第4話 Story about C-683 1-4
拉致した女は、手錠に導かれて宙を泳ぎ、コックピットを出て行った。
手錠に小さなモニターが付いていて、あらかじめプログラムされた順に命令を表示する。
従わなければ電撃を食らうと知っている女は、黙って命令通りに動いた。
1人居残り座席に身を沈めたC-683は、窓の向こうに散らばった星の海を眺めて、時間を潰した。
略奪戦で高ぶった気持ちが、少しずつ落ち着いて行く。
自分の四肢が、住居艇の外の暗闇と同化して行くような錯覚すら覚え始める。
窓外には、漆黒の真空が果てしなく広がっている。本当だろうか?
レーダーは反射反応が見られないから、サーモグラフィーは熱源が見つからないから、重力検知器は質量体が検出されないから、周囲には何もないと決めつけた報告をディスプレイに表示させている。
どんなセンサーも、騙そうと思えば騙す術はある。
ディスプレイに記されたオールクリアの表示が、嘘でないとは言い切れない。
実は、真っ黒な膜で覆われたどこまでも続く穴に、深く深く入り込んでいるのではかろうか?
そう思い込むと、暗闇と同化した四肢が柔らかで温かな膜に触れている気がしてくる。
黒い幕をかき分け、押し広げ、奥へ奥へ。
広がる星界にそんな想像を繰り広げていると、さらに心は静かになった。
戦闘の興奮がすっかり落ち着くのを待ち、女が去ってから2分ほどして、彼もコックピットを後にすべく宙を泳いだ。
人生の中でも数少ない、コックピットを離れる用事を済ませるために。
女と同時に動いてもよかったのだが、なぜかいつもC-683は、拉致した女と一旦離れなければ気持ちを落ち着かせることができなかった。
住居艇の中央部に置かれたいくつかのモジュールの一つで、C-683は宇宙服を脱いだ。
それは、別の時代からすれば驚くほど薄手で軽量で身体にフィットする、カジュアルなデザインのものだ。彼の普段着でもある。
一旦宙に浮かべられ、壁から突き出たホースに吸い込まれた。
どこか気がはやっているのを自覚しつつも、女のことを意識から追い出す努力をしている。
右腕、左腕、頭の順で宇宙服を脱ぐいつものルーティーンが、表面的な漂白を彼の心にほどこしてくれた。
洗浄ユニットに入る。
夢の中のトレーニングで鍛え上げた、逞しい肉体にこびりついた汗を、ミストバスで湿らせる。
宙を漂う体を、清めにかかる。
頭を最初にシャンプーで、右腕、左腕、胴の順にボディーソープで、ルーティーンを守りながらの入浴だ。
高速で流れる人工濃霧により、水を最小限にしか使用せずに身を清めた。水は宇宙では貴重だから。
浄化され何度も再利用されるのだが、それでも使用料は少ない方が良い。
さっぱりしたC-683は、宇宙服を再び着込んだ。右腕、左腕、頭の順に、ルーティーン通りに。
さっき脱ぎ捨てホースに吸い込まれた後、入浴中に紫外線や超音波や遠心分離で浄化処理されたそれに身を包むと、中央部にある別のモジュールに向かう。
入浴中も腕につけっぱなしだった端末を操作すると、彼がたどり着いたモジュールが住居艇から離れた。
折りたたまれていたロボットアームが展開するのにつれて、住居艇の外側に突き出していく。
反対方向にも突き出していくモジュールがあり、重量バランスがとれるようになっている。
住居艇本体を中心にして、ロボットアームによって離れた位置に固定された2つのモジュールが回転する。
モジュール内には遠心力が生じ、中にいる人間にとってはちょうど良い塩梅の、疑似重力となった。
無重力で暮らし続ける彼だが、幾つかは重力下の方が都合のいい活動がある。
ドアのある隔壁を、ひとつ挟んだ向こうにいる捕虜の女に子種を孕ませる作業も、その中の1つだ。
住居艇に帰還して以来、ずっと頭の片隅にあったそれを、今まで忘れていて今思い出した事として自分を偽る努力をしているC-683が、はやる気持ちをごまかすためのゆったりとした動きで端末を操作し、ドアを開けた。
モジュールの動作が安定するのを待ち、ドアに身体を正対させてから開けるという、彼の決めたルーティーンに、忠実に。
気圧されるのは、2回目だ。
拉致の瞬間にも、この女には気圧された。今ドアを開けた瞬間にも。おくびにも出さないが。
このモジュールにもミストバスは設置されていて、それを使うか否か、どんな服装で彼が来るのを待つかは、捕虜に選択権があった。手錠のモニターが伝えたはずだ。
ミストバスで身を清めた後、下着姿で彼の来訪を待ち受けるというのを選んだようだが、そんなことに気圧されるはずはない。
仁王立ちで上目遣い、拉致する瞬間にも見たのと同じ姿勢で、彼女は彼を待っていた。
さっきは交易船の加速重力によって、今は遠心力によって、2本の足で床をしっかり踏みしめ、身構えている。
今にも床を蹴って、突進してきそうな姿勢にも見える。
この段階で、自分の運命を理解しなかった捕虜は、過去にはいない。
突っ伏して泣きはらすか、大声で喚き散らすか、罵りながら唾を吐きかけるか、といった反応ばかりを見て来た。
今回の態度は、意表を突くものだ。
にじり寄っても眉一つ動かさない。
下着をはぎ取っても身じろぎもしない。
決して大きくはない乳房が露になったのを、隠そうともしない。
設えられたベッドに力任せに押し倒しても、毅然たる上目遣いが彼をじっと睨み据えている。
抵抗する素振りはなく、拒絶の声を上げる気配もないので、行為そのものは簡単に成就しそうだ。
これまではほとんどの場合において、猛烈な抵抗にあったものだ。
それに備えて、各種の拘束具がここには用意されている。
腕、足、首、胴の各部位に見合った枷など、より取り見取りだ。
精神的にまたは肉体的に、様々な作用を及ぼして行為を助ける薬品類も、いくつもある。
麻薬に媚薬に睡眠薬に、はたまた潤滑を補うローションに至るまで。
色々なポージングを強要する固定具もあるし、自殺と騒音を防ぐマウスピースもある。
無重力中での行為を想定し、それをサポートするための機器や器具もある。
今までは2つから5つのそれらを組み合わせることで、ようやくにして成し遂げられていた行為だが、今回は1つも使わずに済みそうだ。
それぞれの器具や薬品ごとにC-683が決めた、仰々しいルーティーンにも出る幕はなく、最も簡易なルーティーンのみ実施すれば良さそうだ。
なのにC-683は、これまでにない困難を感じていた。
己の精神を奮い立たせる困難を。
だが、態度には僅かの淀みも見せず、仕事にとりかかった。
相手の名前を確認するという、これまでには一度も無かった行動を1つはさみはしたものの、顔には何も表さない。
(セシリア・ヴェール、か・・・・・・)
彼女の所持品を調べ上げ、C-683の端末に得られた情報を転送する作業が、このモジュールにある設備とコンピューターによって自動的になされていた。
腕の端末上の空間に浮かぶ文字が告げる女の名は、本物だと確信できる。
名前を確認した後は、何度もやって来た行為を、いつも通りのルーティーンでやるだけだ。
夢で手ほどきを受け、百人近い捕虜を相手に千回近い実践を重ねることで完成させた、彼独自のルーティーンを。
あたかも、ベテラン猟師が捕らえた獲物を解体するかのような馴れた手さばきで、興奮の色を見せることも無く、男は女を蹂躙した。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/9/10 です。
未来の宇宙での日常生活というものに、どれくらいの人がどの程度の関心を持っているのか、作者には知る術が有りません。
関心のない人にとっては、拉致されたヒロインのセシリア・ヴェールがC-683のもとを離れてから、再び顔を合わせるまでの間の記述は、退屈極まりないものとなったでしょう。
この段階で本作品を見捨てる決定を下した人も、いるのではないだろうかと、作者は恐々としています。
一方で、未来の宇宙での日常生活に関心がある人に対しても、満足してもらえる記述ができたという実感は、作者には有りません。
いつかそういうのが描けるようになりたいと願いつつ、今はまだ絶望的に未熟な自分を想い知らされています。
日常生活という部分でも、未来の宇宙という部分でも、踏み込みが浅すぎるでしょうか?
もっと細かい部分までを、もっと緻密に描写するべきでしょうか?
そうすると、この部分のボリュームが更に大きくなってしまい、くどくなってしまうだけのようにも思えます。
宇宙での日常生活の場面を、どれくらいのボリュームでどれくらい詳細に描くべきなのか、悩ましいところです。
何でもない日常生活を、とても魅力的に描いている小説も世には沢山あり、そんな能力が羨ましい限りです。
自分にそんなものは書けるはずがないのか、書いていくうちに少しは上達する可能性があるのか、何かしらの訓練をすればマシになり得るのか、分かりませんが、しばらくの間は、あがいてみようと思っています。
今回の話で、コックピットでまったりしている「無」の時間や、淡々と入浴を済ませる場面などを、「余分だ」と感じた読者様にも、興味を持たせたり惹き付けたりできる文章が理想なので、無理かもしれないとは感じつつも、目指してみる所存です。
お付き合い頂ける読者様がおられることを、切に祈っています。