してしまえば所詮は噂なのだ。濡れ衣であると言い逃れも出来ただろう。しかし、一度認めてしまえばそれで終わり。滑らせた口を慌てて塞ぐが後の祭りである。

 黙って見守っていたウィルもアッティラもこうなってしまえばフォローすることは不可能。ご愁傷様と、憐れみの視線を向けるしかない。


「そのうち貴方の子供だと名乗り出てくる者が現れそうね。まったく……私はもうすぐ四十の年増ですしぃ、ご興味を持たれないのも仕方がないのかも知れませんけどぉ、リンスとアリサはまだ若い上に子供もまだ一人ずつしか授かってないのですからね、もう少し気にかけてやってください」


「う、うむ。努力しよう。そ、それよりエリザ!今宵の予定は……っ!!」


 ご立腹の妻を宥めるべく身を乗り出そうとしたサディアスの額にエリザベートの持つ扇子が突きつけられた。口を閉ざさざるを得ない状況に言葉を失い、何を言われるのかと冷や汗を流す情けない皇帝。

 一方、ジト目を向けるエリザベートは、細かなカールの施された髪を肩の後ろへと払う。腰まである長き髪は息子であるレーンと同じく艶々の金髪だ。


 美しき所作に二十数年連れ添ったはずのサディアスでさえ己の置かれた状況を忘れて感嘆を漏らす。

 窓から差し込む光を背にし、凛とした優雅な振る舞いで男を魅了する美女は世界に名だたる帝国の正妻に相応しき人物。


「私よりリンスとアリサだと先程申し上げたはず。どちらかと言えばリンスを可愛がって差し上げてください。第二皇子の母としてアシュカルを皇帝にするために思い悩む彼女は、障害となり得る私やアリサを排除する為によからぬ策を思案中だと耳にしておりますわよ?」


「なんだと? まことか?アッティラ」

「目下捜索中ではありますが、先日のお茶会で毒を仕込もうとしたのは事実のようでございます」

「なにぃっ!?なんでそんな重要なことを言わぬのだっ!」

「確証が取れておりませんし未遂で終わりました故……申し訳ございません」


「頼みましたからね?」

「エ、エリザ!待っ……」


 要は済んだとばかりにさっさと退出するエリザベート。その後ろ髪を掴むかの如く手を伸ばしたサディアスだが、ベッドに転がっていてはその願いが叶うはずもない。


「陛下、今夜はエリザベート様と……」

「分かっておる。分かっておるがどうしたら良い?」

「跪いて赦しを乞うしかありませんねぇ」

「王妃殿下は不安に包まれていると見るべきです。ならば土下座という究極の謝罪を試してでも赦しを得るべきかと」

「ど、土下座だと!?リヒテンベルグ皇帝のこの俺が、か?」

「陛下、身から出た錆でしょう?貴方がアシュカル殿下を調子に乗らせたのです。相応の報いはご覚悟なさいませ」

「土下座、かぁ……」

「それとも、エリザベート様をお捨てになるおつもりですか?」

「馬鹿な、そんなことはあり得ん」

「ならば、多少の痛みは受け入れるべきですね」

「……仕方がない、か。 ウィル、お前は女に苦労するなよ?」

「私は陛下のように複数の妻を持つ必要がありませんので、ご心配には及びません」

「アッティラ……」

「ご配心、痛み入りますが、俺は弱点となり得る(つがい)など持つつもりはありませんので」


 順当に継承権一位の者が跡を継げば骨肉の帝位争いなど起こることが少なかったリヒテンベルグ帝国。しかし今代は一位のレーンが逃げ出し、現在の行いからでも到底相応しく思えない第二位のアシュカルが台頭している。

 これにより影響を受けた第一王妃エリザベートと第三王妃アリサ。最初から諦めていたはずの皇太后妃の地位を狙って第二王妃リンスの黒い思惑は現在進行形で濃さを増している。




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