第3話 Story about C-683 1-3
さっき食べた朝食も、ロードに授かった装置で作ったものだ。
宇宙で採取した元素から化学的に合成されたペースト状の物質であり、別の時代の人間には食べ物だとの認識すら得られないかもしれない代物だ。
元素の採取は、彼ら自身がやった。
3年前にC-683は、あるガス惑星の周囲を長楕円軌道で公転しつつ、最接近したところでガス雲に突入し、炭素・窒素・酸素などの多量に必要な元素を採取した。
単独で可能だったし、百回に1回くらいで死亡事故が起こるが、安全と言って良い作業だ。
5年前には、彼のスモールスクワッド全員で、小惑星から重金属元素を採取した。
船外作業での炸薬の設置や、粉砕された小惑星の破片から目的元素を仕分けての採取は、7人での協調が必要だった。
10回に1回くらいで死者が出るが、その時は2人が骨折しただけで済んだのだから、安全な作業の範疇に入る。彼らにとっては。
採取した元素の大半は、ロードに送付した。当然の義務として疑問に思うことなく。
残ったものを原材料として合成された食材や資材で食いつなぎつつ、絶えず宇宙を飛び続ける彼らが、今はこうしてロードのために命がけの略奪戦に臨んでいる。
ロードに、夢の中で指示された通りの行動として。
物心がついてから、ほとんどずっと採取と略奪と睡眠をくり返してきた。
指示されるばかりの立場でしばらく過ごしたが、15年前に20代後半という年齢でカピタンに任じられ、指示を出す立場にもなった。
以来7人を指揮し続けている。今回は5年ぶりの部下との再会となるが、交易船に突進して行く彼らにブランクの影響は微塵も見られなかった。
自分のスモールスクワッドからは、極力犠牲は出したくない。
ロードのためならば仕方がないが、無能なコマンダーのせいで部下が死ぬのは納得がいかない。
次々に撃破されて行く他所のスモールスクワッドの連中を横目に、C-683の神経は研ぎ澄まされた。
「畜生っ! あっという間に10艘も殺られちまった。一旦離れて体制を立て直すべきだな」
自分こそ馬鹿で腰抜けだったことを露呈したコマンダーは、C-683のようにロードに作られたわけではない。バイルク族という血族集団の幹部だ。
一族の構成員のみでやることもある略奪を、今回は数人の幹部が傭兵50人弱をこき使ってやらせている。
ロードが、3年前に見た夢の中で、バイルク族の指定したタルマシリンという名のコマンダーの指揮下に入って、傭兵として略奪戦に挑めと命じた。
さっき目覚めたC-683が、3年前に受けた指示を今実施しているわけだ。
ロードの命には服す彼らだから、コマンダーの指示にも従うが、明瞭な命令を受けたわけではないとこの時のC-683は、やや強引な解釈をした。
ここまで無傷だった彼のスモールスクワッドは、ラージスクワッドの他の連中が離脱して行くのに追随せず、彼の作戦を継続した。
1艘も損なわず接舷できたのは奇跡だが、苦戦するラージスクワッドにおいてC-683とその部下が、真っ先に標的船内部へと侵入した。
マシンから出ての白兵戦だ。
ミサイル発射のために生じた開口部に、手持ちのレーザーを至近距離から数十秒に渡って照射した。
装甲が熱で歪んだ結果、開口部が閉まらなくなる。突入経路が、確保された。
C-683の予測した通りに、接舷ポイント付近において標的の船は、索敵に支障を来していたらしい。
彼らの侵入に気付くのが、致命的に遅かった。
内部からの破壊工作が速やかに成功し、核融合炉の一つが停止。
武装交易船は、反撃能力を喪失した。
10艘の、つまり10人の損害を出していたラージスクワッドの生き残りも、無抵抗となった標的船に続々と雪崩れ込んだ。
戦闘経験の浅い交易船の乗員たちが、血を見ずには済まない白兵戦を忌避して戦意を喪失すると、降参した交易戦からの傍若無人な略奪が始まった。
他所の連中は、希少元素を始めとして、バイルク族には製造できない機材なども戦利品として探し回ったが、C-683だけは別だった。
ロードは、子種を孕ませた女を送ってよこせと命じている。
C-683のように従順で役立つ奴隷を多種多様に量産するためには、希少な遺伝子が多く求められる。
異民族の血を受け継いだ子種を、母親の胎の内にいる間に獲得したいと、常々C-683に伝えている。むろん夢の中で。
異国の、それもできるだけ、これまで手に入れたことのない人種を見つけるのが、C-683の重要な任務となっている。
これまでに百人近くを孕ませて、送付した。
今回の獲物は、これまでの百人弱を全て合わせたとしても、かなわないだけの価値を持つだろう。
これだけの上玉を得られれば、1人で良い。
やむなく人数で穴埋めしたことも多々あったが、今回はこの1人で充分だ。
外見だけでも、希少な血統だと確信できたが、銃口を突き付けた時の反応までもが、C-683の予想を超えるものだった。
悲鳴を上げる、震えてへたり込む、一目散に逃げ出す等々の、これまで見て来たどんな反応とも違った。
仁王立ちとも言うべき姿勢で、何ものにも屈しそうにない真っすぐな眼差しで、彼女は彼を見据えていた。
銃口を突き付けながら手錠を差し出すと、すぐに意図を理解してそれを両手に嵌めた。
恐怖の極限であるはずの場面で、それの意味をこんなに素早く理解できた女もいなかった。
従順な態度からすると、従わなければ手錠から電撃を浴びることも、承知していると見える。
間違いなく女であることの確認作業も、手早く済ませることができた。
拉致する時には常にやっているこの作業においても、これまでの女たちは、絶叫してしゃがみ込むだの、発狂して殴りかかるだのといったヒステリックな反応か、はたまた激しく震えたまま、涙を流して身を硬直させるなどしたものだった。失禁した女さえいた。
C-683と距離が開いてしまっても、手錠から電撃を食らう。
それをも女が承知していることが、いきなり走りだしてみたことで分かった。
背後から悲鳴が聞こえないことで、彼女が電撃を食らうことなく彼に従って走っているのだと、振り向いて見なくても分かる。
分かるが、驚きは禁じ得ない。これも初めての経験だから。
これまでは、2・3回の悲鳴を聞くのが常だった。
自分のマシンに戻りつくまで、これといった支障に出くわすこともなく、あっけないほど順調に拉致を成し遂げた。
彼のスクワッドに損害が無く、略奪も上首尾に終わったことを確かめ、彼は交易船から引き上げた。
C-683のスモールスクワッドも、カピタン以外は様々な戦利品を満載し、彼だけが1人だけの捕虜だけを手に入れて、離脱した。
直後に、ラージスクワッドは解散となった。
コマンダーのタルマシリンは、C-683の戦いぶりに何やら苦言を呈していたが、もはや耳を貸す必要はない。
ロードは夢で、略奪戦の間はバイルク族の指定したコマンダーの指揮下に入れと言ったのだから、今は無視して飛び去ればよかった。
タルマシリンの名も、憶えておく必要は無い。
略奪品の大半を、バイルク族の取り分とロードへの上納分に分け、それぞれ所定の座標に向けて射出した後は、C-683の率いるスモールスクワッドも、各自の次の任務に向けて解散した。
全員無事で任務を終えた喜びや、次に会うまでの無事を期する願いは、気付かれないままにC-683の胸中に沈殿した。
それに気が付くには、彼の経験や知識は不足していた。夢は、そんなことは教えない。
C-683の我が家たる住居艇の先頭部にランデブーし、ドッキングした。
ドッキング後には戦闘艇は、住居艇の先端操作部位となる。
それが分離して戦闘艇として動いている間は、住居艇は自動制御で飛び続ける。
こんなわけだから、戦闘艇にもなる住居艇の先端操作部分は、C-683が人生の大半を過ごす場所だった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/9/3 です。
宇宙で元素を採取し、それらから合成された食料や資材だけで暮らすという状況は、本シリーズでは毎回のように登場し、重要な基本設定になっています。
宇宙時代にはきっとそうなるだろうとの、作者の予想に基づいたものです。
しかし、現実世界では、色々なものを元素だけから作ろうとする動きは、あまり見られず、少なくとも作者の視野の中には入ってきません。
宇宙での食料生産に向けた研究も進められており、国際宇宙ステーションでレタスが収穫された、なんて話題も目にします。
一方で元素だけから食べ物を作る研究など、全く耳にしません。
この状況だけ見ると、作者の未来予想など当たる気がしないのですが、それでも作者は可能性を捨ててはいません。
一旦は、従来通りの食料生産が宇宙開発の各シーンの中で実現するかもしれませんが、元素から食料を化学合成する技術が、いつまでも登場しないとは思えません。
そして一旦その技術ができてしまえば、宇宙における主流は、そちらに移るのではないでしょうか?
火星や月など、ある程度広さを確保できる環境でならば、従来の食料生産が進行するでしょう。
ですが、宇宙船の中という限られた空間ならば、元素からの化学的な合成の方が圧倒的に有利となる時期が、いつか必ずやって来ると思うのです。
何年も何十年も狭い宇宙船に籠って、はるか遠くの天体を人類が目指す時代になれば、従来の形での食料生産より、元素から化学的に合成する方が重宝されるはずです。
材料の入手も、生産の為のスペース確保も、こちらの方が有利なはずですから。
本物語の設定のように、戦火を逃れて慌てて宇宙に飛び出した人々なら、従来の食料生産の為の設備が積み込まれていない、化学的な食糧生産の能力しかない宇宙船が主流であっても、不思議ではないでしょう。
そんな人々の末裔である宇宙系人類にとっては、化学的に合成された食料しか知らないとか、生物を使って作った食料なんか見たことも無いということになっても、不思議でもないし荒唐無稽でもないのです。
そんなわけで、元素から化学的に食料を生産する研究なんて全く耳にせず、従来通りの食料生産が宇宙ステーションなどで大々的に研究されている現状を見ても、化学合成の食品が主流になるという未来予想を、作者は撤回するつもりは無いのです。
残念なのは、それの答え合わせができるほど、作者の寿命は長くないということです。
自分でできないなら、誰かに代わりにやって欲しい。
その為には、この未来予想が誰かに語り継がれなければなりません。
もっと面白い、多くの人に読んでもらえる小説を書けるようになることで、それを実現したいと切に願っています。
こんな気持ちは、小説を書く動機としては不純なのでしょうか?