7.美人な姉ちゃんと七人の爺ちゃん
「とうとう死んだか?」
「それならこの工房は誰が使う?」
「それはおいおい決めればよかろう?」
感慨深げに魔石を眺めるゼノに声をかける事なく見ていたディアナ。
しかしその空気を壊すように奥の扉が開かれれば、現れた六人の小柄なお爺ちゃん達に向かい笑顔を浮かべた。
「「「ディアナ〜〜っ!!!!」」」
息の合ったコンビネーションでディアナを目指して飛びかかった爺ちゃんズ。
その一瞬を切り取れば空中にかけられた橋のようで、その後自分達がどうなるのかを見越しての行為のようにすら思える。
刻まれたスリットから曝け出す白い脚を開いてを腰を落とすと、半身を逸らして迎撃態勢を整えるディアナ。その姿からは熟練された達人の気配を感じさせ、傍観していたレーンとルイスが目を見張る。
「ハッ!」
突き出された拳は目で追うのが困難なほどに早く、行き先を九十度変えた先頭の老人が、撃ち出された砲丸の如く壁に激突し、床へと転がり落ちる。
「ぶべっ」
「ぐはっ」
「げはっ」
「ごほっ」
「かはっ」
「うがっ」
目にも留まらぬ早技は六度繰り返され、連続して飛んでくるジジイ共を寸分違わぬ同じ軌道で弾き返すと、壁際には肉の山が出来上がっていた。
「お前ら、いい加減学習せいや」
その前に呆れた顔で仁王立ちになるシドには『お前も同類だろ?』とツッコミを入れたくなったルイスだが、空気を詠んで控えておく。
「みんな元気そうね……あら?」
ディアナの視線の先、爺ちゃんズの入ってきた扉で固まる一人の少女。両手で顔の大部分を覆い金の瞳を大きく見開く姿は、驚きの余り声が出ないといった感じだ。
「ニナっ、貴女も元気そうね。少しは腕が上がったのかしら?」
肩の下まである金のポニーテールを揺らして激しく首を上下させるニナ。隠すことなく晒されている尖った耳は、彼女がエルフと呼ばれる希少種族であることを物語っている。
実際のところ彼女はシドの弟子ではないのだが、この七人のドワーフは魔攻機装を製造する会社を運営しており、自他共にディアナの姉妹弟子として認識され、ここで魔攻機装の製造技術を学んでいる。
「お姉様……」
両手を広げたのを合図に駆け出したニナは一目散にディアナの胸へと飛び込んだ。
ひしと抱き付く少女の背中に手を回し、もう片方の手で頭を撫でる。その様子は久々の再開を果たした姉妹のようで、見目麗しき二人の絵になる光景に暖かい視線が注がれた。
△▽
別室に移動すればお茶が用意されるかと思いきや、香りたつ白い陶器が用意されたのはディアナとニナの二人分だけ。
時刻はまだ十時にもなっていない午前の時間帯。並々と入れられたエールのジョッキが目の前に置かれると「えっ!?」と驚いた視線を向けるルイス。
だが逆に、それを置いたニナも「えっ!?」と同じように驚きを返す。
物造りに長けた種族であるドワーフ族は、まだ少女であるニナよりも頭一つ分以上低い、身長百二十センチと小柄なのが特徴だ。
男も女も例外なく酒好きな種族で “何か飲むなら酒” が当たり前となっており、そんな彼等に育てられたニナは自分とディアナ以外はそういうものなのだと思い込んでいた。
気を取り直したニナがレーンと爺ちゃんズの前に木製のジョッキを配っていけば、何食わぬ顔で配ったそばから皆して口を付けている。
それを見て『自分は間違っていない』と確信すると自分の席に着き、おかしな反応を示したルイスを興味深げに観察し始めた。
「さっきの爆発は魔石の生成に失敗したと?」
「失敗した魔石はディアナが直したとな?」
「つまりディアナは再生の魔法も習得したと?」
「たった三年でか?」
「多才なディアナならあり得るな」
「ワシらのディアナだからなっ!」
再生魔法とは医療行為に使われる魔法なのだが、潜在的センスと膨大な知識が無いと扱えないため、金持ちの為の特殊医療魔法と認識されている。
しかし医療以外に応用する者も稀に存在し、ディアナが見せたように無機質な物を再生させることも可能な極めて有能な魔法なのだ。
「お前らのじゃねぇよ、コレは俺のだ」
皺深い顔から目玉が飛び出すほどに目を見開く七人の爺ちゃんズ。
「やっだーっ!私ってばレーンのお嫁さん?」
「そこまでは言ってねぇ」
「けーちっ」
否定しないどころか、ディアナの方が熱をあげていそうな気配。仲良さげな二人のやりとりに全員の顎が机に落ち、あんぐりと口を開けたまま凍りついてしまう。
「それでさ、お願いがあって来たんだけど……って聞いてる?」
間抜けな姿のまま動きを見せない爺ちゃんズ。
見かねたニナが席を立ち、棚に置いてあった木槌を手に彼等の頭を一つずつ叩けば魔法が解けたかのように元に戻り、何事もなかったとばかりに平然と酒を煽る。
「で?なんだって?」
「シークァを造って欲しいの」
「わざわざワシらに頼むんだ、どんなのを想像しとるんだ?」
「ディアナのお願いじゃ、多少の無理なら聞いてやらなくもないぞ?」
「材料費は用意せいよ?」
ディアナの要求はレーンやルイスを含めて度肝を抜くものだった。
部屋数が十と言った時点で相当大きな物になるのに、それに加えて風呂場を二つにリビング、キッチンを付けた上で、魔攻機装の整備をする工房まで付けろと言うのだから常識を逸脱している。
「あんまり目立ちたくないから見た目はこぢんまりとしたの……そうね全長六メートルなら一般的なキャンピングカーと変わりないわね。それくらいに仕上げて頂戴」
揃いも揃って魂が抜け、そのまま天に召されてしまいそうなほど深い深い溜息を一斉に吐き出した爺ちゃんズ。
「ディアナ……」
「それはあまりにも……」
「やりすぎではないか?」
「なぁに? 世界最高峰の魔攻機装製造所ならキャンピングカー造るくらいわけないわよね?」
「それは、そうだが……それにしてもだな」
「あら材料費はもちろん私が持つし、報酬は師匠達にとってこの上ない物だと思うわよ?」
「ほ、報酬だと?」
「そう、いくら身内だといってもいきなり来て無茶振りするんだもの。それくらいのご褒美がなきゃヤル気出ないでしょ?」
「ほ、ほほぅ……ちなみにどんな報酬なんじゃ?」
「望んでも見ることなどできない、とぉ〜〜っても良いモノを見せてあげるわ!」
「望んでも見れないモノ?」
「良いモノじゃと?」
傍観して酒を喰らっていたレーンはディアナの目配せで怠そうに立ち上がる。
席から離れると左手の腕輪が金色の光に包まれ、目を見張る爺ちゃんズの前に黄金の魔攻機装オゥフェンが姿を現した。
「これはまた派手な……」
「成金趣味か?」
「だが綺麗じゃの」
「背中のはアリベラーテかの?」
「二対とは凄まじいの」
「それにこの感じは……」
「洗練された容姿、なかなかの美人じゃな」
興味津々で集まる七人を尻目にオゥフェンが再び黄金の光に包まれる。
お楽しみを取り上げられて少しばかりムッとする爺ちゃんズを掻き分け生身となったレーンがディアナの背後へと回り、両肩に手を置くと意地の悪い笑顔を浮かべた。
「俺のオゥフェンは帝国の粋を集めて造られた、この世に二機と無いレアな魔攻機装だ。ディアナの要望したシークァが完成した暁にはオゥフェンを研究する事を許そう。これは、お前達技術者にとってはこの上ない栄誉だと思っている」
「そういうことよ。ヤル気、出た?」
シワの深い七つの顔は見る見るうちに変化を見せる。お互い嬉しさが隠しきれない表情で顔を見合わせると、深く頷き合う。
「いっちょやったるかぁ!」
「ワシらにしたら朝飯前じゃて」
「んだな」
「他ならぬディアナの頼みだしな」
「んなこと言ってっけど、アレが見たい方が強かろう?」
「そんなもん皆同じじゃて」
「んでも、やることは変わらんべ?」
意思確認が終わると、全員が一斉に立てた親指を突き出したのだった。
▲▼▲▼
「レイフィールはまだ見つからんのかっ!!」
薄茶色の軍服に身を包んだ十人もの男達が見守る中、膝を突き、頭を垂れる一人の男がいた。
「今朝方、商業都市エスクルサにてレイフィール皇子殿下の目撃情報が上がって……」
「奴はこの俺の殺害未遂容疑と、宮廷十二機士の一角である豪炎のギヨーム殺害容疑のかけられた犯罪者だっ!
聞けば奴の使っていたミヤタまで奪って行ったと言うではないかっ。帝国に牙を剥く輩に皇子殿下などと敬称を付けるんじゃない!!」
「ハッ!申し訳ございませんっ!」
正面の椅子にふんぞり返り、目の前の机に怒りを打つける小太りの男は、レーンの異母弟にしてリヒテンベルグ帝国第二皇子であるアシュカル・ド・メタリカン。帝国において今もっとも権力を持つ男だ。
「……それで?」
「ハッ! 商業都市エスクルサにて目撃の報告があったのですが、何せあの規模の町ですので巻かれてしまい、目下全力で捜索中であります!
あの都市は市壁で囲まれております故、出入りの監視を強化いたしました。捕まるのも時間の問題かと……」
「三日だ……三日以内に奴を捕らえて俺の前に連れて来い。さもなければ貴様の首が代わりに飛ぶことになると心せよ」
本来ならば第一皇子であるレーンが次期皇帝となるのが筋なのだが、本人の演技により宮廷内はおろか、国民の間でも『無能皇子』の異名で通っていた。
しかし、帝位継承順位は帝国の歴史上変わったことが無い不動のモノ。それに腹を立てたアシュカル本人が、兄であるレーンに自身の殺人未遂の罪を被せて継承権の剥奪、あわよくば亡き者にしてしまおうという強行に打って出たのだ。
「アシュカル様は何を焦ってらっしゃるのです?第一皇子は自らの意思で王宮を出た、すなわちそれは、帝位継承権を捨てたも同然。
事実、陛下の具合が思わしくない今、帝国実権の三分の二はアシュカル様が握ってるではありませんか?」
机の両脇に姿勢良く並ぶ男達の中、静かな怒りを湛えるアシュカルに一番近い場所に立っていた紫髪の男が柔らかな笑みを携え口を割る。
「内政に詳しくない貴様とて、俺の権力など今という限定的なものだと知っておろう?兄貴が戻ってこれば父上も兄貴を推すだろうし、父上べったりのウィルバー・クラフトも近衛隊長であるグルカ・ステンヴァルも味方したとなっては軍部が取られたも同然……」
「それなら……」
物音一つしない室内にブーツの音を響かせ前に出ると、息をするかのように自然な動作で腰に挿したレイピアを抜き放つ。
アシュカルの前に膝を突いたままでいた男の軍帽が宙に舞い、その場にいた者の注意を一身に浴びた次の瞬間、僅かな煌めきを残して細い刃が動きを見せたかと思いきや、いつの間にか鞘へと舞い戻っている。
言われた期日では帝都とエスクルサを往復することすら出来ない。即ち、アシュカルが男に言い渡したのは死刑宣告と同義であった。
膝を突いたまま自らの死を覚悟した男だったが、生唾を飲み込んだ途端に空中で八つに分かれた軍帽が床へと落ちてくる。その音に殺されることを確信すれば抑えきれない震えが全身を支配し、顔はおろか、背中にまで冷や汗が吹き出してしまう。
「邪魔になる奴は消せばいい。貴方が一言命じてくれれば、宮廷十二機士の第一位だろうと近衛だろうと、なんなら皇帝陛下であろうとも片付けてきますけど?」
「ばっ!?……滅多な事を言うんじゃないっ。そんな事せずとも帝国の覇権は俺が握る!宮廷を血で染めるのは最後の手段だ」
無機質な表情を変えずに返事を受け取るラドルファス、彼は帝国の最強機士団である宮廷十二機士第二位の男であった。
床を見つめたままの男の隣にしゃがみ込むと、震える肩にそっと手を置く。
「アシュカル閣下は無駄な血を流さない寛大なお方だ。三日以内と焦らずとも良い。
その代わり、その命を持って確実に閣下の行く道を邪魔する者を捕らえるのだ。何度逃げられようとも地の果てまで追いかけるのがお前の使命だと肝に命じよ。分かったら行け」
「ハッ!必ずや閣下のお役に立ってみせます!失礼します!」
許可なく顔を上げた男──ジェレミ・デルバートの目には、もはや恐怖などなかった。
死体だった命の期限を伸ばされ感謝の念で埋め尽くされた心。自分の命は努力次第で救われる可能性があると理解したのだ。
アシュカルに向かい深々と頭を下げると足取り軽く颯爽と出て行くジェレミ。自分の成すべき事を見出し決意に満ちた目を見たラドルファスは腕を組み、満足そうな顔で彼の後ろ姿を黙って見送るのだった。




