第77話 Story about ロザリオ 19
数日に及ぶ長い旅の途から解放されたロザリオは、スペースポートのラウンジで疲れた体をくつろがせていた。
(チーフとの面会までは、まだ時間があるな。
緊急の使者が来て、面会時間が延びちまったんだよな。
バーラーブなんていう本部から遠い場所で、緊急の使者って、何者だ? )
テーブルにひじを突いた手に顎を乗せ、ぼんやり考えこんでいたロザリオは、そばを通り過ぎた男が突如振り返って、驚きの顔で彼の横顔を見つめても気付かなかった。
「あんた、ロザリオ・マターじゃないか? 」
声を掛けられて、やっと気づく。
「え? 」
振り返ったロザリオは怪訝な顔だ。「確かに、ロザリオ・マターですが・・・・・・」
知らない者に名を呼ばれた、といぶかった後の3秒間の観察と考察で、アナスタシアから話だけは聞いていた男と、目の前の男の特徴が一致しているのに気付いた。
「あなたは・・・・・・もしかして、セシーの恋人だっていう、もと培養奴隷の・・・・・・」
「スパルタクスだ。セシーにもらった、名前なのだが」
「そうか、あなたがセシーを助けてくれた・・・・・・」
言うなり立ち上がり、距離を詰め、ロザリオはスパルタクスに握手を求めた。
それに応じるスパルタクスの手の動きも、放つ言葉も、遠慮がちだった。
「いや・・・・・・違う、助けたなんて・・・・・・私は、彼女を拉致し、危険な状態に陥れ、そして、その上に、彼女を・・・・・・」
「いいさ、培養奴隷として、誰かの命令に従うしかなかった時の事は。
今セシーが無事で、幸せを感じて、楽しく過ごせているのなら、何も言うことは無い。
そこにセシーを導いてくれたのは、あなたなのだろ?
だったら、俺はあなたに心から感謝する。有難う」
「だが、助けたっていうのは、やはり違う・・・・・・むしろ、セシーが俺を助けたと言うべき・・・・・・が、とにかく、今セシーが無事で、安心して過ごしているのは確かだ。
俺の手柄でも何でもなく、マゼーパ族やアールパード族のおかげでな」
スパルタクスは、セシリアを拉致してからこれまでのことを、詳しく説明した。
肉体関係のことは割愛したが、ロザリオはそれも含めて理解した。
「それで、バクトラ王国中枢への攻撃に対する、宇宙保安機構の支援を要請するのか」
「そうだ。略奪を基本とする王国を変革する為ならば、支援は得られるとの判断だ」
「うーん、そうだな。バクトラ王国への直接的な攻撃には、保安機構は参加しないかもしれないな。
どんな相手でも、まずは話し合いで変革を促すのが、保安機構のやり方だし、特にチーフは、武力の回避を徹底するだろうな」
「そうか。だが、攻撃への参加は無理でも、変革を成し遂げた王国への自立支援などは、期待できるだろう。
それがあれば、王国に属する部族の多くが、我々の側に付くはずだ」
「確かに、それなら・・・・・・。まあ、チーフとドラヴァレット殿が今、それの話をしているのだろ?
なら、ゆっくりと結果を待とう。その件だけなら、すぐに済むだろう」
「いや、もう一つあるのだ。アフシ族による、プルシャプラ攻略の企ての件が」
「アフシ族が、プルシャプラを攻略? 略奪じゃなくて、攻略しようとしているのか? 」
「そうだ。収益を高めて王国でのナンバースリーの地位を得るために、アフシ族はプルシャプラを支配下に置こうとしているのではないかと、俺たちは考えている。
培養奴隷を総動員すれば可能だろう。王国が混乱している今が、最大のチャンスだ。
武力侵略からのプルシャプラ防衛戦になら、宇宙保安機構も参戦できるはずだろう? 」
「一方的な武力侵攻なら、保安機構としても武力で対抗するしかないだろうな。
しかし、それは、情報漏洩と関係あるのかな? 」
「情報漏洩、とは? 」
「ああ、実は、俺は、その件でチーフ・ミハルに相談に来たのだが、プルシャプラの情報が宙賊に、筒抜けになっている可能性があるんだ。
プルシャプラ行政府が調査はしているけど、俺たちもそれとは別に、シェリングっていう住民の協力で独自調査を進めた。
その結果、疑わしい電波を発した形跡のある通信施設を、見つけたのだ。
更に調査を進めて内通者を特定したいけど、それにはチーフの了承が必要で、内容が内容だけに、通信で相談するわけにもいかないから、わざわざバーラーブまで来たってわけさ」
「情報漏洩とアフシ族の武力侵攻が関連するってのは、つまりプルシャプラに、アフシ族との内通者がいるってことだな。
それは、通信では済まないデリケートな問題だ」
「うむ。そして、アフシ族とターロック・マクロクリンも、培養奴隷を介して繋がっているし、そのターロックがセシーをプルシャプラに連れて来た。
更に、プルシャプラの交易船に乗っている時に、セシーはアフシ族の奴隷だったあなたに、拉致された」
「それらも、プルシャプラ内部の裏切り者が、関係しているというのか? 」
「分からないけど、可能性はある。とにかく、内通者を見つけることが先決だ。チーフに了承を得て、捜索を進めたいと思っている」
「そうか。複雑な事態に、なっているのだな」
このスパルタクスの言葉を最後に、彼らは難しい話は打ち切った。
セシリアとスパルタクスの今日までの動きを、ロザリオは更にあれこれ質問し、スパルタクスもさっきは語らなかったプライベートなことまで、期せずして詳述することになった。
それはもう、のろけ話と言えるくらいに、彼らの仲睦まじさを赤裸々に描写した内容だったが、ロザリオは笑顔で聞いた。
胸中は穏やかでなくとも、表情には出さなかった。
彼の笑顔は、決して無理に作ったものではなかった。
2人の仲睦まじさにどれだけ胸が痛んでも、セシリアが幸せでいることは、ロザリオには喜びだった。
胸が痛めば痛むほど、顔には笑みが広がった。
しかしその後にスパルタクスが告げた言葉には、ロザリオは首を傾げた。
「セシーが、実は戻りたがっているって? でも、それを言い出せないでいるだって? 」
「俺の、思い込みだとは思うが、俺が彼女を傷つけるようなことを言ってしまった直後の、彼女の態度から、どうしてもそんなイメージを払拭できないのだ」
孤児との関係についてまでロザリオに話すのを、スパルタクスが避けたために、伝わり切らないものがあった。
「あまり、深く考えなくて良いのじゃないか。人間なんて、売り言葉に買い言葉や、一時の激情で、思ってもないことを口走ったり、言い過ぎてしまったり、するものさ。
それでできてしまった誰かとの心の壁を、どうにもできないってのは、俺にも身に覚えがあるけど、それでもなんとか気にし過ぎないようには、努力するべきだと思うぜ。
セシーならきっと、戻りたくなったら遠慮なくそう言うさ。
もちろん、こちらはいつでも受け入れることは可能だし、はっきり言葉に出してそう言われてから、動き出せばいいのじゃないかな」
これを聞いてもスパルタクスは、まだ納得し切れていない様子ではあったが、これ以上この件で何かを告げることは無かった
チーフ・ミハルは、ドラヴァレットとの会談がひとしきり終わると、スパルタクスとロザリオも加えて、四者での対話を催した。
定住民も含めた、アールパード族が中核の連合国家樹立には、宇宙保安機構の全面協力をチーフ・ミハルが改めて約束し、それに向けてのバクトラ王国の変革も、できるだけ武力を使わずにとの願望は示したが、マゼーパ族のやり方に口を差し挟まない意思を表明した。
ドラヴァレットも、可能な限り無血での変革を目指すことを約束し、チーフ・ミハルもその気持ちは信じたようだが、現実的にはある程度の流血は避けられないとの覚悟も、両者の胸にはあるのだとロザリオは見て取った。
プルシャプラ内部の裏切り者の探索についても、ロザリオの提案した策が了承された。
「場合によっては、プルシャプラとの関係がこじれるかもしれないが、とにかく今は内通者を炙り出さないと、多くの人命にかかわる深刻な事態になるかもしれないからな。
背に腹は代えられない。思ったとおりにやって見ればいいさ、ロザリー」
この言葉を胸に、使命感に燃えて帰路についていたロザリオは、戦闘艦ポドルムを経由した遠くの友人からのメッセージを受け取った。
プルシャプラに借りた連絡船の指揮室で、目の前にあるコンソールのモニターに表示させたメッセージに目を通す。
(気落ちするな、次には良い恋が、必ず待っているから、だってさ。何を言っていやがるんだ、サイモン・ウェントスのやつは。
どいつもこいつも、変な気を使いやがって)
旧友への、セシリアの無事や現状の報告は、ずっと以前に済ませていた。
2千光年以上離れた場所である上に、別のスペースコームの中でもある場所にいるためにワープ通信だけでは連絡できないサイモンだったから、返事が戻るのに何日もかかる。
(それと、ショーン・ブランケットたちの件については、上手く取り計らってくれたみたいだな。
彼らも、汚名返上の機会を求めているのに、今は宙ぶらりんな状態に留め置かれているから、さぞかし喜ぶだろう、なんて言っているよ。多分、その通りだな)
その後は、船中八策という程でもないが、内通者を炙り出す為の策を練った。
(チーフが期待を込めて、作戦の指揮を任せてくれたのだから、しっかり応えなくちゃ)
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2024/2/3 です。
サイモンとの通信が何日もかかる件については、ご納得頂けているでしょうか?
この時代の通信事情について、どこかで説明した気がしていますが、確信は持てないし読み直して確認するのも手間なので、ここで改めて説明します。
同じスペースコーム内では、ワープ通信というのが可能という設定になっています。(スペースコームについては確実に何度も説明しているはずなのでここでは割愛します)
電磁波を、つまり質量を持たない素粒子である光子をワープさせる、と誤認識ください。
質量のある物体をワープさせるには、一回での移動距離に制限があり、それは時代や場所によって異なることになっています。
質量を持たない素粒子に関しては、一回の移動距離に制限がありません。
そんなわけで、どれだけ距離があっても同一のスペースコーム内であれば、電話での通話みたいに会話ができます。
作中でのポドルムとロザリオもそうだったので、両者はほとんど待ち時間の無い会話が可能です。
スペースコームの中ではない場所や、別のスペースコームに属する場所どうしでは、別の超光速通信を使わなくてはなりません。
ワープ通信以外の超光速通信は、ロザリオの時代ではタキオン通信しかありません。
エリスの時代には、スペースコームの中ではない場所でも素粒子をワープさせる技術が確立しているので、銀河系のどこからどこへでも、電話みたいに通話できるのですが。
タキオンという架空の素粒子に物凄く都合の良い性質を沢山持たせてしまっているのが、本物語世界の基本設計なのですが、通信波としても利用できます。
光速の千倍で飛ぶ設定でもあるので、1光年を9時間弱で繋いでくれます。
別のスペースコーム内にある2つの場所で通信する場合、両スペースコームの最短距離になる位置にタキオン通信の施設を置いておき、そこでワープ通信からタキオン通信に、タキオン通信からワープ通信にと変換して通信を繋ぐことになります。
最短距離が10光年くらいあれば、タキオン通信だけで4日近くかかります。
ワープ通信や通信モードの変換にかかる時間は無視して良いと思うので、結局タキオン通信しか使えない場所間の距離が、トータルの通信時間を決定付けることになります。
つまり、サイモンとの通信に数日かかったという一文を書くのにも、上記のような考えを巡らせているのだということを、力の限りに主張させて頂いているわけです。
物語世界における宇宙のスケール感というものを、こんなところからも実感してもらいたいという想いがそうさせているのです。
もちろん、興味の無い方は何も考えずに読み飛ばし、通り過ぎて頂いても何ら問題はありません。
ストーリーを理解する上では、全く必要の無い一文であることも、否定致しません。
ですが、ちょっとでいいので、そのスケール感に思いを馳せて頂けると、作者としてはとても喜ばしいことです。
餃子が評判のラーメン屋で、スープとどう向き合うかという問題と同じではないでしょうか?(ぜんぜん違うかも?)




